一回表 異性の親友を好きになってしまった。その1(3)

 ——告れ。とにかく告れ。早く告れ。

 そんな銀司の言葉を胸に刻み込んで迎えた放課後。

 日直で遅れる碧を校門で待っていた俺は、廊下から聞こえてくる足音で顔を上げた。

「お待たせ、陸!」

 急いで来たのか、少し息が切れている碧。

 俺を見つけた瞬間に浮かべた笑みが最高に可愛くて、なんでつい最近までこいつを女子として意識せずにいられたのか、少し不思議に思えた。

「あ、ああ。最後まで手伝ってもよかったんだが」

「ん、ありがと。けど日誌を職員室に出すのなんて一人で十分だし。それより、早く行こうよ! 駅前のバッセン、ライト壊れてるから夜になるとボール見えなくなるよ」

 弾むような足取りで歩き出す碧の後を追いながら、俺はドキドキする心臓を必死に深呼吸で宥めていた。

 告白……告白かあ……。

「陸、どうしたの? なんかぼーっとしてるけど」

 気付けば、碧が至近距離から顔を覗き込んできていた。

「うおっ!? な、なんでもない!」

 慌てて飛び退き、なんとか取り繕う。

 近くで見ても可愛いな、こいつめ。あとめっちゃいい匂いしたし。

「そう? ならいいけど」

 不思議そうに首を傾げる碧。いかん、考え事は後にしよう。

 そうこうしているうちに、行きつけのバッティングセンターに到着した。

「あ、景品が新しくなってる」

 受付の脇にある景品一覧を見るなり、碧がそう呟いた。

 このバッセンではホームランを打つと景品がもらえるのだが、そうたいしたものはない。

 今回もぬいぐるみに髪留め、陶磁器と、ラインナップに一貫性が見当たらなかった。

「どう見ても近くの商店街の売れ残りだな……」

「あはは、それっぽいね。あ、でもこのかんざし可愛いな。私もだいぶ髪伸びてきたし、こういうのを付けてみるのも新鮮かも」

 が、そんな売れ残り群の中でも、碧は興味のある一品を見つけたらしい。

 ラインナップにあった花の飾りが付いたかんざしを見て、目を輝かせていた。

 俺も、思わずかんざしを挿した碧を想像してしまう。

 うん、似合う。というか何を付けても可愛いけど。

「珍しいけど、確かに碧には似合いそうだな」

「ほんと? じゃあ絶対取るからね!」

 俺の言葉が嬉しかったのか、碧のテンションが上がる。

「よーし、気合い入った! 今日は月まで飛ばすよ!」

 左打席に入る碧を背後から見守る。

 バッティングセンターは打球が場外に飛ばないよう、施設の周囲を大きなネットが覆っている。

 そしてネットの上部には、ホームランと書かれた丸い板が張られていた。

 あそこに打球をぶつければホームラン賞がもらえるのである。

「んっ……しょっ!」

 ボールが放たれると、碧は強く踏み込んでバットを振った。

 金属バット特有の甲高い打撃音が響き渡る。

 放物線を描いた打球は、しかしホームランゾーンにぶつかる前に失速し、平凡なフライとなってしまった。

「まだまだっ!」

 鋭い打球を何度も飛ばす碧。

 なんとなく、碧がソフトボール部だった頃を思い出す。

 とはいえ、見た目は全然あの頃と違うが。

 現役時代の碧は髪の毛も短く、肌も日焼けしていてどこか少年っぽさがあった。

 今みたいに髪を伸ばし、肌も白い美少女になったのは引退してから。

 そんな彼女に惚れてしまったのは、自然の流れだったのかもしれない。

「うぅ……無念」

 結局、打てなかった碧は、がっくりと肩を落として打席から出てくる。

「ドンマイ」

 苦笑しながら励ますと、碧が俺の袖を引っ張ってきた。

「陸のかっこいいとこ見たいなー? こう、特大ホームラン打つとことか」

「……俺にあのかんざしを取れと?」

「男子のパワーでなにとぞ」

 両手を合わせて拝んでくる碧。

 とはいえ、ホームランなんて狙って打てるものでも……いや待てよ。

 これってもしかして、告白のチャンスじゃね?

