ようこそ実力至上主義の教室へ 2年生編 1

〇曲者揃いの1年生たち その3

 2


 事態が急展開を迎えたのは、翌日の昼休み終盤だった。

 食事を終えた各々が、教室で午後の授業をゆっくり待とうかという時に起こった。

「お、おい1年生が何人かこっちに来てるぞ!」

 そう叫んだのはクラスメイトの宮本みやもと

 特別試験は1年と2年の協力があって初めて成り立つもの。

 普通なら驚くようなことじゃないと思うが、どうやらそうではないらしい。

「上級生のフロアに来るには、相当な勇気がいるからね」

 不思議そうにしていたオレに、教室にいた洋介がそう教えてくれた。

「僕たちが、3年生のフロアに行こうと思ったらそれなりに気を遣うようにね」

「確かに……」

 親しい間柄の先輩が多ければ話も別だが、1年生たちはそうじゃない。

 敵地に乗り込むような気持ちを持っている生徒が多いはず。

 そんな中、何人かがやって来るというのは驚くに値する出来事なのかもしれないな。

 洋介が様子を見に行くというので、オレもそれについていく。

 堀北や須藤もすぐその後を追ってきた。

 まず最初に目に飛び込んできたのは、1人の大柄な男。

 目立つ理由はいくつかあった。身長は須藤と同じくらいはあるだろうか。

 だがそれ以上に、2年生のフロアの真ん中を堂々と歩く姿が非常に印象的だった。

 通りがかった2年生の方が端に避けるという逆の現象。その少し後ろを歩く女子生徒。

 それが単なるパートナーを求めての行動じゃないことに気付いた堀北が、立ちふさがるように男子生徒の前に出る。須藤もそれについていく。

 2人の1年生と対面した時、何故か最初に目が合ったのは離れて見ていたオレだった。

 それから程なくして視線は外れ、堀北へと移っていく。

 昨日、OAAで覚えたデータを記憶から引っ張り出す。

 どうやら、思わぬタイミングで堀北はあのクラスと接触することになるようだ。

「コイツの名前は?」

「少し待ってください。……出ました」

 少しの間携帯を操作していた少女は、程なくしてその画面を見せる。

「2年Dクラス、堀北鈴音。学力はA−か」

 少女の方は男とは違い丁寧な口調で話していたため、異様な組み合わせに感じられた。

 それから堀北の傍に立つ須藤にも視線を向けていく。

 そして同じように、携帯の画面を繰り返し少女は男に見せた。

「須藤健。……ハッ」

 須藤のデータを見た後、バカにするように鼻で笑った男。

「私は1年Dクラスの七瀬ななせと申します。こちらは同じくDクラスの───」

宝泉ほうせんだ」

 互いに苗字を名乗る。補足をするなら、大柄の男は宝泉和臣かずおみと言い、女の方は七瀬つばさ

 どちらも自ら名乗った通り、正真正銘1年Dクラスの生徒だ。



 昨日会うことが出来なかった目的のDクラスの生徒。それが突然姿を見せたことは驚きだっただろうが、堀北にしてみればラッキーでもありアンラッキーでもある。他クラスの目もあるこの状況で、露骨に1年Dクラスに対し交渉を始めるわけにもいかないからだ。

「新入生にしては、随分と思い切ったことをしたのね。その度胸は買ってあげるわ」

「あー? 何が度胸は買うだ、偉そうだなオイ」

「偉そうだな、じゃねえだろ。生意気な態度取ってんじゃねえぞ1年坊主」

 堀北に対して突っかかった宝泉に、須藤が割り込むようにして間に入る。

 須藤とほぼ同身長だが、一回り体格が大きいため、須藤が少し小さく見えた。

「学力E+、見たまんまのバカみたいだな」

「なんだと!?」

「まぁ丁度いい。どうせこっちにもDクラスしか溢れてこないだろうからな。好都合だ」

「それはどういう意味かしら」

「おまえらDクラスは落ちこぼれ集団。俺たちDクラスが指名してやらなきゃまともなペアも組めないよな。だからバカで無能なおまえらに手を貸してやるよ。後は分かるだろ?」

