【2巻試し読み】先輩、ふたりで楽しい思い出つくりましょう!

第一章『かわいい彼女が生えてきた』その3

 とはいえまあ与那城が灯火によくしてくれるというのなら歓迎すべきだろう。

 実際、相性の悪いふたりではないと思う。元より与那城は面倒見のいい性格だったし、そういう意味では逆に灯火とは凹凸が上手く噛み合う。一見、気難しい与那城に臆さず、素直に懐くであろうあの後輩は、たぶん与那城の好きなタイプだ。

 決して僕の負担を与那城と等分しようというわけではない。ない。

 ──なんて冗談は措くとしても実際、与那城が灯火に積極的に関わってくれるのは、僕にとって素直に喜ばしいことだ。

 なぜなら灯火には、これから三年間の高校生活がある。

 別に灯火を放り出すつもりはなかったが、彼女も僕ばかりにかかずらっていては上手くないだろう。巻き添えを食って、無駄に評判を落とし続けることはあるまい。

 さきほどは手遅れだとも思ったし、自分から近づいてきた灯火に気を回してやる理由も実はないのだが、まあ星の涙の件を思えば情状酌量の余地はある。

 というか僕がそれくらいの気を回さないと申し訳なかった。

 灯火にもそうだし、誰より、今はいない流希にも。幼馴染みの妹に、それとなく融通を利かせるくらいはするべきだ。

 後先考えないあのアホに、今後は自分の青春を過ごしてもらいたい。

 灯火は優しすぎる。それはつまり、の善意を信じすぎるということ。

 身内に施される善意では、他人からの悪意には太刀打ちできないのだから。誰でもない不特定の誰かから、常に悪意を向けられることがどれほど心を刺すか。

 僕は、それを嫌というほど知っている。

 この辺りを、僕は与那城のバランス感覚に期待したかった。実際に一度、見ず知らずの灯火に対し、僕には近づかないほうがいいと忠告してくれている。彼女なら適任だ。

 与那城が上手く便宜を図ってくれれば、灯火も普通にこの学校へ溶け込めるだろう。

 クラスの友達と、下らないことで笑い合って、アホ面のままいてくれればいい。

 心の底から、そう願って──いや、思っている。

 ──そして実際、一時間目以降の休み時間で灯火が姿を現すことはなかった。

 与那城が気を回してくれたからだと思う。頼りすぎな気もするが、頼ると決めたばかりだし構わないだろう。やりたくないことをやる奴でもないから、安心して任せられる。

 となれば僕が早急に考えるべきは、やはり《星の涙》のことだと思う。

 灯火の件で、僕が星の涙が引き起こしたと思しき事態に関わるのは、おそらく三回目。

 なにせ人間の認識能力そのものに干渉しやがるから、絶対とは言えないけれど。

 確実に知っているものを数えれば三つになる。

 ひとつ目は陽星の件。

 ふたつ目は、の件。

 そして三つ目が灯火の件だ。

 このうち無事に解決できた──つまり星の涙の影響を完全になかったことにできた──ものは、灯火の一件だけ。残りは今も影響を留めており、解決の目途すらない。

 表現は最悪だが、その点だけで見れば三件目のサンプルケースを目にできたことは一応プラスと言えなくもなかった。

 僕は星の涙の効果を、あくまででしか知らない。

 要するに全て推定であり、まだまだ知らないことも多いだろう。だからって発動させて調べるなんて論外なのだから、拾える情報は少しでも拾っておきたいのが本音だ──が。

「……わからん」

 前回の灯火の件は、これまでのケースとは微妙に異なる形だったのだ。

 それをどう解釈していいものか、僕は迷っていた。

 一回目、陽星の件は単純だ。《いじめをなくしてほしい》という願いに応じて、陽星の周りの世界を綺麗なだけの楽園へと変えた。

 代償に、陽星からは僕の記憶が永久に失われた。

 これは発動して、それで終わりだ。対価も一発で奪われ、今さら介入する余地がない。

 だが灯火の件は陽星のときと少し違う。