 俺がホームランを打ち、かんざしを手に入れて、それをプレゼントしながら告白……アリじゃね?

「よっしゃ! 俺に任せろ!」

「やった! 任せたよ、陸!」

 碧と入れ替わりで右打席に立ち、側の箱に入っていた金属バットを一本引き抜く。

 気持ちとしては、伝説の剣を手に入れた勇者くらいのノリである。

「絶対打つぞ……この打席に俺の青春の全てが懸かってる……!」

「なんで甲子園行きが懸かった試合みたいになってるのか分からないけど、すごく頼もしい! 頑張って!」

 碧の応援を聞きながら、俺はバットを構えた。

 下心が集中力に変換されたのと同時、マシンがボールを投げる。

 情熱は最高の才能だという言葉が真実なら、今の俺は確実に天才だ。

 その証拠に、いつもよりボールが遅く見える。

「っしゃああ!」

 踏み込み、思いっきりバットを振る。

 重心の移動に合わせて腰を回転させ、インパクトの瞬間に全ての力を爆発させた。

 甲高い金属音。

 綺麗なバックスピンを掛けられた打球は、ぐんぐん伸びていき——ホームランと書かれた板に直撃した。

「うおっ、マジで当たった」

 ホームラン賞を知らせる安い電子音を聞きながら、自分で自分の打撃結果に驚く。

「わ、本当に打ったし! さすが陸!」

 打席の外ではしゃぐ碧。

 俺が打席から出ると、彼女は両手を上げてハイタッチを求めてきた。

「陸、ナイスバッティング!」

「おう!」

 パチンと両手を打ち鳴らす。

 まさか一球で仕留められるとは思わなかった。告白前に縁起がいい。

「よし、ホームラン賞もらいに行こうよ!」

 碧ははしゃぎながら、俺の手を引いて事務所へ向かう。

「走るなって。転ぶぞ」

 俺は手を繋いでいることに内心でめっちゃ喜びつつも、平静を装って付いていった。

「すみません、ホームラン賞ください! そこのかんざしで!」

 弾むような声で碧が事務所に呼びかける。

「はーい、おめでとうございます。三種類ありますけど、どれにします?」

 その声に応えて、事務所に詰めていた職員さんがいくつかのかんざしを持ってきた。

 ピンクの椿と黄色い薔薇、紫の菫の飾りがそれぞれついた、三種類のかんざし。

「うーん……どれもいいなあ。陸が選んで?」

「わ、分かった。任せろ」

 すぐそこに迫った告白に緊張しながら、俺は成功の鍵になるかんざし選びを始める。

 さて、碧の好みはどれだろうか。

 基本、花はどれでも好きだしなあ。菫、いや椿? 黄色い薔薇はどうだろう。ていうか黄色なんて珍しいな。

「あ、そういえば……」

 珍しい黄色い薔薇を見て、ふと思い出すことがあった。

 ——あれは一昨年の夏休み。ソフトボール部の先輩が引退する際に、碧と二人で花束を買いに行った時のことである。

 その時、碧が花屋の店頭に並べられた黄色い薔薇を見つけて「これ、私たちにピッタリだね」と嬉しそうに言って、自分用に一本買ったことがあった。

 ……これじゃないか? 俺が碧に贈るものとして相応しいのは。

 来た来た来た! 思い出の蓄積が今の俺を支えている!

