ようこそ実力至上主義の教室へ 2年生編 1

〇新たなるステージ その3

 2


 OAA導入の話題冷めやらぬまま、2時間目の授業が始まる。

 そしておそらく、この時間からは本格的な『あの話』に移ることだろう。

 そんな生徒たちの心の読みは簡単に的中することになる。

「これから特別試験の概要を説明する」

 普通に授業を始めるかのように、そう話を切り出した茶柱。

「おまえたちが2年生になって行う初めての特別試験、それはこれまでに類を見ない新たな試みを取り入れた内容となっている。アプリ導入のようにな」

 月城の影響か、あるいは南雲の影響か。学校の仕組みは大きく変わりつつあるようだ。

「肝心のその内容だが、新入生である1年生と、おまえたち2年生がパートナーを組み行う筆記試験となっている」

「1年生と……パートナー……?」

 これまで学年を飛び越えて何かを行うことは殆どなかった。

 合宿などの例外も存在するが、クラス対抗で戦う仕組み上、当たり前のことだった。

 それがOAAの導入により壁が取り払われたということか。

「今回の特別試験では筆記試験とコミュニケーション能力が大きく問われる」

 勉強とコミュニケーション能力。

 一見すると交わり合わないような項目同士。

「筆記試験の重要性は今更説明するまでもないが、学校はこれまで、体育祭や合宿くらいなもので他学年との交流を深くは行ってこなかった。それ故に生徒のコミュニケーション能力が伸び悩んでいると判断した」

「け、けど俺たちは同じ学年と競い合ってるんですよね? なんか違和感あるって言うか」

 1年生が大きく絡んでいることに、ちょっとした不満を見せる池。

「理解できないわけじゃないが、客観的に考えてみることだ。おまえが社会人になって初めての年、接する人間が同じ新卒だけであるはずがない。2年目の者もいれば、20年30年になるベテランとも同じ世界で戦っていくことになる。大きく年の離れた相手がライバルになることもあるだろう」

「それは……まぁ、何となく想像つきますけど」

「世界が実力主義に移行している中、いつまでも日本企業の多くは年功序列と終身雇用に縛られ続けている。後輩と何かをするのはおかしい、先輩と何かをするのはおかしい。この特別試験を耳にした時にそう感じた者は、今一度認識を改めることだ。分かりやすく言うなら飛び級などもその1つ。アメリカやイギリス、ドイツなどでは当たり前のように行われている制度だ。小さな子供が高校生、大学生と混じって勉強することも珍しくない。この教室で同じように学ぶ小学生がいる状況を、お前たちは想像し受け入れることが出来るか?」

 クラスメイトたちは、茶柱に促されるように想像力を働かせる。そしてきっと理解することが出来なかっただろう。あり得ない、おかしい、と感じたはずだ。

 確かに、飛び級制度が日本で使われるケースはほとんどない。特定の条件があるとはいえ、実際に飛び級が可能であることを知らない者も多いくらいだろう。学習を横並びにしている日本には現状合わない制度で、必ずしも飛び級という制度自体が受け入れられていないのが実情だ。ホワイトルームには学習速度の横並びなど皆無だったため、この点についてはよく理解できる。

 ただし茶柱が言っていることが全てでないことも確かだ。

 何事も諸外国に倣えばかりではない。日本には日本の風土に合った教育も重要だ。恐らく茶柱自身も分かってはいるだろうが、上からの指示に従い説明するしかないからな。

「今後、1年生や3年生と競い合うケースも出てくるだろう。しかし今回に限ってはあくまでも協力関係を結ぶことにある、その点を覚えておくことだ」

 これが今回筆記試験とコミュニケーション能力の両方を必要とする特別試験になった理由か。どのようなルールで行われるのか、想像のつかない生徒が首を傾げる。

「理解してもらうためには、去年の特別試験を思い出してもらうことが何よりも近道だ。クラスメイトの中からパートナーを見つける形だった、ペーパーシャッフルの改良型と思えば分かりやすい」

