第二章 最初の恋愛イベント⑤
あれから十二年──
彼の手にはあの時セシリアから受け取ったハンカチと
不格好なクローバーの刺繡がその証拠だ。
「なんで、このハンカチをアイツが……」
「セシル・アドミナ、話がある」
そうオスカーが教室に乗り込んできたのは、リーンとの
「な、なんでしょうか?」
「教室では話しにくい。昼になったらここに来い」
オスカーは
「絶対に来い。
そして、昼
メモに書いてあった場所は、学院の中にあるサロンだった。といっても
上位の貴族同士の交流を目的としたサロンなので、部屋全体は広く、仕切りも少ない。
オスカーは
「どうしてお前がこのハンカチを持っている?」
「このハンカチ?」
セシリアが見下ろした先には、先日
彼はハンカチの
「これは以前、俺がセシリアに貸してもらったものだ」
「え?」
「もう一度だけ聞く、どうしてこれをお前が持っている?」
彼が指しているのは刺繡の部分だ。そこには
(これを私がオスカーに貸した……?)
必死に
『でもまぁ、伸びしろがあると思えば、そんなに悪くない』
(ぬかったぁー!!)
セシリアは頭を
それもそうだろう。なんせ十二年前の出来事だ。
(こ、こんなことで、バレそうになるとは……)
セシリアの背筋に冷たいものが伝った。オスカーは
(気づいた!? セシル=セシリアだって、気づいた!?)
「えっと……」
「セシリアとお前はどういう関係だ?」
「か、関係ですか?」
その
「セシリアとは友人で……」
「
痛いところを
それでも同性ならばお茶会などで交流することもあるだろうが、セシリアとセシルは異性だ。普通に考えるならば友人同士というのはあり得ない。それならばまだ身分違いの
まぁ、未来の国母が王太子とは別に恋人を作っているというのも、それはそれでゆゆしき事態なので、どちらにせよ選べない
(というか、なんで私とオスカー、まだ
当然、国母には次代の国王を生むための健康な身体が求められる。だからセシリアは
(まぁ、病弱設定のおかげで社交界に出なくてすんだし、今だって学院に通ってなくても他の貴族の人たちに
「本当に友人なのか?」
思考の海に
セシリアは
「えぇっと……」
「
その時、背後から聞き慣れた声が聞こえてきて、セシリアは振り返った。そこには見知った
「ギル!」
「そうだよね、セシル?」
「あ、うん!」
ギルバートはセシリアの
「ギルバートか」
「お久しぶりです殿下。彼──セシルは俺の古くからの友人で、姉とも俺経由で知り合いになりました」
「ギル、どうしてここへ?」
「久しぶりに昼食を
クラスの
(ギルー! ありがとう!!)
思わず
「そうか。では一応、シルビィ家とは
ギルの演技もあり、セシルとセシリアが知り合いというのは信用してくれたようだったが、オスカーの
「そ、それは……」
「姉が貸したんです。セシルと姉は昔からとても仲が良く、遊んでいましたから」
「社交界には毎夜欠席しているぞ」
「ご存じの通り、姉は
あまりにも
「俺も何度か面会を申し込んだことがあったが、一度も会えたためしがないぞ。なのに、なぜセシルは会えるんだ?」
「それは、姉が殿下のことをあまり信用してないからでしょう。もしかして、
ピシリ、と岩に
「ほぉ。セシリアが俺を嫌ってると?」
「断定はできませんが。しかし、そうとしか考えられませんよね? ……大体、何度も言っていますように、病弱な姉では国母は務まりません。いい加減、婚約を
「それは君がどうこう言える話ではないだろう、ギルバート。国母は知性や品、貴族としての格を総合して判断するものだ。少し身体が弱いからといってふさわしくないという判断はできない」
見えない火花が二人の間に散り、セシリアは頰を引きつらせた。
(なんでこの二人、
病弱という設定でほとんど社交界に出なかったセシリアとは違い、ギルバートは次期シルビィ家当主として何度も社交界に出ている。きっと二人はその時に知り合ったのだろう。
そんなことを考えている間に、二人の
「しかし、次代の国王を生み育てるという重責は、心身の健康が何よりも大切だと考えますが」
「何も子供を産むことだけが国母としての仕事ではないだろう。……ギルバート、前々から思っていたんだが、君は少し姉
「十年以上前の思い出を引きずる殿下よりはましかと思いますが。何より俺と姉は
「他人? ……俺とセシリアは婚約者同士だ」
「〝まだ〟婚約者同士の
「そっちだって、姉弟と言っても
「あいにくですが、俺は『義理』というところに最大のメリットを感じていますので、それはマイナスにはなりません」
なんの話をしているのかよくわからないまま、セシリアは困り顔で二人を
(とりあえず、二人が案外仲がいいのはわかった)
ギルバートがあんな風に
(きっと喧嘩友達ってやつなのね!)
セシリアはそう結論づけた。昔から考えてもわからないことは深く考えない
「まぁ、そうだな。十年以上会ってないのだから、
そう
しかし、彼女がそれを受け取ろうとした
「ひっ!」
「殿下!」
すかさずギルバートが止めようとするが、それは手で制される。
オスカーは
「セシル」
「は、はい!?」
「最近、セシリアに会ったか?」
「ま、まぁ……」
鏡に映った自分をカウントしていいのなら、毎日会っていることになる。
「
「はい?」
「なんとかして、俺をセシリアに会わせろ」
それは
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