 自分と引き換えに姉を生き返らせてほしい。その願いは少しずつ、段階的に叶えられており、しかも途中で対価が変わっている。この差は果たしてなんなのだろう。

 考えてみれば、そもそも《星の涙》が、なんて保証も別にないわけで。それを思えば、考えるだけ無駄なのかもしれないけれど……。

 それでも、この先も星の涙と関わっていくのであれば。

 ちょっとずつ、星の涙そのものの秘密についても頭を使っておくべきだろう。

 ──まあ上手いこと自分が事件に巻き込まれる保証もないのだが。灯火の件のように、たまたま出会うことを期待する以外、今のところできることがなかった。

「おやー。何か考えごとですか、いおりん先輩?」

「……その呼び方は?」

 迷走していた意識を引き戻す声につられ、僕は視線を上げる。

 もう放課後。僕は教室に残ったまま、たぶん訪れるであろう声の主──天ヶ瀬まなつを待っていた。そして思っていた通り、彼女は当然のように僕の教室までやって来た。

「んー。わたしも何か、トクベツな呼び方が欲しいかなって思いまして」

 てへっ☆ とばかりに片手の人差し指を頬に当て、悪戯っぽく天ヶ瀬は笑う。

 なんというか、自然な様子だ。奇妙なほどにしっくり来る。

 そこにいるのが当然で、こんなふうに昔から話していたみたいな。そういう感覚。

「だいたい先輩、灯火ちゃんのことは名前で呼んでるじゃないですか」

「ああ……でもアレは灯火の姉も友達だからだ。苗字で呼ぶと区別に困るって話」

「はあ。まあそんなトコだと思いましたけど」

 なぜか不服そうに呟く天ヶ瀬。それから、

「ほら、灯火ちゃんは《伊織くんせんぱい》って呼んでるじゃないですか」

「そういやあいつ、結局あの呼び方を変えなかったな……」

「そういうの、わたしも憧れちゃうなーって。普通に呼ぶのも芸がないじゃないですか」

「いや……でも、だからって《いおりん》はないんじゃないか?」

「お嫌ですか?」

 そうまっすぐ訊かれると、僕としても反駁しづらい。

「絶対に嫌だとは言わないけど……なんかなあ。さすがにそれは……」

 ──似合わないってレベルじゃないな。僕をそう呼ぼうって奴はまずいないだろう。

「まあ呼びたいように呼んでくれ。こっちも答えたいときだけ答えるから」

「……、あははっ」

 一瞬だけきょとんとした表情を見せた天ヶ瀬は、けれど直後に破顔して。

「なんかおかしなこと言ったか、僕は?」

「いえいえ。単に、先輩らしい返事だなって思っただけです」

「そう、か……?」

「面倒臭いようでいて、意外と理屈自体はわかりやすいっていうか。まあ実際、面倒臭いことは面倒臭いんですけど」

 褒められているようでいて、最終的には貶されているような言い回しだ。

 果たしてなんと答えたものやら。迷う僕に構わず、天ヶ瀬はそのまま話題を変えた。

「そんなことより、いおりん先輩」

 その呼び方は完全に定着させるつもりらしい。

 少し、いやだいぶ迷ったが、僕は結局そのまま流すことにした。

「なんだ?」

「遊びに行きましょう。今日の放課後は楽しみにしてたんですからっ!」

 快活な笑みで、天ヶ瀬は僕を誘う。

 僕が天ヶ瀬の彼氏である以上、その誘いは正当性のあるものだろう。

「そういえば、そんな約束だったっけか……ちなみに、どこか行きたいところでも?」

「特にどこということも。それこそ、いおりん先輩とならどこへでも! です。こういうふうに答えるのが、いおりん先輩のお好みだと見ましたがどうでしょう?」

「……、違う。誰から聞いた、そんなこと?」

「普通にわたしが予想しただけですよ? まあ違うと仰るならそれで構いませんけど」

「なんか含みを感じるんだが……」

「えー、気のせいじゃないですかー? 別にいおりん先輩が、あざとい後輩趣味だなんて思ってませんよー?」

「……なるほど」僕は言う。「なら、その勘違いは一生そのまま封印しておいてくれ」

「了解でーす! って、そんなことより早く行きましょうよ。ゲーセンとかどうです?」