 ペーパーシャッフル。

 それはクラスメイト同士で2人1組のパートナーを作り試験に挑むというもの。

 要はそれがクラスメイト同士ではなく、2年と1年でパートナーを組む形になったのか。

 たったそれだけの違いに感じるが、これは前回とは大きく異なる。

「1年のどのクラスの誰と組むのも個人の自由だ。試験期間は今日を含めて約2週間後の月末。じっくりとパートナーを選定する時間、そして勉強に取り組む時間が用意されている」

 この特別試験なら、OAAのアプリをこの段階でインストールさせたのも頷ける。

 1年生は当然上級生の顔も名前も詳しく分からない。

 2年生も当然下級生の顔も名前も詳しく分からない。

 以前行われたクラスメイト同士のペーパーシャッフルは、仲間内で行うものだったからこそ、色々と調整して自由なパートナーと組むことが出来た。

 つまり勉強の出来ない生徒を誰かがサポートして生き残ることも容易だった。ところが今回の試験は違う。互いに優秀なパートナーを見つけることを前提に動く。しかも組む相手は同学年ではなく関係の薄い下級生。1年には1年、2年には2年の事情というものがある。

 何より、0から信頼関係を築いていくにはそれ相応の時間がかかる。

 こんなものをアプリ抜きで構築しようと思った時、2週間では到底足りないだろう。

 だがOAAでは名前と顔が一致して分かるため、ある程度のショートカットが可能だ。

 しかも現在の学力もおおよそわかるため、組む際の参考にもしやすい。

「テストは試験当日にまとめて5科目行われる。1科目100点の合計500点満点だ。そして肝心のルールだが……今回はクラス単位の勝敗と、個人単位の勝敗の2種が用意されている」

 黒板に指をかざした茶柱が、特別試験の結果についてを表示していく。


 学年別におけるクラスの勝敗

 クラス全員の点数とパートナー全員の点数から導き出す平均点で競う。

 平均点が高い順から、50ポイント、30ポイント、10ポイント、0ポイントのクラスポイント報酬を得る。


 個人の勝敗

 パートナーと合わせた点数で採点される。

 上位5組のペアに特別報酬として各10万プライベートポイントが支給される。

 上位3割のペアに対して各1万プライベートポイントが支給される。

 合計点数が500点以下の場合2年生は退学、1年生は保持しているクラスポイントに関係なく、プライベートポイントの振り込みが3か月間行われない。

 また意図的に問題を間違えるなどして点数を操作、下げたと判断された生徒は学年に関係なく退学とする。同じく低い点数を第三者が強要した場合も同様にその者を退学とする。


「もう何となく分かるだろう。今回の試験、学力の評価が高い生徒から順に売れていく」

 OAAが無ければ詳細まで見られることもなかったが、このアプリが登場したことで生徒の実力は丸裸。学力判定が低ければ低いほど、パートナーを見つけることが難しくなる。

 学力面に不安を抱えている生徒は、売れ残る傾向が顕著に見られるだろう。

 頭の良い生徒は、当然頭の良いパートナーと組んで上位の報酬を狙う。学力に不安を抱える生徒もまた、生き残るために頭の良いパートナーを求める。その果てに溢れてしまった下位の学力の生徒同士で組むことになれば、500点を割ってくることもあるだろう。そうなれば2年生には退学という厳しい現実が待ち受けている。

 2年生は学校の仕組みを理解し、クラス内では少なからず友情が芽生えている。

 上位の報酬を無視してでも、クラスメイトを助けるよう動くことが出来るだろう。

 ところが1年生にしてみれば、まだクラスのまとまりなど当然出来ていない。そうなると、大した友人でもない生徒が3か月にわたってプライベートポイントが振り込まれないことなどそれほど重要視せず、大きなこととは考えない。丁度1年前、このクラスの大勢が須藤を見殺しにしようとした時と同様……いやそれ以上に。

