〇曲者揃いの1年生たち その1
体育館には、1年生と2年生が合わせて数十人も集まっていた。その大半は2年生ではなく1年生。やはりこの交流会を、1つの大切な機会として捉えている生徒は多いのだろう。1年生の顔触れは今見ても分からないので、まずは参加している2年生を把握する。
Aクラスのリーダーである坂柳の姿は見えない。代わりと言えるかは分からないが、
交流会で誰が誰と接触するのか、その偵察といったところか。
Bクラスは主催者ともあって、一之瀬をはじめとした男女がクラスの半数ほど顔を見せている。一之瀬を傍で支える
ほぼ面識のない1年生たちの方だ。
まだ入学して間もない1年生には右も左も分からないはず。
そんな中で、いきなり2年生と組まされるのだから、思考が追いつかない生徒も多いだろう。クラスメイト、それも仲の良い生徒たちで固まり委縮しながら参加している。
その状況を見て、一之瀬は特別試験のことには一切触れず自己紹介や何気ない雑談から輪を広げていこうとしていた。もちろん、誰だってすぐに打ち解けられるわけじゃない。
それを理解している一之瀬は焦ることなく、ゆっくりと歩み寄り、優しく微笑みを向ける。そして、氷のように固く閉ざした心を溶かしていく。僅か数分、この交流会を眺めているだけでその先の情景が目に浮かぶようだった。
「特別試験のことを優先するわけじゃなく、まずはお互いの信頼関係を築いていく。とても一之瀬さんらしいやり方ね。誰にでも出来るようで出来ない眩しい方法だわ」
この交流会の第一印象を、堀北はそう言葉で表した。
これが戦略としてどこまで生かされるかは未知数だが、とても重要なことだ。
一之瀬のやっていることは、1年にとっても2年にとってもプラスにしかならない。
そんな活躍を見せようとする一之瀬を眩しいと表現した堀北。
その横顔から、考え始めているであろう戦略が薄らと見えてくる。
「おまえも似たような戦略を考えてるのか?」
「……そうね。プライベートポイントを主軸とした戦略は、私たちDクラスには荷が重い。だから、1年生と信頼関係を構築していくことが重要だと考えていた。でも、一之瀬さんにはとても敵わないわ。というより、その手の戦略は彼女の専売特許よね」
相手にパートナーとして認めてもらうには『何か』が必要になる。その『何か』に当てはまるのは、ポイントであったり信頼であったり、友情や恩義と様々だ。
「既に1年生の多くに、2年Bクラス一之瀬
「そうだな」
わざわざ知りもしないオレたち2年Dクラスのところに来たりはしない。
「だけど彼女のような眩しい方法は真似できなくても、やり方はある」
どうやら堀北は、何かヒントのようなものをこの交流会で得たらしい。
そのカギは、常にOAAを開きながら1年生を見ていた部分にあるんだろう。
まだ帰る気配はなく、堀北は1年生たちの観察を続けている。
それを傍で見ていたのはオレだけじゃない。大きな影が動く。
「しっかし、どいつもこいつも意思が弱そうな連中ばっかりだな」
堀北の隣で、1年生を見ていた須藤がそんな感想を漏らした。
今日は真っ直ぐ部活の予定だったが、一之瀬の交流会を開く要望が認められ体育館を5時まで使うことが急遽決まったため、須藤は堀北に同行することを申し出た。
不要だと突っぱねられたみたいだったが、どうせ体育館に行くんだからいいだろ、と。
「不用意に睨みつけないで。怖がらせても得なんて何もないわよ」
「別に睨んでねぇよ。元々こういう顔なんだっつの。てかよ、ゆっくりしてていいのかよ。一之瀬に頭の良い後輩持っていかれちまうんじゃないのか? 別に声かけていいんだろ?」
早く声を掛けに行った方がいいと、須藤が焦るように堀北に言う。2年Bクラス以外の生徒が交流会で1年生を口説いたとしても、一之瀬が腹を立てることはないだろう。むしろ喜ぶ姿が目に浮かぶ。
「どうするんだ?」
オレも堀北の行動が気になったため、そのことを聞いてみる。
「私たちが、この場で2年Bクラスと社交性で勝負して勝てると思う?」
一之瀬は自分たちのクラスが勝つことよりも、現状は1年生の救済に重きを置いている。
Bクラスは誰一人立ち去ることなく、1年生との親睦を深めようとしているようだった。
その熱量は1年生たちにも伝わるだろう。
「まったく思わないな」
洋介や櫛田ならいざ知らず、オレや堀北、須藤にはその能力が大きく欠如している。
それは百も承知の上で、この場に足を運んだはずだ。
話し合いが本格的に始まろうかという頃、堀北が行動に出る。
「───行きましょう」
それは交流会への参加ではなく、退散。
堀北は最初から、この交流会で1年生を味方につけるつもりがなかったということだ。
「いいのかよ鈴音」
「半数以上の生徒は、この交流会に出ていない。私はそちら側の生徒と交渉する」
つまり一之瀬の声に耳を傾けなかった1年生をターゲットにする狙い。
しかしそれは、同時に懐柔の難しさを表してもいる。
救いの手を差し伸べられずとも実力でパートナーを手に出来るか、あるいは交流会に出る勇気を持ち合わせていない生徒。もしくは既に戦略を立てている生徒。何にせよ、一癖も二癖もある生徒が多いと考えられる。
