一回裏 異性の親友を好きになってしまった。その2(1)

 ——告白するなら早いほうがいい。

 唐突で申し訳ないけど、全ての人類に私からこの言葉を贈りたい。

 距離を詰めてからとか、勇気が出ないとか、恋愛の駆け引きをしたいとか。

 そんなことで告白を先延ばしにしている人がいたら、私はこう言ってやりたい。

 ——君はもう負けている、と。

 打者との勝負から逃げて四球ばかり投げている投手は、それだけで打ち込まれているのと一緒なのだ。

 同じように、告白するべきタイミングで告白できない人間は、もう負けているようなものである。

 だから好きだと思ったらちゃんと告白するべき。押し出しの四球を出してから慌てて勝負しても、もう遅いのだから。

 ただまあ——問題は。

 既に関係の固まってしまった相手を、急に好きになってしまった場合でして。

 たとえば、小学校から付き合いのある五年来の親友を、いきなり男として意識してしまった場合なんか最悪だ。

 もはや距離を詰めようがない。だってある意味、究極まで距離が詰まってるもの。

 はっきり言って終わっている。異性として意識してもらえないというのは、スタートラインに立てないのと同じである。

 ——まあ、今の私なんだけどね。

 だからこそ、私は全人類に言いたい。

 告白できるタイミングがあるなら、相手にまだ異性として意識してもらえるタイミングがあるのなら、それを決して逃すなと。



「それでね、陸がホームラン賞取ってくれたんだよ。野球辞めてから随分経つのに、ずっとバッティングが上手いんだよねー」

 昼休みの中庭。

 ベンチに座った私は昼食を摂りながら、昨日の出来事を友人に話していた。

「ふーん。巳城ってそんなに野球上手いんだ。野球部に入る気ないの?」

 私の話に相槌を打つのは、セミロングの髪をポニーテールにまとめた少女。

 童顔ながらクールな表情をしており、どこか大人びた印象もある。

 彼女の名前は二条沙也香にじょうさやか

 同性では最も仲の良い私の友人だ。

 中学は別だったが、同地区のソフトボール部で切磋琢磨した相手でもある。

「うん。昔は甲子園に行くってよく言ってたんだけどね。中学で引退したあたりで、『俺は野球が好きなんじゃなくて、バッティングが好きなことに気付いた』とか言って辞めちゃった。野球やってる陸、かっこいいから残念だけどね」

 普段はそこまで覇気がない陸だけど、打席に立った時の彼は集中と緊張が入り交じったような、凜とした表情をする。

 その顔を見たいがために、彼と遊ぶ時はよくバッティングセンターを選んでいるのは、私だけの秘密だ。

「ふーん……ところで碧、一つ聞いていい?」

「なに? さーやちゃん」

 ブリックパックのウーロン茶にストローを挿しながら私が応じると、さーやちゃんは何気ない様子で言葉を続けた。

「いったい、いつ巳城に告白するの?」

「にゃっ!?」

 予想外の台詞に、私は思わずウーロン茶のパックを握り潰してしまった。

 顔に掛かったウーロン茶の冷たさに仰け反っていると、さーやちゃんは呆れたようにハンカチを渡してくれる。

「動揺しすぎでしょ」

「だ、だって、さーやちゃんがデリケートな部分にいきなり切り込んでくるから」

 まるで死球寸前の内角高めストレートだ。思わず仰け反ったのは致し方ない。

「そうは言うけど、付き合ってもいない相手の惚気を昼休みの間ずっと語られてちゃねえ。好きなんでしょ? 巳城のこと」

「そ、それは……」

 ポーカーフェイスの冷めた視線から、私は逃げるように目を逸らした。

「……向こうは、私のこと意識してないと思うし」

 暗に気持ちを認める言葉を吐くと、さーやちゃんは小首を傾げた。

「そうかね? どう見ても女子の中で碧が一番巳城と仲いいし、なにより碧は可愛いんだから、向こうも絶対意識してると思うけど。少なくとも、碧に告白されたら悪い気はしないでしょ」

「いやいやいや……いやいやいや!」

 ぶんぶんと首を横に振る。

 すると、さーやちゃんは深々と溜め息を吐いた。

「そんなこと言ってると、他の女に取られちゃうかもよ」

「ほ、他の女って……陸に近づいてくる女の子、私以外に見当たらないけど」

 不安を煽るさーやちゃんの言葉に多少ムキになりながら反論すると、彼女はどこか意地悪っぽい微笑を浮かべた。

「だからこそ、だ。巳城って碧以外に女っ気ないだろ? だからちやほやしてくれる女が現れたら、舞い上がってそっちに転んじゃうかもしれないぞ」

「うぅ……」

 そ、そう言われるとそんな気がしてくるかも……!

