第三章『取り返しのつかない過去』 その3
「しっかしお熱いねえ、おふたりさん。今日も見せつけてくれちゃって」
昇降口で上靴に履き替え、教室に入ったところで、近寄ってきた
「今朝もまたふたりで登校とは畏れ入る。ところで昨日は休日だったな?」
「ああ。日曜日だからな。僕の家には両親がいたよ。ゆっくり疲れを
これが事実上の朝の挨拶だというのだから、我ながら斬新なことだと思う。
机に
「そろそろ付き合ってるって認めちゃったほうが、いっそ楽なんじゃねえの?」
「答えは変わらず『そんな事実はない』だが……そう見えるか?」
僕の問いに、遠野はごくあっさり
「誰が見てもそうだろ。これは俺が特別、勘繰ってるってわけじゃねえよ。一般論だ」
「そうか。……そりゃそうだよな。
いっしょに帰るより、いっしょに来るほうが、なんとなく親密度が高そうだ。
「お前にしちゃ珍しいな。基本、他人とは距離取りたがるタイプだろ。面倒臭いし」
遠野は明らかにつけ加えなくていいひと言をつけ加えていたが、反論はできなかった。
この学校の中で、僕はあまり好意的でない目立ち方をするほうである。僕といっしょにいるだけで、巻き込まれてしまっては申し訳ない。
しかしその一方で
「あいつ、クラスでちゃんと
小さく
「それは今さら、お前が気にするようなことじゃないだろな」
「……遠野のくせに正論を言うな」
「お前のほうこそ、俺に揚げ足を取られる程度のことを言うなよ。なあ
遠野はこれで、誰かに皮肉を言うことを生き
それは大半が精神的、というか性格的な弱点を突くような言葉だが、ときどきこうして誰にでも通じるような正論を吐く。正直、それがいちばん応える気がした。
「ま、いいことなんじゃねえのって思うけどな、俺は。一度きりの青春ってヤツだ」
「何言ってんだ、お前……」
何よりひとつの皮肉に固執しないところが厄介な男だった。
反撃の余地を遠野は残さない。繰り返すが、なぜ僕はこいつと友達なのだろう……。
と、そこで。
「しかし、小学校の頃から仲いいとは思ってたけどよ。アレか? 初恋を成就させたってヤツなのかね、これは。
遠野は言った。
僕は答える。
「だからそんなんじゃねえっつの……ていうか、別にそんな仲よくもなかっただろ」
「は? いやいや、あれだけいっしょにいてそれはねえだろ」
なんだ? 何か奇妙な違和感がある。
「僕、そんなにあいつと仲よかったように見えたか?」
「どういう質問だ、そりゃ?
「いや、……そりゃそうだが」
「まあ懐かしい話ではあるけどよ。そう恥ずかしがることもねえだろ、別に」
遠野は言う。やはり何かがおかしい。
目を細める僕。そして遠野は、決定的なことを口にした。
「覚えてるぜ。クラスもいっしょで、よく悪ふざけしてたからな、お前ら」
「──、あ?」
僕と
それは、あり得ない。だってそもそも学年が違う。
けれど遠野は、まるでそれが当然の認識であるかのように言葉を続ける。
「たまに巻き込まれたもんだよ。まあ双原ちゃんも昔から明るい子だったし──」
さすがに、僕もそこで割って入った。
「待て待て待て。遠野、なんか勘違いしてるだろ」
「勘違い……? ってのは、なんの話だ?」
「小学校の頃の話だ。そもそも僕らは、当時はほとんど会ってなかったぞ」
「……それ、そんなに否定するような話か? 態度はともかく、事実は事実として認めるってのが
だとするなら、それは灯火の話ではない。
だから勘違いしていると言ったのだ。
「それは姉のほうだろ。
「……あ?」
「この学校にいるのは双原灯火だ。流希の妹のほう」
遠野も、また妙な勘違いをしたものである。
そう思って訂正した僕に、けれど遠野は
「……。いや、お前のほうこそ何言ってんだよ。姉と妹の違いくらい、わかってる」
「──……はあ?」
会話がまるで
ここまで説明しても、遠野は僕のほうがおかしいと思っている。
「お前が付き合ってんのが姉のほうだろ」
そして言った。
──このところ
「い、いや……だから違うっつの。お前こそ何言ってんだよ」
「……なんだろうな。俺には、お前が冗談を言ってるようには見えないんだよな」
もちろん冗談は言っていないのだから、当然だ。
だがそんなふうに思うくらい、
「……第一、学年がそもそも違うだろ」
「そうだな……だから俺も、そう言ってるんだが」
「…………」
困惑だけが僕にあった。困惑が、僕だけにあった──だろうか。
意味がわからない。僕のほうこそ、遠野が冗談を言っているようには見えないのだから。
そして僕は、遠野がわかりづらい冗談を言い張り続ける
「……お前、それ本気で言ってんのか?」
僕の問いに遠野は
「そりゃそうだろ。双原流希……俺だって覚えてる。中学こそ違ったが、高校ではずっといっしょだっただろうが。どうやったらそれを勘違いできるんだ」
「────────」
遠野は、あくまで《彼女》が双原
妹ではなく、姉のほうだと確信している。
それだけではない。その上で、僕たちがこの一年間、双原流希の同級生として過ごしてきたと遠野は言っていた。僕の認識とは完全に異なっている。
「……
「お前に嘘を言っているつもりは、俺にはねえな」
淡々とした口調と、普段の半笑いが消えた表情でわかる。
遠野は本気で言っている。おかしいのは僕で、遠野のほうが正常なのだと。
「でも……一年の間、流希がこの学校にいたなんて、僕は知らない……」
「……冬月」僕の名を呼ぶ遠野の表情は、どこか沈鬱ですらあった。「いいか? お前が言っていることは絶対にあり得ない。もしかしたらお前は知らなかったのかもしれないが、俺はそれを知ってる。中学のときに聞いたからだ。──だから、断言できる」
ほとんど諭すような口調だった。
いや、
僕のほうが、狂っているから──もはや僕自身ですら、そうかもしれないと思い始めている。それほどまでに、僕はおかしなことを言っているのだろうか。わからない。
だから、それを知っているという遠野に
「あり得ない、ってのは……なんでだ?」
「──
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試し読みは以上です。
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『今はまだ「幼馴染の妹」ですけど。 せんぱい、ひとつお願いがあります』
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