「一応、根拠を聞いておこうか」
「理由は2つ。さっき調べた限り交流会に来ている生徒は、思いのほか学力に不安を抱えている比率が高かったわ。今私たちが早急に求めているのは、学力が最低でもB−以上の生徒。つまり、交流会に来ずとも戦える自信を持った即戦力よ」
なるほど。確かにそれなら交流会から離れたことにも一定の納得がいく。
「私たちが最優先でやるべきは学力Aの生徒同士で組ませることじゃない。絶対に退学者が出ないように下位の生徒を確実にフォローできる学力を持った生徒を口説くこと」
しかし2年Bクラスが大勢を救済するとしても、1年生は当然溢れる。しかも、一之瀬は立場上学力の高い生徒よりも、低い生徒を救うことを優先するはずだ。ある程度学力の高い生徒のおこぼれを拾える可能性もある。
2つ目の理由に、それが隠されていると見るべきか。
「それに交流会に姿を見せた人たちには、学力に関係なくちょっとした偏りがあったの」
「偏り?」
「1年Dクラスの生徒が全く参加していなかったことよ」
全く参加していない? なるほど、それは確かに面白い偏りかも知れないな。
「あなたにも分かったようね」
「何だよ。1年Dクラスが参加してないことが、なんか意味あんのか?」
意味が分からないと須藤が首を傾げる。
「1つのクラスには40人もいるのよ。その中には勉強が出来ない子も、対話が苦手な子もいる。なのに1年Dクラスからの参加者はいなかった。明らかにクラスの意思が反映されたものだということ」
誰かがクラスをコントロールし、交流会不参加へと導いていることは明らかだ。
まだ入学して幾日も経っていないことを思えば、異常なことだと言える。
「つまり1年Dクラスにはもうリーダーがいて、そいつが交流会を蹴ったってことか……」
「もしクラス単位で交渉できる相手がいるのなら、個人で駆け引きする必要はなくなるわ」
つまり2年Dクラスと1年Dクラスで、生徒をカバーし合う戦略。
「もっともな話だが、だとすると勝ち目はなくなるんじゃないか?」
退学者を出さないためには悪くないアイデアだが、総合点で他クラスに勝つことは不可能になるだろう。
「そうね。そういう意味では私は今回クラス戦をするつもりはないということになるわ」
「俺がどうこう言えた立場じゃねえけどよ、それでいいのかよ」
「ええ。全く問題ない」
ハッキリと言い切る堀北。戦い方こそ違えど、戦略の方向性は一之瀬と同じか。
貴重な特別試験という機会で、クラスポイントを得るチャンスを放棄する考え方。Aクラスの橋本も一之瀬への交流会の視察が済んだのか、既に体育館を去るところだった。
そんな橋本に続くように体育館の出口に向かう堀北。オレたちもまたついていく。
しかし、立ち去る寸前にオレは一度一之瀬の方を振り返った。
こちらの存在に気付くこともなく、1年生と笑顔で向き合い話を進めている一之瀬。
学力がEだろうとDだろうと、迷わず一之瀬は救いの手を差し伸べることだろう。
特別試験の勝利を捨て、自分たちのクラスから退学者を出さないための戦い。
今から堀北がやろうとしていることと、やり方は違えど同じ。
だが───本質という意味では、果たして同じかどうか。
「よう」
体育館を出たところで、橋本はオレたちを待っていたのか声を掛けてきた。
「相変わらずだな一之瀬は」
「クラスメイトや1年生を救うことを一番に考えているようね」
「あれじゃあな。一之瀬は今のところ脅威にはならない。バカを引き入れるデメリットが分かってるのかねぇ? 勝負を捨てるようなもんだ」
呆れたように話す橋本。堀北がやろうとしている戦略も同じだということに、橋本が気づいているはずもない。勝負を捨てる考えを堀北が持っているとは思いもしないからだ。
「もし分かっているのなら、最初からこのような場を設けないんじゃないかしら?」
「ああ、なるほど。それもそうだな」
「あなたたちAクラス……坂柳さんは交流会を見るまでもなく分かっていたのね。参加しなかった理由は、どんな生徒がこの場に現れるか既に予想していたから」
「ま、そうだろうな」
それでも、偵察要員として橋本だけは送り込んでおいたってところだろう。
「それで、どうやって優等生を味方に引き入れるつもり?」
「それはお姫様の考え次第さ、俺は指示に従うだけなんでね」
そう言って、軽い会話を交わして満足したのか橋本は立ち去っていった。
「橋本の野郎の言うことは、あんま信用すんなよ鈴音」
「言われるまでもないわ。というか、あなた橋本くんに関して詳しいの?」
「いや全く」
堂々とふんぞり返って答える。
「……そう。まぁ、AクラスにはAクラスという大きな優位性がある。ある程度自然と人は集まっていくでしょうね」
この学校に入学すれば、Aクラスが最上であることには遅かれ早かれ気付く。
今はその事実を知らなかったとしても、すぐに話は広まっていくだろう。
「それよりも急ぎましょう。この時間なら、Dクラスの生徒は学校に残っているはずよ」
堀北は1年生の教室へと向かう。1年Dクラスの様子を探るためだ。
周囲の目が交流会に向いている今をチャンスと捉えたようだ。