Chapter2 汝、解と黄金を求めよ(2)

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 琉花子の紙袋が回収されきった辺りで、ちょうど、十六時ジャストになった。

 時間は厳守され、学園の事務局員らが列を成し、室内に入場してくる。

 ……スーツ姿の大人の群れ、だけではなく。

 そいつらを先導するように歩く二人の人間が、こちらに強烈な印象を与えてきた。

「おーおー、お集まりだねぇ……」

 一人は、ダークベージュの長髪をなびかせた痩せぎすの青年。頭から爪先まで黒ずくめの他の事務局員と違い、たった一人だけグレーのスーツを着用しているそいつは、遠目からでもわかるだけの陽気な様子でうろうろと、こちらを観察している。

「ハハッ……いいね。大志を抱く若者が、この場にはこんなにもいるわけだ!」

 ……偶然、一瞬だけ目が合った気もしたが。ただ、好意的というよりかは見世物を眺めるかのような眼差しだったこともあって、俺はすぐさま、注意をもう一人の方へ移した。

「──ファイルマンさん。無意味に騒々しいのは、内輪の時だけにしてもらえますか」

 学園の在校生であることを示す、ブライトイエローのブレザー。飛び級を疑ってしまいそうなくらいに小さな体躯は精巧緻密なアンティークドールを彷彿とさせ、右目にだけ付けられた銀のモノクルが、彼女の無機質でレトロな美しさをまとめあげ、演出している。

 つまりは、ファッ○ン可愛らしい女子生徒であり──そんな彼女はカンファレンスルーム前方のステージ上まで細やかに歩を進めた後で、俺たちの方へ向き直ってくる。

 今にも演説が始まりそうな空気、だったわけだが。

 ……マイクの位置、合ってなくないか?

「あ、ちょっとちょっと! 彼女は見ての通りプリティなサイズで他の人と違うんだから、事前に踏み台かなんか用意してあげなくちゃダメじゃないか──ね、ちゃん?」

「……貴方がノンデリなのはどうでもいいんですが、とはいえ少し黙っててくれます?」

 ドタバタと。事務局員らのコミカルな動きによって、重厚な台が用意され。

 アシンメトリーの前髪に触れてから、彼女は満を持して、第一声を発してきた。

「三三五名の、入学セレクション受験者のみなさん──初めまして。ちょうじゃばら学園新二年生、くれみや羅栖奈です。この度は、どうぞよろしくお願いします」

 風体の割にハスキーな声。おお……これが所謂ギャップ萌え、というやつだな?

 ……それで? 事務局員を差し置いて本当に彼女が──呉宮が、この場を回すのか?

「在校生がこのような立場にいることを、不思議にお思いの方もいらっしゃるでしょう。ですので最初に、明確に伝えておきます」

 ただ。そんな俺の一般的所感は、彼女の次の発言によって速やかに拭い去られた。

「自分は、長者原学園内総資産ランキング十傑 《ビリオネア》の一人です。相応の自負と責任を持って携わる所存ですので、皆さんの考えるような懸念は起こりません──また、今回のプログラムの考案者でもありますから、答えられる範囲内で質問にも回答します」

「あ、あの人が、例の?」「なら、たった一年で、そんだけの額稼いだってことよな?」

「噂じゃ、もう10億近く積み上げてるらしいぜ……」「ま、マジで言ってんのかよ?」

 ……、か。一介の学生に対する渾名にしては、少々テクニカルすぎる気もするが──いかんせんそれは、単なるニックネームじゃあないんだっけな。


 長者原学園の在校生は、自身が保有する個人資産を学園側にリアルタイムで捕捉されているらしい。動く金額が大きいだけ、数字は厳密に管理していく必要があるんだろう。

 そのうえで。各生徒の累積資産額は常態的にランキング形式で開示されており、そしてビリオネアとは、その学内番付で、上位十名に位置づけている学生らの呼称だった。

 ビリオネア。読んで字の如く億万長者であり、そしてこの学園では、別の意味も持つ。

 卒業時に学園側から譲渡される資産は数十億超えが当然で、学園内でも絶大な力を持つ最高権威者のライセンス──このレベルになると、自らの資産によって学園内に擬似的な条例を発布したり、ストリートの土地に自身の好む企業の店舗を誘致したりといった、組織レベルの施策すら可能とのこと。学内ピラミッドの頂点。それこそが、選ばれし十名。

