〇新たなるステージ その4
3
休み時間になると、多くの生徒が必然的に洋介の周りに集まりだした。
それを受けてすぐに堀北も席を立ち、その中に合流していく。
オレも一応、話は聞いておくことにしよう。
「どどど、どうすりゃいい平田!? 俺学力E判定だから、大ピンチじゃん!」
頭を抱えながら、洋介に助けを乞う池。
そんな池に落ち着くよう諭しながら、洋介はクラス全体を見渡した。
「まずは落ち着いて、それから方針を固めていこう」
「ええ、慌てる必要はどこにもないわ」
「け、けどよ!!」
「確かに楽な試験じゃないのは確かよ。確実に501点以上を取るためには、学力Eの生徒は学力B以上の1年生とペアを組まなければならない。けれど、逆に言えばB以上の生徒と組めばかなり安心できる試験でもあると言えるわ」
落ち着かせるためか、試験突破に必要なことはそれほど複雑ではないと説く。
「それに私たちは1年間、同じような試験を協力して乗り越えてきた。今まで通り連携して予習に励めば、250点や300点を超えることも出来ないことじゃない」
「うん。堀北さんの言う通りだよ。僕らが協力し合えば、必ず全員無事に試験を終えられるはずだ」
堀北に合わせ洋介の言葉が重なることで、周囲の動揺が少しずつ落ち着いていく。
「大切なことは、軽はずみな行動でパートナーを決めないこと。ノンストップで決断しても良いのは学力B以上の1年生が組んでくれると言ってくれた場合だけよ」
確かに先走ってパートナーを決めてしまったが最後、試験終了まで変更はきかない。
絶対に501点以上を取れる相手であることを見極める必要がある。
「それから学力がB+以上の人は、焦らずに状況を見極めて欲しい。全員を救うためには勉強のできる生徒を一定数残しておくことが重要になるかも知れないから。ともかく、勉強が出来る人出来ない人を問わず、動きがあった時は必ず私か平田くんに相談して」
最低限のことだけを伝え、不用意に騒がず慌てないことを願い出る堀北。啓誠やみーちゃんといった優等生たちも迷わず頷き協力する姿勢を見せた。クラス全員分の交渉をまとめて引き受けることも出来なくはないだろうが、円滑にパートナーを決めることは難しくなる。ライバルがいる中で競い合うのだから、時間との戦いもしなければならない。
「僕はとりあえず、サッカー部に入ってきた子に交渉してみようと思うんだ。何人か勉強のできる生徒もいるみたいだし、パートナーになってもらえるかも」
話を聞いていた洋介もそう堀北に声を掛ける。人海戦術も大切な戦略だ。
「お願いしてもいいかしら。あなたの協力があれば心強いわ」
しかも、部活を通じてとなれば堀北にも出来ない部分だ。洋介は優しく微笑み頷く。
「それと学力がC−以下の生徒には、万が一のことを考えてヒアリングするべきだと思う」
「正しい判断ね。私たちが協力してパートナーを見つける方向で動きましょう」
こうやって一番最初の段階で、クラス全体に行き渡る方針説明が出来るだけでも大きく違ってくるだろう。苦手な部分はフォローしてもらえるし、誰にも見捨てられないという安心感も得ることが出来る。
「堀北さん、それからもう1つ───」
「学力C以上の生徒の中にも、対話とかを苦手とする人はいる。学力と違う部分でパートナー作りに苦戦する人のフォローもするつもりよ」
細かく話し合わずとも、理解できるだけの頭の回転を持っている2人。
必要最小限の会話で、完璧に息を合わせていた。
「ありがとう。そうしてくれると助かるよ」
堀北と洋介は淀みなく話を進め、両者が納得いく形で状況を整理していく。
一度正面からぶつかり合った2人だが、信じられないほどに上手く連携できている。
堀北が丸くなったこと以上に、洋介の柔軟な考え方が作用しているからだ。
「ところで須藤くん、バスケット部の方はどうなのかしら。1年生も入ってきてるんでしょう?」
部活に熱心に取り組む須藤に意見を問う堀北。
