一回裏 異性の親友を好きになってしまった。その2(2)

「じゃあ、そろそろ動こうか。碧はどこか行きたい場所とかある?」

 陸に訊ねられた私は、少し考えてから閃いた場所を答える。

「行きたい場所……そうだなあ、バッティングセンター?」

 いつものノリで二人の定番の場所を出してみると、陸は苦笑した。

「その靴じゃ無理だろ」

「あ」

 し、しまった!

 私たち、基本的にアクティブな遊びばっかりしているから、こうして機動力が封じられた時の選択肢が極めて少ない。映画はこの間通いまくったし。

 ウインドウショッピングとかも、この凄まじく機能性が低い靴では耐えきれる気がしないし、いったいどうすれば……!

「他に思いつかないなら俺が決めるけど、どうする?」

 私の狼狽っぷりを見かねたのか、陸がそう提案してくれた。

「お願いします……」

 早くも躓いたことに少しへこみながらも素直に頼むと、陸は数秒だけ考えてから口を開いた。

「じゃあ、プラネタリウムにでも行くか。確か近くにあったはずだし」

「う、うん。そこにしよう」

「ん。了解」

 頷くと、陸は歩き出す。

 そのペースは普段より少し遅く、慣れない靴を履いている私に合わせてくれているようだった。

「プラネタリウムなんて行くの久しぶり」

 小学校の課外学習で見た時のことを思い出しながら、彼の隣に並ぶ。

「そっか。実は俺も久しぶりだよ」

 私の話に相槌を打つ陸。

 そう。一般的な高校生が友達と遊びに行く時に、プラネタリウムに行こうって流れには、なかなかならない。特に同性と遊ぶ時には。

 ……なのに、どうして陸は道に迷うこともなくプラネタリウムへの道を進んでいるのだろう。

「むー……」

 パンプス相手の配慮も完璧だし、なんかエスコート力の高さの裏に、ちらちらと他の女の影が見えるのは考えすぎだろうか?

「陸は最後にプラネタリウムに行ったのはいつ?」

 気になったら最後、つい探りを入れてしまう。我ながら面倒な女だ。

「いつだったかな……覚えてないけど、高校に入ってからはないかな」

 私の目を見ず、どこか曖昧に答える陸。

 ……何かを誤魔化している匂いがした。

 やっぱり中学の時に好きだった子だろうか? けど、あれは片想いで終わったはず。

 となると、その子とのデートのために温めていたプランを、今こうして使われている?

「そういえば、碧と二人でこういうとこ行くのは初めてだよな」

 もっと追及したかったが、陸が話を変えてしまったため断念することに。

「うん。あんまり星を見上げる習慣とかないもんね」

 せっかくのデートなのだ。変な疑念に苛まれるより、素直に楽しみたい。

 そう思い、私は気分を切り替える。

「そうだな。特に今の碧は随分と慣れない靴履いてるみたいだし、星空よりも足元を見て歩いたほうが安全だな」

 からかうように私の足元を見てくる陸。

 いつも通りの軽口に、私も同じ調子で返す。

「私よりも陸こそ足元を見て歩いたほうがいいね。私がうっかり足を滑らせたら、すぐ隣にいる陸の足を粉砕することになるから」

「こええよパンプス。ほぼ凶器の扱いじゃねえか」

「ヒールの高い靴を履いた女が側にいたら、そこはいつだって戦場だからね! 気を抜いちゃ駄目だよ!」

「どんなデートだ!」

 と、何気なく陸がツッコんだところで、二人の間の空気がピタリと止まった。

 デート……今デートって言ったよね?

「りくー? 今なんて言ったのー?」

 思わずにやけながら陸の顔を覗き込むと、彼は耳まで赤くしながら顔を背けた。

「いや、お前がそんな格好してくるから、つい……」

 さーやちゃん、本当にありがとう。君のアドバイスは最高に効果覿面でした。

「んふふふ……そっかあ、それでデートだと思ったんだ。じゃあ手でも繋いであげよっか?」

 さっきからかわれた仕返しに手を差し出すと、陸はちょっと悔しそうに呻いた。

「け、結構だ! ちょっとした言葉の綾だから気にするな!」

「照れなくていいのにー」

 彼の横顔を覗き込みながら機嫌良く話す——その油断がいけなかったのだろう。

 不意に、足を踏み間違えるような感覚に襲われ、ぐらりと視界が揺らぐ。

 あ、やばい。慣れないパンプスでバランスを崩した!

