第一話 天才と天災が入れ替わった日(好きな子が嫌いなあの人と入れ替わった日)(1)

 大好きな女の子へ、愛の告白。

 俺──さくらひろは今、人生最大と呼べる大勝負に挑んでいる真っ最中だった。

 半日授業で人気のなくなった教室に呼び出した相手の名はももしまうるは。

 子猫のようにくりくりっとした瞳を筆頭に、天使という言葉がぴったりの整った顔立ち。

 ゆるくふわったとした金色の髪は肩下辺りまで伸びており、いわゆる今時の高校生といった感じに垢抜けて制服を着崩しているが、生来の育ちの良さもあってかどこか上品さを共存させている。

 いつもニコニコ明るく元気で、笑った時のえくぼがとってもチャーミングな女の子。

 そんな彼女に俺はたった今思いの丈を告げ、頭を下げたまま返事を待っている。

 告白の言葉は、政治家や官僚を筆頭に各界における数多の著名人を輩出してきた名門校──てんどういん学園において学年トップをキープし続けるこの俺が、告白を決意してから一週間、徹夜で告白についてネットで勉強してノートに纏めながら練りに練った渾身の力作。

「好きだ! 俺と、ファーストレディになることを前提に付き合ってくれ!」

 どうだ。見事だろう。

 この胸に燦々と輝く気持ちをドストレートに伝え、かつ女性が男性に求める将来性の強さ──それも「甲子園に連れていく」みたいなありふれたものとはスケールがまるで違う、学生の告白としては前例がないであろう彼女のためだけのオリジナリティに溢れた告白。

 俺が先達たちと同様に政治の道を、それも行く行くは日本のトップたる総理大臣を志していることはうるはにも以前から伝えてある。

 きっかけは小学生の頃。公務員だった父が時の権力者の私利私欲によって反吐が出るほどの理不尽に襲われ、父は職を失い家庭が傾き、すっかりふて腐れた俺が喧嘩に明け暮れる毎日を送っていた時のこと。あのままいけばろくな人生が待っていなかっただろうあの時、たまたま出会ったある人に言われたのだ。「そんなくだらない雑魚相手にイキリ散らしてる暇があるなら、ちょっと勉強して君が言う理不尽を作ってる国や役人相手に喧嘩を売った方が百倍格好いいし、スカッとしないか」と。

 最初は何綺麗事言ってんだとしか思わなかった。そんなこと簡単にできるのなら、父は職を失わず、俺はこうなってないって。どうしようもない理不尽は確実に存在するのだと。

 だが、そんな俺の概念を覆すような事件が起きた。なんと、父の職を奪った例の権力者の汚職事件が明るみに出て捕まったのである。

 俺はこれを偶然だとは思わなかった。だって、その人に事情を話した数日後に起きた出来事だったのだから。きっとあの人がマジで喧嘩を挑んで勝ったんだって。

 そうして俺はこの国に蔓延る不条理や理不尽をぶっ潰すために政治家を目指すことを決めた。真面目な人が損しない世界。悪を正しく裁き、善人が報われる世界。それが俺の目指す理想であり、何よりも俺を救ってくれたあの人に続きたいって、そう思ってあの日から心を改め猛勉強して中学の時受験に合格し、この名門天堂院の門を叩いたのだ。

 周囲が冗談半分にしか受け取らず嘲笑していた俺の夢を「ひーくんならきっとなれるよー」と笑顔で応援してくれた唯一の存在がうるはだった。そんな彼女なら、きっとこの告白にかける俺の本気具合がどれほどのものなのか受け取ってくれているはず。男に二言はない。俺は今日から以前にも増して──いや、死ぬ気で総理の座を目指す!