 まるで試すようなことを言う宝泉。

「つまり、あなたたちは私たちと組みたいということかしら。上から目線のお願い事ね」

「ああ? 組ませてくれと頼む立場はそっちだろ? わざわざ出向いてやったんだよ」

 似て非なることだと、宝泉は堀北に突っかかる。

「おら、さっさと組ませてくださいつって、頭を下げてみろよ」

 苛立ちを募らせる須藤を抑えながら、堀北は体格差をものともせず言葉を強める。

「何か勘違いしているようね。私たちはどちらも対等な立場よ」

「対等だ? ふざけたこと抜かすのはそっちのバカだけにしとけよ」

「あなたも同じDクラス、私たちと何も変わらないわ」

「分かってねぇな。こっちがその気になりゃ幾らでもやりようはあるんだぜ? 面倒事は嫌だろ? だったらお願いする立場としての身をわきまえろや」

 どうやら宝泉という生徒は、既に1年生だけが持つ特殊な武器に気がついているようだ。

「一体、どんな手を使えるというの?」

 恐らく堀北も分かっているはずだが、それをあえて言葉として引き出すために問い返す。

「分かってんだろ? こっちには強引に点数を下げる手もあるってことを、よ」

 その言葉を聞いた時、堀北は少しだけ強く唇を噛んだ。

「はぁ? ふざけてんのかテメェ1年。試験で手ぇ抜いたら退学になんだよ!」

「やめなさい。あなたの悪い癖よ須藤くん、すぐにカッカしないで」

「けどよ……」

 あまりにふざけた物言いに怒りたくなる気持ちはよく分かる。

 しかし宝泉の言っていることは嘘ではない。

「確かにテストで手を抜きゃ、退学ってルールだ。だがな、時間切れまでパートナーを見つけなかったことで受けるペナルティは別だ。それで困るのはおまえら2年だけだ、な?」

 時間切れによる、ランダムなパートナー確定。

 それによって総合点から5%のマイナス措置を受ける。

 退学の可能性がある2年生の方が、ペナルティによって受けるダメージが大きい。

「そ、そんなのありなのかよ!」

 信じられないと、須藤が堀北に確認を求める眼差しを見せた。

 その問いかけには、イエスとしか答えられない。

「それで首を絞めることになるのは同じじゃないかしら。入学したてで損するつもり?」

 ペナルティを受ければ、501点以上取れる可能性は当然ながら下がる。

「おまえら2年に比べりゃ、こっちは大した痛手を負わねえよ。なぁ?」

 宝泉は後ろに立つ七瀬に対して確認を取る。

「はい。3か月プライベートポイントが振り込まれないとのことですが、最大でも24万ポイント。致命的な問題にはならないと考えます」

「状況が分かったか? 堀北先輩よぉ」

 先輩である堀北に対して、まるで自分の方が偉いとばかりに接する宝泉。

 それを見ていた須藤は、流石に我慢出来なくなってきたのだろう。

 堪えて手は出さず、威圧を強める形で堀北の前に立った。

「やんのか?」

 宝泉は須藤相手に、何一つ迷うことなくそう言った。

「あんま調子に乗ってんじゃねえぞ」

「冷静さを失わないで須藤くん。この学校のことは、よく分かっているはずよね?」

 1年生は知らなくても無理はないが、廊下は当然学校の監視下にある。

 監視カメラは常に作動しており、問題が起これば映像を掘り起こされる。

「分かってんよ……」

 繰り返し諭され、須藤はやや苛立ちながらも身を引いた。

 すぐに激昂してしまうのは確かに問題だが、堀北の言葉が届くだけでも助かるな。

 視線を堀北に奪われたその矢先、目の前の宝泉の大きな手が須藤の胸を押す。

「うおっ!?」

 その瞬間、バランスを崩した須藤はそのまま尻餅をつくように床に手をついた。

「デカいのはタッパだけか。軽く触っただけだぜ?」

 あまりに無謀な宝泉の行為に、この場を見守っていた2年も動揺を隠せない。

 今のは暴力行為と取られてもおかしくはない、あまりに大胆な行動だからだ。

 この学校で暴力を振るうことの難しさとリスクを分かっていれば、とても出来ないこと。

 今年の1年生は、例年よりも学校の状況に詳しいと思われる。

 そんな昨日の状況が確かであれば、これは無謀だと言わざるを得ない。

 実は思ったよりも学校のことを理解していないのか?

 いや、そんな感じにも見えない。だとすると……。

「てめ───!」

 落ち着きを取り戻しそうだった須藤が、自分がされたことを理解し、溜め込んでいた怒りを一気に爆発させそうになった。

 しかし、それよりも早く、それを遠巻きに見ていたある男が飛び込んできた。

「何やってんだ!」

 2年Cクラスの石崎いしざき大地だいちだった。不良カテゴリに位置する喧嘩っぱやい男だが、情にも厚い男。同学年である須藤が邪険に扱われる姿を見て、我慢ならなくなったようだ。