「そうだな……」

 少しだけ、僕は考え込んだ。

 といっても、別に迷うことはないはずで。

 せっかくの彼女からのお誘いなのだ。最近は灯火にかかりっきりで、天ヶ瀬を放置してしまっていた感がある。ここでその穴埋めを要求される分には、理屈に適っている。

 ならば素直に、今日という日を天ヶ瀬と過ごしても何も問題はないはずで。

「まあ、別に構わな──」

 僕は肯定の返事をしようとした。

 ──刺すように鋭い頭痛は、その瞬間に僕を襲ったのだ。

「っ──ぐ、ぅ──あ?」

「……先輩? え、ちょっ、どうしたんですか!?」

 思わず倒れかけて、咄嗟に机で体重を支える。

 天ヶ瀬も驚いたのだろう。咄嗟に僕に手を伸ばそうとして、けれど途中でやめていた。

 だが僕はそれに気づいていても、声をかける余裕がない。

 ──頭が痛い。

 いいや、脳が痛いといった感じだろうか。内側に棘の生えた鋼鉄の輪が、頭蓋骨の中にある脳味噌を直接、ぎちぎち締め上げているみたいな感覚がある。

「い……っ、てぇな……!」

 思わず僕は毒づいた。だがその痛みが僕を冷静にさせた。

 ──思い出せ──。

 まるでそう語るかのような激しい痛み。お前には思い出すことがあるだろう、今ここで天ヶ瀬といっしょに出かけることがお前のすべき行いかと──痛みがそう発している。

 そして僕には、この痛みに確かに覚えがある。

 ああ、そうだった。その通りだ。僕には確かに、やるべきことがあるじゃないか。

 ──どうして忘れていたのだろう。

 今日は、七月三日は水曜日だ。

 そして僕には──

 どうしてそんな大事なことを忘れていたのだろう。

 わからない。いや違う、わかりきっている。僕は全てを思い出していた。

「……悪いが今日は空けられない。水曜日だけはダメだ」

 だから僕は言った。

 すぐ傍で、天ヶ瀬まなつは訊き返す。

「どうして? 彼女とデートに行きたくないの?」

「まあ僕は彼女がいても、水曜日を空けるつもりはまったくないんだが」

「…………」

「それ以前の問題だ。──そもそも僕に彼女なんていない」

 顔を上げる。頭の痛みはとうに消えていた。

 そして視線を向けた先で、天ヶ瀬まなつは今までと変わりのない笑みを浮かべて。

「いおりん先輩、ひどいんだあ。そういうこと言うんだ?」

「……そういうお前こそ、なんだ、これは。僕を洗脳でもしてたってのか?」

 まあ、天ヶ瀬まなつが天才的な催眠術師であり、優れた技術で僕を洗脳したという可能性も、絶対にゼロではないのかもしれないが。そんな、ほとんどあり得ない推測より。

 もっと簡単に、人間の精神に干渉する方法がこの街には転がっている。

「……《星の涙》を持ってるな?」

 ほとんど睨むような形で、そう訊ねた僕に対し。

 天ヶ瀬は、ふっと冷めたような表情で。これまで見たこともないような目をして──、

「──何? 私が彼女で不満だって言う気なワケ? それってちょっと贅沢じゃない?」

 悪びれもせず、そう答えた。

 僕は、それを紛れもない肯定だと受け取る。だから重ねて、

「使ったんだな? はっきり答えろ」

「……ずいぶん上からじゃん。つーか何、これ? これじゃ意味ないんですけど。思ったより役に立たないね」

「質問に答えろ」

「はいはい、使いましたけど? これでいいでしょ?」

 言いながら天ヶ瀬は、自分の鞄から星の涙を取り出した。

 僕や流希が持っていたものと違い、ネックレス状に加工されていない、素の石。

 それを確かに、天ヶ瀬まなつは所持していた。

「……何を願った?」

 僕は問う──問わないわけにはいかない。

 冬月伊織の生きる目的は、あのときからわずかだって揺らいではいなかった。

 星の涙にかけられる全ての願いを、否定するために僕は生きている。

「はあ、何それ。偉そうに。私がそれに答えなきゃいけない理由、ないんですけど」