 だがその時……一番の壁になるのは、令和の魔女と呼ばれ、恵まれた容姿による女の武器を利用してのし上がったともっぱらの噂の現総理、魔性の女・鮫島冬華だろう。ネットやワイドショーによると、理解ある政治・世代一新を建前に、「正義は私にあり!」と気にくわないやつらをどんどん更迭したりして好き放題してるって話だ。

 俺は鮫島総理のことがはっきり言って嫌いだった。

 確かに彼女のまるで半沢○樹を見ているような悪党成敗のスタイルは、支持率を上げるためのパフォーマンスとしてみれば優秀なのかもしれない。けれど俺には、どこか彼女の独りよがりな政治に見えてならないのだ。まるで自分が神に選ばれた優秀な人間だからやってあげているというような傲慢な本心が見え隠れしているようで気にくわない。それに、ああやって権力者の一存で周りが振り回されている姿を見るとどうしてもイライラしてしまうのだ。昔父が受けた不条理──表では「みんなで作るクリーン」な政治を掲げていい顔をしつつも、その裏で私腹を肥やして部下を奴隷や駒としか見てなかった県知事が、不正を追及した父に対してその罪を全て押しつけ厚顔で断罪してきたあの時と重なって──

 ああ、あいつにだってきっと表には出せないとんでもない一面があるに決まってる。

 あのどこかいけ好かない、男を下に見ているような面をいつか引きずり下ろしてやる。残念だがあんたお得意のお色気攻撃は俺に通用しないからな。そう、うるは一筋の俺には!

 中学で天堂院に入学して席が隣だったうるはと出会って早四年。ひょんなことから中二の時に赤点常習犯だった彼女の教育係になってしまい、当時は半ば嫌々一緒にいた俺が、ある事件をきっかけに彼女に惚れてから早三年。

 長年想いを燻らせてきた俺が、何故今この片想い生活に踏ん切りをつけようと思ったのか。それは今、俺の夢が一歩前に踏み出そうとしているからに他ならなかった。

 九月が終わりへとさしかかり、もうすぐこの天堂院学園では次期生徒会長を決める選挙が始まる。天堂院学園生徒会長は歴代の政治家達が通ってきた定石ルート。そこに粉骨砕身で挑む覚悟だ。

 ──立候補した桃島うるはの参謀として。

 何故俺自身ではなく、うるはが立候補しているのか。これには、複雑な事情があった。

 幼稚園から大学までエスカレーター式が基本となる天堂院学園において、俺のように中学の時に入試を受けて入学した庶民出の一般組は、伝統・家柄重視のこの学園において風当たりが強く、生徒会長選挙の出馬を暗黙のルールとして禁止されていたのである。

 その事実を知ったときは、そりゃもうふて腐れたものだ。

 しかしそんな俺を見て、うるはが突然言い出したのだ。

「なら、今回は幼稚園からここにいるわたしがひーくんの代わりに生徒会長になって、そのふざけたルールをぶっ壊すよ。ひーくんは副会長になってわたしを支えてね。それでー時を見てひーくんと交替しようと思うんだ。ひーくんの優秀さを見れば誰も反対しないだろうから、うん完璧な作戦だね」と。

 あの時は嬉し過ぎて、ほんとどうにかなりそうだった。

 これはもう想いを伝えないと、選挙運動に身が入りそうにないくらい。

 というかそこまで俺のためにしてくれる子が、何も思ってないってことは流石にないだろとか考えたら、いてもたってもいられなくなり──告白しようって決意したんだ!


 …………。

 あ、あれっ──?

 なんか告白の返事、いささか遅すぎやしませんか!?

 覚悟を決めてゆっくり姿勢を正しながら顔を上げる。決して反応を見るのが怖くなって告白後からずっと顔を上げられずにいたとかそんなんではない……たぶん。

 すると目の前の想い人は、まるで狐に化かされたかのように、目をぱちくり口をあんぐりと開いたまま、これぞ呆然のお手本といった姿でフリーズしていて──

「あ、あの、うるはさん……?」

 喉に緊張を張り付けながら恐る恐るうるはの名を口にする。

「…………」

 反応なし。ま、まさか。そんな時が止まるくらいに俺の告白がショックだったと……?