 呉宮羅栖奈が、それほどの実力者なら……不足ある進行なんて、しないんだろう。


 呉宮の背後には、薄型のスクリーンが下りてきていた。

「事前に説明されていたように、皆さんには明日からの五日間を使い、来年度のセレクション生を選抜するためのへと、臨んでもらうことになります」

 一切の無駄がなく、それでいて機械的に、呉宮は口を開き続ける。わかりやすい権威ってのは、人を統率するには格別な前提なんだろうが──この場も例に漏れず、呉宮羅栖奈が俺たちに対し説明を施すという見慣れない構図は、この時点であっさり浸透していた。

「ステージ上のスライド、もしくは各々に貸与している携帯端末でPDFファイルを開き、2ページ目を閲覧してください。十六時ちょうどに、自動送信されているはずです」

 かくして。少しの間を空けてからスクリーン上に、アジェンダが表示された。


『EXプログラム№20 プログラム名:黄金解法』

 ・総受験者数:335人

 ・開催期間:3月3日〜3月7日

 ・開催エリア:事前禁止区域を除く、長者原学園敷地内全域

 ・エリア開放時間:8時〜18時

 ・当該プログラムにおける合格予定者数:3名


「……なんか、ゲームの説明みたいだな」「これが、例のプログラムってやつか……」

「つか、三人しか通らないのかよ!」「今年の倍率、エグくね?」「というか、ほんとに五日もやるんだ」「敷地内って、どういう意味?」「ヤバい、胃が痛くなってきた……」

 ざわざわと。誰が言い始めたでもない喧騒が、少しずつ伝播していた。

「順を追って説明しますので、ご静粛に」

 一方、ホスト側の呉宮は微動だにせず、スクリーン上のスライドを進めていく。

「まずは、我が校におけるとは何か?について整理しましょう。学園事務局側から在校生に対して課す、特色競争課題──それこそが、プログラムです。学生に資本を扱うことを強制し、学生間の競争をもって、より実践的な経験値を積ませつつも意識付けを行う。都度都度で内容は異なりますが、潜在目的は常に一貫しています」

 ……これらに関しても、事前に聞かされていた話と相違ないもの。

 もっと言えば、在校生が大きく富む理由への、一つのアンサーともなっているはずだ。

「余談ですが。プログラムで得られる報酬金は、他の手段で得られる金額よりも圧倒的に、高額で設定されています──規模の大きいものならば、一度のプログラムで1億近いキックバックが与えられることも決して珍しくありません。ですので、今後の人生での成功を強く求める人ほど、プログラムでの勝利は、必要不可欠な概念になっているでしょう」

「い、1億……そんだけあれば、なんだって手に入るよな」「いやいや。この学園ならそれ元手に、もっと増やせるんじゃない?」「ウチからしたら、1億でも充分なんだけど」

「では、本筋に戻りましょう。各々の端末で『』という同名のアプリケーションを起動してください。先ほどのファイル同様、それぞれの端末へ配信されています」

 ……ま、流石に見るか。

『端末名:獅隈志道 受験者識別番号:42』

『学力考査順位:2位 体力考査順位:1位 現在資産額:¥500万』

 所定のスタートページには受験者本人のパーソナルデータがつらつらと記載されていて、情報羅列の最後には、なる数字が記されていた。

「特に『現在資産額』という部分に注目してください……確認、しましたね?」

 言って。呉宮は一呼吸ぶんの間を空けた後で──決定的な台詞を告げてくる。


「皆さんがすべきことは、いたってシンプルです。五日後、つまりは本プログラム終了までに、を用いて、資産額をより多く積み上げてください──そして、最終的な上位三名へ、入学の権利が与えられます」


「…………へ?」「それって……お金を稼げってこと、だよね?」「い、いきなりかよ!」

「ただし、今回のプログラムにおいて、実際の日本銀行券や硬貨を用いることはありません。あくまで名目上の数字として認識していただくよう、お願いします」

 一部の受験者らの動揺に、どこかズレた補足をしてくる呉宮。

 ……俺としては、500万という数字が気にかかるところだが。ゼロじゃないのか?

