第二章 努力の影響(2・5)

2・5 幕間 アメリア局長の日記


○月○日

 信じられない。

 私は今日という日を死ぬまで忘れないと思う。

『闇属性』なんて何百年ぶりだろう。少なくとも過去百年その記録はないはず。

 驚きのあまりちょっとだけ粗相をしでかしちゃった、反省。

 でもこの知的好奇心を抑えることはできない。無理、絶対に無理。

 だって知りたすぎるもん『闇属性』!!

 明日にでも私はしばらく『ギルバディア』に残ると魔法省に連絡しよう。そしてギルバート卿にルーク君の『闇属性』について研究をさせて欲しいと頼む。

 うーん、交渉事は苦手なんだけど。

 うまくいきますように。


○月×日

 結果から言うと交渉はうまくいった。

 でも、ギルバート卿にルーク君に魔法を教えてくれと頼まれちゃった。

 ……教えるのは苦手なんだよね。どのみち魔法の基礎を固めないと属性魔法は使えないから、誰かが教えなくちゃいけないんだけど。

 一応、アスラン魔法学園の教員資格も取ってはいるんだけどさー。

 ただそれはあの学園に自由に出入りしたかったってだけの理由なんだよね。

 あそこの大図書館とかめっちゃいいし。研究設備も整っているし、資格があれば面倒な手続きも必要ないからすっごい便利。

 でも、はっきり言って後進育成なんて興味ない。

 はぁ……不安だなぁ、学生の頃から私が教えてもほんと誰も分かってくれなかったし。


○月△日

 ……ルーク君の魔法指導を始めて一日目。

 今日という日ではっきりしたことが一つある。

 それは、ルーク君に教師なんて必要ないってこと。

 何あの子ッ!! マジでやばいんですけどッ!! あんなのただ魔法書を渡しとけばいいだけじゃんッ!!

 私は色んな人から『天才』と言われてきた。正直、客観的に見ても私は魔法の才能がある方だと思う。大抵のことは苦労せずできたから。

 ……でも、ルーク君はそんな次元じゃない。

 一体どこに、初めての魔力操作であそこまで緻密な制御ができる人間がいる?

 魔法を学び始めて一日目で、いくつもの無属性魔法を使える人間がいる?

 答えは――否。

 そんなことは不可能……だと思っていた。けど、ルーク君はそれを目の前でやってみせた。

 やばい、やばすぎるよ……本当になんなのあの子。


○月◇日

 保有魔力量は才能、捻出魔力量は努力。

 よく言われる言葉だけど、私の見解は違う。どっちにも才能は必要だよ。

 でも、努力じゃどうにもならないのが保有魔力量ってだけ。

 今日、情報魔法『魔力知覚』を使って驚いた。

 これは魔力を視覚的に捉えることができる魔法。

 私はルーク君の膨大な魔力を文字通り見た。

 学園長や魔法騎士並じゃないかな、あの魔力量は。いや、それ以上かも。

 まあここに来たときからすっごい魔力なのは感じていたけど。

 ギルバート卿もものすごいし、これは血筋だね。

 とりあえず今日も順調、いつものように私の想像を超えてくる。

 ここまでくると教えるのがちょっと面白くなってきたかも。


○月□日

 ……やっべぇ。マジでやっべぇ。

 たった十八日。

 本来数年の時間を費やすはずの魔法の基礎を、ルーク君はたった十八日で全て習得してしまった。もうほぼ全ての無属性魔法が扱えるって……マジでやばすぎる。

 ギルバート家嫡男の噂は聞いていた。貴族でありながら剣術をする変わり者だって。

 ここ二年ばかり貴族の間でそう囁かれていたことは、研究ばかりで世情に疎い私でも知っている。だからってのもあるけど、最初にこの話をされたとき、魔法学園を受験可能となる十五歳までには間に合わないと思った。

 だって、後二年もないから。でも実際は真逆。

 常軌を逸した魔法の才能を持つ『化け物』だった。

 それが努力も怠らないんだから本当に恐ろしい。

 そして、ついに……ついに明日から属性魔法の指導に移れる!!

 やったァァァァッ!! あぁもう待ちきれない!!

 ワクワクしすぎて今日は眠れる気がしないよぉ。


○月◎日

『光』は何者をも寄せ付けず、『闇』は全てを呑み込む――という伝承が示すように、光属性は『反射』、闇属性は『吸収』という特性を持つ。

 これは正しかった! まあ、このくらいの記録は残っているんだけど、実際に目にするとやっぱり感動しちゃう!