「お、おーい、うるは──うるはさん──」

 めげずに俺はもう一度うるはの名を呼び、レスキュー隊員が意識チェックするみたいに目元で手をぶらぶらとさせる。

「…………!? はっ──」

 すると、反応を示したうるはが、目を大きく見開いて一歩後退した。

「こ、これは一体……?」

 唖然とした表情で周囲をきょろきょろと見回す。そうして俺をまじまじと見つめたかと思うと、まるで見知らぬ人と初めて会話するような恐る恐るといった様子で口を開いて、

「あの、少年……ここはどこかの学校よね? これは一体、何が起きたというの?」

「しょ、少年? あ、あはは……。それは一体何の遊びだようるは? さ、流石に今の俺にはそんな冗談に付き合えるほど心の余裕がないつーか……。その、素直に告白の返事をしてもらえると嬉しいんだけど……」

 へこたれそうになりながらもどうにか口を動かすと、うるはは意味がわからないといったように首を傾げて。

「…………うるは? 告白の返事?」

 ど、どうなってんだおい……?

 反応に戸惑い、言葉が出てこない。少なからず長く一緒にいたからこそ、ふざけているようには見えなくて──いや、これはもしかして、うるはなりの配慮とかそういうことなのか? これからの関係を気まずくしないためにも、お互い何も聞かなかったし、何もなかったということにしようという。要するに遠回しな告白のお断りであって──

 い、いやだぁあああ。そんなのぉおおお。

 と、俺がこの世の終わりとばかりに打ちひしがれていると。

「──んんっ!?」

 不意に何かに気がついたとばかりに目をかっぴらいたうるはが、ひゅんと俺の横を通りすぎて窓の方へと向かった。

「な、なによこれ……!?」

 うるはは、窓に映る自分の顔をまじまじと確認し、まるで大きなニキビが出来て信じられないとショックを受けるような様子で顔をぺたぺたと触りながら息を呑んでいた。と、その直後、うるは自分で自分の顔をビンタした。

「──っ! 痛みがあるってことは、本当にこれが現実ってこと? う、嘘よね……」

「お、おい、どうしたってんだようるは……?」

 正直、信じられないと言いたいのは俺の方なんだけど。

 そんな内心を押し殺して問うた言葉に、うるはは一度調子を整えるよう小さく息を吸うと振り返って、

「いいかしら少年。心して聞いてほしいのだけど。今の私は、この子本人──少年が言う、うるはって子ではないの」

 胸に手を当て、今まで見たことないような神妙な顔つきでそう言った。

「はぁ!?」

「わかる。少年がそんな顔になるのはよーくわかるわ。正直、私自身だって何を言ってるのか意味がわからないし、今すぐ『なによこれー!!』って大声で叫びたいくらい。けど、これはどうにも紛れもない現実みたいなの」

「じゃ、じゃあ……仮にここにいるのが俺の知るうるはじゃないとして、あんたは一体誰だって言うんだよ……?」

 迫真の顔でうるは(?)に迫られた俺は、呆れ半分驚き半分で問うた。


「私は──内閣総理大臣、鮫島冬華その人よ」


 返って来たのは、ふふんと胸を張ってのしたり顔。

 な、なんだよそれ──!?

「……あ、あのなぁ。いくら俺の告白が嫌ではぐらかしたいからって、これはちょっとあんまりじゃないか。俺にとって人生初の告白ですっげー悩んだんだ。それを、こんなわけのわからない悪ふざけでなかったことにしようとか。……悪いけど、流石に度が過ぎてる」

 それも俺のファーストレディになってほしいという告白に、あろうことか総理大臣の──よりにもよって俺が目の敵にしてる奴の名を語ってとぼけてくるとか……。

 俺が落胆の混じった視線を向けていると、うるはは何故だか途端に狼狽え始めて、

「ち、違うの。この子の名誉のために言うけど、別に貴方の告白を茶化してなぁなぁに逃げようとしてるとか、そんなことではないの。それだけは信じて。ただ本当に、総理として国会で答弁中だったはずの私がなぜか急にこの子と入れ替わってしまったという漫画みたいな現象が起きてることを理解してほしいだけで──あーもう、どうやったら説明できると言うのよこんな馬鹿げたこと!」

