第〇話 鮫島内閣

             とうside


 ──よしよし勝った! これでチェックメイトね!

 歯がゆそうな顔をした老人達を横目に、私──さめじま冬華は心の中で勝利を確信してほくそ笑んだ。

 ここは国会議事堂の本会議場。

 挙げ足取りの稚拙な質問を見事カウンターパンチで黙らせることに成功した私は、「以上で私の答弁を終わります」と淡々と言って席に着く。その内心はもちろんほくほく顔。しかし、冷徹クールで通っている以上、心の内をおくびにも出さず鉄面皮を貫き通す。

 何故私が国会などという大それた場所で弁舌を振るっているのか。

 それは私が与党・あおぞら党を統べる者にして、女性初となる内閣総理大臣であるからに他ならない。

 汚職事件の釈明に追われていた前総理の唐突な辞意表明後。欲深い大人達が国民の声など二の次に派閥や名誉をかけて党内で熾烈なつぶし合いをしていた最中、中立を装って自己の保身や利益を優先するクズ共を巧みに誘導して票を集め、見事総理の座をかすめとった存在、それが私。

 と、ここまでに提示した情報だけなら、きっと国民の皆様はかのエカチェリーナ二世のような年季の入った女傑を思い浮かべることだろう。

 しかし私はなんとまだ華ざかりの二十三歳。

 成人年齢が下がると同時に、衆参両院の被選挙権も大学卒業を区切りとした、二十三歳まで引き下がった我が国において、二十歳で海外の大学を飛び級で卒業して政治の世界へと飛び込んで経験を積み、被選挙権を得た今年、初の理論上最年少となる若さで衆議院議員から総理の座に上り詰めた天才。

 最年少でおまけに女性初と、二つの偉業を同時に達成した偉人として、日本史に長らくその名を刻むであろう存在。

 国民に理解ある政治・世代一新を掲げて行ったとある大仕事が功を奏し、今や支持率70%と多くの国民から評価を受けている常勝の女。

 それがこの私、鮫島冬華なのである。どう、凄いでしょ!

 にしても……さっきから心なしか身体全体がホッカイロみたいにじんわりと熱い。

 勝利を目前にして柄にもなく気分が高揚しているとでもいうの? だとするなら、あまり褒められたことではないわね。油断大敵、気を引き締めなきゃ。

 浮ついた自分の心に活を入れる。まだ、全てが終わったわけではないのだから。

 ただ、自分がかつてないくらいに気が昂ぶっているのもまた、無理もないことであった。

 私が総理に就任して早一ヶ月。今日は就任以来初となる大きな公約の達成がもうすぐそこにまで迫っている。

 転売ヤー取締法。

 この法案は私がまだ総理になる以前から訴えかけてきた目玉政策の一つ。

 フリマアプリを主な市場として年々増加の一途を辿る、お店で買い占めた人気商品をそのまま値段だけをつり上げて販売している通称転売ヤーどもに罰則をかけるための法案。それが今日、ようやく実現しようとしている。

 転売ヤーとは本当にろくでもない人種。自己の利益のためなら他人がどんな不快な思いをしようが構わないスタンスで、待機列や購入制限のルールを平気で破るどころか、酷いと配送のトラックすら追いかけ回す、ときたものだから手に負える存在ではなかった。あまつさえ、そんな自分達を賢いと誤認していることがもう手の施しようがない。何よりもストレス社会で戦う国民達の娯楽の一時を奪っていることが大問題ね。学校が、仕事が終わったら今日発売の○○を買いに行こうとその日の活力にしていた人達が絶望し、真面目に生活している人では買えないという風潮があるのが許せない。だから私が変えてみせる。

 あぁ、ここまで来るのに本当に長い道のりだったわ。

 反対するのが野党だけならまだしも、よりにもよって与党──身内からも待ったの声が出ているのが頭痛の種だった。

 反グレや反社達が資金源として組織的に活動していることもあり、そういった連中達と持ちつ持たれつのグレーな交際をしていると噂のある一部の議員ゴミから、国民の購買の自由を損なうという詭弁で猛反発をくらったのだ。その声は大きく、党内からも官房長官を中心に仲間割れしてまで通す法案ではないと苦言をもらう始末。何が仲間よ、ほんと反吐が出る。

 が、それで「なら仕方ないですね」と引き下がるほど私は聞き分けのいい女ではない。

 想定される反論パターン八十七件。これら全てに対する回答をシミュレートして用意し、今日の国会に望んでいる。これが私、鮫島冬華の武器。

 さぁ、さっさと来るがいいわ国民よりも自己の利益が最優先の政治家の風上にも置けない恥さらしども。もっともどんな角度から切り込んで来ようが、思考時間ノータイムでズバッと切り返してあげる。ふふっ、精一杯の挙げ足取りを一蹴され狼狽える顔が全国中継される光景が目に浮かぶ。いい気味ね。脳内カメラにお気に入り保存して、今日の酒の肴にするとしましょう。あぁ、晩酌が待ち遠しい。

 ……それにしてもさっきから本当に胸の辺りがやけにじんじんと熱いわね。なんか頭までぼーっとしてきた気がするし、これはちょっと異常かも。私ここまであからさまに興奮すると体温が上がるタイプだったかしら? それとも考えたくはないけど風邪──?

 と小首を傾げたその時、挙手がされた。気を引き締めて相手の顔を見やる。しゃがれ声が特徴のがわ議員。わかってはいたが、残念なことに身内だ。

 無論、情や手心を加える気など毛頭なかった。どうせ向こうだって私のことを仲間だなんて微塵も思っていないでしょうし。せっかくだから、二度と私に立ち向かう気をなくすくらいフルボッコにしてあげるわ。

 私の進撃は絶対に止まらない! まぁ、ここまで万全の体制を整えた分、歯ごたえがなさすぎるのもそれはそれで拍子抜けでつまんないし、少しは私の目が思わずぴくつくような質問が飛んできても──って期待するだけ無駄か。そんな詭弁が出来てればとっくの昔に私を差し置いて総理になれているでしょうし。ふふっ。

 さぁ、かかってらっしゃい!


「──好きだ! 俺と、ファーストレディになることを前提に付き合ってくれ!」


 ……。

 …………。

 ………………。

「………………ふぇっ?」

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