ところが、須藤はどこかばつが悪そうに視線を逸らした。
「あ、ああ。けど……」
「けど?」
「部活が始まって数日だけどよ、結構スパルタ、っつーか……アレしてるからよ」
「威圧的に接しているということ?」
「まあ、そんな感じになるかもな。バスケはリアルだからよ」
要は既に嫌われるような立ち位置になってしまっているかも知れないということだ。
もちろんバスケに対して真剣に取り組むからこそ、ではあるんだろうが。
練習に厳しい先輩は、好き嫌いが大きく分かれそうだ。
「いいわ。あなたはひとまず勉強に集中して、特別試験のことは考えないようにして」
「あ、ああ」
下手に動かれると逆効果なため、堀北はしっかりと釘を刺した。
4
その後の昼休み。昼食を終えた後、オレは堀北に呼び出され廊下に足を運んでいた。
「教室で話すことでもないし、ここなら誰か来れば分かるわ」
「それで? 今度の特別試験に関することだよな?」
「ええ。今度の特別試験、相当難易度が高いテストになることは茶柱先生が言っていた。学力の低い生徒たちには試練だけれど、私とあなたが勝負するには理想的な展開よ」
まずは自分たちの話を済ませておくつもりなのか、そう切り出した。
オレと堀北は春休みの中で、1つだけ約束を交わしていたことがある。筆記試験で1科目、点数の高さで勝負すること。オレが勝てば堀北が生徒会に入ること、堀北が勝てばオレが1年間隠し通してきた実力を惜しみなくクラスのために使うこと、といったものだ。学力Aの評価を持つ生徒でも1科目に90点以上取ることは難しいと明言されている。それだけ高難易度なら、下手に満点同士で引き分けという展開にはならない。
「不服はないわよね?」
次の筆記試験で決着をつけることに異議がないかの確認。
「もちろんだ」
下手に引き延ばしても得はないため、当然のように承諾する。
「それは良かったわ。なら、すぐに次の話に移れるわね」
ひとまず約束の再確認をして満足したのか携帯を取り出した。
そして今朝インストールしたばかりのOAAを立ち上げる。
「1年生の中で、学力B以上の生徒を優等生として人数を調べてみたの。Aクラスに17人、Bクラスに13人、Cクラスに13人、Dクラスに11人だったわ」
合計で54人。それなりの割合と言えるだろう。
「私たちのクラスで学力Eに分類される人たちは4人だけ。学力Dの生徒を含めても全部で12人。1年生には十分に戦力が揃ってる状態よ」
「問題はその優等生を、オレたちDクラスがどれだけ仲間に引き入れられるかだな」
54人いると言っても争奪戦は必至だ。隙を見せれば全員奪われることだってある。
「ええ。この54人の枠を多く確保できたクラスは当然優位に立てるし、逆にD+以下の生徒を多く引いたクラスは単純に不利になる」
今回から導入されたアプリは、極めて便利な機能を兼ね備えている。
この機能を上手く使いこなしたクラスが、勝ちに一番近づくことになるだろう。
「坂柳さんや龍園くん、それに一之瀬さんも。各クラスは今日から動き出すはずよ」
リーダーの中でも、Aクラスの坂柳は真っ直ぐ攻めるだろう。
学力に不安を覚える生徒が一番少ないクラスの利点を生かし、徹底的に頭の良い1年生を仲間に引き入れる作業をしていくだけでいい。後輩にしてみてもAクラスの安定力はOAAを見ればすぐに分かる。協力しておけば上位の報酬もグッと手元に手繰り寄せられる。
一方でオレたちはそうはいかない。
「何よりもまずは、学力EやDのクラスメイトを優先的に助けて上位と組ませることだな」
同意して軽く頷いた堀北。
「まだ100点とは言い難いけれど、パートナー優先リストを作ってみた。やっぱり真っ先に片づけておくべきは須藤くんだと思うわ」
「ちょっと待ってくれ。確かに須藤の学力はE判定だが、実際のところはどうなんだ?」
須藤は入学当初の成績が悪すぎて、結果的にEの評価を受けている。
