第3話 エージェントガールの敵組織に誘拐されました
「……っ!」
気が付くと、俺は見知らぬ場所にいた。
「どこだここ」
長らく使われてないと思われる、広い倉庫のような建物。
そこに俺は手足が縛られた状態でパイプ椅子に座らされていた。
ってか、俺はどうしてこんなところにいるんだ?
たしか今日は
「そうだ! その途中で誰かに襲われたんだ!」
いきなり後ろから布みたいなもので口を覆われて、それから意識を失った。
いまはっきりと思い出したから間違いない。
「これって誘拐……だよな?」
おかしいな。俺んちは大してお金持ちじゃないんだが。
犯人さんは誘拐する相手を間違えちゃってるじゃないの。
それとも俺に一目惚れした美女が思わずお持ち帰り誘拐しちゃったとか?
……そんなことあるわけないか。
とまあこんな風に余計なことを考えているのは、恐怖心を少しでも和らげるためだ。
誘拐されて冷静でいられるほど、俺のメンタルは強くないからな。
むしろあと少しで色々とチビッちゃいそうです。
「おう! やっと起きたか!」
初めての誘拐でビビっていると、急に男の声が聞こえた。
視線を向けると、グラサンを掛けたスーツ姿のゴリゴリマッチョな外国人がこっちに近づいてきていた。
この服装……もしかして前に皐月と戦っていた連中の仲間か?
でも前に見たのはドレッドヘアーだったけど、今回はスキンヘッドの外国人だ。
「どうだ? 気分は?」
「最悪に決まってんだろ。つーかどうして俺はこんな目に遭ってるんだ?」
内心はビビりまくっているが、それを悟らせないようにあえて強めな口調で訊ねる。
「まったくせっかちだなぁ。もう少しオレとの会話を楽しもうとは思わないのか?」
「全く思わん。だから早く教えろ」
そう訴えると、ゴリマッチョは「しょうがないなぁ」と言いつつ話し始めた。
「オマエはエサだよ。皐月レオンをおびき出すためのな」
「皐月を? おびき出してどうするつもりだよ?」
「そりゃ倒すに決まってるだろ? 今まで彼女のせいで多くの同朋が刑務所送りにされちまったからな」
「そうかよ。でも残念だったな。俺と皐月はまだそんなに仲良くないんだ。だからきっとここには来ないと思うぞ」
「いいやそんなことはない。オマエが誘拐されたと知ったらきっと来るさ」
確信しているような物言いでゴリマッチョはそう口にする。
そうだろうか。来てくれたら嬉しいけど、正直来なくてもそこまでおかしくはないと思っている。そもそも知り合ったのもつい最近だしな。
「あのさ、さっきから思ってたんだけどお前ってめちゃくちゃ日本語流暢だな」
「ぐはっ!」
俺の言葉を聞くと、途端にゴリマッチョがその場に倒れ込んだ。
なんだ? なんかまずいことでも言ったか?
外国人が日本語をペラペラと話しているから訊いてみただけなんだが。
「そりゃそうさ。オレはこんな見た目だけど北海道生まれの北海道育ちだからな」
「そうなのか? ってことは……もしかして日本語しか喋れないとか?」
「ぐふっ!」
またゴリマッチョがダメージを食らった。ビンゴだったっぽい。
「そ、そうさ。オレは父親が外国人ってだけで日本語しか話せない。だから小さい頃からよくバカにされてきたさ」
「そ、そうか。そりゃ災難だったな」
「でもいいのさ。いまのオレにはこれがあるからな」
そう言ってゴリマッチョが取り出したもの――Tバックだった。
それをゴリマッチョは顔に被せるようにして全力で深呼吸をする。
「……お前、何してんの?」
「パンツ様のご加護を受けているのさ」
いやどう見てもパンツの匂いを嗅いでいるようにしか見えないんだが。
つーか、パンツ様のご加護ってなんだよ。
それから数分間パンツの匂いを嗅ぎ続けると、ゴリマッチョは落ち着いたようでようやくパンツから顔を離した。
大丈夫かこいつ。何か精神的な病気とかあるんじゃなかろうか。
「そういえばオマエはまだ知らなかったな。オレたちの正体を」
敵の心配をしていると、唐突にゴリマッチョがそう言ってきた。
ゴリマッチョたちの正体か。たしかに知らないな。
「オレたちの正体――それは世界を股にかける下着泥棒集団『パンツスティールズ』さ!」
「なん……だと⁉」
なんだそのクソみたいな集団は。ただの変態グループじゃないか。
そんな奴らの一人に俺は誘拐されたっていうのか?