「パートナーは互いの了承で成り立ち、OAA内で登録することにより完了となる。今日この瞬間から組むことは可能になるが、一度パートナーを許諾してしまった場合には、その後如何なる理由があろうともペアを解除することは出来ない」

 そう言われてしまうと、余程相手の学力が高くない限り即断することは難しくなるな。

 安易な決断は後で後悔を生む可能性がある。

 モニターが更新され、次にパートナーに関する情報が表示される。


 パートナーを決める上での方法とルール

 OAAを使い希望の生徒に1日一度だけ申請することが可能(受諾されなかった場合、申請は24時にリセットされる)。

 相手が申請を承諾した場合にはパートナーが確定し、以後解除は不可能となる。

 ※退学や大病など止むを得ぬトラブルを除く。


 パートナーが確定した両名は、その翌日の朝8時に一斉にOAA上で情報の表示が更新され、新たに申請を受け付けることは出来なくなる。

 ※パートナーを組んだ相手が誰であるかは明記されない。


 このルールから、適当に大量の申請メールを送り付けることは出来ないし、特定の人物に送るにしても、その人物が同日別の生徒とパートナーを組んだことを知れるのは翌日の8時になるため、申請が無駄になってしまう可能性もある。

 まぁ、良く知りもしない生徒からの申請を受ける生徒がいるかどうかは分からないが。

 恐らくこのルールは、誰と誰が組んだかを分からなくするための措置だろう。組んだ傍から反映されるのなら、各クラスの戦力分析も容易にできてしまうからだ。

「先生! 絶対に俺と組みたがる後輩なんていないって! まさか俺みたいなバカは、コミュニケーション能力で何とかするしかないってことっすか!?」

 そんな池の嘆きはもっともだ。

 組みたいと思う生徒が尽きるまで、低学力の生徒が必要とされる確率は低い。

 あくまで正攻法にやるとしたらの話だが。

「安心しろ。どれだけ売れ残ってもペアが組めないという事態にはならないように考えられている。特別試験までペアを組みきれなかった場合には、当日の朝8時にランダムで選ばれることになるからだ」

 救済措置とも取れる話に、胸を撫で下ろす池。

「とは言えパートナーを見つけることが出来なかった生徒を、他の生徒と同列に扱うわけにもいかない。よって時間切れによって誕生したペアの2人は、総合点から5%分の点数ペナルティを食らう仕組みを採用している」

 安心したのもつかの間、5%のペナルティにクラスが悲鳴を上げる。

 特別試験を受けられないという事態にはならないが、かなり痛いハンデを背負うな。

「先生、僕たち2年生には3名の退学者がいます。1年生は最終的に3人余るのでは?」

 そんな洋介の些細な疑問に、茶柱が淡々と答える。

「余った3人に関しては、その生徒の持ち点を2倍にすることで補填される仕組みだ。ただし同様にペナルティ5%が課せられるため、喜んで1人になるヤツは少ないだろう」

 単純に1人2役ということか。学力が高い1年生3人が売れ残る分には問題が出ることはないようだ。だが今回の特別試験、オレは池や須藤の心配だけをしているわけにもいかない。

 オレにとっては、非常に難易度の高い特別試験になることが確定しているからだ。

 難易度が高くなる原因は『合計点が500点以下であれば退学』という部分。これは言い換えれば、特別試験をクリアする上で重要なパートナーが、絶対に1点以上取らなければならないという部分にある。オレが5科目で満点を取ったとしても、パートナーが0点であれば退学は避けられない。

 通常であれば、これは非常に尖ったルールであり危険なものだ。1年生には退学するリスクがないため、手を抜かれるなどして低い点数を取られると理不尽な退学を強いられることになる……。が、そのルールを守っているのもまた、学校側の作っているルールだ。

『また意図的に問題を間違えるなどして点数を操作、下げたと判断された生徒は学年に関係なく退学とする。同じく低い点数を第三者が強要した場合も同様にその者を退学とする』という文言。これはこの特別試験を正当なものとして成立させるため、極めて重要ななくてはならないものと言えるだろう。