 行き場のない怒りを叩きつけるように、うるはが地団駄を踏む。

「おい、まだそんなふざけたこと──」

「言うわよ! だって本当に私はうるはって子ではないんだもの!」

 突然の怒声に思わず息を呑む。

 こんな粗暴なうるはを見るのは初めてだ。本当に別人になったとでも──まさかな。

 ただ、この茶番に付き合わないとどうにも話が進まなそうなのが……どうしよう。

 目の前のうるはが、うるはでないことの証明をするとか?

 ──いや。俺になら簡単に出来るはずだ。

 そう、彼女とは中学来の付き合いであり、このうるはへの愛なら誰にも負けない自信のあった俺になら、彼女が偽物かどうかを見分けるなんて朝飯前のはず!

「なぁ、ちょっといいか?」

「はい?」

「3x²=9の答えは?」

「? ……x=±√3よね?」

「お前、うるはじゃないな!?」

 防衛反応に駆られるまま反射的に距離を取る。こいつ、何者だ? まさか彼女が説明したように、本当に中身が別人に入れ替わっているとでもいうのか!?

 理由がどうかとかはさておき、ここにいる彼女が俺の知る桃島うるはでないことだけは、受け入れ難い事実ではあるがどうやら確からしい。ああ、本物のうるはが、この問題に正解するなんて、それも暗算で瞬時に解くなど出来るわけないからな。

「あの……信じてもらえたのは嬉しいけれど。この子そんなに馬鹿なの……? 今気付いたけどこの制服は、確かあの名門天堂院学園高等部の制服よね? 今の問題中三レベルだったわよ」

 自分の身体を見下ろしながら、困惑するうるは(?)。

「ひとまずあんたが俺の知るうるはじゃないとしてだ。じゃあ俺の知る──本物のうるはは今一体どこにいるってんだよ!?」

 警戒心を露わに俺は問う。というか俺はなんだ。この人の言葉を馬鹿正直に信じるとすれば人生初めてとなる異性への告白を、よりによって嫌いな相手にしてしまったってことになるのか。嘘だろおい……。まぁうるは本人に振られてないのはほっとしたけども!

「そう。それよ! 私が今この子になっているってことは、私の中にこの子がいるかもしれないってことよね!? 女子高生が、総理大臣の代わりに、国会に立って──!? ま、まずいじゃないそれ!」

 はっとなった彼女が食い気味に詰め寄った。

「少年、もちろんスマホは持ってるわよね?」

「は、はぁ。そりゃ持ってるけど……」

「悪いけど、YouTubeを開いて見せてもらえる」

「ゆ、YouTube? ってか開くっていっても何の動画を……」

「もちろん、国会中継に決まってるじゃない。早く!」

 語気の強い彼女の言葉に急かされるままに、俺は国会中継を開く。

 彼女は俺の横にぴたっとくっつき神妙な顔つきで中継を眺めた。

「私だ……」

 姿を目にしたうるは(?)が息を呑んだ。客観的に自分自身の姿を見る光景──それはよほど形容しがたい神秘的な体験であると言わんばかりに、吸い付くように映像に見入る彼女は口をぽかんと開けたまま呆気に取られている。

 鮫島冬華総理。

 絶世の美女という言葉は彼女から作られたのではないかと思うほどの女神のような容貌と、艶やかなプロポーション。背中まで伸びた黒くて艶のある美しい髪に、はちきれんばかりの豊満な胸部。

 左目下の泣きぼくろが印象的で、より一層の色気を醸し出している。

 そうして、画面の向こう側にいる彼女本人、鮫島冬華総理は──


『うほぉーわたしのおっぱいすっごいでけぇー』


 と、喜色満面の大はしゃぎで自分の胸を揉みしだいていた。

 全国中継が行われ、多くの国民に見守られているであろう国会の場で。

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