だが、1年生後半には少しずつ学力の向上が見られ始めた。
つまり、今はもう少し上にいてもおかしくはない。
「そうね……確かに以前より遥かに成長しているわ。春休み中も、須藤くんはこれまでの遅れを取り戻すために勉強漬けだったから」
「付きっきりで勉強会でもやってたのか?」
「まさか。毎日付き合うほど私も暇じゃないわ。ある程度1人で学習する能力も身についてきたのよ。何日かに一度、上がって来た成果物をチェックして戻していただけよ」
「へえ……」
堀北ありきの努力だと思ってたが、それは素直に感心すべきことだな。
「正直、私の中で須藤くんは少し上のランク……他の生徒と比較しても、DからD+まで来てる感覚よ」
もちろん、それは単なる皮算用でしかない。
だが、1年前の須藤を知っている身からすれば、随分な成長だ。
「確かに須藤は、何というか以前なら特別試験の内容を聞いた時点でもっと慌ててたと思うし、動揺してたはずだ。それが随分と落ち着いていた」
もっとも、高円寺に負けた社会貢献性とかで騒いではいたが。
「おまえの見立てで学力D以上なのに、池よりも優先度が高いんだな」
「それは彼の性格や外見が大きく影響してるわ。それに、今朝言っていた部活動での高圧的な態度というところも引っかかったから」
どうやら須藤を贔屓しているわけではなく、きちんと分析した上でのことらしい。
「もしあなたが何も知らない1年生として───須藤くんと池くん、どっちが組みやすい? 表面上は全く同じ成績として」
「そりゃ、やっぱり池だろうな」
身長体格ともに大きく、そして赤い髪や厳しい口調の須藤はどうしても怖い印象だ。
同じレベルと組むのであれば、まだやり取りのしやすい池と組みたいと考える。
「下手に学力を高望みするよりも、パートナー自体を見つけるのが難しいかも知れない」
だからこそ、真っ先に片づけておきたい生徒に指定したってことか。
「理解した。出来ることなら学力B−以上の1年生と組ませたいところだな」
「ええ。それなら確実に乗り切れると思う。早速動きたいの、協力してもらえる?」
「協力? オレに出来ることがあるとは思えないけどな」
「傍で思ったことを述べてくれるだけでもいい、近くに置くのは信用のおける人がいい」
「つまり、オレのことは信用していると?」
「自由に動けるクラスメイトの中では、信頼しているわよ」
それは高いのか低いのか、よく分からない表現だな……。
「それとも、私との勝負に勝つために1分でも長く勉強していないと不安かしら?」
その挑発はむしろ逆効果だ。
不安だから部屋で勉強させてくれ、という逃げ口上を用意してくれたようなもの。
「オレはとても不安───」
その逃げ口上をありがたく利用させてもらおうと思ったその時、携帯に動きがあった。
アプリ内に用意されている全体チャットに、2年Bクラスのリーダーである一之瀬帆波が書き込みをしたからだ。そしてその内容は───
『本日午後4時から5時まで、体育館で1年生と2年生の交流会を行う許可をもらいました。時間に余裕のある生徒は是非集まってください』
どうやって1年生と接触していこうか頭を悩ませる生徒の、助け船になる発言。
「流石一之瀬さんね。自分たちだけじゃなく、全体のことを考えて行動を取るなんて」
どれだけの参加者がいるかは不明だが、それなりの人数が集まると見ていいだろう。
その場でパートナーが成立することも大いに考えられる。
しかし喜ぶどころか、堀北の表情にはちょっとした焦りのようなものが見て取れた。
もしかすると似たような戦略を思い描きつつあったのかも知れない。
「どうした。特別試験はまだ始まったばかりだろ」
「そう、そうね。まず、私たちが最初にやることは決まった」
それはつまり放課後、この交流会に参加するってことだろう。
そしていつの間にか、オレが協力することになっている。
ま、ついていくだけならそれほどのことでもないが……。
