ようこそ実力至上主義の教室へ 2年生編 1

〇曲者揃いの1年生たち その4

 食いついてこない龍園が面白くないと感じたのか、宝泉からぬっと伸びたゆっくとした動きの腕。その腕は伊吹に向けられたものだった。それを伊吹は軽く払おうとする。

 だが───

 払おうとした腕は、直前で素早く力強く伸び伊吹の首を直に掴み上げる。

「ッ!?」

 危険なシグナルが脳波から送られたのか、伊吹は慌ててその腕を引きはがそうとする。

 しかし不敵に笑う宝泉の腕は、まるで鋼鉄のようにビクともしない。

 振り返った龍園が、締め上げられた伊吹の姿を捉える。

 伊吹は器用に手足を駆使して逃れようとするが、宝泉はビクともしない。

「ハァッ。抜けてみろよ。それか、そこで見てるおまえら全員かかってきてもいいぜ」

 怖いもの知らず、というよりも絶対的な自信が顔を覗かせている。

 ただ、こちらもそう簡単に手を出せるような状況じゃないことは確かだ。こんなところで騒ぎを起こせば学校も当然嗅ぎつけてくる。必然的にブレーキがかかりそうな状況で、唯一縛られない龍園が呆れつつも動いた。宝泉に対して一撃を与えるためというよりも、伊吹を助けるための動き。宝泉の懐へと潜り込む。だが、宝泉は伊吹の首を掴んだまま、動きの制限された状況で龍園の繰り出す蹴りを軽くいなしてみせる。

「てめぇ!」

 そこに、一度は止められた石崎も参戦する。

 もはや学校の廊下とは思えない騒ぎを見せ始めていた。

「いいぜいいぜ。こんな学校にまで足を運んだかいがあったってもんだ」

 これから本格的な喧嘩が始まるかもしれない。

 そんな中、終始見守っていた七瀬が口を開く。

「宝泉くん止めてください」

 龍園と石崎2人を相手に、伊吹を捕まえているハンデを感じさせない動きを見せていた宝泉だったが、同じクラスメイトの七瀬に声を掛けられ、その動きを止める。

「何か言ったか?」

 忠告を聞き入れたというよりも、口出ししてきたことに対する苛立ちを見せる。

「先輩たちが先ほどから監視カメラの様子を気にされています。その状況から察するに、ここで暴れることに何の得もないと私は判断しました」

「ンなことは分かってんだよ。分かって遊んでんのさ」

 こちらが監視カメラで行動制限されていることを、最初から気づいていたと言う。

 だとするなら、やはり宝泉が現れてからの一連の行動は不可解だ。

 それから忠告を無視し喧嘩を再開しようとすると七瀬は一層言葉を強めた。

「分かっているのなら尚更です。これ以上無駄なことをするようでしたら、こちらにも考えがあります。この場で『アレ』を周知させることも視野に入れます」

 アレ、という抽象的な言葉を受け宝泉の動きが再び止まる。

 そして退屈そうな顔を見せた後、手を放すと、伊吹は咳込みながら床に座り込んだ。

「上等じゃねぇか七瀬。だが俺の期待に背いたら、女でも容赦しないぜ?」

「その時は受けて立ちます」

 宝泉に凄まれても、七瀬は動揺することなくそう言ってのけた。

 2年生のフロアであることなど、微塵も感じさせない落ち着きようで。

 それにしても、この宝泉という男はタダモノじゃない。喧嘩自慢の生徒は2年生にも少なくない。男なら龍園や須藤、アルベルトもそうだ。だが宝泉は1年生ながら、僅かに見せた片鱗だけでかなりの実力者だと分かる。もしもオレが対峙したとしても、簡単に抑え込める相手ではないだろう。片鱗でそう感じさせる以上、全力だとどうなるかは読み切れない。龍園が石崎に不用意な行動を止めさせようとしたのも、単純な殴り合いは不利だと判断したからだろう。とんでもない1年が入ってきたな。

