ようこそ実力至上主義の教室へ 2年生編 1

〇曲者揃いの1年生たち その2

 1


 つい先月まで、オレたちが日々使っていた1年生のフロアにまで足を運ぶ。

 体育館に向かった生徒たちのことを考えれば、あまり生徒が残っている様子はない。

 AクラスからCクラスまで、声を掛けるわけでなく様子を見ていくが、オレたち上級生を見つけた生徒はどこかバツが悪そうに顔をそむける。いきなり1年生のエリアに顔を出して簡単に歓迎されるはずもない。

 気にしない生徒は少数で、大半の生徒は居心地の悪い空間を嫌うだろう。

 それは明日以降も同じことが予想される。いち早くパートナーを見つけるため、朝、昼問わず1年生に声を掛ける生徒もいるだろうが、逆効果の可能性もある危険な賭けだ。

 しかしそれでも、覗き込んだ1年の教室内には談笑にふける生徒もいる。

 この特別試験に対し、慌てる必要がないと感じている生徒か、あるいはまだ特別試験を大きなことと捉えていない生徒か。

「やっぱり、残っている生徒は自分に余裕を持った子たちが多いみたいね」

「いいよな。こっちは大慌てだってのによ」

 1年生は500点以下であっても3か月のプライベートポイント停止のみ。もちろん大きな損失であることには違いないが、入学式の後に最初の振り込みがあったはずなので、危機感は薄いのかもしれない。

「クク。随分と遅い到着だな鈴音」

 1年Cクラスの視察を終えたところで、聞き慣れた声を掛けられる堀北。

 声の先には不敵にこちらを見つめる2年Cクラス龍園りゆうえんかけるの姿があった。

 目先には1年Dクラスの教室があり、そこから出てきたようだ。

「龍園くん、あなたも1年生の偵察に? 交流会には姿を見せないのね」

「体育館に集まってたのはボンクラ連中ばかりだったんだろ? 見るまでもねえ」

 堀北の戦略と同じで、龍園もまた交流会に出ていない生徒を探しに来ていた。

 口ぶりからして、狙うは当然、1年生の上位の生徒たちか。

 オレたちとの時間の差は僅かに20、30分ほどだが……。

 それだけの時間があれば、既に何人かのスカウトに成功している可能性はある。

 各生徒のパートナーが決まったかを確認できるのは翌日の朝8時。

「安心しろよ。まだ誰も落としちゃいねえよ」

 その言葉を、この場にいる2人は安易に信じたりはしないろう。

 実際にアプリが更新され、2年Cクラスからパートナー決定の有無が出るまでは。

「信じない、って顔だな」

「少なくともここでの発言は、話半分で聞いておくつもりよ」

「そうか。随分と俺も警戒されるようになったもんだぜ」

「あら、あなたのことを警戒しなかったことなど一度もないけれど?」

「クククッ、そりゃそうだ」

 龍園が面白おかしく堀北と話していたのが気に入らないのか、須藤が睨みを利かせる。

 その鋭い視線だけで並の人間なら畏怖するだろうが、龍園にその手の攻撃は通じない。

「用心棒を雇うにしちゃ、頭の悪いヤツを選んだな」

「なんだと」

 カッとなりそうになる須藤を、堀北が軽く手で制する。

「あら、用心棒に頭脳が必要かしら? それに、あなたも人のことを言えないでしょう?」

 手で制したまま、堀北は龍園から視線を逸らさずに返す。

「1年生を怖がらせるつもり? あなたのその態度じゃ逆効果よ」

 我が物顔で堂々と歩く龍園を見れば、確かに後輩たちは委縮するだろう。

「軽く脅してやれば、二つ返事で俺に協力すると思ってな」

 目には目を、で返した堀北だったが、それを逆に龍園は肯定した。

「……冗談でしょう。そんなやり方が認められるとでも?」

「認めるも認めないもねえよ。多少脅したところで、そこに問題があるのかよ。低い点数を強要するのがアウトだってのは教わったが、ルール説明の時に脅してパートナーと組むなとは教わらなかったがな」

「ルールに明記するまでもない、ということよ。問題になれば大変なのはあなたよ」

「だったら、まずは問題にして見せろよ。ま、足がつくほど間抜けなことはしないがな」

 相変わらず強気な発言だ。

 脅すことは十分にあり得るとしながらも、それが表に出ないようにすると言い切る。

 これが真実であれ虚言であれ、龍園が常に覇道を行くことを改めて堀北も認識したはず。

「そう、だったら好きにすることね。でも証拠が出てくれば、容赦なく問題提起するわ」

 抑止力のための忠告だろうが龍園には響かなかっただろう。

「それで? おまえは誰かを引き込めそうなのか?」

 答える必要はないと、堀北は口を閉じる。

「交流会の偵察をして何か掴んだな? で、急いで残りを確認しに来たか」

「あなたと同じかもしれないわよ?」

「ククッ、そうかもなぁ」

 堀北に対して龍園は、面白くしてやるよとばかりに言葉を続ける。

「だったら、同じ考えを持つおまえに良いことを教えてやるよ。今年の1年は入学したばかりのくせに随分と落ち着いてやがる。つまり学校側の人間が、新入生に対してある程度学校の仕組みを話してる可能性が高いってことだ」

