第4話 女神のような店員さんは実は恐がりなんです
とある日の休日。
なんでもラノベ原作の実写映画が本日公開されるらしい。
しかも、それは綴野さんが大好きな作品の一つなのだとか。
でも、一人はちょっと心細いということで、たまたまチケットが余っていたこともあり、先日「一緒に映画を見に行きませんか?」と声を掛けられたのだ。
バイトのシフトも入っていなかったし、俺は二つ返事でOKした。
あの綴野さんが好きな作品だからな。見る以外の選択肢はない。
「座席は……ここですね」
綴野さんはチケットの座席番号と照らし合わせながら、自分の席を見つけた。
ちなみに俺は彼女の左隣の席だ。
本当は彼女の後ろの席あたりにしようかと思っていたんだけど、綴野さんから「せっかくなので隣同士にしませんか?」と言われて、断れず隣の席に決定した。
よくよく考えると俺が綴野さんから離れた席に座ってたら、一緒に来ている意味がなくなっちゃうもんな。
そんなわけで俺と綴野さんは隣同士の席に座った。
「
綴野さんは少しわくわくした瞳を向けてくる。
普段は落ち着いていて大人なお姉さんって感じなのに、いまはちょっぴり子供っぽい。
けど、こんな綴野さんも全然アリですね。
「たしか今日の映画のタイトルは『没落探偵と巻き込まれJK』でしたっけ?」
「そうです。いま大人気の学園ミステリーなんですよ」
そうして綴野さんは『没落探偵と巻き込まれJK』の内容について話してくれた。
この作品の主人公――明人はかつて数々の難事件を解決し中学生にして名探偵と称えられていた。
しかし、とある事件で重大な推理ミスをしてしまい、それが原因で彼は“没落探偵”と呼ばれるようになる。
それから数年が経ち、明人が高校二年生になったある日。
彼の下に同級生の少女――柚葉がとある相談に来る。
それは彼女が重度の“巻き込まれ体質”で、行く先々で様々な事件に遭遇してしまうというものだった。
しかも、彼女の前で起きた事件は必ず未解決で終わってしまう。
ゆえに柚葉は“巻き込まれ体質”のせいで起きる未解決事件を明人に解決してもらおうと頼みに来たのだ。
それになかなか首を縦に振らない明人だったが、ひょんなことから柚葉が彼が好きな推理小説の作家の娘だと判明すると、サインを貰う代わりに一つだけ事件を解決することを約束する。
以降、約束通り持ち前の推理力で事件を解決したあとも、なんやかんやで明人は柚葉の身の回りに起きる難事件を次々に解決するというストーリーである。
と綴野さんから話されたあと、
「すごい面白そうじゃないですか」
「ですよね。ふふっ、私もそう思います」
楽しそうに笑う綴野さん。
そんな彼女からは本当に『没落探偵と巻き込まれJK』という作品が好きってことがよく感じ取れる。
一体どんな作品なんだろう。早く見てみたいなぁ。
そんな風に期待しながら綴野さんと最近面白かったラノベについて談笑していると、不意にブザーの音が響き渡った。
「才本さん、いよいよ始まりますね」
ちょんちょんと腕をつついてくる綴野さん。
急なボディタッチにドキドキしてしまったが、まだ映画が始まってないのに彼女の瞳はずっとスクリーンに釘付けだ。
なんか……やっぱり綴野さんなんだなぁ。
高鳴る鼓動を抑えながら、そう思う俺。
それから館内が暗転したのち、映画が始まった。
☆☆☆☆☆
「っ!」
映画が中盤を迎えた頃。
突然、肩のあたりにポンと何かが当たった。
視線を向けると、すやすやと静かに眠っていた綴野さんが寄り掛かっていたのだ。
そのあまりの可愛さに心臓が騒ぎ出す。
近くで見ると、彼女の容姿がどれだけ優れているかよくわかる。
今まであんまり気にしなかったけど、フツーに書店員のレベルではないよな。
……って、こんなこと考えてる場合じゃない。
早く綴野さんを起こさないと。
せっかく今日の映画を楽しみにしていたんだから。
「綴野さん、起きてください」
軽く肩を揺すってみる、が全く起きる気配がない。
昨日、夜遅くまで勤務していたらしいからな。
疲労が溜まっていたのかもしれない。
「綴野さん、映画終わっちゃいますよ」
「さすが明人さんですぅ……」