分かっていたというように、どこか試すような眼を向けてくる堀北。
「分かった、付き合う」
「あら、本当に手を貸してくれるの? 最近は避けられていたと思ったけれど……随分と協力的な態度になったのね」
避けられてる自覚のあったヤツが、堂々とオレを呼び出すのも流石だけどな。
「おまえがどんな戦い方をするのか、近くで見学しようと思っただけだ」
「なるほど。協力なんて言葉を使うのは早計だったわね」
その方が納得がいくと堀北は1人満足げだった。だがそれは建前、今回はオレ自身が生き残るために動かざるを得ない試験だ。堀北と行動する方が色々とやりやすいこともある。
「だったら半分独り言のつもりで話すわ。須藤くんや池くんを確実に合格ラインにまで引き上げることは大前提だけれど、今回の特別試験は優秀な生徒の奪い合いが基本。当然、龍園くんや坂柳さんたちの動向……つまり『戦略』にも注意しなければならない」
当たり前のことを言ってはいるが、以前の堀北ではそこまでの気は回らなかった。
須藤たちを生き残らせることだけに集中し、敵の戦略に対して疎かな面を見せただろう。
しかし、今回は最初から警戒心を強く持っている。
「もちろん今の段階で、あの2人がどんな手を打ってくるか詳細は分からない。けれど、1つのカギを握ることになるのは『プライベートポイント』だと私は考えてる」
つまり現金。この学校で言えばプライベートポイントの力がものを言うのではないかと堀北は考えた。1年生と2年生との間には、今現在何もない。つまり手っ取り早く話をまとめるには、プライベートポイントを使うのが一番の近道となる。
「AクラスやCクラスにどれだけの資金力があるかは分からないけれど、生徒を奪い合う形になれば買収戦略は必ず行われるはず」
「そうだな。1年生にとっても1番分かりやすいのはポイントだからな」
ポイントを貰いその分勉強で応える、という流れは誰にでも想像がつく。もっとも、安易に札束による殴り合いをすれば、プライベートポイントはあっという間に枯渇するだろう。特にDクラスは1年間低迷していたこともあり、他クラスと比べるとポイント量、つまり資金力で大きく劣ることは調べるまでも無く明白だ。
「通常ならオレたちも資金を投入して一定数の生徒を確保すべきだ」
金に対抗できるのは基本的に金。どちらが多く積むかのまさにマネーゲームが必須。
しかし、さっき一之瀬が発信した全体チャットに焦りを感じていたということは……。
「まずは交流会で偵察よ。チャンスがあればその場での行動もあり得るけれど、焦るつもりはないわ。それでいいかしら」
まだ堀北の中では方針が固まり切っていないのか、深く話すことはなかった。
「ところで綾小路くん。あなたは自力でパートナーを見つけるってことでいいのかしら?」
「お願いしたら見つけてくれるのか?」
「客観的に判断しても、あなたの学力はC。基本的には誰と組んでも支障はない。ついでに片づけられる案件だけど?」
「じゃあ、困った時には頼むことにしよう」
堀北や洋介と組むことを決めた1年生ならホワイトルーム生から除外できる。つまり直前で頼み込み、上手く入れ替わるといったテクニックも使えなくはない。だが、相手サイドに全ての情報が渡っているとしたら、困り果てたオレがそんな選択をしてくることも視野に入れているだろう。裏の裏を取る読み合いでしかないため、100%回避とは言い難い。何より一年生にとってみれば、堀北や洋介だから組むと判断しているわけであって、強引な入れ替わりはけして嬉しいモノではないし、簡単に認めてもくれないだろう。
「悠長に構えない方がいいわよ。懸念材料がないわけじゃない。時間切れによる5%のペナルティはけして安くないわ」
「そうだな」
オレとしても悠長に構えるつもりはないが、ホワイトルームの人間のことが気がかりだ。
まず間違いなく、1年生の中に紛れ込んでいるはずだからな。