「なお、昨日実施した学力考査と体力考査で十番以内の順位を獲得した方には、それぞれの考査で250万円ずつの事前報酬金が加算されています。よって、既に最大で500万円のアドバンテージを得ている受験者も、わずかながらいらっしゃいます──ご参考までに」

「規模がデカすぎて、あんま頭に入ってこねぇ……」「……なんかそれ、ずるくない?」

「さて。では具体的に皆さんが、どのようにして資産を積み上げるか、ですが。本プログラムにおいては、指定エリア内に偏在する問題カードを探し出し、当該アプリの機能を用いて解答するという『メインコンテンツ』が存在します──例題を、表示します」


『№ex1・徳川幕府十五代目将軍は誰か?・正答報酬金:100万円』

『№ex2・関東に本拠地を置くプロ野球チームを二つ答えよ・正答報酬金:80万円』

『№ex3・「シシリエンヌ」を作曲したフランスの音楽家は誰?・正答報酬金:50万円』


 場が更に過熱し出した渦中、例題が三問、スクリーンに表示されていた。

「ひゃ、100万って……!」「あんな簡単なの解いただけで、嘘でしょ?」

「額があれぐらいってことは、アドバンテージ持ってる奴、かなり有利よな?」

 ……ずっと、気になってはいたが。一個横の卓の連中の声がガンガン耳に入ってくる。映画館で騒ぐ迷惑客じゃあるまいし、どうせ驚くなら、最後にまとめて驚いてくれ。

「問題を正答すると、正答者の端末上の架空口座へ報酬金が振り込まれ『現在資産額』が増加します──ただし、一つの問題につき正答報酬金を得られる人間は最初の一人のみであり、解答権も一度だけ、という点は覚えておいてください」

 トライ&エラーは不可であり、誰かが正答済みの問題を再び解答することもできない。

 ……これもまた、Do or Die. 性質として、奪い合いが前提になっているらしいな。

「問題の解答にも、端末並びにアプリケーションを用います。加えて、それら以外のプログラム進行に必要な行為は、過不足なく行えるようになっています──が、逆に言えば不要と判断された行為や機能は、事務局側で制限をかけています。端末に搭載されている通話機能や、新たなアプリケーションのダウンロード、などですね──ご理解の程を」

「……安易に答えを調べるとかってのは、させないわけね」

 傍にいた琉花子は、サングラスのレンズを拭きながらも、そう呟いていた。

 端末の検索エンジンなんかが使えてしまうと、問題を解くというギミックの意味がなくなってしまうわけだからな。納得、というよりかは、当然の処置だろう。

 ──その後も細々とした説明が、呉宮の口頭とスライドによって行われ。

「禁則事項について説明します。『他者の心身を著しく脅かす行為』・『受験者間で個別に取り決めた契約の不履行』・『指定エリア以外への侵入』以上の三つが本プログラムにおける禁則事項であり、これらは確認され次第、無条件で失格となります。入学後に発覚した場合でも遡って同様の処分が下るため、くれぐれも、犯すことのないようお願いします」

 時間にして十五分にも満たない、手短な説明だった。

「以上で、本プログラムにおける概要説明を終了しますが──何か質問等、ございますか?」

 共通言語で説明されていた以上、言ってる内容は勿論、理解できる。

 ただ、すんなり飲み込むには時間がかかる、といった受験者が、どうも多いようで……。

「……いいですか?」

 そんな中。先陣を切って右手を挙げたのは、古風な学生服姿の男子学生だった。

「合格者が三人というのは、例年と比較しても極めて少ない総数だと思うんですが……絶対数は、今以上に増えないものなんですか?」「基本的に、増減はありません」

 食い気味に。更には、些細な希望的観測すらも、根元からへし折る解答だった。

「AO入学生との兼ね合いもあり、本年度の入学セレクションでは、三人のみとなっています。ただし、最終的な資産額が並ぶことで三位以上の受験者が出た場合は、その全員に入学の権利が与えられますが──あまり、考える必要はないでしょうね」

