二章 ブラディ街道での再会②

「どうしたの!? ジョナス」

「アン! 彼は、君が使えきしている戦士妖精!? じゃ、助けてくれたの、君だったの!? ああ! これも運命? とにかく、会えてよかった! 君は僕より半日早く出発したから、ずっと先まで行っていると思ってた」

 ジョナスは興奮しているらしく、アンの両手を、両手で包むようにしてにぎりしめた。

「わたしはレジントンに寄り道してたから……。って、そうじゃなくて。なんでジョナスが、こんなところにいるの?」

「君を追ってきた。君一人旅をさせるのは、危険だ。だから両親を説得して、馬車を準備して、追ってきた。僕は君といつしよに行くよ」

「なんで!?」

「なんでって。理由は一つしかないよ。僕の気持ち、知ってるだろう」

 その言葉に、ぽかんとした。

「え?」

「僕は、君が好きだ。君と一緒に行きたい」

「えっと……ジョナス。……すごくうれしいんだけど……」

 アンは握られていた両手を、そっと引きくようにはなす。

「けど、多分ジョナスは、自分の気持ちについて、とんでもないかんちがいをしてるんだと思う。どう考えても、ジョナスがわたしを好きになるはずないもの。そんな要素が、これっぽっちもない。ジョナスはわたしに対する同情を、愛情と勘違いしてるんだと思う」

 アンはごくへいぼんな容姿で、ついでにあいきようをふりまくタイプでもない。

 自分で言うのもなんだが、女の子としてのりよくにはとぼしい。

 実際半年間ジョナスとアンは身近にいたのだが、友達よりもよそよそしい関係のままだった。

 そんなみようきよかんのあるアンに、ジョナスはきゆうこんした。

 理由は、母親をくしたアンへの同情以外に、考えられない。

 ジョナスはアンに同情するあまり、同情とれんじようの区別がごちゃごちゃになって、アンをものすごく好きになったと勘違いしているのではないだろうか。

「同情じゃない。僕はアンが好きだよ。ねぇ、アンはルイストンの砂糖品評会に参加するんだろう? そう言っていたよね。だったら僕も一緒に行くよ。君が銀砂糖師になれるように、僕が君を守り、協力する」

「待ってよ。たった今とうぞくおそわれといて、守るもへったくれもないでしょう!? それにジョナスは砂糖菓子店の大事なあと息子むすこじゃない。ラドクリフこうぼう派の、おさになる可能性だってあるんでしょう!? そんな人をこんな危険な旅に同行させて、怪我でもさせたら。お世話になったアンダーさんに、顔向けできない」

