第二章 最初の恋愛イベント④
幼少期のオスカーは子どもらしくない子どもだった。
彼は生まれ落ちた瞬間からいつか国を背負う人間だと教え込まれており、目に映る人間はすべて国を動かすための道具だと刷り込まれていた。その小さな肩には考えられないほどのプレッシャーがのしかかっており、それ故に彼は
実の母である
そんなオスカーの大人びた態度を周りの大人たちは『しっかりしている』と評しながらも、『生意気』と言って
それが幼少期のオスカーを指す言葉だった。
そういった事情から、王宮で彼はいつも
王妃も乳母もしっかりとした彼の態度に口は出さなかったし、いつも命令口調の居丈高な子供に寄りつく人間もいない。また彼自身も自分の何が悪いのか少しもわからなかったので、年々孤独を深めていた。
そんな時、彼は生まれてから何度目かの社交界で、彼女に出会った。
彼女はシルビィ公爵家の息女で、見目は相当に
大人たちが
川魚のポワレに
立食形式の食事なのにもかかわらず、セシリアはそんなことなどお構いなしといった感じで、次々と食事を選んでは
しかし、それでも公爵令嬢といったところか、彼女の食べ方はとても綺麗で洗練されていた。
社交場は食事を楽しむ場ではなく、貴族同士の交友を深め、持っている情報を
彼女に声をかけたのは、そんな疑問からだった。
「おい」
「ふぁい?」
フォークを口に入れたままセシリアは
その
「なんでしょうか?」
口に入っていたものを
「何をしてるんだ?」
「何って、食事ですが」
「食事をしているのは見ればわかる。なんでそんなにがっついているのかと聞いてるんだ」
疑問に思ったことをそのまま聞けば、セシリアは自分の皿に視線を落とし、ふっと表情を
「これは、やけ食いというやつです」
「やけ食い?」
「最近、自分が死ぬ夢を何度も見るんです。夢だって思うし、思いたいんですけど、どうにもこうにも生々しくて……」
深いため息を吐く顔は心なしか青白い。そのまま独り言のように彼女はぼやく。
「いやもう、これがマジだったら人生の終わりというか。終わりに向かって
「何を言ってるのかわからないぞ」
「簡単に言うと、将来がお先真っ暗かもしれなくて、やけ食いをしてたんです」
「おい。夢の話はどこ行った」
「夢だったらいいなぁって話です」
会話をしているのに、全く話の内容が読み取れない。
セシリアはそんなオスカーを気にすることなく、ニコリと微笑んだ。
「でも、
「そんなに美味しかったのか?」
「はい! あ、もしかして、まだ食べておられませんでしたか?」
「食べてはないが……」
「それはもったいないです! 今日は王家
「……公爵家ではあまり食べさせてもらえてないのか?」
公爵家の
「そんなことありませんわ。けれど、お金を
「かっぷ、らーめん?」
「……今の言葉は忘れてくださいませ」
セシリアは急に青い顔になる。『カップラーメン』だったり『この世界にはない』だったり、彼女の言っていることはいまいち理解ができないが、話してみた印象は想像していた我が儘娘とずいぶんと
「とりあえず、食べないと損ですわ。……ということで。はい、どうぞ」
「は?」
乳母にもそんな風に甘えたことがないオスカーは、顔を赤らめながら一歩引く。
「し、失礼だぞ! 俺は──」
「美味しいですよ? ほら」
「むぐっ……」
無理やり口に入れられる。そのまま
「美味しいでしょう?」
そう
彼女はオスカーを王太子として
「まぁな」
「ふふふ」
「……どうかしたのか?」
「ソースがついてますわ」
セシリアは彼の頰についたソースをハンカチで
「おっちょこちょいですわね。なんだか、ギルみたい」
「お前がつけたんだろう?」
セシリアからハンカチを受け取り、自分で頰を
彼女はなおもにやにやとオスカーの方を見ていた。
「なんだ。まだ何かついてるか?」
「いいえ。なんだかさっきから調子が悪そうな顔をしていたので心配してたのですけれど、元気になったようでよかったです。やっぱり美味しいものは人を元気にしてくれますよね!」
「……さっきまでの俺は調子が悪そうだったか?」
「はい。なんだかずっとお
「腹が痛いのを我慢って……」
オスカーは別に顔をしかめていたわけではない。いたって
「今のそのお顔の方が、怖くなくて私は好きですわ」
好きという言葉が脳内を
「これはなんだ?」
「あはは。私が
「……ヘタだな」
「うぐ……」
「でもまぁ、
思った以上に
セシリアも
「えっと、さっきのは──」
「オスカー様、こんなところに!」
言い訳を口にしようとした
「どうかしたか?」
「国王様がお呼びです」
「わかった」
「オ、オスカー……?」
セシリアの
彼女は青い顔をしていた。
「
「そうだが?」
やっと気づいたかというような表情でオスカーが
オスカーがセシリアに会ったのはそれが最後だった。
借りたままになっていたハンカチを返そうと