二章 学園ではモブになりきるのだ!(1)
僕は15歳になり、王都にあるミドガル魔剣士学園に入学した。大陸最高峰の魔剣士学園で、国内はもちろん国外からも将来有望な魔剣士たちが集うという。僕はそこで、モブらしく中の下あたりの成績をキープしながら2カ月ほど過ごし、その間主人公格っぽいキャラに目星をつけた。
その中の一人。アレクシア・ミドガル王女。一番の大物は彼女だった。
ミドガル王女とか名前を聞いただけで、チンパンジーでも大物ってわかるぐらいの大物だ。ちなみに彼女の上には、アイリス・ミドガル王女というさらに有名な超大物がいるらしいが、残念ながら学園をすでに卒業している。
さて、このアレクシア王女に僕は特大のモブイベントを申し込むことにした。というより罰ゲームで負けてそうなった。
うん、そうだ。実にモブらしいイベント『罰ゲームに負けて女子に告白』である。
というわけで学園の校舎の屋上、僕はそこで一定の距離をおいてアレクシア王女と
白銀の髪は肩で切りそろえ、切れ長の赤い瞳がなんかえっと
それでこのアレクシアに挑む僕だが、無謀な挑戦者は僕だけじゃなかった。彼女が入学して2カ月、すでに100人を超えるアホたちが彼女に挑み、冷酷な一言で返り討ちにあっている。
「興味ないわ」
そりゃね、王女ともあれば卒業したら政略結婚だし、子供の遊びには興味ありませんってところか。でも彼女に告白した貴族たちもそのあたりの事情は同じだ。大体は卒業してしばらくしたら政略結婚が待っている。だから学園にいるうちに色恋楽しもうってわけだ。
まぁどちらにせよ、
しかし僕はその戯れにモブとして交じる使命がある。学園のアイドルに罰ゲームで告白してこっぴどく振られるまさにモブらしいイベント。このイベントをモブらしくこなすことで、僕は僕が考えた最高のモブになることができ、それは『陰の実力者』への道のりをまた一歩進むことを意味するのだ。
今日この瞬間のために僕は夜なべして考えた。どうすれば、どう告白すれば……最もモブらしい告白になるのだろうか。
言葉選びはもちろんのこと、滑舌から音程、ビブラートのきかせ方まで夜通し研究し、ついに最強のモブ告白を習得し、僕は今日この決戦の場にいる。
決戦。
そう、モブにとってこれは一大決戦なのだ。『陰の実力者』には『陰の実力者』の戦いがあり、モブにはモブの戦いがある。ならば僕は今この瞬間、一人のモブとしてベストを尽くさねばならない。
僕は決意を胸に前を向く。
アレクシア王女……澄ました顔で立っているが、僕が今本気で剣を抜けば一瞬で君の首と胴が分かれることになる。君は所詮、その程度の人間なのだ。
よって
これが世界で一番モブっぽい告白だ!
「ア、ア、ア……アレクシアおうにょ」
ア、ア、アでスタッカートを刻み……でビブラート、アレクシアの音程は上下に揺れ、おうにょで迫真の滑舌を披露。
「す、好きです……!」
視線はアレクシア王女を避け地面をさまよい、膝は小刻みに震わせる。
「ぼ、ぼ、僕と付き合ってくぁさぃ……?」
セリフはあくまで普通、退屈なまでに王道を突き進みながら、発音、音程、滑舌は
完璧だ……!
これこそが僕が目指したモブAの姿だ。満足、僕はもう満足だ!
「よろしくお願いします」
「ん?」
満足したからもう帰ろうとした僕の耳に幻聴が聞こえた。
「君、今なんて?」
「ですから……よろしくお願いします」
「あ、はい」
何かがおかしい。
「と、とりあえず一緒に帰ろうか」
僕はそのままアレクシア王女と寮まで帰り、「また明日」とにこやかに別れて自室に戻るとベッドに突っ伏し枕に頭を埋めて叫んだ。
「なんでラブコメ主人公ルート入ってんだよおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおお!!」
◆
「おかしいだろ!?」
「おかしいな」
「おかしいですね」
翌日の昼、僕は食堂で二人のモブ友に昨日の流れを話した。結果3人の見解は一致、どう考えてもおかしい。
「正直言って、お前にアレクシア王女と付き合えるだけのスペックはない。俺ですら怪しいレベルだぜ?」
そう言うのはヒョロ。ガリ男爵家の次男坊で、外見は長細くておしゃれに気を使ってはいるがセンスは悪い。遠くから見ると雰囲気イケメンに見えないこともない。いや、やっぱ見えないわ。
そんなヒョロ・ガリだが当然彼もアレクシア王女と付き合えるだけのスペックはない。なぜなら僕が認めたモブ友だから。
「シド君が付き合えたんなら自分もいけたかもしれませんね。あー、自分が告白すればよかったなぁ」
そう言うのはジャガ。イモ男爵家の次男で、外見は小さく少しごつい。野球部に一人はいるようなイモっぽい
