第二章 アメイジング・デート(3)
「も、もしもし」
『聞こえています。失礼ですが、どちら様でしょうか?』
「…………あっ!」
ここでやっと電話の相手がいったい誰なのかを理解した。
――姫城冬花さんだ。この時代の女子高生の姫城冬花だっ!
「コンニチハ~、日系シュメール人のマクハ・ジーオ~、デス~」
ボクはカタコトの日本語しか喋ることができない外国人を演じることにした。
『に、日系シュメール人のマクハ・ジーオ???』
「……ライキはボコクのメソポタミア・スタジアムでガンバリ~マース~」
『――は、はい???』
「ナノで、ジャパンはオコトワリデ~ス~ッ!」
『え? え? ええ?』
「アイムソ~リ~、ホントゴメンナサイ! ジャパンでドリームをしたかったけど、ゴメンナサイ! ジャパンのテンプラ、オスシはベリシャスデシタ!」
ボクは通話終了のボタンをタップして強制終了させた。
きっと、今頃、姫城さんは助っ人の外国人が間違え電話をしてきたのだと思っているにちがいない。ふう~、機転の利くボクでなければ誤魔化せなかったな。
「…………と、トウカさん」
「なにかしら?」
「もしかして、ずっと同じ電話番号を使っているのでは?」
「ええ、その通りよ。中学生からずっと同じ携帯会社で、同じ番号ね」
「やっぱり、そうですか……」
「なにか、問題でも?」
「大問題です。どうやら、今この世界に同一のSIMカードが二つ存在しています」
「はーくん?」
「なんですか?」
「その……しむ……カードってなに?」
ボクは頭を抱えた。過去最大級の頭痛に襲われたからだ。
そして、この無知な女性に現状を一から百まで説明した。
「なるほど。このスマホの中にあるカードと現代のわたしが所持しているスマホの中のカードが同一なのね。それで、なんでこっちのスマホには電話がかかってこないの???」
「通信の技術的なことはボクも詳しくないので説明はできないですが、どうやらあちらのスマホの方に優先権があるようです」
「どうして、わたしのスマホの方に優先権がないのかしら? 過去の自分に負けたみたいで釈然としない気分だわ」
なんで、この人は過去の自分と張り合っているんだ?
「とにかく、この赤いスマホの通話機能は壊れていません」
先ほど、ボクのスマホのSIMカードをこの赤いスマホに入れ替えて両親に電話をかけたら、問題なく通話できた。つまりそれはこのスマホの通話機能が壊れていなことを意味する。ただ、通信が使えても、他のアプリを開くことはできなかった。
「どうして、他のアプリ使えないのか、それはわかりません。わかりませんが、憶測なら語れます」
「聞かせてもらえるかしら」
「たぶん故障ではなく、単純に魔法の所為で使えないのではないかと」
「え、そうなの?」
「ええ、魔法によって、制限でもかかっているのではないでしょうか?」
正直、そうでも思わないと説明がつかない。
「つまり、ラインもインスタもツイッターも使えないってことになるのかしら?」
「そうなりますね。まあ、仮に故障であったとしても修理は不可能です」
六年後の新作スマホを業者への修理に出せば大いなる混乱を招くだろう。
なにせ、この時代には影も形も無いスマホなのだから、そんなモノを修理へ出せば大混乱だ。そういう意味ではこのスマホも危険なものだと言わざる得ない。
「昨日までは普通に使えたのに……」
「たぶん、元いた時代へ戻れば再使用できると思いますよ」
「はーくん、せめて昨日見せた、結婚式の動画だけはどうにかできないかしら?」
「なんとかしてあげたいですが、ボクには無理そうです」
「そう……」
肩を落とし、うつむくトウカさん。そんな顔をされたら、どうにかしてあげたいが、こればかりは専門外過ぎて、どうしようもない。
「仕方がない。とりあえずはもう一つの問題を先に解決しましょう」
テーブルに置いていた、サイフを手に取るトウカさん。
「サイフですよね?」
「はーくん、問題なのはサイフではないわ。問題は中身よ」
「中身?」
トウカさんは長サイフから数十枚の紙幣を取り出し、それをテーブルに置く。