「だいたいにして、なんで碧はそんなに自信ないんだ? それだけ近い距離にいるのに」

「いやだって……五年間、ずっとこんな関係だし」

 一つ深呼吸をして、乱されっぱなしだった心を整理する。

「五年もあるとね、やっぱり色々あるものですよ。たとえば中学時代に陸が他の子を好きになったりしたこととか」

「ほう?」

 興味深そうに相槌を打つさーやちゃんに、私は二人の思い出を開帳する。

「その頃は私も陸のことを特に意識してなかったから素直に相談に乗ったり、応援したりしてたんだけど……その頃の距離感と、今の距離感、全然変わらないんだよね」

 だから、陸は恋愛感情とか抜きに、私相手にはこの距離感で接する人なのだと、そう結論づけざるを得ない。

「また面倒な……付き合いの長さがマイナスに働いてるパターンか」

 さーやちゃんも色々と察してくれたようで、腕組みして顔をしかめた。

 何よりも厄介なのは、私自身も当時と同じ距離感で陸と接していることである。

 付き合いが長く、お互いの扱い方が分かっているため、表面を取り繕うことばかり上手くなってしまった悲しい女なのだ。

 そのせいで、隠している気持ちが変わっても、表面上はお互いに何も変わらない付き合いが続いてしまっている。

「まずは意識させるところから始めてみたら? デートに誘ったり」

「遊びに行くのはいつもやってるけど……昨日も一緒に遊んだし」

「なら、ファッションを変えてみるのはどうだ? 急に可愛い格好して行けば、向こうも意識してくれるかもしれないぞ?」

「そ、そうかな?」

 思いのほか建設的な意見をもらえて、私はちょっとテンションが上がってきた。

「ああ。ものは試しって言うし、とりあえず可愛いって言ってもらえれば、それだけでも儲けものでしょ」

「確かに!」

 その場面を想像して、更にテンションが上がる私である。我ながら単純な女だ。

「さっそく試してみるよ! ありがとね、さーやちゃん!」

「ん。上手くいくことを祈ってる」


『ねえ陸、日曜日空いてる? 遊びに行こうよ』

『いいよ、暇だし』

 デートの誘いは、一瞬で完了した。

 こういう時は、親友としての気安い関係に感謝したい。まあ、その気安い関係こそが私にとって大きな障害でもあるんだけど。

 そうして迎えた日曜日。

 前日には美容院に行ってから夜遅くまで洋服を選び、朝起きてからも待ちきれなくて三十分前に待ち合わせの駅前に向かった私は、決戦の時を今か今かと待っていた。

「変じゃないかな……」

 近くにあった店のガラス窓を鏡代わりに、今一度自分の格好を確認する。

 陸にもらったかんざしを挿した髪と、黒いワンピース。その上から羽織ったピンクのカーディガンと、黒のパンプス。

「だ、大丈夫だよね……?」

 引退したとはいえ、体育会系の名残がある普段の自分では絶対しない格好だ。

 そもそもスカートとか制服以外でほぼ穿かないし、初めて履いたパンプスに至っては、あまりにも低い機能性に、逆に感動したレベルだ。

 けど、だからこそ、きっとギャップを与えられるはず……!

「ん……あれ? もしかして碧か?」

 少し戸惑ったような声に振り向くと、そこにいたのは待ち人である陸。

 白いシャツの上にジャケットを羽織り、ジーンズを穿いた姿はいつも遊びに行く時と変わらない自然体である。

 これはこれで好きなんだけど……あれ、なんか私の力の入れ具合、すごく浮いてない?

 よく考えたら、陸にはデートって認識ないもんね。急に私がこれだけ力入れてきたら、何事だって思うんじゃない?

「り、陸。おはよう」

「ああ、おはよ。随分早く来てたんだな。それに、普段と全然イメージが違う」

 陸が私の格好を観察し始める。

 期待と不安が入り交じり……若干、不安が勝つ。

 何こいつ急に全力のファッションしてきてんの? みたいに引かれたらどうしよう。

「驚いたけど……うん、こういうのも似合うな、碧」

 が、その杞憂を吹き飛ばすように、陸が朗らかな笑顔で褒めてくれた。

「そ、そうかな。ありがと……えへへ」

 なんかもう、それだけで顔がにやけてしまう。あー、耳が熱い。絶対赤くなってるわ。

「それに、俺があげたかんざし、使ってくれてるんだな」

 プレゼントが有効活用されているのを発見して、陸が嬉しそうに笑う。

「う、うん。かんざし使うの初めてだったから少し手こずったけど、もう使い方覚えたから」

 花言葉が友情なのはちょっと複雑だが、今はプレゼントというだけで満足だったりする。

「そっか、気に入ってくれたのならよかった」

 優しく頷く陸。

 その表情を見られたのが嬉しくて、私は改めてこの親友にべた惚れしてるんだなあと自覚したのだった。

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