「じゃあ、このかんざしで」

 俺は深呼吸を一つしてから、黄色い薔薇のかんざしを指差した。

「はい、どうもまたのご利用をお待ちしてます」

 職員さんはかんざしを軽くラッピングすると、俺に渡してくれる。

 その重さが手のひらに収まると同時、俺の心臓もバクバクと鼓動の音量を上げた。

 こ、これを渡して、碧が喜んだのを確認してから告白をする。

 できるか? いやできる! 俺はプレッシャーに強い男!

「ほら、碧」

 声が裏返りそうになるのをなんとか堪え、かんざしを渡す。

 碧は嬉しそうにそれを受け取ると、最高の笑みを浮かべた。

「ありがと、陸!」

 その笑顔があまりに可愛かったので、なんかもうそれだけで満足しそうになったが、ここで逃げたら現状維持だと思い直す。

「あのさ、話があるんだけど」

 意を決して本題に入ろうとすると、碧はきょとんとしたように小首を傾げた。

「なに? 改まっちゃって」

 目が合うと、喉まで出かかっていた言葉がまた引っ込みかける。

「いや、なんていうか……その……」

 やばい、臆病風に吹かれてる。

 俺がなかなか話を切り出せないでいると、碧がふと思い出したように口を開いた。

「ねえ、黄色い薔薇と言えば、先輩たちが引退した時のこと思い出さない? 二人で花束を買いに行って、その時に黄色い薔薇を見つけてさ」

 俺がさっき考えていたのと同じエピソードを口にされて、少し驚いた。

「お、おう。覚えてるよ」

「よかった。黄色い薔薇の花言葉が私たちにピッタリだったから、つい買っちゃったんだよね。陸とずっと一緒にいられるようにって思って」

 柔和な笑顔でそんなことを言われて、俺は思わず胸が高鳴る。

「へ、へえ、俺も同じ気持ちだよ。ちなみに、その花言葉ってなんだったんだ?」

 どんどん告白しやすい流れになっている気がして、碧の話に乗ることにした。

 このまま話を進めて、一番いいタイミングで告白しよう。

 そんな俺の計画は——


「確か、黄色い薔薇の花言葉は『友情』だね。私たちにはピッタリだなって当時は思ったものだよ」


 ——碧の台詞であっさりと粉砕されたのだった。

 あの……ちょっと待ってください。

 今、なんて言った? 友情? よりによって友情?

 あれ、おかしいな……さっきまで勝利確定みたいな流れだったのに、逆転満塁ホームラン打たれちゃった感じがしてきたんだけど。

「……と、そんなことはいいとして。結局、話ってなんなの?」

 可愛らしく話を元に戻してくる碧。

 こんな状況で言えるかーい!

 打席に立っているのにバットを振らない奴は見逃し三振になるが、明らかなボール球を振る奴もまた三振するのだ。

「朝はあんなこと言ったけど……実は俺、コーンフレークが好きなんだ」

 結局、俺はものすごくどうでもいい発言でお茶を濁すことにしたのだった。

「あ、そうだったの? じゃあやっぱり私の愛情たっぷりのコーンフレークをごちそうしましょう」

「あはは……頼むわ」

 笑ってくれよ、こんな情けない俺を。



 翌日の学校。

 力なく机に突っ伏す俺の下に、いつもの如く銀司がやってきた。

「うす、陸。結局、昨日はどうなったんだ? ちゃんと告白できたのか?」

 もはやあらゆる気力が失せていた俺は、机に突っ伏したまま端的に事実を伝える。

「バッティングセンターでホームランを打った結果、俺の大好物がコーンフレークってことになったわ」

「どういうこと!? 風が吹けば桶屋が儲かるってことわざ以上に流れが読めないよ!」

「つまり俺と碧はずっと親友ってことさ……」

「お互いに日本語を喋ってるのに、こんなにも話が理解できないってあり得る!?」

 そりゃあ、そういうこともあるさ。

 五年来の親友でも、相手の気持ちに気付けなかったりするのだから。

 だから、改めてこの言葉を全ての人類に贈ろう。

 ——告白するなら早いほうがいいぞ。

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