我ながら情けなさすぎる。
「……はぁ」
「おいどうしてそこでため息が出る。オレたちは如何なるパンツも愛することが出来る素晴らしい集団なんだぞ」
そんなゴリマッチョの説明を聞いて、俺はもう一度ため息をついた。
こいつらの正体がそんなしょうもない集団だと知ったら、誘拐された恐怖心とかどっかに吹っ飛んでしまった。
もう警察でも何でもいいから早く助けが来てくれないかなぁ。
「おいおいどうした。いきなり余裕綽々な顔なんかしやがって」
「……別にそんな顔してないけど」
「してるだろ! おまけにさっきからため息ばかり! これは少々お仕置きをしなければならないな!」
お仕置き? もしや拷問みたいなことをされるのだろうか。
下着泥棒とはいえこいつは犯罪集団の一人だからな。十分にあり得る。
「さっき言ったよな? オレたちは如何なるパンツも愛することが出来るって」
「お、おう。言ったな」
「それはつまり男のモノでも女のモノでも関係なくパンツを愛せるってことなのさ」
「っ! まさかお前……」
「今からオマエのパンツを剥ぎ取ってやる!」
「やめろぉぉぉぉぉ!」
全力で叫ぶが、ゴリマッチョは徐々にこちらに行進してくる。
そんな彼の顔はとんでもない変態面だった。
新たなパンツを手にできることに興奮しているのか、ヨダレまで垂らしている。
「それ以上近づくな! 頼むから!」
「ぐへへ、そういうわけにはいかないぜ! オマエのパンツを頂くまではな!」
そしてゴリマッチョは目の前まで迫ってきた。
これはもうダメだ。俺のパンツは奪われてしまう。
しかもこんな変態男に。
くそう。どうせ奪われるならもっと可愛い女の子とかが良かったよ。
「いただきまーす!」
そう言ってゴリマッチョが俺のズボンを下ろそうとする。
しかしその刹那――。
「やめろ!」
不意に少女の声が響いた。
声がした方を見ると、そこにはいつものようにオレンジ色のジャケットを羽織った皐月がいた。
もしかして助けに来てくれたのだろうか。しかもこんなタイミングで。
やばい。嬉しすぎて涙が出そう。
「チッ、せっかくいいところだったのに」
ゴリマッチョは舌打ちをすると、俺のズボンを下ろす手を止めた。
おい、名残惜しそうに俺の下半身を見るな。さっさとあっちいけ。
「キミ、
皐月は少し怒気を込めて訊ねる。
そんな彼女は前にドレッドヘアーの外国人と戦っていた時と同じようにフードを深く被っている。たぶんあれが戦闘モードの皐月レオンなんだろう。
普段は冷静なのに、こういう時はやっぱり雰囲気が変わるんだな。
「変なことなんてしてないさ。ちょっとパンツをテイスティングしようと思っただけだ」
ゴリマッチョからまた変態発言が飛び出した。
なにがテイスティングだ。気色悪い。
「まあこいつのパンツはオマエを倒してから美味しく頂くことにするさ」
「それはちょっと無理だと思うよ。だってキミよりボクの方が強いし」
「っ! 調子乗んなよ! このアマ!」
挑発されてキレたのか、ゴリマッチョは全速力で皐月に突っ込んでいく。
「ゴリゴリキーック!」
そしてその勢いそのままに皐月に向かって飛び蹴りを繰り出した。
いやだからお前らの技ってなんでそんなクソダサい名前なの。
もう少しまともなのを考えようよ。
「遅いね」
ゴリマッチョの飛び蹴りを皐月はひらりとかわす。
結構な速さがあったのに、すごいな。
「くっ、やるな。じゃあこれならどうだ!」
ゴリマッチョは再び皐月に近付くと、
「ゴリゴリキーック! ゴリゴリキーック! ゴリゴリキーック!」
三連続キックを繰り出すゴリマッチョ。
しかもそれはとんでもないスピードで繰り出されており、一般人じゃモロに三発食らって即行で病院行きだろう。
でも皐月はそんな攻撃も難なく全てかわす。
「なっ……」
これにはゴリマッチョも驚きを隠せないようだ。