もう一度肩を揺すってみたが、起きるどころか寝言を返されてしまった。
どうやら彼女の夢の中では事件は解決してしまったようだ。
「いやいや、まだ解決してないから」
なんてツッコみつつ、俺は何度も綴野さんを起こそうとした。
きっと映画を見過ごしたら、綴野さんはひどく悲しむ。
同じラノベ好きとして、そんな思いはさせたくないからな。
☆☆☆☆☆
あの後、綴野さんを何とか起こすことができて、映画を無事二人で見終えたのだが、
「……大丈夫ですか?」
軽く食事をとるために入った近くの喫茶店にて。
目の前の席に座っている綴野さんは体をブルブルと震わせていた。
それは映画があまりに面白くて感動してしまったから――ではない。
「たしかにあのシーンはちょっと恐かったけど、そこまで恐がるほどじゃあ……」
映画の途中、明人と柚葉が『夜の学校の幽霊騒動』を解決するために、真夜中に学校に行ったのだが、そこでちょっとしたホラーシーンがあったのだ。
誰もいない音楽室のピアノの音が鳴ったり、理科室の人体模型が追いかけてきたり。
まあ割とありがちなやつだったんだけど、それを野さんはものすごく恐がって、映画が終わった今でも尾を引いてしまっている。
「べ、別に、私は恐がってなんかいませんよ」
「えぇ……絶対に恐がってますよね? 腕とかプルプル震えてますし」
「い、いいえ。そんなことないですよ。わ、私はホラーとか大好きなんです」
「絶対嘘だ……」
明らかに怯えている綴野さんを見て、俺はそう零した。
いつも女神のように優しい綴野さんだけど、意外と意地っ張りなところもあるんだな。
「……?」
そう思っていたら、不意に綴野さんが立ち上がった。
続いて、スタスタとこちらまで移動すると、空いていた俺の隣の席にゆっくりと腰を下ろす。
「……やっぱり恐がってますよね?」
「っ! そ、そんなことありません。わ、私はただ才本さんの隣が良かっただけです」
そう返す綴野さんの瞳は右へ左へ泳ぎまくっている。
さっきから嘘つくのが下手すぎる。
「そ、そういえば映画はどうでしたか? 面白かったですか?」
綴野さんはこの話は終わりとばかりにパチンと手を叩くと、映画の内容について訊ねてきた。……露骨に話題を変えてきたな。
「そうですね。トリックは捻られてましたし、終盤の展開には驚きましたし、正直めっちゃ面白かったです」
映画では複数の事件が起こったのだが、特に最後に発生した誘拐事件で被害者が誘拐されている場所を推理してピタリと当てる瞬間は爽快だった。
しかもその誘拐犯はまさかの明人の親友。あれはびっくりしたなぁ。
「ふふっ、そう言ってもらえると何だか私まで嬉しくなっちゃいますね」
柔らかな笑みを浮かべる綴野さん。
自分が好きな作品を他人から好きだって言われたら嬉しくなるもんだよな。俺もそうだし。
「気になってたんですけど、綴野さんってミステリー系とか好きなんですか?」
「はい。実は大好きなんです」
綴野さんは楽しそうにそう返す。
やっぱりそうだったのか。映画を見ている時の熱中具合からして何となくそうじゃないかと思っていた。
「徐々に謎が解けていく流れがとても好きなんですよね。ミステリーなので当然のことですけど」
「あっ、俺もそれわかる気がします。今のところラブコメが好きなジャンルなんですけど、キャラが可愛いところとか、そのジャンルにとって当たり前のことがすごく好きになっちゃうんですよね」
でも今日見た作品もキャラが可愛かった。
実写映画なのにキャラとか言ったらおかしいかもしれないけど。
きっと原作で読んだらもっと可愛いんだろうし、面白いんだろうな。
「原作、買ってみようかな」
「ぜひおすすめしますよ。お値段は消費税込みで737円になります」
「うちで買わせる気満々じゃないですか」
くすりと笑う綴野さん。
この人はたまにこういうことをしてくるもんな。
可愛いので許しますけどね。
「今日は才本さんと来れて良かったです」
「俺もですよ。楽しかったです」
綴野さんが選んだだけあって作品もすごく面白かったし。それに綴野さんの寝顔を見れたし……めっちゃ可愛かったなぁ。
「それで、あの夜の学校のシーンの話をしたいんですけど」
