二章 学園ではモブになりきるのだ!(2)

   ◆


「広いな……」

 王都ブシン流1部の教室に入ってまず言わずにはいられなかった。例えるならデカい体育館、当然更衣室、風呂、軽食堂他色々完備で、扉はメイドさんが開けてくれる人力自動ドア仕様だ。

 ちなみに9部は雨の日も風の日も屋外である。扉がないからメイドさんいらずだ。

 僕はからまれないように素早く着替えて、隅っこでアレクシアを待った。

 しばらくして、

「軽く体をほぐしましょうか」

 とブシン流の道着に着替えたアレクシアが登場。女性用のそれは、深いスリットの入ったスカート姿で、装飾のないチャイナドレスをイメージすると近いだろう。色は黒。ブシン流は色ごとに強さを分けていて、黒が最も上で、白が最も下だ。

 当然僕は白、この教室でたった一人の白、目立ちまくる。

 僕は敵意7割、好奇心3割の視線を無視して、軽い動的ストレッチを行った。

「面白いわね」

 と、僕の動きをまねるアレクシア。

 この世界でも運動前に体をほぐすといいことは広く知られているが、ほぐし方はまだ確立されておらず皆独自のやり方でほぐしている。スポーツガチでやっていながらストレッチをめてる奴は必ず体を壊すからね。この世界は魔力で無理やりなんとかしていたりするけど、それでもパフォーマンスには影響する。

 その辺アレクシアは割と意識高くていい。僕は戦闘という分野においては、とことん意識高いからね。西海岸で飲むいつもの味にも負けない自信がある。

 そうこうしているうちに授業が始まった。

「今日から新しい仲間が入った」

 と、顧問の先生に紹介される僕。

「シド・カゲノーです。よろしくお願いします」

 そして仲間とは欠片かけらも思われていない視線にさらされる。

 ああ、さすが1部。見渡せば重要人物がそこら中にいる。あそこのイケメンは公爵家の次男だし、あそこの美人は現役魔剣騎士団長の娘だし、そして顧問の先生はなんとこの国の剣術指南役だったりする。しかもまだ28歳という若さの金髪イケメンだ。

「みんな仲良くするように」

 てな感じで稽古開始。

 めいそう魔力制御から始まって、素振りやら基礎的な内容が続く。

 いいよいいよ、基本は大事だ。9部なんてちょっと素振りしたらチャンバラするからね。やはり強い人は基本を大事にする。周りのレベルも高いし、お世辞抜きでいい環境だと言えるだろう。

 何よりも、この王都ブシン流とかいう剣術は非常に理にかなっている。練習に参加していて苦にならないって素晴らしいことだ。

「君は王都ブシン流が好きかい?」

 と、金髪イケメンの顧問に話しかけられた。名前は確かゼノン・グリフィだったか。

「そう見えます?」

「ああ、楽しそうだ」

「そうかもしれませんね」

 僕の答えにゼノン先生は爽やかに笑った。

「王都ブシン流は知っての通りブシン流から分裂してできたまだ新しい流派だ。伝統のブシン流、革新の王都ブシン流、はじめは風当たりも強かったが、アイリス王女のおかげで今やこの国でブシン流に次ぐ流派とまで言われるようになった」

「先生も、王都ブシン流を盛り上げた剣士の一人だと聞きますが」

「アイリス王女に比べれば微々たるものだがね。それでも私は王都ブシン流は自分が育ててきたと思っている。だから王都ブシン流を好きになってもらえたならうれしいんだ。すまない、練習の邪魔をしたね」

 そう言ってゼノン先生は他の生徒を見に行った。僕も彼の気持ちがよくわかる。僕は、アルファたちが僕の剣を振るうのを見るのが好きだ。僕の剣は僕が作り上げてきたもので、それが他人に認められ振られるのは格別の喜びなのだ。

「何を話していたの?」

 とアレクシアが聞いてくる。

「王都ブシン流について」

「ふぅん。次はマスだから組みましょうか」

 マスというのは軽い実戦形式の稽古だ。お互い攻撃は相手に当てずに、技や返し、流れの確認をする感じ。

「実力違いすぎない?」

「大丈夫よ」

 てな感じで木剣を構え打ち合う。

 僕が剣を振り、アレクシアがさばく。

 逆にアレクシアが仕掛け、僕が捌く。

 攻撃は当てないし、動きも遅い。魔力もあまり使わない。周りでは魔力をガンガン使ってかなり激しい打ち合いをしている組もあるけど、アレクシアは意外にも僕に合わせてくれているようだ。

 いや、僕に合わせているというよりも……これが普段通りなのかもしれない。マスはあくまで技の確認で、そこに速さや強さは必要ない。彼女は稽古の目的をよく見据えているのだ。