『魔法を吸収する』という特性。本当に凄いよ! もうやばすぎっ!

 とはいえ、ここからはどう教えたらいいか悩んじゃっているんだよね。

 希少属性は前例が少ないから、教えるのも難しい。

 というか、自分で切り開くしかない部分があまりにも大きいんだよね。

 だからとりあえず私の属性魔法を見せることにした。

 私の属性は――『音』。

 ぶっちゃけ、私の音属性は強い。すっごく強い。

 私の属性魔法はその全てが“不可視”であり“音速”。

 並の人間が私と敵対したとすれば、何をされたかまるで分からないまま死ぬことになると思う。

 ルーク君には『音の矢』という魔法を見せた。極めて初歩的な魔法だけど、そこに音属性が加わることでそれは不可視で音速の一撃となる。

 うん、我ながら強い魔法。

 いつも上から目線なルーク君が、それを見た時は少しだけ驚いていたのはちょっと可愛かった。

 許容上限はあるだろうけど、闇属性には『吸収』という特性があるから理論上は最強の矛にも盾にもなる。……だけど、私の魔法を防げるかはまた別の話。

 私の魔法を見てから防ぐのは無理。魔法の発動が間に合わないから。

 ルーク君はその事を即座に理解したんだと思う。

 その場で考え込んじゃった。結局、今日はこれで終わり。

 うーん、やっぱりいきなり私の魔法見せるのは良くなかったかなぁ。

 教えるってほんと難しい。


○月#日

 やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい……本当にやばい。


 ルーク君はそれを――『闇の加護』と名付けた。


 魔法使いであれば誰しもが持つ『魔力感知』。

 魔力を感じ取るという、魔法ですらないとてもシンプルな能力。

 そして、初歩的な防御魔法である『魔法障壁』。

 ルーク君はこの二つを“リンクさせた”と言っていた。

 私でも理解不能な理論。属性魔法研究局長であるこの私でも。

『闇の加護』は、魔力を感知した瞬間に闇属性の『魔法障壁』が発動するというもの。つまり、この魔法によりルーク君は、半自動的に他者の魔法を防ぐことができる。

 意識する必要すらなく、もはや不可視であるとか音速であるとか関係がない。

 試してみろって言われたとき、最初私は信じられなかった……だけど欲に抗えなかった。

 私の魔法はどんなに威力を弱めたとしても、直撃すれば大怪我は免れない。

 それでも、それでもどうしても無理だった。試したいという抗えない欲求。

 今思えば本当に自分本意だったと思う。

 だけど……ルーク君の言葉は本当だった!!!

 私の魔法は完全に防がれた!! やばいよ!! これは本当にやばいよ!!

 ルーク君言わく、『闇の加護』は無意識下の魔法のため防げるのはある一定の魔力以下の魔法のみらしい。

 だとしても、これがどれだけ凄いのかルーク君は絶対に分かっていない。

 分かってなさすぎるよもう!

 しかも、これはまだ終わりじゃない。

『闇の加護』で“吸収”した魔法を擬似的に再現することもできたんだよルーク君は!!

 実際に私の『音の矢』を再現して見せてくれたの!!


 あああああああ、もうやばすぎてぇ(文字が乱れて読めない)


○月☆日

 ルーク君が基本的な『闇の矢』を使えるようになった。というか、『闇の加護』よりも絶対こっちが先だよ。ルーク君はいろいろとおかしい。

 もう慣れたけど。

 私の『音の矢』は“不可視”と“音速”という性質を持つ魔法で、ルーク君の『闇の矢』は『吸収』という性質を持っている。

 つまり、彼が込めた魔力以上の『魔法障壁』でなければ吸収されてしまい防げないということ。

 それどころか吸収した魔力の分その威力を増すことになる。

 あああああ、もうほんっっっっとうに『闇属性』って最っ高ッ!! 可能性の塊だわ!!

 やっぱりここに残って正解だった。研究したいことが次々と湧いてくる。

 もっともっと『闇属性』について知りたい。

 あ、そういえばそろそろパーティーがあるんだった。

 ルーク君の『闇属性』発現を祝うパーティー。

 私も出席してって言われているんだよなぁぁぁ、いやだなぁぁぁ。

 静かに陰でルーク君の魔法を見ていたいよぉー。

 貴族いっぱい来るだろうし、ちゃんとしないといけないよね。

 憂鬱。

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