第6話 邪竜女とショーに出演してみた
夏休みも後半を迎えた頃。
ディアナに誘われて、とあるショーを見に来ていた。
なんでもこのショーは子供向けのものでありながら、ストーリーはラノベが原作になっているらしい。
たしかタイトルは『最強の勇者と最強の魔王、どっちが強いの?』だったはず。
「子供がたくさんいるッスね~」
会場の後ろの方の席に腰を下ろすと、ディアナは呟いた。
ちなみに、彼女もこのショーを見るのは初めてらしい。
ディアナが言った通り、小学生くらいの子供とその両親と思われるお客さんが多くいた。
やっぱり、今日のショーは子供に人気みたいだ。
じゃあ子供がショーの原作であるラノベを読んでいるのか、と訊かれると、それはノーだ。
根本的にラノベを読んでいる小学生なんて、そんなにいないだろうからな。
では、どうしてこんなに子供に人気があるのか。
実はこのショーを企画した人が『最強の勇者と最強の魔王、どっちが強いの?』の大ファンで、さらに子供好きということもあり、原作ストーリーと子供が大好きなヒーローショーを組み合わせたら面白いのでは、と言い出し、いまのショーが誕生したのだ。
そんなわけでショーは数年前から始まったのだが、狙い通り子供に大人気になって、現在は定期的に開催されるようになったらしい。
「という情報をネットで見つけたッス」
「ネットかよ」
観客席で、ディアナからショーについての説明を受けた。
わざわざこいつから直接聞かなくても、ネットで見ればすぐにわかることだったみたいだが。
「そうッス、ユウマ。グッズはきちんと買ったッスか?」
「グッズ? ってそんなものあるのか……」
「あるッスよ。例えばこんなのとか」
ディアナが見せてくれたのは、大きくてカッチョイイ剣。
剣のことはよくわからないけど、一瞬本物っぽく見えた。
おもちゃなのに良く出来てるなぁ。
「で、そのグッズを買うとなにかあんのか?」
「ショーに出てきた勇者を応援する時に使うらしいッスよ。あっ、魔王を応援したかったら、魔王が使う杖とかもあるッスよ?」
ディアナは杖を渡してきた。
「いや、いらないから」
「あげるッス」
「だから、いらないって」
「と言いつつ、欲しいんスよね? 遠慮しないでくださいッス!」
「本当にいらないんだって!」
そう言っているのに、ディアナはグイグイ杖を押し付けてくる。
なんなら剣の方も。
「お前、どうしてそんなに俺にグッズを持って欲しいんだよ?」
「フフ、そんなのユウマとおソロで応援したいからに決まってるッスよ」
なぜか自慢げに言ってきたディアナは、杖と剣を二本ずつ取り出してきた。
グッズにおソロとかあるのか?
それを言うなら、服とか帽子とかバッグとかなのでは。
「……ダメッスか?」
瞳をうるうるさせるディアナ。
くっ、なんか断りづらい雰囲気に……。
「わかったよ。剣の方をくれ」
「おぉ! さすがユウマッス! 顔はイケメンじゃないッスけど、心は超イケメンッスね!」
「全然嬉しくねぇわ」
まったく、失礼なやつだな。
「勇者が登場したら、こうやって剣をフリフリして応援するみたいッスよ」
「なるほど……なんか恥ずかしいな」
子供が勇者を応援している中、それに高校生も混じるとかどうなんだ。
そう思っていたら、隣に同い年くらいの可愛い女の子がいた。
しかも、女の子はディアナと同じように剣をフリフリしていた。
よし、本番になったら俺も勇者を全力で応援しよう。
「って、うわぁ!」
不意に身体が後ろに引っ張られた。
振り返ると、いつの間にかディアナが俺の腕に抱きついていた。
「いきなりなにすんだ」