「止めだ。目的は果たしたことだし、帰るぞ七瀬」

「ええ。それが賢明です」

 喧嘩の方以外では満足がいったのか、宝泉は最後に龍園をもう一度見る。

「俺に土下座するなら、ペアを組んでやってもいいんだぜ? 龍園パイセン」

「生憎と俺が組むのは人間限定だ。野生のゴリラと組むつもりはねえよ」

「そりゃ残念だ」

 しかし、このハプニングはここで終わらない。

 何故なら宝泉と七瀬以外にも、1年生が1人その様子をずっと観察していた。

 そのことが宝泉の癪に障ったのか、ついに矛先が1年生にも向く。

「こそこそ見物してるだけか? おまえは」

「君子危うきに近寄らず。そんな言葉をご存知ですか?」

 睨みつけた宝泉に対し、1年生の男子は爽やかに受け流しながらそう答えた。

「談笑も結構ですが、これ以上、ここで宝泉くんが騒ぎを起こすことは得策ではありません。まずは一度下がるべきだと僕は思います。違いますか?」

 そんな助言とも取れる言葉と共に、ついにこの場に大人が姿を見せた。

「何をしている宝泉」

 生徒たちの喧騒を割くように、1人のスーツ姿の男が現れる。

 それと同時に見物していた2年生たちの多くは自分たちの教室へと逃げ込んだ。

「宝泉、浮足立つ気持ちは分かるが、学校のルールは耳が痛くなるほど叩き込んだはずだ」

「そんなことは分かってんだよ」

「分かっているなら、早く散れ。喧嘩は往来でするものではない」

「こんなもん喧嘩ですらねえよ」

 そう鼻で笑い、宝泉は自らの両手をポケットにしまい、背を向けた。

 意外なほどあっさりと引き下がった宝泉は、七瀬に撤退の指示を出す。

「それじゃあ、またな堀北」

 わざわざ堀北を……いや2年Dクラスを名指しした宝泉。

「お騒がせしました」

 最後に七瀬が頭を下げ、この場は何とか治まることに成功する。

 そして顔をあげた七瀬は、去り際にもう一度オレの目を見てきた。このフロアに現れて最初に目があった時の目。何かを知りたがっているような探る眼差し。

 だが、こちらがその視線を捉えるとすぐに逸らし宝泉を追いかけていった。

「すまなかったなおまえたち。俺のクラスの生徒が迷惑をかけた」

 傍で状況を見守っていた堀北に、教師が謝罪する。

「いえ……」

「ついでだから軽く自己紹介しておこう。1年Dクラスを受け持つことになった司馬克典だ。この学校には着任したばかりだが、以後よろしく頼む」

 そう自己紹介を軽く行い、司馬先生は宝泉の後を追うように戻っていく。

 そして入れ替わるようにして、落ち着きを見せた男子が2年生に対して頭を下げた。

「同級生の宝泉くんが、先輩方を困らせたようで。改めて1年を代表して僕が謝罪します」

 先ほどとは打って変わって、話が通じそうな生徒のようだった。

「僕たち1年生は、まだ特別試験というものをよく理解できていません。お手数をおかけいたしますが、どうぞ先輩方よろしくお願いします」

 謝罪と挨拶を兼ねた言葉を終え、八神やがみと名乗った生徒も引き上げを示唆する。

 と、その時ふと八神が何かに気がつく。

 それは丁度お昼から戻って来たと思われるDクラスの女子数名。

 松下、櫛田、佐藤、みーちゃんの4人。

 その中の1人である、櫛田を見て驚きの表情を浮かべた。

「なんだか随分と騒がしいね。何かあったの? 堀北さん」

 八神の存在を認識しながらも、不思議そうに状況を教えてもらおうとする櫛田。

「あなたたちが気にすることじゃないわ」

「そう?」

 何でもないと伝えると、櫛田は3人と教室に戻ろうとする。

「あの……もしかして櫛田先輩、ですか?」

「え?」

 そんな声を受け振り返る櫛田。櫛田の名前を知っているということは、もしや八神も櫛田の知り合いだったのだろうか。そう思ったのだが……。

「えっと?」

 相手を見ても不思議そうにしており知り合いといった空気はない。

「僕です。分かりませんか? といっても無理ないですけど。八神拓也たくやです」

 名前を聞き少しだけ考えていた櫛田だったが、すぐに合点がいったようだ。

「八神……あ! え、あの八神くん!?」

「そうです、あの八神です。お久しぶりですね!」