「そ、その話は止めてください。恐くないですけどね。恐く……恐くないんですよ!」
綴野さんはそう言いつつも、必死に恐いシーンの話題を止めさせようとした。
慌てる綴野さん。うん、とても良いと思います。
喫茶店を出ると、もう陽が沈んでおり夜空には綺麗なお月様が出ていた。
「そろそろ帰りましょうか」
「そうですね」
二人して最寄り駅まで歩く。
俺と綴野さんは別々の路線なのでここでお別れだ。
といっても、また明日『古川書店』で会うのだけれど。
「綴野さん、大丈夫ですか?」
「? 何がでしょうか?」
「いや、その一人で帰れるのかなぁって」
言った瞬間、綴野さんがぷくっと頬を膨らませた。
「才本さん、私は子供じゃないんですよ。さすがの私でも怒っちゃいますよ」
「すみません。別にバカにしているとかそういうのじゃなくて、その、さっきまであんなに恐がってたので……」
「大丈夫ですよ。自宅の近くの駅は無人駅とかじゃないですし、自宅までの道のりもこれでもかというくらい電灯が付いているので」
「そ、そうなんですか」
綴野さんの言葉を聞いて、ひとまず安心したけど……まさか家を選んだ基準が近くにたくさん電灯があるからとかじゃないよな?
「とにかく心配しないでください。それより才本さんは大丈夫なんですか?」
「俺は恐いのとかは平気なんで」
常に自宅にモンスター並みに恐いラノベ作家がいるからな。
まあどっちもうちの両親なんだけど。
締め切りに追われて、真夜中に二人同時に発狂するとか日常茶飯事だ。
あれまじで止めて欲しい。
「……羨ましいです。恐がりを早く直したいです」
「別に俺はそのままで問題ないと思いますよ。無理に直そうとすると余計悪化しちゃいそうですし」
そう言いつつ、チラッと駅の時計を見る。
「そろそろ綴野さんが乗る電車来ちゃいますね」
「そ、そうですね。今日はありがとうございました」
「こちらこそありがとうございます。とても楽しかったです」
「それは私もですよ。ではまた明日」
「また明日です」
それから綴野さんは改札を通り過ぎて、駅のホームに向かって歩いて行った。
……さて、俺も帰りますか。
☆☆☆☆☆
帰宅後。晩御飯とか風呂とか諸々を済ませてラノベを読んでいると、不意にスマホの着信音が鳴り響いた。
「こんな遅くに誰からだ?」
スマホを手に持ってみると、画面に映し出されたのは綴野さんの名前。
俺は急いで電話に出た。
「はい、才本です」
『才本さんですか? 助けてください!』
「っ! なにかあったんですか!」
『そ、それが、その……』
「なんですか! 早く言ってください!」
綴野さんが危ない目に遭っているのでは、と心配になって、彼女に問い詰める。
すると、
『ね、眠れないんです……』
「……え?」
『だ、だから、今日の映画のせいで眠れなくなってしまったんです!』
「……まじですか」
『……はい。なので、私が眠れるようになるまで少しだけお喋りをしてくれないかなぁと思いまして』
綴野さんは申し訳なさそうに言う。
俺、明日は学校の後にアルバイトもあるんだけどなぁ。
……でも、綴野さんが困っているのに見捨てるわけにはいかない。
睡眠不足がなんぼのもんじゃい。
「わかりました。綴野さんが眠れるようになるまでラノベの話でもしましょうか」
『あ、ありがとうございます……ありがとうございます……』
「どんだけお礼言うんですか。全然気にしないでください」
『才本さん……』
なんか綴野さんの泣きそうな声が聞こえる。
そんなに眠れなくて困ってたのか。
「そういえば最近、俺のお勧めの本が増えたんですよ」
『えっ、そうなんですか?』
「はい。そのタイトルがですね――」
約束通り、俺は綴野さんが眠れるようになるまで彼女と話を続けた。
無事、綴野さんが眠りについたのは深夜三時。
翌日、当然のように学校に遅刻し、アルバイトではミスを連発してしまった。
けど、綴野さんを助けられたと思えば安いもんだぜ。
……今度、綴野さんと一緒に映画に行くときは、恐いのはやめておこう。
コワい、ダメ、ゼッタイ。
~つづく~
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