「…………わかりました。ありがとうございます」

 男子学生はどこか考え込む素振りを見せつつも、それ以上は食い下がらなかった。

「……馬鹿かよ。んなもん、ちょっと考えりゃわかんだろうが……」

 次いで。毒づきながらも琉花子が、付近の事務局員へマイクをよこせと示していた。

「禁則事項を破ったら、一発アウト。そこまではいいわ──そのうえで聞くんだけど、事前に決められたこと以外は本当に、の?」

「例えば?」「そうね……普通ならになるようなこと、とかは?」

 ──場に、緊張が走った。

「具体的な行為の内容については、ここでは触れないわ。けど、あんたが言ってることって、だって受け取って、本当に良いのよね?」

「……事務局側の判定基準は、先ほど示しています。それらをどう解釈し、どう行動に移すのか? それもまた、皆さんの自由です」

「…………わかった。もういいわ」

 確認の後、琉花子は手に持っていたマイクを、目の前の円卓の上に置いていた。

 緩く口角を上げ、愉快なことを聞いた、とでも言わんばかりに──。

「……ちょっと待ってください」ただ、戦々恐々とした話題は、そこで終わらない。

 伸びやかな声が──在歌が、マイクも使わず呉宮に対し、口を挟んできた。

「先述の例が許されてしまえば、場合によっては無法地帯になる恐れがあるんじゃないでしょうか。教育機関の入学セレクションとして、それは真っ当とは言い難いのでは?」

「……」一喝するかのような物言いに、呉宮はただ、沈黙を貫いていて。

「他にも多くの疑問がありますが、そもそも、説明が不十分ではありませんか? 問題の総数や平均難易度はどうなっているのか、問題カードの実物がどんなものなのかも不透明なまま──セレクションに臨む側として、十分に納得できないままでは困ります」

「……そ、そうだよ。ダメだろ、さっきのは」「あれが許されるなら、なんでもアリってことになるじゃん」「だいたい、こんなわけわかんないことで入学できるかどうか判断すんのも、意味わからねえよ」「あんたら、ちゃんとウチらのこと考えてくれてんの?」

 芹沢在歌という美しきファーストペンギンが先陣を切ったからか、受験者連中は口々に文句を言い始めた。なんなら話が、プログラムの内容そのものへと波及している始末。

 ……さて? ビリオネアたる呉宮は、はたしてどんな手段で、この場を収めるんだ?

「なるほど、そうですか……」

 場の混乱っぷりを俯瞰していた呉宮は、気だるげに息を吐いてから──。


「であれば──今年のセレクションは行わずして、全員不合格にしましょうか」


 ──彼女が選んだそれは、身も蓋もない言葉による弾圧だった。

「は、はあ!?」「そ、そんなこと、できるわけないだろ」「馬鹿じゃねえのか!」

「で、でも、あの人ビリオネアだし、もしかしたら、そういう権限もあるのかも……」

 一切の阿る素振りを見せず、呉宮はやはり、静かな口調で告げてくる。

「デバッグ、という作業工程をご存じでしょうか。リリース前のゲームにおけるバグを発見し、その不具合理由を根本から除去する──言ってみれば、必要不可欠の作業です」

 こいつは急に何言い出すんだと、当惑する受験者を尻目に呉宮は、詳らかに続けた。

「本プログラムもまた、それに近いかもしれませんね。目に明らかなバグだらけのプログラムコードを吟味し、最後には、ほんの僅かな上澄みだけを残そうと試みる──この際、はっきり言いましょう。投資する価値の無いバグは、この学園に必要ありません」

 ファッ○ン悪し様な物言いは、呉宮羅栖奈の辟易っぷりを雄弁に示している。

「AO入学とセレクション入学とで入学手段が分かれているのも、それが理由です。学園側が本当に欲する人間、資本を生み出せるような資質を持つ人間を、率先して引き入れるために──今年のAOは例年よりも豊作だったようで、お眼鏡に適う人材の相当数は十二分に確保してあります。だから我々は、セレクションなんてやらなくても何ら困りません」

 ……誰も、止めないんだろうか?

 何気なく、ステージに突っ立っていた事務局員らの方へ目を向けたが、制止しようとする人間はいなかった。グレースーツの青年に至っては、微妙にニヤついている始末。

 雁首揃えた事務局員たちが、この状況でも黒子に徹している以上は──言い方は異なれど、学園としても、同じような考えなのかもしれないな。

「立場を弁えてください。皆さんは学園側が欲しがらなかった人材であり、あるいは、AOでの入学を志すほどの熱量が無い学生なんです。才覚にしろ意識にしろ、現時点では劣っていると判断するしかなく──その評価を覆すためには、自らが即戦力だと結果で証明する他ないでしょう? 子細説明されずとも、与えられたカードで戦うべきでしょう?」

