一章 『陰の実力者』チュートリアル開始!(4)

   ◆


 まあそんなわけで盗賊団退治兼、姉さん救出作戦は終わった。姉さんは気絶していたから拘束だけ解いて放置しておいたら、次の日ご機嫌斜めで帰ってきた。あの人やたらしぶといからね、手のも一晩で大体治っていたし。それから療養やら事件の調査やらで1週間ぐらいごたごたしたあと、姉さんは王都に出発した。その1週間なぜかやたらとかまってきてめんどくさかった。

 アルファたちは、何だか盗賊団の調査やら残党処理やらで忙しそうにしていた。ああ、盗賊じゃなく教団か。まあ呼び方がどうであれ、結局ただの盗賊なんだけど。

 しかし盗賊団の赤目のおっさんは逸材だったな。「ならば潜ろう、どこまでも」とか、まさに『陰の実力者』って感じの台詞せりふが出てきたのも、一重にあのおっさんのおかげだ。名脇役として雇いたいぐらいだった。

 そして見事『陰の実力者』を演じきった僕と、とっの状況に対応したアドリブ力は必見だった。観客がいなかったのが残念で仕方ないが、それもあと2年の我慢だ。2年後、僕も王都に行く。王都だ、あの王都である。この世界有数の大都市、この国では唯一の100万人都市。絶対主人公ポジションのキャラがいるはずだし、ラスボス的キャラもいるかもしれない。そしてこんな地方では起こり得ない事件、陰謀、抗争、そしてそこに乱入する『陰の実力者』……ああ、それを思えば、今の僕なんてしょせん盗賊ボコってイキっているだけのカエルだ。僕の物語はまだ序章すら始まっていないのだ。

 2年後に備えてさらなる力を求める僕の下に、ある日アルファたち7人が集まった。何でも教団の調査やら呪いの研究やらの報告がしたいようだ。最近はみんな色々と忙しそうで、7人全員集まるとか珍しい。調査とか研究とか無駄だからほどほどにね、とか思いながら彼女たちの報告を聞いた。


 簡単に纏めると。


 魔人ディアボロスと戦った英雄は全員女だった。だからディアボロスの呪いは女性にのみ発現する。

 斬新な考えだね。だけど残念、英雄は全員男だった説が一般的だから。ああ『シャドウガーデン』は僕を除いてみんな女だからね、その理由付けかな?

 次、〈ディアボロスの呪い〉が発現する割合はエルフがもっとも多い。次いで獣人、最後に人間。これは種族ごとの寿命と関係していて、寿命の短い人間は英雄の血が薄まっていて呪いは発現しにくい。逆に寿命の長いエルフは英雄の血が濃く呪いは発現しやすい。獣人はその中間。ああ、確かに『シャドウガーデン』メンバーで人間は僕一人、その僕も〈悪魔憑き〉じゃないからね。他は獣人二人にエルフはなんと5人。当然全員元〈悪魔憑き〉だった。なんかそれっぽい設定、よく考えたね。

 他にもアルファたちが色々報告していたけど、適当に聞き流した。

 そんな感じで教団に関する報告に移る。教団はなんと世界規模の超巨大組織だったらしい。へーすごいね。

〈悪魔憑き〉というか〈ディアボロスの呪い〉というか、どっちでもいいけど、教団は、それが発現した人を適応者と呼び、早期捕獲と処分を徹底しているとか。それに対抗するには『シャドウガーデン』も世界に散るしかないとかいう話になって、僕の下にはローテーションで一人残して、他は世界に散って、〈悪魔憑き〉の保護やら教団の調査やら妨害活動にあたることになった。

 それを聞いて僕は察してしまった。彼女たちはディアボロス教団なんて存在しないことに気付いてしまったのだ。だからもう、こんな茶番には付き合いきれないから自由にさせてもらいますよ、と。世界に散るって、つまりそういうことだろう。だけど一応、僕に対しては〈悪魔憑き〉を治してもらった恩があるからローテーションで一人付く、それで我慢してね。そういうことだ。

 僕は少しだけ悲しかった。前世でも、子供の頃はみんなヒーローに憧れた。僕も同じように『陰の実力者』に憧れた。だけどみんな大きくなって、いつの間にか憧れていたヒーローの存在すら忘れていって、僕は一人取り残された。だから彼女たちも、大人になったのだ。

 僕は少しだけセンチな気分になりながらも、快く彼女たちを送り出すことにした。もともと7人も集める気はなかったのだ。僕と、その補佐に一人残ってくれるならそれで十分。僕は別れを惜しむ彼女たちを見送って、たとえ世界にただ一人取り残されたとしても、『陰の実力者』を目指し続けることを誓ったのだ。


   ◆


 人を殺すことに恐れはなくなった。

 ベータは漆黒の刀を振り血のりを落とす。灰色の大地に血飛沫しぶきで1本の赤い線が描かれた。

 辺りは夜の闇の中。そこに数人の兵士が倒れ伏していた。

「とどめを」

 ベータが指示を出すと、黒いボディースーツに身を包んだ少女たちが護衛の兵士に刃を突き刺していく。

 ある少女の手は、震えていた。震えながらも、その刀を急所に突き刺す。

「ぐッ……があぁッ!」

 まだ息があった兵士が断末魔の叫びを上げる。少女の刀が止まった。慣れないうちはその叫びが何度も夢に出るのだ。

 ベータは硬直した少女の刀に手を添えて、ひねった。命を絶つ手ごたえが刀から手に伝わる。

「あ、あぁぁ……!」

 そのあえぎは震える少女のものだった。ベータは彼女の肩を抱いて指示を出す。

「対象の確保を」

 少女たちが動きだし、馬車の荷台に乗り込む。鎖を断ち切るような音が聞こえ、しばらくして腐り黒ずんだ肉塊が運び出された。まだ息がある。

「アルファ様の下へ急ぎなさい」

 少女たちは肉塊を大切に抱えて走りだす。ベータの胸で震える少女も、気丈にあとを追いかけていく。

 少し目を細めて、ベータはその後ろ姿を見送った。

 順調に育っている。

 最近まで何も知らず、剣を握ったこともなく、当然人を殺したこともなかった少女たちが着実に育っていく。その姿がかつての自分を見ているようで、ベータに過去の記憶がよみがえった。