「次から次にゴキブリみたいに湧いてきやがったぜ」

 面白そうに笑う宝泉に対し、七瀬と名乗った女子が軽く制止する。

「宝泉くんはここに、話し合いに来たんじゃないんですか? 暴力を振るうために来たのであれば私は帰ります」

「暴力だ? こっちは猫を撫でるような気持ちで触っただけだぜ。悪かったなぁ須藤」

 吐き捨てるように、2年生相手を呼び捨てに。

「バカにすんのも大概にしろよ、オイ!」

 石崎は胸倉を掴むつもりで腕を伸ばす。

 その伸びてくる腕を見た瞬間、僅かに宝泉の口角が上がった。

「死にたくなきゃ、やめとけ石崎」

 石崎から伸びた腕は、宝泉の胸倉を掴む寸前で止められる。

 同じようにギャラリーとして見物していたと思われる龍園だった。

「ど、どうして止めるんですか!?」

 制止した龍園の行動に戸惑いを見せた石崎。

 その行動に驚いたのは龍園とクラスを同じとする伊吹いぶきもだった。

「あんたが止めるなんて、どういうつもり?」

 この手の揉め事は基本的に龍園は歓迎、けして毛嫌いするタイプじゃない。

 監視カメラがあろうとなかろうと、やる時は迷わず突き進む。

 だからこそ、喧嘩を止めるような素振りがあまりに意外だったのだろう。

 龍園は石崎を下げ、自らが宝泉に近づいていく。

「今度はおまえが俺の相手か? そこの須藤ってバカより弱そうだなぁオイ」

 けして体格が大柄というわけではない龍園を見て、そう評価を下した宝泉。

「おまえのことはよく知ってるぜ。宝泉つったら地元じゃちょっとした有名人だったからな。まさかここまでバカそうな顔をしてるとは思わなかったけどなぁ」

 繰り返し須藤をバカと罵っていた宝泉に対し、龍園も同じ言葉で応酬した。その辺りが実に龍園らしい。普段は他クラスの敵である龍園だが、この手の揉め事で出てくるのは心強い。事実須藤も、場の空気が変わったことでその怒りを耐えることに成功した。

「し、知ってるヤツなんですか龍園さん」

「龍園だと?」

 名前を聞いた宝泉の表情が変わっていき、そして愉快そうに大きな口を開けて笑った。

「おいおい何だよ。まさかの巡り合わせだな。おまえの噂は嫌ってほど聞いてたぜ龍園」

「人の名前を覚えておくだけの知能はあるみたいだな」

 どうやら2人は、お互いを以前から知っているらしい。1年Dクラスの宝泉は、龍園に近しい出身の人物のようだ。

 それにしても龍園と石崎や伊吹の関係を見るに、どうやら完全復活と言っても良さそうだな。一時は身を引いていたが、再び2年Cクラスで陣頭指揮を執り始めたか。

「しかしあの噂の龍園がこんな貧弱そうな身体してやがったとは……意外だぜ」

「お前の方はイメージ通り脳まで筋肉で出来そうだな」

「何度か遠征した時にぶっ殺してやるつもりだったが、会えなかったのは俺にびびって隠れてたからなんだろ? 兵隊ばっかりに仕事させて逃げ回ってたのか?」

「クク、巡り合わせに救われたな宝泉。俺と会ってたら今頃そんなデカい態度でいられなかっただろうからな。運よく、いまだに負け知らずってところか」

「俺はてっきり、尻尾を巻いて逃げたんだとばかり思ってたぜ。そうじゃないって言うんだったら、今からここで白黒つけてやってもいいんだぜ?」

 大きな拳を握り込み、余裕を見せる宝泉。

 中学時代の龍園を知っているのなら、恐らくオレたち2年生が持っている印象とそう大きな違いはないはず。敵に回したくない相手と捉えていないのか?

「やめとくぜ。見返りもない状況でゴリラと殴り合うつもりはねえ」

 喧嘩を売られたにもかかわらず、龍園はその申し出を断る。

 もちろん、こんな場所で喧嘩など出来るはずもないからだが……。

 場所を変えてでも受けるくらいのスタンスを見せると石崎たちは思ったのだろう。

「そんなにヤバイんですか、あいつ。ガタイは須藤よりデカいですけど……」

「さあてな」

 この場では答えるつもりがないのか、龍園は少し笑ってから指示を出す。

「引き上げるぞ」

「あんた、1年に舐められたままでいいわけ?」

 誰にでも飛び掛かっていくのが龍園らしさでもあることを伊吹もよく知っている。

 思わずそんな言葉をかける。

「ハッ。決着なんざ、いつでもつけられるからな」

 そんな伊吹に対しても、龍園は静かにそう返すだけだった。

 これで終わらせておけばいいものを、宝泉は歩き出し龍園に距離を詰めていく。

「そっちの女もおまえの兵隊か?」

 そんなやり取りを見ていた宝泉が、龍園へとそう問いかける。

「ま、そんなところだ」

「はあ? 誰が? 勝手にあんたの兵隊にしないで」

「女でも兵隊に使うんだな龍園」

「おまえこそ、随分と可愛げのある兵隊連れてるじゃねえか」

 似たような形で、宝泉も七瀬という生徒を横に付けている。

「コイツは兵隊じゃねえよ。ま、そんなことはどうでもいい。遊ぼうぜ龍園」

「やらねーつったろ」

 何度挑発されても、龍園はそれに乗らない。

 それを象徴するかのように、背を向けて撤退の意志を示した。

「そうかよ。だったら───」

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