 手を抜くぞと脅してプライベートポイントを要求するといった不正を防ぐための措置。こうなるとテストで露骨に手は抜けない。これがあることで、一般の生徒はルールにより強固に守られる。

 だが通常であれば十分に守られているルールでも、確実なものとするには不足がある。


 何故なら───ホワイトルーム生だけは別の話だからだ。


 向こうは退学すること前提で仕掛けるのだから、このルールでは抑止力にはならない。

 オレとペアになることが成功したなら、容赦なく0点を取って来るだろう。

 つまり、もしオレがパートナーにホワイトルームの人間を選んでしまえば、それだけでアウト。特別試験が開始された段階で、160分の1以上の確率で退学が待っている。

 本来なら『パートナーが不正により退学となった場合、ペアの生徒はペナルティを受けず合格扱いとする』くらいの措置があっても良い。しかし、今聞く限りではそのような保証はどこにもない。

 この点を誰も追及しないのは、わざわざ退学になるような行動を取る生徒がいるはずがない、という勝手な思い込みによるもの。いや、それだけじゃない。

 万が一、そのような生徒が現れてしまった時、恐らく学校側は急遽対処する。

 不正をした生徒の巻き添えを食らっての退学は厳しすぎる、と。しかしそのペナルティに巻き込まれたのがオレだけであれば、あの男は処分を強行するだろう。

 真面目に試験を取り組まないような生徒とペアを組んだオレのミスとでも言って。

 臨機応変に対応できるよう、僅かな穴をルールに設けている。

 脳裏にチラつく、月城の影。間違いなくあの男が考え、作り上げたルールだ。

 この特別試験の機会を逃すはずがない。オレがもたもたして後手に回ってしまえば、ホワイトルームの人間以外は次々とパートナーを選んでいき、ホワイトルーム生を引き当てる可能性は上がってしまう。

 素早く行動しホワイトルーム生ではないと思う生徒と組めればいいのだが、OAAによるオレの学力は評価C。好き放題にパートナーを選べる立場ではない。

 かと言って極端に学力の低い生徒を選ぼうにも、相手の1年生の方が学力Cのオレでは不安を拭い切れず、ペアを組む許可を出さないだろう。

 こうなると、組んでも差し支えないと思われる学力C前後の相手を見つけることになりそうだが、それを見越して相手側がその評価付近で待ち伏せていることも考えられる。

 ルール説明を受けた段階で、今までのどの試験よりもハードルが高いことは確定だな。

「先生。試験の難易度はどの程度でしょうか」

 他の生徒にとって肝心な部分を、堀北が挙手して茶柱に聞く。

「包み隠さず言えば、非常に難しい問題が多い。これまでおまえたちが受けてきた試験の中でも、間違いなく最難関と言えるものだ。が……それはあくまで高得点を狙った場合の話。学力判定がE付近の生徒でも、予習なしで150点以上は取れるように作られている。数日勉強すれば200点は堅いだろう。そして、これはあくまで目安だが───」

 そう言い、茶柱が学力別の予測点数表を表示する。


 学力E 150点~200点

 学力D 200点~250点

 学力C 250点~300点

 学力B 350点前後

 学力A 400点前後


「きちんと予習しておけば、これくらいの点数は取れるだろう。だが慢心して勉強を疎かにすれば、当然これ以下の点数になるかも知れないことを忘れるな」

 モニターに映し出された内容を過信するなと付け加える茶柱。

「それと、学力Aの生徒が400点前後、という部分を見ればわかると思うが、今回の試験で満点はおろか各教科90点を超えるような生徒はまず出てこないだろう」

 それが最難関だと言った部分に直結しているようだ。

 ともかく学力E付近の生徒同士がペアになれば、単純に退学の危機ということだ。

「以上が4月に行われる特別試験の概要だ。気を引き締めて挑むように」

 その後は、テストの範囲に関する説明が口頭で行われる。

 茶柱曰く1年生で習った範囲をしっかり予習しておけば、ほぼ大丈夫らしい。

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