 けれど天ヶ瀬は、僕の言葉にそう答えた。

 確かに、彼女の言う通りだ。わざわざ僕に教える必要なんてまったくない。先輩という立場を利用して強めに言ってみたが、通じないのなら別の手を選ぼう。

「場合によっては僕が協力できるかもしれない。少なくとも、そんな石に頼ってもお前の願いは絶対まともには叶わないんだ。僕はそのことを知っている」

「……ふぅん。で?」

 で、と訊かれると正直、答えようもない。

 そもそも説得でどうにかなるようなら苦労はしない。さすがに学習している。

 でも言った。

「あー……つまり、もしもその願いが僕に叶えられることだったら、できる限りの協力はする気でいる。だから、できればその石は捨ててほしいんだが──」

「無理だから」

「…………」

 だよな、としか言いようのない返答だった。

 そもそも灯火のように、ある程度こちらに好意的だったことのほうがイレギュラーだ。

 奇跡の石を使う者が、願いを捨てろと迫る者に見せる当然の態度が、これなのだ。

「あんたにどうにかできるような願いじゃないから、そもそも」

「…………」

「てか、捨てろとか言ってくるんだね。思うんだけどさ、そんなこと言って誰がまともに聞くと思ってんの? 自分のやってること、無理があるとか思わないワケ?」

 違和感のある言葉だった。僕は思わず問う。

「やっぱり……? お前、誰かに僕のことを聞いたのか?」

「……別に」

 天ヶ瀬は小さく首を振った。

 違和感のある反応だ。こいつは初めから、僕の目的を知っていたのかもしれない。

「何言われようと答えないから、私。いきなりこうなるとは思ってなかったけど、だからって説明とかするわけないし」

 だが天ヶ瀬は頑なだ。説得できる気がまったくしない。

 星の涙に願いを託すとはそういうことなのだ。

 対価があることは初めから承知の上で、それでも縋りたい者だけが使う石なのだから。

 これが本来の、僕がやろうとしていることなのだろう。

「──で」

 と、天ヶ瀬は言った。

 さきほどまでとは打って変わって、朝から見てきたような甘えた声音で。

「いおりん先輩、ご予定があるそうですけど。いったいどこに行くんですー?」

「……お前」

「なんですか、もー。怖い声を出さないでくださいよー!」

 これが天ヶ瀬の被る仮面なのだろう。

 わかるのは、僕が女の子の演技をさっぱり見抜けていないという間抜けな事実だけ。

 誰でしたっけ? 演技ではない素の小悪魔とはこういうのだー、とか抜かしてたバカは。

「ねえ、いおりん先輩。そこ、わたしもいっしょに行ったらダメですか?」

「──何?」

 その上で天ヶ瀬の言った提案は、僕としても予想外のものだった。

 すでに僕は、天ヶ瀬が恋人でもなんでもないことを思い出してしまった。この状況で、なおも天ヶ瀬が僕に付き纏う理由はないはずだ。

 解せない。天ヶ瀬が何をしているのか、それが不明だ。

 ただ、

「いいじゃないですか、それくらい。それとも、わたしが行くと都合が悪──」

「いやそうか、そうだな。わかった。それならついて来てもいい。つーかむしろ来い」

「え、」

 天ヶ瀬はそこで、初めて驚いたような表情を見せた。

 だが言い出したのは天ヶ瀬のほうだ。わざわざ行動を共にしてくれるなら、断る理由のほうがない。

「うん。確かにそのほうが都合もいいな。向かいがてら話も聞ける。さっそく行くぞ」

「え──、いや、ホントに!?」

「あと先に言っておくが、あんま楽しい場所じゃないぞ。そこは断っておく」

「いや、ちょ……っ、本気!? そんなコト、急に言われても……!」

「急に洗脳してきた奴に言われたくない」

「そ、それはそうかもだけどっ!」

 ここで押し問答をするつもりはなかった。勢いでどうにかしよう。

 誰に何を言われようと、僕は星の涙が関わる件に関しては一切譲らない。無理やりでもエゴを押しつけ、躊躇いなく傍若無人であろうと決めていた。