「盗賊は、まあ。ちょっと油断したけれどね。僕も男だからだいじよう

「大丈夫のこんきよが、まったくわからないんだけど!?」

「大丈夫。大丈夫。剣も持ってるし」

「ねぇ、人の話、聞いてる?」

「それに父さんも母さんも、僕がアンと一緒に、ルイストンへ行くことなつとくしてるし」

「アンダーさんたちが納得? そんなはずないわ。とにかく、引き返して」

「もう引き返せない。引き返すのも進むのと同じくらい、危ないはずだよ」

 熱心なジョナスの様子が、熱にかされた者のようにうわずっていた。

 これは本格的に、同情を恋情と勘違いしているにちがいない。

 勘違いのこいごころでジョナスを死なせてしまったら、めが悪いことこの上ない。

「だめよ。絶対、引き返すの」

「アン。冷たいこと言わないでよ、ね」

 ジョナスは笑うと、再びアンの手を握った。

 驚いて手を引こうとしたが、その手をしっかりととらえられる。

「僕は君のために来た。君は、僕がきらい? 喜んでくれないの?」

 見つめられると、まどう。村の女の子たちが夢中になる、やさしいがお

「嫌いなわけじゃないのよ。けど、けどね。なんというかぁ、そんな問題じゃなくて……」

 シャルは二人のやりとりに口を出す気はなさそうで、ずっと馬車の荷台に寄りかかり空を見あげていた。しかしふいにまゆをひそめると、荷台から背を離した。

「かかし。早くこの場所を離れろ。血のにおいをぎつけて、おおかみが来る。上を見ろ」

 アンとジョナスは、空を見あげた。黒い鳥のかげが三羽、彼らの頭上をせんかいしている。

こうカラス。れ地のそう屋だ。あいつらが現れたら、すぐに狼が来る」

 アンはばやうなずいた。力がゆるんだジョナスの手から、自分の手を引き抜く。

「わかったわ。すぐに出発する。ジョナスは、お願い。ここから引き返して」

「いや。僕は行く」

「ねぇ、ジョナス。あなたが死んだらご両親が泣くし、村の女の子たちだっていっぱい泣くわ。あなたがいなくなったら、店はだれぐの? あなたには大切なものが、たくさんあるじゃない。それを守るべきなのよ」

 心をくして、アンは言った。しかしジョナスは、まっすぐにアンを見つめ返す。

「君がだめだと言っても、僕は行くよ。両親は、関係ない。店も、今の僕には関係ない。僕は今、君への気持ちだけが大切だ」

 ジョナスには温かい家がある。両親がいて、将来は跡を継ぐべき店もある。両手に大切なものをたくさんかかえている。アンのように、死んで泣いてくれる人が一人もいない、からっぽの身ではない。彼は、アンのような危険をおかす必要のない人間だ。

 それなのに。自分の持っているものの大切さを、理解しようとしない。

 そのジョナスのごうじようさに、ほとほと困り果てた。

「とにかく、ジョナスは危険な真似まねをするべき人じゃないのよ」

 アンは背を向けると、さっと御者台に乗った。

 シャルはすでに御者台に座っていた。困り顔で馬にむちを当てるアンの横顔を見て、シャルがにやりと笑う。

「追ってくる男がいるのか。子供にしては、やるな」

「子供じゃない! わたしは十五歳。成人よ! それにジョナスは、そんな相手じゃないの。ただわたしに、同情してるだけ。そんな同情心で、危険を冒そうとするなんて」

 と言いながらも、アンは背後を気にしていた。

 ジョナスは自分の馬車に乗ると、ゆっくりと歩を進めて、アンたちの後ろをついてくる。村に帰るつもりはないらしい。

 そもそもここまでかいどうを来てしまったからには、ジョナスも言うように、引き返すのも進むのと同様に危険だった。

「どうすればいいのよ、わたしは……」

 アンはつぶやいて、続けてぽつりとシャルに告げた。

「後ろの馬車。とりあえずなにかあったら、助けに行ってくれる?」

 ジョナスは、嫌いでない。逆にあの優しい笑顔や態度は好ましい。それに恋情と勘違いしてしまうほど他人に同情する彼を、いい人だと思う。

 見放せるわけはなかった。

「俺になにかをさせたいなら、羽をたてにして命じろ」

「さっきも、命令しろ命令しろって、うるさく言ってたわよね。なんでよ」

「命じられたこと以外、やるつもりはない」

 要するに彼は、「この命令に従わなければ、おまえの命を取る」と、おどさない限り動かないと言っているのだ。逆を言うと、そこまで必死の命令にしか、従わないということだ。

「ちょっと馬を見ていて」とか、「そこの毛布を取って」なんていう軽々しい命令には、断固として従わないつもりだ。

 アンとて、毛布を取ってもらうためだけに、「殺すぞっ!」と脅すのはめんどうだ。

 あつかいにくいものだと、ため息をつく。

「わたしは昨日の夜に、シャルを使役しようってかくした。けど根本的に、そんなえげつない命令のやりかたは、したくない。だからこれは、お願い。これからもとりあえず、お願いする。でもいやだって言われたら、命令に変える。お望み通り『羽を引きかれたくなきゃ、わたしの言うとおりにしなさい』って言ってあげる。その覚悟よ。けどわたしは、まずお願いする」

 その言葉を聞いて、シャルはまじまじとアンを見つめる。

「本当に、みようなかかし頭だ」

「シャル、あなた、さっきからどさくさにまぎれて、かかしって言ってるよね。……もういいけどさ。……かかしで」

 ジョナスの身になにかあれば、どうすればいいのか。それを考えると頭が痛くなりそうだったので、シャルのかかし発言にはんげきする気力はなかった。

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