当然彼もアレクシア王女とは到底釣り合わない生粋のモブである。
あ、ちなみに僕の名前だけどシド。シド・カゲノー、この名でいる間は僕も生粋のモブだ。
「いや実際いいもんじゃないよ。なんか裏がありそうで怖いし、そもそも住む世界違うわけだし」
「だろーな。お前に俺みたいな器量はないし、もって1週間ってところか」
「3日ぐらいでしょう、周りを見てください」
ジャガの言葉に周囲を見渡すと、食堂の人間がそれとなく僕を見てヒソヒソ話していた。
「ほら、あれが……」
「
「何かの間違いじゃ……」
「あ、私ありかも……」
「えー!」
とか。
「弱み握って脅したらしいぜ……ヒョロ・ガリって奴が言ってた」
「マジかよあいつ絶対殺す……」
「演習で事故に見せかけて……」
「ここでやらなきゃ男が廃る……」
とか。
僕は耳がいいからほとんど聞き取れるんだけど、とりあえずヒョロ・ガリを
「ん、どうした?」
「なんでもないよ」
モブの友情は
「でも本気でどうしよう。告白してすぐ僕の方から別れ話切り出すのっておかしいし」
王女を振るってモブっぽくない。そもそも付き合った時点でモブっぽくないわけだが。
「いいじゃん、付き合えば。あわよくばいい思いできるかもしれないぜ」
ニヤつきながらヒョロが言う。
「ですね。たとえ間違いでも王女と付き合えるんですから、多少の障害で
「そういうわけにもいかないんだよなぁ」
こうしている間にも僕の
「しかしこういう結果になったのであれば、罰ゲームのことは隠さなければなりませんね」
とジャガが言う。
「だね。バレたら面倒なことになりそうだ。だから頼むよ、特にヒョロ」
「俺? 俺は漏らさねーよ?」
「もちろん自分も漏らしませんよ」
「マジ頼むからな」
僕はため息をついて、日替わり定食980ゼニー貧乏貴族コースに手をつける。早く食べて居心地の悪い食堂から出よう。
と、そのとき。
僕の向かいの席に、日替わり定食10万ゼニー超金持ち貴族コースが、メイドたちによって
そして。
「この席、いいかしら?」
アレクシア王女の登場。ああ、知っていたよ。だから早く食べようとしたのに。
「ど、どどどどど、どうじょ!」
「こ、こここここ、こんな席でよければ、ぜひぜひ!」
ヒョロとジャガの小粒感
「座ればいいと思うよ」
僕の答えを待つアレクシア王女に言った。
「では」
と彼女は席に着く。
「天気いいよね」
とりあえず天気の話でも振っときゃ間はもつでしょって感じの僕。
「そうね」
と無難な会話が続く。
彼女は美しい所作で豪勢な昼食に手をつける。王女ってやはりマナーがいい。下級貴族なんて所詮平民に毛が生えた程度だし。
「超金持ち貴族コースってやたら量多いよね」
「ええ、いつも食べきれないわ」
「もったいないね」
「本当はもう少し下のコースでいいんだけれど、私がこのコースを頼まないと皆が頼みづらくなるから」
「ああ、なるほど。食べきれないならもらっていい?」
「ええ、いいけれど……」
「ああ、マナーとか気にしなくていいよ。所詮下級貴族の席だしここ」
僕は、戸惑うアレクシアからメインディッシュの肉を強奪し、文句が出る前に頰張る。
うん、うまい。
「あっ……」
「魚ももらうね」
「ちょっと……!」
いやー、ラッキーだわ。君のおかげで僕の腹は至福である。アレクシアに対する僕の態度は昨日から一貫して超適当である。
なぜなら。
作戦『さっさと振れやおらぁ!』実施中だからだ。
「はぁ……まあいいわ」
「ごちそうさま、じゃあまたね」
「ちょっと待ちなさいっ!」
食うもん食って流れるように立ち去るプランは失敗、僕は仕方なく席に着く。
「あなたって午後からの実技科目は王都ブシン流だったわね」
「そだねー」
この学園は午前の基礎科目と午後の実技科目に分かれる。基礎科目はクラスごと、実技科目は選択式でクラスも学年もごちゃまぜ。
「私も王都ブシン流だから一緒に受けようと思って」
「いや無理でしょ、だってアレクシア1部じゃん。僕9部だし」
ブシン流はかなり人気の授業で、1部50人でなんと9部まである。1部から9部は実力ごとに分けられて、僕はひとまず様子を見るために9部に入った。最終的には5部あたりに落ち着こうかなーと思っている。
「私の推薦で1部に席を空けてもらったから大丈夫よ」
「それは大丈夫じゃないやつだ。僕は知っているからな」
「なら私が9部に行こうかしら?」
「やめてくれ、僕の立場がなくなる」
「二つに一つよ、選びなさい」
「いや」
「王女命令よ」
「1部行きまーす」
こうして僕の昼食は終わった。ヒョロとジャガは最後まで置物だった。