 それがゆえの氷点下なのだから。

 僕はそのまま天ヶ瀬を廊下まで誘導する。

「──待ったれぇいっ!」

 なんてアホな声が聞こえてきたのはそのときで、見れば廊下の向こうに灯火がいた。

 さらに言えば、なんだか呆れた表情で頭を抱えた与那城も立っている。

「これ以上、あなたの好きにはさせませんよ、天ヶ瀬さんっ!」

 廊下に仁王立ち、まるで僕たちをとおせんぼうするように灯火は両手を広げている。

「と、灯火……?」

 困惑する天ヶ瀬の声で、さらりと実は呼び捨てにされている事実が判明しつつ。

 灯火は言った。

「さあ、伊織くんせんぱい! その洗脳を解くための作戦を、ばっちりと考えてきましたからね! もうご安心くださいっ! ちなみにスポンサーは与那城先輩ですっ!」

 僕は与那城を見た。

 与那城は顔を逸らした。

 ……なんか、本当、うちの灯火がごめんなさい……。

 もはや同情すら覚える僕を尻目に、灯火は絶好調でなんか言っていた。

「まずはプランその1! 《後輩の呼びかけで真実の愛に目覚める大作戦》です!」

 自信満々な灯火より、その横で『あたしは何も関わってない』と死んだ目で伝えてくる与那城のほうが、なんだか目を惹いてしまう。本当にごめんね……。

 だから僕は言った。

「いいよ。どうせロクでもないから。やらなくて大丈夫」

「いや誰のためにやってると思ってるんですかあ!?」

「ああ……、それは悪いと思うけど」

「いいですけど! とにかく伊織くんせんぱいをこのまま取られるわけには──」

「でも僕、もう全部思い出したから」

「どーしてそーなるのっ!?」

 灯火は頭を抱えた。

 こいつ、今日も面白いなあ……。

「えっ、えっ!? 伊織くんせんぱい、正気に戻ったんですか!?」

「その言い方は含みを感じるけど。まあ天ヶ瀬が彼女じゃないことは思い出したよ」

「じゃあわたしが考えてきたパーフェクトプランは!?」

「パーフェクトである可能性が否定されていないうちに、そっと引っ込めておこう」

「その言い方には含みを感じますがっ!!」

 だって絶対にロクな内容じゃないんだもの。

 いや、まあいいけど。確かに灯火にも迷惑はかけてしまっただろう。

 それは僕のせいではなく、責任の所在は天ヶ瀬に求めてもらいたいところだったが。

 かといって、昨日の今日で灯火をまた星の涙に巻き込むのは避けたいところ。

「まあ、こっちの心配はいらないから大丈夫だ。おい、行くぞ、天ヶ瀬」

「……えっ、とー……」

 僕の呼びかけに、天ヶ瀬はものすごく微妙な表情を見せる。

 その様子に、むしろ荒ぶったのは灯火のほうで。

「ちょっとぉ!? なんで思い出したのにまだ天ヶ瀬さんといっしょにいるんですか!?」

 なぜと訊かれても、僕の目的を思えば当然のことだろう。

 そのくらい、説明せずとも灯火はわかっているはず。

「説明は省くけど、いろいろあってこれからいっしょに出かけることになった」

 だから僕はそう言った。

「────」

 灯火はその瞬間に硬直した。天敵に不意を打たれたプレーリードッグみたいな顔で。

 ……まあ灯火のことは与那城に投げてしまおう。

 棒立ちのまま動かない灯火の横を抜け、僕はさっさと学校を立ち去ることにする。

 しばらく進んだところで、後ろをついて来る天ヶ瀬が、ふと僕に言った。

「……あんたさ」

「なんだ、天ヶ瀬」

「あの子のこと、実は嫌いなの?」

 その問いに答える言葉なんてひとつしかない。

 僕は言った。

「大切には思ってる、つもりだけどな」

「……狙ってやってるなら、より最悪でしょ。その答えがいちばん最悪」

 最悪、とは人聞きの悪いことを言う。

 僕は単に、最低温なだけだ。──この決め台詞、カッコ悪。

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