一回表 異性の親友を好きになってしまった。その1(1)

「おーい、りく。おはよー!」

 登校中、ふと名前を呼ばれて、俺は背後を振り返った。

 視線を向けた先にあったのは、長い黒髪を揺らして走ってくる少女の姿。

あおか。おはよ、今日は遅かったな」

 俺が歩く速度を落とすと、小走りで近づいてきた彼女は、少しだけ息を切らして隣に並んできた。

「いやあ、あはは。珍しく朝ご飯作るのに挑戦したら、見事に失敗しちゃってさー」

 照れたように笑う碧。

 大きな二重の瞳と、白い肌が目立つ横顔に少しドキッとしながらも、俺はポーカーフェイスを装って話を続けた。

「へえ、いったい何を作ったんだ?」

「コーンフレーク」

「失敗する要素なくね!?」

「甘いね、陸。シンプルな料理ほど奥が深いんだよ。一度失敗すると、他の作業でカバーするのが難しいからね」

「そういうレベルを超えてるよ! そもそもあれって料理にカウントしていいの!?」

「料理は愛情と言うし、逆説的に、愛情が籠もってたらそれはどんなものであれ料理!」

「何に対する愛情が籠もってたんだよ!」

 堂々と言ってのける碧に少し呆れながら歩いていると、彼女は何か思い出したように顔をしかめた。

「あ……そういえば私、日直だわ。もう行かなきゃ」

「手伝おうか?」

 俺が申し出ると、碧は笑顔で頷いた。

「助かる。やっぱり持つべきものは親友だね! この借りは必ず返すよ!」

「はいはい。じゃあ今度何か奢ってくれ」

「では私の愛情たっぷりのコーンフレークを」

「愛情があるなら、もう少し手の込んだものを用意してくれ」

 くだらないことを言い合いながら、俺たちは小走りで学校へと向かうのだった。


 ——告白するなら早いほうがいいぞ。

 唐突で済まないが、全人類への警告として、俺からこの言葉を伝えたいと思う。

 距離を詰めてからとか、勇気が出ないとか、恋愛の駆け引きをしたいとか。

 そんなことで告白を先延ばしにしている輩がいたら、俺はこう言ってやりたい。

 ——お前はもう負けている、と。

 ボールが来たのにずっとバットを振らない打者は、それだけで三振なのだ。

 同じように、告白するタイミングがあったにもかかわらず告白できなかった奴は、恋愛において確実に成功率を落とす。

 だから好きだと思ったらすぐに攻めろ。拙速は巧遅に勝るのだ。

 ただまあ——問題は。

 既に関係の固まってしまった相手を、急に好きになってしまった場合でして。

 たとえば、小学校から付き合いのある五年来の親友を、いきなり女として意識してしまった場合なんか最悪だ。

 もはや距離を詰めようがない。だってある意味、究極まで距離が詰まってるもの。

 はっきり言って終わっている。異性として意識してもらえないというのは、スタートラインに立てないのと同じである。

 ——まあ、今の俺なんだけどね。

 だからこそ、俺は全人類に言いたい。

 告白できるタイミングがあるなら、相手にまだ異性として意識してもらえるタイミングがあるのなら、それを決して逃すなと。



「ありがと、陸。おかげで間に合ったよ」

 日直の仕事をギリギリで終えた俺と碧は、生徒がちらほら登校してきた教室を見回しながら一息吐いた。

「気にするなって。そんな大変な作業じゃなかったし」

「けど助かったし。あ、そうだ。今日の放課後、バッティングセンター行こうか。私が奢っちゃうから」

 ぐっと親指を立てて笑う碧。

 バッティングセンターは俺たちの共通の趣味であり、仲良くなったきっかけでもある。

「おう。楽しみにしてる」

「了解。じゃ、私は職員室から日誌もらってくるね」

「分かった」

 軽く手を上げて碧と別れる。

 全く以ていつも通りの会話で、いつも通りの距離感。

 それはそれで心地よいのだが、今の俺には少し物足りない。

 なんてことを考えながら碧の背中を見送っていると、不意に肩をぽんと叩かれた。

「うっす、陸。おはよ」

 振り返ると、そこにいたのは朗らかな笑みを浮かべる男子生徒。

 清潔感のある短髪に、運動部らしい日焼けした肌と快活な笑顔。

 俺の友人である有村銀司ありむらぎんじだった。

「ああ、銀司か。おはよう」

 俺が挨拶を返すと、銀司は軽く視線を動かして碧の後ろ姿を一瞥した。

「碧ちゃんといたのか。相変わらず仲がいいな」

 からかい半分に言ってくる銀司に、俺は乾いた笑いを浮かべる。

「だろ? これだけ近い距離にいるのに、まるで進展もなく相変わらずな関係なんだ。なんかもうゴミ野郎だよね、俺」

「なんだ、そのネガティブな解釈!?」

「気を遣わなくていいさ。遠慮なく『どんだけ進展しねえんだよ! お前の恋愛はサグラダファミリアの建設と同じペースか!』みたいな罵倒をしてくれ」

「そんなたとえツッコミしたことないんだけど!」

 朝から微妙に落ち込む俺を、銀司は宥めてくる。

「とりあえず落ち着け。話なら聞くから、な?」

 腫れ物に触るような銀司に促され、俺は自分の席に座った。

 前の席が無人だったのをいいことに、銀司がそこに座る。

「で、なんでそんな荒れてるのさ」

「荒れてるわけじゃないけど、進展のない自分の恋愛に閉塞感を覚えています。これだけ閉塞感を覚えてるのは、シュレーディンガーによって箱に閉じ込められた猫か俺くらいのもんよ」

「なるほど、話は分かった。あと変なたとえをぶっ込んでくるのやめて? 真剣に話聞く気なくなるから」

 軽いクレームを入れた銀司は、一つ溜め息を吐いてから話を本題に戻す。

「とりあえず恋愛を進展させたいってことだな。じゃあ、色々と積極的に動いてみたらいいんじゃないか? たとえば、学校の帰りに二人で遊びに行ったりとか」

「あ、それなら今日二人でバッティングセンターに行く約束をしたわ」

 そう告げると、銀司は少し驚いたように目を見開いた。

「そうか、やっぱ仲いいな。じゃあそこで告白したりとか」

「イメージ湧かないなあ。昨日も一昨日も一緒に遊んだけど、まるでそういう空気にならなかったし」

 俺が難しい顔で首を横に振ると、銀司も眉根を寄せた。

「うーん……遊びの内容が悪いのかな? もっとデートっぽいことをしてみるとか……そうだ、映画とか行ってみたらどうだ?」

 アドバイスしてくれる銀司には悪いが、それもあまりピンと来ない。

「映画ねえ。最近、映画館に行く機会多かったし、めぼしい作品はだいたい観ちゃったからなあ」

「いいじゃん、別に。映画の内容自体を楽しみにするわけじゃないんだし。むしろ、当たり外れが分かってる分、確実に盛り上がる映画を選べるんじゃないか?」

 確かに碧が喜んでくれれば、それを話の種に盛り上がれるし、悪くない選択肢だ。

 ただ一つの問題点さえなければの話だが。

「けど、俺が観た映画は碧も観てるからなあ。その上で確実に盛り上がるってのも——」

「ちょっと待ってください」

 話を進めようとする俺を、銀司が手で制してきた。

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