「碧!」

 転びそうになる寸前、私の身体と地面の間に、陸の腕が割って入る。

 間一髪、私の身体は抱き留められるように停止した。

「び、びっくりしたあ……ありがと」

 色んな意味でドキドキしながら、体勢を立て直す。

 すると、陸も安心したように深々と溜め息を吐いてから、またからかうような笑みを浮かべた。

「ドジめ。手でも繋いでやろうか?」

 立場逆転とばかりに、今度は向こうが手を差し出してきた。

 ……不覚にも、またちょっとドキッとしてしまう。

「そうだね、お願いしよっかな」

 そのまま引っ込むのが悔しくて、私は差し出された手を握り返した。

「お、おう」

 予想外だったのか、陸は少し驚いたような顔をしたものの、手を離すことはなかった。

 微妙な沈黙。

 嬉しいような、でも気恥ずかしいような複雑な雰囲気に包まれた私たちは、その空気を守るように黙り込んだまま歩いていく。

「……ここだ」

 やがて、目的地のプラネタリウムに辿り着くと、受付に向かった。

「高校生二人で」

「ありがとうございます。お一人様八百円です」

 料金を払う段階になって、私たちは財布を取り出すために手を離した。

 スムーズに支払いを終えたものの、一度離した手をもう一度繋ぐうまい口実も見つからず、微妙な残念さを覚えながらも大人しく席に向かう。

 が、席に着くと、いよいよというわくわく感が残念さをかき消してくれた。

「うわぁ……やっぱり映画とは全然違うね! まず何より映画泥棒のCMがない」

「最初に感動するところがそこかよ」

 そんな話をしていると、投影時間が来たのか、不意に館内が暗くなる。

『夜空を彩る美しい星々。今日は、その一部を皆様にご覧戴きたいと思います。本日ご紹介するのは、春の星空——』

 落ち着いた女性のナレーションとともに、星の解説が始まった。

 北斗七星の位置から、春の大曲線、おおぐま座やオリオン座の位置。

「……やばい」

 解説がオリオンのエピソードまで辿り着いたところで、私は思わずぽつりと呟いた。

 まずい、緊急事態が起きつつある。これは想定していなかった。


 ——めっちゃ眠い!


 薄暗い空間、座り心地のいい椅子、ゆったりとしたナレーション。

 そして何より、今日のデートに備えて昨日の夜遅くまで服を選んだりなんかした弊害が、一気に出てきた。

 やばい、もう寝そう。

「ふわぁ……」

 出かけた欠伸を必死に噛み殺す。

 寝るな私! プラネタリウムで寝る女って絶対印象よくないじゃん! 絶対インテリなものに理解のない、がさつな奴みたいなレッテル貼られるもの!

 耐えろ! 頑張れ!

『そうしてオリオンは女神であるアルテミスと恋に落ち——』

 ああ……駄目だ。

 ギリシャ神話には、古典の授業並みに眠気を増幅させる効果があるらしい。

 眠気には勝てなかったよ……。


 ふと、身体に覚えた違和感で意識が覚醒した。

「んん……」

 ぼんやりとしたまま目を開けると、すっかり明るくなった館内と、場外に捌けていく他の客の姿が目に入る。

「ふわぁ……そうだ、私」

 途中で寝ちゃったんだ……!

 恐る恐る隣の様子を窺おうとした瞬間、今の自分の状況に気付く。

「………………っ!?」

 隣に座った陸の肩に、自分の頭を預けてる……!?

 何この甘々な感じ! 隣に座る人の肩に頭を預けるなんて、すごくいちゃついているカップルか、電車内で疲れ果てたサラリーマンくらいしかしないよ!

 いったい、陸はどういう顔をしているのだろう?

 迷惑がってる? それとも満更じゃない感じ?

 頭を彼の肩に預けたまま、恐る恐る隣の気配を探る。

「くぅー……」

 すると、陸の寝息が聞こえてきた。

 どうやら、陸も私に頭を預けて寝ているらしい。

 お互いにプラネタリウムの持つゆったり感に耐えられず、意識を奪われたようだ。

「ん……んん?」

 と、そこで私の身じろぎが伝わったのか、陸がゆっくりと目を覚ました。

 寝起き&パニックで思考停止していた私は、その肩に寄りかかったまま彼の起床を見守ってしまう。

「あれ、俺寝ちゃってたのか……って、ん!?」

 そこで陸も今の状態に気付いたらしく、思いっきり硬直した。

「え、えっと……」

 事ここに至り、ようやく私も意識がはっきりしてくる。

 これって陸からしたら、自分が寝てるのをいいことに、一人起きてた私が勝手に密着してたふうに見えない?

 それはなんか結構恥ずかしい! 起きてるのにどかなかった時点で半分事実だけども!

「お、お互い寝ちゃってたみたいだね! あはは!」

 寝起きの頭脳をフル回転させた結果、私はその恥ずかしさよりも、プラネタリウムで寝た女の称号を受け入れることにした。

「そ、そうだな! いや俺ちょっと昨日夜更かししてたから。あはは!」

 二人揃って乾いた笑いを響かせ続ける。

 そんな私たちを、他の客たちが気味悪そうに眺めていた。

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