「八神君もこの学校だったんだ。すごい偶然だねー!」

「まさかここで櫛田先輩に再会するなんて思ってもみませんでした」

「知り合いなの?」

 不思議そうに佐藤が聞くと、櫛田が頷く。

「うん。といっても、接点は殆どなかったんだけど。八神拓也くん。ものすごく頭が良かった印象が残ってる。学年が違ったから、挨拶くらいしかしたことはなかったんだけど」

「じゃあおまえも知ってるのか」

 オレが堀北に小声で確認すると、すぐに答えが返ってくる。

「さあ、知らないわね」

「おまえの場合、同級生の顔すらろくに覚えてなさそうだな」

「否定しないわ。興味の無かった人たちに目を向けるほど暇じゃなかったもの」

 どうやら本当に覚えて……いや、認識すらしていなかったようだ。

 同級生すら怪しい状況では、後輩のことなど更に覚えているはずがない。

 まぁ櫛田は覚えていなくとも、男子からすれば櫛田のことは一度見たら忘れないだろう。

 それだけ人を惹きつける外見をしてるからな。

「憧れだった櫛田先輩と、またこうして同じ学校になれるなんてラッキーですよ」

「そんな……」

 謙遜する櫛田。しかし、八神と同じ中学だったのなら少し気になることが出てくる。

「例のこと、八神って後輩は知ってるのか?」

 例のこととは、もちろん櫛田の過去のことである。

 櫛田は中学時代、自身のクラスを崩壊させた経験を持つ。

 そしてその事実を知る同じ学校出身の堀北を強く敵視した。自分がクラスを壊すような人間であることを知られていることが危ういと感じ、排除したかったからだ。

 同じ中学出身であるなら、八神が話を知っていても不思議じゃないが……。

「知っていても不思議じゃない。でも、絶対に知っているという保証もないわ」

 とするなら、八神の存在は櫛田にとって安心できる存在じゃないということだ。

 同学年に同じ学校の出身者がいたように、下級生に入ってきてもおかしなことじゃない。

「いきなりですが先輩なら文句ありません。僕とパートナーを組んでもらえませんか?」

 再会したばかりだが、八神はそう言って微笑み手を差し出した。



 これは過去のことなど何も知らないというアピールなのか、あるいは知っていても関係ないというアピールなのか。

「私なんかでいいの? 八神くんだったら、もっと勉強の出来る人と組んだ方がいいよ」

 八神拓也の学力はAで申し分ない成績だからな。櫛田が謙遜するのも頷ける。

 隣で携帯を操作していた堀北もOAAでそれを確認するところだった。

「右も左も分からないですから。それなら信頼のおける人をパートナーにしたいですね」

 アプリ上で、ある程度の学力を知ることは出来ても、人間性までは分からない。

 それなら手堅く結果を残してくれると確信できる知り合いの方がいいという判断。

「えっと、少しだけ考えさせてくれる、かな……?」

 八神を警戒したのか、それとも別の理由か。

 櫛田はパートナーの申し出を一度保留することにした。

「もちろんです。僕はしばらく誰とも組まずに、櫛田先輩の返事を待つことにします」

 学力Aなら慌ててパートナーを探し出す必要もない。

 余裕を見せる形で保留を承諾した八神。

「くそ、いいよな。俺だったら迷わず組むぜ……」

 学力E+の須藤にしてみれば、保留という選択肢を選べる櫛田が羨ましいようだ。

「だったらもっと努力することね」

「おう……ぜってーもっと良い成績にしてやる」

 卑屈になるわけではなく、向上心を抱いての羨み。

 オレは一度堀北たちから距離を取る。

 少し離れた位置で波瑠加はるかが手招きしているのが見えたからだ。


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試し読みは以上です。


続きは2020年1月24日(金)発売

『ようこそ実力至上主義の教室へ 2年生編1』

でお楽しみください!


※本ページ内の文章は制作中のものです。実際の商品と一部異なる場合があります。

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