「ユウマが他の女を見てるからッスよ。隣にこんなに可愛い女の子がいるのに」
拗ねているみたいに唇を尖らせるディアナ。
たしかに可愛いかもしれないけど、それ自分で言うのか。
「決めたッス。これからユウマは私以外の女を見ちゃだめッス」
「なに勝手に決めてんだ⁉ 無茶言うな‼」
「もし他の女を見たら、ユウマをずっと尻尾で縛り付けるッス」
恐ろしいことを言い出したディアナ。
瞳孔が開いており、瞳のハイライトは消えている。
おいおい、めちゃくちゃ恐いんだけど⁉
「良い子のみんな~! いまからショーが始まるよ~!」
ディアナの異変に怯えていると、舞台上で女性がそんな風に子供たちに声を掛けた。
おそらく彼女は今回のショーの司会だろう。
「おっ、やっと始まったッスね~楽しみッス~」
ショーが始まったと同時にディアナの機嫌も戻ったみたいだ。
良かった。下手したら殺されるのかと思ったわ。
それからショーには勇者と魔王が登場し、バトルを繰り返していく。
といっても、子供向けにアレンジされているので、そんなに激しいバトルじゃない。
ほんとにヒーローショーみたいな感じだ。
「キサマ、我に一撃をくらわすとは、一体何者だ?」
ショーの途中、魔王が勇者に対して訊ねた。
「オレは勇者だ! オマエを倒しに来たんだぜ!」
それに勇者はカッコよくセリフを吐く。
頑張れ~と子供たちが勇者に声援を送っていた。
対して、魔王には声援なんて一切送られない。
そりゃそうだ。だって悪者なんだもん。
さっき魔王を応援するなら~とか邪竜は言っていたけど、これ魔王が応援されることなんて絶対にないだろ。
「魔王、まだ負けてないッスよ~」
と思っていたら、ディアナがガチで応援をしていた。
俺とおソロにしたから、フリフリしているのは剣だけど。
「お前、なんで魔王の応援をしてんだよ」
「なに言ってんスか。私は邪竜ッスよ。つまり悪の味方ッス」
ふんと鼻を鳴らすディアナ。
どうしてそこで得意げになる。
その後、魔王は撤退して、ショーの前半部分――第一部が終了した。
少し休憩を挟んだのち、今度は後半部分の第二部が始まる。
これが終わると、ショーは完全に終了する。
「第二部はまだッスかね?」
「いま第一部が終わったばっかりだろ。二部が始まるまで十分くらいは掛かるらしいぞ」
「うーん、早く始まって欲しいッス。そして魔王が勇者を倒して欲しいッスね」
ディアナは期待に満ちた声で話す。
悪いがディアナ、それだけは絶対にないぞ。
☆☆☆☆☆
十分後。俺とディアナはショーの第二部が始まるのを待っていた。
しかし、ショーは一向に再開する気配がない。
「……どうしたんスかね?」
「さあ、なんだろうな」
司会の人すら出てこないし、なにかアクシデントだろうか。
役者が逃げたとか?
いや、さすがにそんなことはないか。
「キミたち、ちょっといいかい?」
不意に声を掛けられた。
視線を向けると、三十代前半くらいの男性が立っていた。
「あの……なにか用ですか?」
俺が問い返すと、男性はこう答えた。
「実は、さっきのショーで勇者役と魔王役が怪我をしてしまってね、その代役をキミたちに頼みたいんだ」
「俺たち……ですか?」
正直、めっちゃ嫌なんだけど。
なんでショーの代役なんか……。
「マジッスか! やりたいッス! やってみたいッス‼」
一方、ディアナはやる気満々みたいだ。
こいつ、こういうの好きそうだもんなぁ。
「でも、どうして俺たちなんですか?」
「だって、キミは勇者っぽいし、彼女さんは魔王っぽいでしょ?」
俺が勇者っぽくて、ディアナが魔王っぽいらしい。
なにこれ、なんの陰謀なの?