 それはアレクシアの剣を見ればわかる。姉のアイリス王女の実力は、誰もが褒めたたえ王国中にとどろいている。天才、鬼才、今や王国最強とまでいわれている。

 対して妹のアレクシアについてはあまり評判は良くない。魔力はある、剣も素直、ただアイリス王女には大きく劣る。これが世間一般にいわれているアレクシアの評価だ。

 だけど、こうして対峙してみると、アレクシアの剣は普通にいい剣だった。基本に忠実、基礎をしっかり、ただし地味。

 うん、地味だ。でもその地味さは努力の結晶なのだ。無駄が排除され、研ぎ澄まされたその様は、一歩一歩基礎を積み上げてきた証拠なのだ。

 デルタ、お前も見習えよ。

 僕は僕にとって許しがたい剣を振るう獣人の少女に心の中で語りかけた。

「いい剣ね」

 アレクシアが言った。

「どうも」

「でも、嫌いな剣」

 上げてから落とすスタイル。

「自分を見ているようだわ。終わりにしましょうか」

 彼女はそう言って片付けに入る。授業が終わったのだ。

 僕は大方の予想に反して、この授業を無事切り抜けることができたようだ。素早く片付け、着替えて、全力ダッシュで帰宅……。

「待ちなさい」

 できなかった。

 僕はアレクシアに首根っこをつかまれて連れて行かれた。

「それが、君の答えというわけかな」

 そしてなぜか目前にはゼノン先生。

「ええ。私、彼と付き合うことに決めたから」

「いつまでもそうやって逃げられるわけじゃないよ」

 と厳しい目でゼノン先生。

「大人の事情は子供にはわかりませんの」

 ホホホと、アレクシア。

 僕はもうこの流れで大体察していた。僕がここに連れて来られた理由も、彼女が僕と付き合うことに決めた理由も。頼む巻き込まないでくれと願いながら、僕は空気になって二人の主役級イベントを見守った。


   ◆


「つまり、アレクシアとゼノン先生は婚約者で、僕はその当て馬ってことだろ」

 僕は放課後の校舎裏でアレクシアと対峙した。

「婚約者じゃないわ、婚約者候補よ」

 澄ました顔でアレクシアは言う。

「どっちでもいいよ」

「よくないわ、まだ決まってもいないのに強引に話を進めてきて困っていたのよ」

「それこそどうでもいい。悪いけど、君たちの事情に巻き込まれるつもりはないから」

「あら、恋人のクセに薄情ね」

「恋人? ただ都合のいい当て馬が欲しかっただけだろ?」

「ええそうよ、でもそれはお互いさまよね」

 アレクシアは嫌らしい笑みを浮かべる。

「お互いさま? いったい何のことだ」

「あら、とぼける気? 罰ゲームで告白してきたシド・カゲノー君」

 さらに笑みを深めてアレクシアは言った。

 うん、ちょっと待って。落ち着こう。

「ひどいわ、乙女の純情をもてあそぶなんて」

 シクシクと噓泣きしながら、乙女の純情など欠片も持ち合わせていない女が言う。

 大丈夫、僕は冷静だ。

「何のことかさっぱりわからないけど。証拠でもあるのかな?」

 そう、証拠だ。彼女がどれだけ疑おうとも、あの二人が裏切らない限り証拠は……。

「ジャガ君だったかしら。私が話しかけたら顔を真っ赤にして、ペラペラと聞いていないことまで全部しゃべってくれたわ。いい友達ね」

 僕は頭の中でジャガをボコボコにしてマッシュポテトにすることで精神の平静を保った。

「大丈夫? 頰が盛大に引きつっているけど」

「大丈夫、僕は性根がゆがんでいるから口も歪むんだ」

「ああ、なるほどね」

「君よりマシだけどね」

「ん、何か言ったかしら?」

「別に。それで、何が望みだ……」

 僕は敗北を認めた。敗因は友達選びを間違えたことだ。

「そうね……」

 アレクシアは腕を組み校舎にもたれかかった。

「とりあえず恋人のふりを続けてもらいましょうか。期限はあの男が諦めるまで」

「僕は所詮男爵家の出だ。正直当て馬には力不足だよ」

「わかっているわ。時間が稼げればいいの。あとはこっちで何とかするから」

「それと危険な目には遭いたくない。相手は剣術指南役だ。何かあったら僕じゃどうしようもない」

「ごちゃごちゃ五月蠅うるさいわね」

 アレクシアはそう言ってふところから出した金貨をバラまいた。

「拾いなさい」

 1枚10万ゼニー、それが少なくとも10枚はある。

「へぇ、僕が金でなびく男に見える?」

 僕は地べたにいつくばって金貨を1枚1枚丁寧に拾いながら言った。

「見えるわね」

「その通りだ」

 11枚、12枚、13枚……あ、まだ1枚あるぞ!

 最後の1枚に手を伸ばした僕の目の前で、アレクシアのローファーがその金貨を踏みつけた。

 僕はアレクシアを見上げた。アレクシアの赤い瞳が僕を見下ろした。プリーツスカートの中身が見えた。

「ちゃんと私の言うこと聞いてくれるわよね?」

 性格の悪さがにじみ出た微笑みでアレクシアが言う。

「もちろんですとも」

 僕は満面の笑みで答える。

「いい子ね、ポチ」

 アレクシアは僕の頭をポンポンとたたいて、短いスカートをなびかせ去って行った。

 僕は彼女の足跡が付いた金貨を丁寧に拭いてポッケにしまった。

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