「…………えっ!? これって!」
あまりの出来事に一瞬身体がフリーズした。
それぐらい驚くべきものが長サイフから出てきた。
「そう、問題はこの紙幣なの」
長サイフから出てきた紙幣は見たことのない紙幣だった。
ボクは震える手でその紙幣を一枚手に取る。
「……ゆ、諭吉ではない……一万円札……」
頑張って外国の紙幣だと自分に言い聞かせようとしたが、紙幣に『日本銀行券』と記載されている。というか、デザインのおじさんがどこからどう見ても日本のお方だ。
確か、この新一万円札が世に出回るのは来年だったはず……。
「もしかすると、ボクって誰よりも最速で一万円札を手にしたのかもしれない……」
「ふふふ。面白い発想ね」
「いや、笑い事ではないですよ。一応の確認ですけど、ホンモノですよね?」
「ええ。ホンモノよ」
とのことだ。どうやら、本当にトウカさんは未来人だったみたいだ。
「ちなみにそこにある十五万円がわたしの全財産になるわ」
「つまり、現状は無一文ですね。これが第二の問題ですか」
「そうなるわね」
このお金は絶対に使えない。何故なら、まだ世に流通していないからだ。
いや、仮に未来からボクらがよく目にする諭吉の一万円札を持ってきても、それを使うのも、やっぱりダメだ。そんなことをしたら、同じ番号が世に出回ることになる。
「クレジットカードも使えないでしょうね。とりあえず、うちの両親からお金を借りるしかないのでは?」
「それは流石に抵抗があるわね。――あっ! そうだわ! あれを売ればお金になるのじゃないかしら?」
何かをひらめいたらしく、トウカさんはブランドカバンから何かを取り出そうとする。
「トウえもん、今度は未来のカバンから、何を出すの?」
「きっと、あなたが驚くものよ」
とのことだ。正直に言えば、あのカバンから何が出てくるのか、まったく想像できないけど、ボクはそれを目にして、大いに驚くことだけは確信している。
「これよ」
そして、カバンからトランプと同サイズぐらいのカードを取り出し、それをテーブルにドンと置いた。
「???」
仰天する準備をしていたのだが、想像してたモノとはほど遠く、正直に言えば、拍子抜けしている自分がいた。
「テッテテレテェーーーーーッ! モンスターカードッ!」
意外なことに先ほどのボクの前フリをボケでちゃんと回収するトウえもん。
実はおちゃめな一面があるんだなと少し感心した。
ちなみにドラえもんのモノマネは聞くに堪えないぐらい下手くそだった。――って、今はそんなことどうでもいい。
「これって、人気のカードゲームのカードですよね」
懐かしい。小学校の時に少しだけ集めていたな。
テーブルに置かれているカードはボクでも知っている、とっても有名なドラゴンモンスターのカードだった。
「これはとある男から没収したの」
「とある男?」
「王寺白馬って残念な王子なんだけど、なんと驚くことにパパ活しようとしていたの」
「ぱ、パパ活っ!」
おいおい、未来のボクは何をしているんだよ……。
あと、その不穏なワード六年後も使われているんだな。
「ちなみに、このカード十万円もするのよ」
「十万円ですか……」
「そう、わたしの許可なくね。あなたって昔から、サイフのヒモがゆるいというか、物欲の塊じゃない」
「…………」
彼女の不満に反論できなそうにないので、ボクは沈黙することにした。
例え、卑怯と思われてもここは黙っておくのが最善の選択だ。
「だから、同棲した時から、お金の管理は全部わたしがしていたんだけど、あの男、あの手この手で、私の目をかいくぐり、こういうモノを秘密で買ってくるのよ……」
あきれた顔でレアカードを見つめるトウカさん。
「とにかく、このカードは今日売ります」
「え? ボクのお金で購入したのに?」
「ええ。何か問題でも?」
反論なんてさせないわよ。そんな顔でボクをギロリとにらみつけるトウカさん。
「旦那のモノはわたしのもの、わたしのものはわたしのもの」
どうも、彼女はドラえもんではなくジャイアンだったみたいだ。
なんとうか、未来のボクとトウカさんの力関係がどんな感じなのか今のやり取りで、容易に想像できるな。