「じゃあ次はボクね」
そんな言葉を口にしたあと、皐月は片方の拳を握りしめゴリマッチョ目掛けて思い切り突き出した。
「ぐはっ!」
まともに受けたゴリマッチョはその場で倒れ込んでしまった。
あのガタイの良いやつを一突きで倒すなんて。とんでもない威力だな。
「才本くん! 大丈夫かい!」
戦いを終えると、皐月は心配そうにこちらに駆け寄ってくれる。
あぁ、なんてカッコいいんだろう。将来はこの子のお嫁さんになるのもいいかもしれない。
「よし。これで自由に動けるよ」
手足を縛っていた縄を皐月が解いてくれたみたいだ。
ふぅ、これでとりあえずは一件落着か。
そう安心しきっていると、皐月の後ろに人影が映った。
ついさっきやられたはずのゴリマッチョが、物凄い形相で皐月に襲いかかろうとしていた。
「危ない!」
叫んだあと、咄嗟に俺は皐月を庇うように彼女の体を抱き寄せる。
直後、ゴリマッチョの蹴りが俺の背中に直撃した。
「ぐっ!」
かなりの激痛だった。でも皐月を守れたならこれくらい……あっ、これめっちゃ痛いわ。
割と意識失うレベルかもしれない。
「才本くん⁉」
皐月は焦ったような声を出したあと、すぐにゴリマッチョにもう一発拳を入れてトドメを刺した。
さすがにもう起き上がることはないだろう。
「ごめん。才本くん」
「別に謝る必要ないだろ。俺が勝手にやったことだし」
と言いつつも、まじで背中痛いな。帰ったら病院とか行った方が良いだろうか。
「本当にごめんね」
「だから謝ることないって。皐月は俺を助けに来てくれたんだろ?」
「そ、それはそうだけど……」
「なら俺だってお前を助けたっていいだろ。それにこんな背中の痛みどうってことないんだよ」
「でも才本くん、さっきからすっごく痛そうにしてるよ」
「それは気のせいだ」
そう返しても、皐月の表情は晴れない。
自分のせいで怪我をさせてしまったことに相当責任を感じているんだろう。
「ねえ才本くん」
「なんだ?」
「その……今後はボクと関わらない方がいいよ」
「嫌だね」
皐月の言葉を俺は即行で否定した。
「っ⁉ どうして‼」
「どうしてもこうしてもねぇよ。約束したろ? 俺はお前に他の生徒と同じように普通の高校生活をさせるって。まだそれが出来てないからな」
「で、でもボクといるとまた今日みたいな目に遭うかもしれないよ?」
「良いんだよ。どうせ皐月が助けにきてくれるんだから。違うか?」
「それはもちろんだよ! ってそういう問題じゃなくて……」
「あとな俺は皐月にバトルラノベについてもっと教えてもらわなくちゃいけないんだ。こんなところでさよならするわけにはいかないんだよ。だから俺は絶対にお前から離れない」
「っ!」
俺の宣言に、皐月は頬を朱に染めて視線を落とす。
「ほんと才本くんって強引だよね」
「誉め言葉か? 嬉しいな」
「ばーか」
そう言って皐月はくすっと笑う。
そんな彼女の表情は今まで見たことないものだった。
「決めたよ。これからはキミのことを相棒くんって呼ぶね」
「は? なんだよ唐突に。恥ずかしいから嫌なんだけど」
「ボクの好きなラノベのヒロインが主人公のことをそう呼ぶんだよ」
「だからって同じ呼び方にする必要ないと思うけど」
「ボクが呼びたいから呼ぶんだよ」
「ったく、強引だな」
「それはお互い様でしょ」
皐月が楽しそうに口元を緩める。
それから彼女はこっちに向かって手を差し出すと、
「これからもよろしくね、相棒くん」
改めてそう言ってきた。
でもそれは以前聞いたものとはちょっとだけ意味が違う気がする。
「おう、よろしくな」
彼女の言葉に、俺は迷うことなくそう答える。
こうして俺と皐月の関係は少しだけ変わったのだった。
~つづく~
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