一回表 異性の親友を好きになってしまった。その1(2)
「どうした? 銀司」
「いや……確認するけど、お前が最近映画館行った時って碧ちゃんと一緒だった?」
何故か難しい表情で訊ねてくる銀司に、俺は軽く頷いた。
「ああ。近所の映画館がカップルデーやってて、男女二人だと割引だったからさ。先月二人で結構通ってて」
「やっぱりかよ! しかもカップルデーに行ってたの!?」
「そうなるな」
俺が素直に頷くと、銀司は何故か頭を抱えた。
「休日に仲良く映画デートして、平日もずっと学校帰りに制服デート……お前もう、あとはお互いの家に行くくらいしか残ってねえぞ」
「さすがに家に行くのは新作のゲームが発売された時とテスト期間くらいかな」
「もう行ってんのかよ! 高校一年生という大変な思春期に! 平日も休日もデートして、さらには家にまで遊びに行ってると! なのに、まるで付き合う気配がないの!?」
「はい。数年前からその状態が続いています」
「どんだけ進展しねえんだよ! お前の恋愛はサグラダファミリアの建設と同じペースか!」
痛烈なたとえツッコミをかまされ、思わず俺はたじろいでしまった。
「い、いや、俺だって進展させたいさ! けどな、元があまりにも仲良くなりすぎてしまうと、逆に恋愛に持ってくのが難しいんだよ!」
「ほーう。なんか言い訳があるなら聞いてやろう」
ちょっと落ち着いてくれた銀司。
こいつとは中学時代、同じシニアリーグの野球チームに所属していた関係だ。
だから俺とは仲が良いのだが、中学校は別だったため、俺と碧の仲については知らない。
「いや、こう言うと意外かもしれないけど……実は俺が碧に恋愛感情を抱いたのって最近なんだよね」
「そうなのか?」
意外そうに目を見開く銀司に、俺は軽く頷いた。
「ああ。意識するようになったのは、高校に入ってからだ。だからお前が言うほどサグラダってるわけじゃない」
「何その謎の動詞」
「で、その中学時代も、俺と碧は今とほとんど変わらないような行動を取っていたわけよ」
銀司のツッコミをスルーして話を進める。
「平日に遊びに行ったり、休日にデートしたり、お互いの家に行ったり?」
「そう。変に異性として意識するのも向こうは嫌がるかなって思ったし、何より無粋な気がしたんだよな」
まだ男女の友情が成立すると思っていた頃である。
俺は碧を本当に親友だと思っていたし、碧だってきっとそうだった。いや、あいつは今でもそうなんだろうけど。
だから、女の子として意識した目で見るのは、二人の友情への冒涜のように思えてしまったのだ。潔癖だね、中学生の俺。
「なるほどねえ……そこで、悪い意味でお互い耐性が付いちゃったわけだ」
納得したように苦笑する銀司に、俺も頷いてみせる。
「ああ。碧だって俺と二人で出かけるのなんてただの日常だと思ってるはずだし、それくらいじゃ何も意識しないだろう」
まさに、悪い意味で耐性が付きまくってる。
「それはまた……どうやって距離を詰めればいいのか分からないな」
難しい顔をする銀司。
俺も溜め息を吐いて彼の言葉を肯定した。
「だろ? 普通のアプローチじゃ異性として全く意識してもらえないんだよ……どうしたもんかね」
二人の間に沈黙が下りる。
この詰んだ盤面に活路を見出す新手がないものか。
じっと考えていると、銀司が静かに息を吐いた。
「それならプレゼント作戦がいいんじゃないか? どう考えても下心ありますって感じのプレゼントを贈れば、向こうも意識してくれるだろ」
「おお、王道だな。よし、その路線で行ってみよう」
王道、だからこそ効果的なアイディアをもらい、やる気が満ちてきた。
そんな俺を見て、何故か銀司は少しだけ不安そうな顔をする。
「ちなみに、何をプレゼントする気だ?」
「前に球場行った時にもらった、プロ野球選手のサインボールにしようかと」
「却下。色気がなさすぎるわ」
自信満々に俺が出したアイディアは、あっさり否定されてしまった。
「なんでさ。碧も絶対喜ぶのに」
不満も露わに俺が抗議すると、銀司は呆れと憐れみが混じったような目を向けてきた。
「喜ぶかもしれないけど、それで異性として意識されるわけないだろ……よく分かった。お前にプレゼントのセンスはない」
「ぐぬぅ……じゃ、どうしろと」
センスを完全否定されて歯噛みする俺に、銀司は半ば投げやりな態度で新たなアドバイスを放り投げてきた。
「まああれだ。こうなったら、いっそ告白するしかないんじゃないか?」
「い、いきなりか? こんな全く意識されてない場面で」
思い切った戦術に、俺は少なからず動揺する。
が、銀司は確信を持ったように強く頷いてみせた。
「だからこそ、だ。普通にやっても意識してもらえないなら、告白することで意識してもらうんだよ。たとえ一回フラれても、チャンスは一度じゃない。まずは意識してもらうところから始めるんだ」
「な、なかなか勇気のいることを言ってくるな」
煮え切らない俺に、銀司は呆れたような目を向ける。
「他の男に取られてもいいのか?」
「な、なんだと」
「碧ちゃんって俺から見ても可愛いし、他にも憎からず思ってる男はいると思うぞ? 今はお前と付き合ってるって思われてる節があるから誰も声を掛けないが、このままダラダラ引き延ばしてたら、アプローチしてくる男は出るだろ」
「ぐぬ……」
確かに碧は可愛い。超可愛い。
性格も明るく、人当たりがいいし、めっちゃいい女だ。
高校に入学してからまだ一カ月しか経っていないから目立った動きはないが、これから先、誰もアプローチしないと考えるほうが不自然だ。
もしも、このまま俺のことを意識していないとなれば、当然ながら碧も他の男と付き合ったり——。
「やばい、想像したら吐き気がしてきた。銀司、ちょっと鞄貸してくれ」
「何をエチケット袋にしようとしてんだ! ていうかメンタル弱すぎるだろ!」
鞄を胸に抱えて隠す薄情な友人の声を聞きながら、俺は必死で吐き気を堪えるのだった。