「売却するにしても、保護者の同意が必要ですね。とりあえず、後で同意書をダウンロードしておきます」
「そうか、わたし、この時代では未成年になるのか。なら、この免許証も使えないわね」
彼女は残念そうな顔で、サイフから運転免許証を取り出す。
ボクはトウカさんが手に持つ免許証を見つめた。
運転免許証には『姫城 冬花』と記載されていた。
へぇー、姫城さんの誕生日って、十二月二十五日になのか。記載されている住所は彼女の実家になるのかな? だとしたら、我が家からずいぶんと離れた場所だな。
あ、普通二輪免許も習得している……。こうやって見ると運転免許証って色んな情報が載っているな。そんな中で一番目についたのは免許の更新時期と免許証を習得日だ。更新時期も習得日も今より数年先の年月が記載されていた。
「……本当に未来人なんですね」
「ずっとそう言い続けてきたつもりだけど?」
「最初にこの免許証を見せてくれればよかったのに」
「見せても偽造だと言い張るでしょう」
「た、確かにボクなら言いかねないですね」
「なら、あの結婚式の動画を見せるのが一番だとは思わない」
「そう言われると反論できませんね。とにかく、今日はお金の工面と当面の生活必需品をそろえるのが目的ですね。ネットである程度、揃えることは可能ですけど、すぐ使いたいものは本日中に買いそろえた方がいいでしょうね」
あと、代わりのスマホも必要だな。
「ええ。朝食を食べ終えたら、買い物へ出かけましょう」
ということで、ボクとトウカさんは出かけることになった。
***
基本的、ボクは休日を家で多く過ごしている。
つまり、ボクは根っからのインドア派だ。PC制作、プラモ作り、マジックの練習。
だいたいこの三つがボクの休日のルーティンだ。
そんなインドアなボクが時々、休みの日に足を運ぶ場所がある。
それがこの大型ショッピングモールだ。郊外から少し外れた場所にあり、利便性はあまりよくない。そんな場所へボクたちは訪れていた。
「――とにかく、服よ」
とのことだ。どうやら、ボクが貸した服一式はお気に召さなかったようだ。
正直、このショッピングモールへ来るのに揉めに揉めた。
よく考えてみたら、すぐに理解できることだった。
もし、彼女の知り合いに会えば――もし、本人と鉢合わせるようなことになれば、どうなるのかは容易に想像できる。間違いなく大混乱だろう。
だから、ボクが一人で行くとトウカさんに主張した。
ボク一人で買い物へ行き、お目当てのモノを購入してくると意見を述べた。
だが、そんなボクの忠告はむなしく、彼女に一掃された。
トウカさんは『あのショッピングモールは数回しか訪れたことがないから、まずわたし本人と鉢合わせることはない。だからなんの問題もないわ』と断言をされた。
それでもボクも食い下がらず『本人に以外の知り合いに会うのは不味いですよ』と進言した。すると彼女はくすと笑い『秘策があるから大丈夫』と自信満々に言い放たれた。
結局、ボクが折れる形となって、この件は彼女の望み通りに事が運ぶことになった。
なんとうか、前から我の強い子なんだろうなとは思っていたけど、ここまでワガママな一面があるとは思わなかった。
とはいえ、そんなめんどくさい部分を見ても、評価が落ちるどころか、より好きになってしまうあたり、恋ってやつは本当に人を盲目にさせる。
「服の前に、そのブツを売りに行かないと」
「そうね。とりあえずはこのカードを売却ね」
ちなみに彼女が言っていた秘策とはマスクとグラサンを着用することだった。
……もしかすると、ボクが思っている以上に、この人、ポンコツなのでは?
そして、ショッピングモール内にあるカードショップへたどり着いたボクたちは両親に書いてもらった同意書とレアカードを買い取りに出した。
ちなみにここに訪れてのは小学生の時以来だ。
そんな中、カードショップの店長らしき男がマジマジと真剣な表情でレアカードを見つめていた。
「こ、これは……」
手を震わせ、提出したレアカードを見て目を見開く店長。
そんな驚くほどのことなのか?