「えへへ、そうッスか? 私、ユウマの彼女っぽいッスか?」
ディアナはてへてへと笑っている。
そこは否定してくれよ。
「それで代役の話だけど、引き受けてくれるかい?」
「もちろんッスよ! カッコいい魔王を演じて見せるッス!」
ディアナと男性ががっちりと握手。
どうやら俺の意思は関係ないみたいだ。
……まあショーが途中で中止になるのは目覚めが悪いし、やってみるか。
そんなわけで俺とディアナがショーに出演することになった。
十数分後。
俺とディアナは衣装に着替えると、予定通りショーに出演した。
人が変わったことに子供たちからツッコミをもらったけど、そこは司会の人が上手く誤魔化してくれた。さすがプロだ。
セリフについてだが、台本にはそんなに長セリフはなく、ストーリー自体も第一部の半分くらいの長さなので、特に問題はなかった。
ショーの途中、若干俺がセリフを間違ったりしたけれど、まあ許容範囲だろう。
というか、こういうの初めてなんで許してください。
小学校の時の劇とかも脇役しかやったことないんです。
そんな感じでなんとかショーを進めている最中、ついにあいつがやらかした。
「勇者よ、よく聞くッス!」
舞台上で堂々と演技をするディアナ。
いまは勇者と魔王の最終決戦の真っ最中。
ストーリーで一番盛り上がるところであり、クライマックスだ。
――しかし、彼女がいま言っているセリフは台本のどこにもなかった。
「な、なんだ魔王」
俺は恐る恐る訊ねる。……マジでこいつなに言い出すんだろ。
すると、ディアナはこう言ったのだ。
「実は魔王とは世を忍ぶ仮の姿だったんス。私の本当の姿はドラゴンなんスよ!」
「な、なんだと⁉」
こいつ、なんか勝手に設定を付け足しやがったぞ⁉
「見るが良いッス! 私のドラゴンとしての姿を!」
ディアナは大きく手を広げた。
それと同じくして、彼女の背中からは漆黒の両翼が生えてくる。
その光景を子供たちは瞳を輝かせて見ていた。
きっとカッコいいと思ってるに違いない。
いやいや、なに悪役が子供の心を掴んじゃってんの!
「まさか魔王がドラゴンだったとは。しかし、それでも俺はお前に勝つ!」
ほぼ台本通りのセリフを言う俺。
ディアナのとんでもないアドリブがあったけど、これで俺があいつを倒す演技をすれば、このショーは終わりだ。
「いくぞ!」
俺は剣を構えて、ディアナとの距離を詰める。
よし。あとはこの剣を振り下ろして――。
「甘いッス!」
その瞬間、ディアナは翼を羽ばたかせて軽く飛んだ。
おいおい、こいつまたアドリブやり出したぞ。
「ドラゴンキーック!」
なんてことを考えていたら、ディアナは空中に飛んだままみぞおちに蹴りを入れてきた。かなり強烈なやつだ。
「ぐふっ!」
あまりの痛さと衝撃にその場で倒れ込む。
いや、だからこんなの台本にないってぇ……。
「子供たち、よく聞くッス! 私はドラゴンッスけど、悪いやつじゃないッス。本当に悪いのは勇者の方なんスよ!」
またもや台本にないことを言い出すディアナ。
もうめちゃくちゃだ。
「勇者は世界征服をして、いたいけな女の子のおっぱいを揉みまくろうとしているんス! とんでもないゲス野郎なんスよ!」
そして勇者――俺のことをボロカス言っている。ひでぇドラゴンだ。
「でも安心してくださいッス。もうドラゴンである私が倒したッスから。これで一件落着ッス!」
締めの言葉を放った瞬間、子供たちから大歓声が送られた。
同時にショーの終了のブザーが鳴る。
客席からは拍手喝采。客の中にはスタンディングオーベーションする人もいた。
こうしてディアナの活躍により、ショーは無事終了したのだった。
……いや、なんでだよ。
☆☆☆☆☆
ショーが終わって、帰り道。
隣を歩くディアナが話しかけてきた。
「今日は楽しかったッスね?」
「俺は痛かっただけだけどな」
「それは、その……ごめんなさいッス。ちょっと演技に熱が入っちゃったッス」
「なにが演技だ。ほとんどアドリブで勝手にやっただけじゃないか」
だというのに、スタッフの人たちはディアナのことを絶賛していた。
世の中は理不尽だ。
「そうだユウマ! また明日も行きたいところがあるんスよ!」
「急に話題を逸らしたな⁉ それならお前一人で行ってきていいぞ」
「断るッス!」
「なんでだよ!」
「だ、だって、その……ユウマは私の友達ッスから」
ディアナは恥ずかしそうにしながら言った。
彼女の口から『友達』なんて言葉を聞くのは、展示会のとき以来だな。
これは素直に嬉しいかもしれない。
「……しょうがねぇな。どこ行くか知らんけど、明日も一緒に行ってやるよ。友達だからな!」
「ホントッスか! さすがユウマッス! 大好きッス!」
「っ! い、いきなり大好きとか言うんじゃねぇ!」
そう言っても、ディアナはニコニコしながらこっちを見てくる。
そんなに嬉しそうにするなよ。こっちが恥ずかしくなるだろ。
こうして俺は明日もディアナと遊ぶことになった。
きっと明後日も、その次の日も彼女と遊ぶのだろう。
けど、まあいっか。
なんだかんだいって、ディアナと一緒にいると楽しいからな。
~おわり~
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