 本当だとすれば、それは思いがけない情報だ。オレたちは4月の段階では何も知らず好き放題に遊んでいた。もちろん、その他のAクラスやBクラスは落ち着いたものだったが、それは元からの素養の違いが大きかったからだろう。

 ここで龍園が言っているのは特殊なクラスだけでなく『学年全体』がという部分。

 開幕から2年とパートナーを組まなければならないための措置だろうか。

 それとも別の思惑が学校にあるのか。

「今年の1年生たちがしっかりしているだけで、私たちが特別鈍かっただけ、とは考えられないかしら?」

「一部じゃ、今の段階でクラスをまとめようとしてる気配もある。早すぎるだろ」

 特別試験が発表された当日から、動き出してもすぐにまとまるわけがない。

 もっと早い段階、入学直後から動きが活発でなければ、こうはならないと龍園は言う。

「……そんなことを私に話して、いったいどんな卑怯な手を狙っているの?」

「何もねえよ。今回の特別試験じゃ相手をぶっ殺すだけの手段は取れないしな。だが、総合で勝つためには、色々と手を回す必要はあるだろうなぁ」

 今回の特別試験は、他クラスの生徒を退学させることは容易ではない。パートナーが誰であるかの匿名性が比較的強いこと。吹聴して回ったり、情報を集めていかない限り誰と組んだかをアプリ上で見定めることはかなり難しい。仮に学力の低い生徒をライバルクラスにあてがうことが出来、かつ特定できたとしても、そこから手を抜かせることはほぼ不可能だろう。自身の持つ学力から逸脱した低い点数を取れば意図的と見なされ、1年生と言えど退学させられる。結局、勝敗を左右するのは1年生と自クラスの生徒の実力のみ。戦略によってやれることは、高い学力を持つ1年生を1人でも多く自クラスに引き込むことだ。総合力が低いと思われるCクラスが、1位を取るのは容易なことじゃない。

 Aクラスと資金力で争っても勝ち目はない上、クラスの基礎学力が違う。いくら1年生に資金を投入して引き抜いたとしても、厳しい結果が待っている。それならば、いっそ総合1位は捨てて個人戦、上位3割に与えられる報酬を狙うべきだ。

 もちろん堀北はその点に触れはしない。AクラスとCクラスが総合で競い合ってくれなければ、こっちとしては困るからだ。楽にAクラスに1位を取らせるよりも、大々的に引き抜き合戦でもやってもらって、少しでも消耗してくれることに期待したい。

「精々頑張って食らいついてくるんだな」

「それは、あなたにも言えることよ。全くもって余計なお世話ね」

「クク、そいつは悪かったな」

 その後、龍園はすぐに1年のフロアを後にした。

 やるべきことを済ませるには、あまりに短い時間だ。

「思ったよりもずっと、1年生たちは強い抵抗を私たちに感じているかも知れないわね」

 死に物狂いで戦わなければならない学校だと認識すれば、そうなるのは自然の流れだ。

「だったら少しでも早く交渉すべきなんじゃねえのか?」

「そうね……もちろんそうすべき。でも……」

 堀北の視線、廊下の先。

 そこには1年Dクラスの教室が見える。

「早く行こうぜ」

「そう簡単にはいかないんじゃないかしら」

 どうやら、話し合いの中で堀北も気がついていたようだ。

 龍園が1年Dクラスから姿を見せる前から、立ち去ってしまうまでの間。

 その間、誰一人教室から出てくるところを見ていない。

 近づいても物音ひとつ聞こえてこない。

 やがてたどり着いた1年Dクラスの扉を開け、確信する。

「ど、どうなってんだよ!?」

 慌てた須藤が、端から端まで教室の中を見渡す。

「思ったよりもずっと大変かも知れないな、1年Dクラスと交渉するのは」

 教室の中はもぬけの殻で、人っ子一人見当たらない。

 交流会にも顔を出さなかった40名の生徒は、まるで忽然と姿を消したかのようだった。

「思っているよりも厄介なクラスかも知れないわね」

 だが、いつまでも悠長に憂慮もしていられない。

 他クラスが本格的に動き出す前に、こちらも手を打つ必要があるからだ。

 勝負は明日から。1年Dクラスに接触するところから、堀北の戦いは始まる。

 オレも、帰ったらOAAで1年生の全部の顔と名前を頭に入れておくことにしよう。

 堀北には堀北の、オレにはオレの戦いがある。


 そして特別試験が始まったこの日、全部で22組のパートナーが決定した。

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