「世界に三十枚しかないカードをこの手で触れることができるとは……」
「へぇ? 世界に三十枚?」
「ああ、このカードは大会入賞者だけに手渡されカードで、世界で三十枚しかない。偽造品かと思ったが、これは間違いなくホンモノだ」
どうやら、ボクが考えていたよりも、ずっと希少なカードだったみたいだ。
「状態も素晴らしい。二十万円で買い取ろう」
「に、二十万円っ!」
十万円のカードが倍の値段で買い取りを提示されてしまったぞ。
トレーディングカードゲームのカードが株と言われている意味がよくわかるな。
「お願いします」
きっぱりと言い切るトウカさん。その表情には悪びれる様子は微塵もなかった。
結局、カードは約二十万円で売却することができた。
ボクはこの世界に居るはずのない未来のボクに手を合わせて謝罪をした。
未来の王寺白馬、この二十万円は有意義に使うので、どうか許して欲しい。
トウカさんはとても上機嫌だった。
自分が想像していたよりも高く売れてご満悦のようだ。
「十万円のカードが二十万円で売れるなんて、もっと持ってきたらよかったわ」
「邪悪な発想を口にしないでください」
しかし、これで世界に三十枚しかないカードが一枚増えてしまったな。
……さっきの説明は聞かなかった、見なかった、知らなかったことにしよう。
そして、カードショップを後にしたボクたちは、すぐ近くの洋服店に足を踏み入れることにした。
店内に入ると可愛くてオシャレな女性の店員さんがボクたちに向かって「いらっしゃいませぇ~」と笑顔で歓迎してくれる。
トウカさんはハンガーに掛けられている洋服を黙って物色をはじめた。
真剣な表情をしている彼女を見て、かわいいと思った。
ああ、やっぱりボクは彼女が好きなのだと再確認する。
「これに決めた」
満面に笑みで、ねずみ色の服を手に取るトウカさん。
そして、ボクに「少しここで待っていて」と言葉を残し、試着室へ向かい、カーテンを閉める。
さて、どうしたものか、手持ち無沙汰になってしまったな。
とりあえず、試着室の近くにあるベンチに座ることにした。
するとトウカさんが入った試着室から――『しゅるりっ』と服が脱げている音がした。
不覚にもその音でボクの心はドキドキしていた。
「…………」
もしかして、トウカさんは今は下着姿なのか?
想像してはいけないと思いつつも、カーテンの向こう側の彼女の姿をイメージしているボクがいる。そんなことを考えていたら、軽快な足取りで、女性の店員さんがボクの方へ向かってきた。
「綺麗なお姉さんですね」
「――え?」
「今日は姉弟でお買い物ですか?」
どうやら、この店員さん、ボクとトウカさんを見て姉弟だと勘違いしているようだ。
こういう時、なんて答えるのがいいのだろうか『嫁なんです』なんて言えば、なんだか自分が調子に乗っているみたいでシンプルに嫌だ。だからと言って『姉です』とも言いたくない自分がいた。まあ、いつものごとく女の子に間違えられなかっただけマシか……。
結局、ベストな返答は何だろうかと考えていたら、トウカさんが入った試着室から、
「――はーくん、この服、胸がきつい。もうワンサイズ大きいの取ってぇ」
「え? もう一つ大きいサイズとか言われても」
「あ、ご用意しますね」
店員さんはニッコリと営業スマイルを作り、素早い動きで、もうワンサイズ大きい洋服をトウカさんのいる試着室へ持って行く。
「…………」
居心地がすごく最悪だな……。
ここでぼんやりしていても、何の戦力にもならない。
それにまた、店員さんに根掘り葉掘り質問されても困る。
「トウカさん、のどが渇いたので、飲み物を買ってきます」
本当はあまり喉は渇いていない。この場から逃げる為の方便だ。
「……わかったわ」
トウカさんから許可が下りて、ほっとする。
もう少し我慢して待機していろと言われたら、どうしようかと思っていた。
ボクは店員さんに「フォローお願いします」と言葉を残し、店を後にした。