 初めて人を殺した感触を、ベータは今でも覚えている。

 心臓を貫いたベータの刀と、ベータの手をつかむ敵の腕。致命傷のはずなのに、その力は信じられないほど強かった。

「心臓を貫かれても、少しの間、人は動くわ。油断しないで。ちょっと、ベータ聞いてるの?」

 冷静なアルファの声を、ベータは聞いていた。聞いていたが、理解することはできなかった。

 硬直した体と思考。

 ベータは動くことも、考えることもできなかった。

「仕方ない子ね」

 敵の首が飛んだ。

 アルファが首をねたのだ。

 血飛沫が舞い、死体が崩れ落ちる。

 返り血を浴びるベータの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。

「戦う意味を見つけなさい」

 その言葉は冷たく聞こえた。


 ベータは自分から進んで動くことが苦手な子供だった。

『シャドウガーデン』に入ってからは、いつもアルファのあとについていた。アルファのことは昔から知っていたから、彼女についていけば間違いがないことをベータは知っていたのだ。

 アルファのあとをついていくだけのベータに、戦う意味は見つけられなかった。その必要性も理解できなかった。

 結局、ベータは人を殺すことにいつまでも慣れなかった。任務で人を殺す度おうし、毎日怖くて震えながら眠った。夜中に叫び飛び起きることも珍しくなかった。

 そんなベータに、ある夜シャドウが声をかけた。

「知恵が欲しいか……?」

「は、はい?」

 ベータは少しビビりながら首を傾げた。

 ベータにとってシャドウは、よくわからないけどやたら強い人だった。

「知恵が欲しいのなら……くれてやる」

 知恵というのはもしかしたら、人を殺すことへの心の痛みを和らげてくれるのだろうか。

 そんな期待を込めて、ベータは頷いた。

「ち、知恵が欲しいです」

 ベータは少し震えて言った。

「ならばくれてやる……」

 そしてシャドウは語りだした。

「昔々、あるところに、おじいさんとおばあさんが……」

 それは知恵でも何でもない、ただのおとぎ話だった。意味がわからない。

 ベータは反応に困ったが、あのアルファが心酔するシャドウに反抗する勇気はなかった。

 黙ってシャドウの話を聞いていたが、思いのほかその話は面白く、気付けばベータは時間を忘れて聞いていた。

 そして、その夜は悪夢のない深い眠りについたのだ。

 その日から毎晩、シャドウはベータの枕元で楽しいお伽話を聞かせてくれたのだ。

 それは読書好きだったベータでも聞いたことのない、新鮮でとても面白いお話ばかり。ベータはいつも時間を忘れて彼の話に聞き入って、いつの間にかぐっすり眠っていた。夜中に飛び起きることもなくなった。『シンデレーラ』と『白雪姫様』がベータのお気に入りだ。

 それからかもしれない。ベータがシャドウの姿を目で追うようになったのは。

 気が付くと少しずつシャドウについていくようになっていた。はじめは目で追うだけ、おっかなびっくりと。しかし一年も経てばべったりと。

『シャドウガーデン』にとって、シャドウは絶対だった。

 絶対の強さ、絶対の知識、絶対の意思。その絶対がベータには心地よくて、いつしかそれはベータの絶対になっていた。

 いつしかベータの迷いは消えていた。

 シャドウの力がなければベータは〈悪魔き〉として殺されていたのだ。家族に捨てられ、国を追われ、色々なことがありすぎて理解することが遅れた。失ったものが多すぎて、新たに得たものに気付けなかった。

 だけど、迷いが消えた今ならわかる。

 シャドウがベータに新たな生と、新たな力を与えたのだ。

 それが確かな実感として、ベータの胸に染み込んでいった。

 ベータは戦う意味を見つけたのだ。

 ベータは彼のことを毎日書き記すようになった。記憶と思いが色あせないように。もう二度と迷わないように。ベータは生きる意味を見つけたのだ。

 最初は短い単語の羅列だったそれは、いつしか文章になり、物語になっていく。


 ふと、ベータは小さな物音に気付き、回想をやめた。

 彼女は漆黒の刀を抜いて馬車の荷台に近づく。そして、その下を覗き込んだ。

「ひっ!」

 若い兵士と目が合った。きっとベータと同じ年頃だろう。

 彼は慌てて馬車の下からい出て、そのまま逃げだそうとする。

 彼は何も知らない。何も知らず〈悪魔憑き〉の馬車を護衛し、何も知らず死ぬのだ。

「や、やめて……!」

 ベータは迷わず刀を薙いだ。

 走り去る彼の首から、血が噴き出した。

 そのまま数歩進んで、彼は崩れ落ちる。

 頰に付いた返り血を拭いベータは月を見上げた。れいな満月が雲の隙間から顔を出していた。

 ベータのな微笑みを月明かりが照らす。

 それは美しく残酷な華のように、夜の闇に咲いた。

 ベータは迷わない。

 彼が喜んでくれるなら、たとえそれが悪の道だとしても。

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