 一思いに語ると、呉宮羅栖奈の声量は小さく、より感情の乗ったものに変わった。

「だいたい、一から十まで説明しようと思えば、できるに決まってるでしょう。それをしないすら汲み取れないバグばかりなんですか、今年のセレクション生は……だからは、手厚く受け入れる必要なんて無いって言ったんです。どんだけコストかけたところで、結局はつけあがらせるだけなんですよ、まったく……」

 いくらか愚痴を漏らしてから。呉宮は再度、受験者の意思を見極めようとしてくる。

 やるのか、やらないのか。本当に覚悟があるのか、それとも、ないのか。

「……まだ、何か?」

 ほぼほぼ暴言に近い反論だったものの、本質を突いていたからか、なんなのか。

「わかったよ、やりゃいいんだろ、やりゃ!」「無条件で落ちるよりかはマシだし……」

「例題も、そんなに難しくなさそうだったからね」「つか、要は問題解きゃ良いんだろ?」

 燃え広がった抗議の火は、そこでようやっと、鎮火された。

「他に質疑応答がなければ、解散とします──また、最後になりますが、今回の入学セレクションプログラムで用いるアプリケーションは、学園と提携するIT企業『スティグマ・ソリューションズ』様に制作を協力していただきました。そして、彼が実業家であり当該企業の代表でもある、ノーヴェンバー・ファイルマンさんです」

 呉宮からの紹介を受け。ファイルマンとやらは、やけに溌剌とした表情でステージ中央に立ち、俺たちに向かって、軽く会釈をしてくる。一言二言、頼まれているらしい。

「どうもどうも、ご紹介にあずかりました! 実業家ってことで、普段は手広く、色々やらせてもらってる感じですね! アプリ作ったり、南の島の再開発やったり、後は……そうそう。最近だとLaplus&Companyさん、なんかともお仕事させてもらったりしてます!」

 Laplus&Company──ラプラス社。

 深海調査からコンビニの経営までなんでもやる、世界最大の企業体。経済規模で言うと、このちょうじゃばらをも上回るレベルの組織、だったっけか……そんなところと仕事をしている辺り、相当なやり手なんだろう。どことなく図々しい雰囲気もあって、ある意味納得だな。

「実業家って聞くと、大抵は堅苦しいイメージを持たれがちなんだけどさ。ただ、ボクに限ってはフランクなのが好みで、人とのコミュニケーションも大好きでね! もしプログラムの最中に見かけたりしたら、ぜひぜひ一声かけてくれると……」

「その話いります?」「……もしかして、いらない?」「自分語りは不要です」

 苛立たしさを引きずる呉宮を尻目に、ファイルマンは明るい声で語りかけてくる。

「ま、不安になってる人だったり、不親切だなぁって感じてる人も、いると思うんだけどさ。少し厳しい話をするなら、世の中そんなもんなんだ。誰も丁寧に説明なんてしてくれないし、信用していた人から詐欺られちゃうこともある。ボクも似たような経験したことあるから、わかるんだけど……っと失敬。アイスブレイクは求められてないんだったね」

 癖なのか、話題転換の折にファイルマンは、パチンと指を鳴らしていた。

「ただ、ボクも事務局の人たちも、もちろん羅栖奈ちゃんも、あなた方の健闘を祈っていることは本当です。というわけで……勝つことで、己の優位性を示してください!」

 何をかくそう──黄金は、勝利してこそ手に入るものだろうからね! と。

 ……その言説を、この場の全員が従順に受け入れられたかどうかは定かじゃない。

 唯一。入学にはプログラムを通るしかないという事実だけが、横たわっていて──。


「…………わかっていたつもりだが。本当に、金の話ばかり、なんだな」


 金、金、金。聞くだけ嫌になる、資本によって支配された世界の話。

 そんなモノばかり求めても、人は幸せになれないのに。

 そして、そう考えている俺自身すら、その内側の住人であるという事実に。

 ……湧いて出た嫌悪感を誤魔化すため、左手だけをスラックスのポケットに突っ込む。

 無造作に押し込まれ、くしゃくしゃになった紙幣。冷たく固い、硬貨の手触り。

 それらはいっそ、燃やし捨ててしまいたいだけの──確かなリアリティを持っている。

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