二章 ブラディ街道での再会①

 ブラディ街道沿いには、村も町もない。その全長は、約千二百キャロン。

 無事に、通り抜けられるのだろうか。

 ぎよしやだいの横に座る、シャルの顔を盗み見る。

 れいな顔だ。こんなにゆうな姿の戦士妖精など、見たことがない。それが不安だ。

 果たして戦士妖精として、シャルは役に立つのか。

 ──買っちゃったからには、信じるしかないんだけど……。

 砂糖品評会は秋の終わり。半月後。ブラディかいどうを通り抜けるのに、あと九日はかかる。

 そうすると王都ルイストンに到着して品評会までの準備期間は、五日。ぎりぎりだ。

 翌日は日の出とともに、出発した。

 まだ街道の、ほんの入り口。道は遠いし、時間は限られている。

 アンはのあるかくてき安全なうちに、できるだけきよかせぎたかった。

 ときおり遠くのいわはだに、おおかみの群れらしき黒いものをかくにんすることはあった。しかしそれは山からけおりてくる様子はなかった。昼過ぎまでは、順調に道を進んだ。

 あと数時間すれば、にちぼつ

 二日目の寝場所と定めた宿しゆくさいには、ゆうを持って到着できる予定だった。

 そこに到着すれば、街道に入ってから二百キャロン。

 やっと、道程の六分の一程度、進んだことになる。

 静かで単調な景色の中を走り続けていると、ふいに、馬のいななきが聞こえた。それと同時に、鉄を打ち合うかんだかい音が、空気をき抜けるように耳に届いた。

 ぎょっとして、思わずづなを引く。ゆっくりと馬車がとまると、前方をかし見る。

 前方の街道上で、すなけむりが立っている。

 砂煙の中心にあるのは、真新しい箱形馬車だ。こちらに荷台の後部を見せているから、御者の姿は見えない。しかし剣をふり回す手だけが、荷台の向こうに確認できる。

 その馬車の周囲を、楽しげなせいをあげながら、ぐるぐると回っている人馬が十。身なりはまちまちだが、頭に布を巻いて顔をかくしている。とうぞくだ。旅人をおそっている。

「まずい!!」

 血の気が引く。盗賊の姿を見かけたら、逃げるが勝ちだ。先に襲われている者を、助けようとしてはならない。結果は目に見えているからだ。

 旅人たちはそれをルールと心得て、たがいをうらむことはしない。

 この場合アンは、宿砦に逃げ込むのが利口だ。しかし昨夜ゆうべまった宿砦は、はるか後方。

 身を隠せる場所はないか、道の左右を見回す。しかし周囲は、たけの長い草が生えるれ地が続くのみ。背の高い木立はない。馬車を隠せない。

 そうしているとすぐに、盗賊の輪の中の二騎が、動きを止めた。

 アンの馬車に気がついたらしく、馬首をこちらに向ける。

「やだ、来る!!」

 悲鳴をあげて、となりに座るシャルのそでを握る。そこでようやく、思い出す。

「あ、あなた!! そうだ、シャル!! あなた戦士妖精じゃない! 盗賊を追いはらって」

 たいそうに、シャルはアンを見る。

めんどうだな……」

「このままじゃ殺されるっ! お願い!!」

 するとシャルはアンの手首をつかみ、自分の袖から引き離した。逆にアンのうでをとると、彼女の体をぐっと引き寄せた。

「シャル!? な、なに?」

 シャルが顔を近づけて、すかすようにささやいた。

「お願いではなく、命令するべきだろう?」

 こんなじようきようなのに、のぞきこんでくるシャルのひとみと長いまつげに、視線が吸い寄せられる。しかも囁きの声が、なぜかむつごとのように甘い。

「ちょっ、近い!! ちょっと、シャル、近すぎ!! 離れて! とにかく、行って」

 ほおに血がのぼる。赤面している場合ではない。しかしどうようを隠せない。

「顔が赤い」

「ととと、と、とにかく、お願いだから」

おもしろいな」

 くすっと、馬鹿にしたようにシャルが笑う。これはちがいなく、新手のいやがらせだ。

「シャル! 行ってよ、お願い!」

「命令しろと言ってるんだ」

「命令って!? ほら、来るっ!」

「さっさと行け。羽を引きく。そう言えば、すぐに行く」

「なによそれ!? いいから、とにかく行って」

 動転していたし、妖精を使役することに慣れていない。そのためアンは、自分が彼の命とも言うべき羽を握っている事実が、頭から飛んでいた。

「命じろ」

 目をぎゅっと閉じて、シャルの綺麗な顔を見ないようにした。そして、

「行けってば! 行かなきゃ、なぐる!!」

 とりあえず、自分の中では最高に乱暴に命じてみた。

 その命令の言葉に、シャルはかたをすくめる。

「まあ、いいか……。行ってやる。おおせのままに、かかし殿どの

 アンの腕を放すと、シャルはふわりと、御者台から飛び降りた。

 シャルはゆっくり、こちらに駆けてくる人馬に向かって歩き出す。

 みぎてのひらを胸の前に軽く広げ、シャルは笑うように目を細める。彼の背にある一枚きりの羽が、わずかにふるえる。するとしおれていた羽が、ゆっくりと開く。陽の光を受け一部がにじいろに光る。

 そうしていると彼の掌に向かって、彼の周囲から、きらきらと光のつぶが集まりだしていた。

 光の粒はみるみるうちにぎようしゆくし、細長く形を作り、白銀にかがやけんの形になった。

 ──剣……!? そんな能力があるの!? ならシャルは本当に……。

 シャルは形になった剣を握る。それを下げ持つ。

 ──戦士ようせい

 いきなり、シャルは駆けだした。

 風よりも静かに、音もなく、身を低くして駆ける。

 あっという間に、盗賊たちの馬に駆け寄ったシャルは、二頭の馬の足にむけて剣をふるった。

 その一ふりで、同時に二頭の馬の前足をり飛ばした。どっと馬がたおれると、盗賊たちが地面にたたきつけられる。

 それを確認もせずに、シャルはさらに、入り乱れる人馬の方へ向けて駆けた。

 ほかの盗賊たちがシャルの存在に気がつき、視線を向けた。

 しゆんかん、彼は続けざまに馬の足を斬り飛ばす。同時に、五頭の馬が倒れる。

 残りの三頭をあやつる盗賊たちが、せいをあげてシャルに斬りかかってきた。

 ふりおろされる剣を、シャルは盗賊の腕ごと斬り飛ばした。盗賊の首領の顔色が変わる。

「引きあげろ!! 引きあげろ!!」

 首領はさけぶと、馬首をやますそへ向けた。地面にたたきつけられた盗賊たちが、転がるようにして後を追う。腕を飛ばされた男も、うめきながら必死の形相で馬を走らせた。

 砂煙が、風にさっとき流される。

 その場でもがく、足を斬られた七頭の馬と、地面にたたきつけられて死んだ盗賊の死体三つが、しんと静かな空気の中に現れる。

 シャルは軽く剣をふり、血を払い落とす。そしてゆっくりと移動すると、もがく馬の首に次々と剣を突き立てて、息の根を止めていく。

 アンの指先は冷えて、わずかに震えていた。

 シャルにとどめをされる馬を見ないように、視線をそらした。あんなひどいをした馬は、助からない。へたに苦しませるよりは、殺す方がぶかい。

 そうはわかっていても、正視できなかった。

 確かに、助けて欲しいと言ったのはアンだ。

 しかしあっという間に馬七頭と人間三人も殺してしまう結果になろうとは、思っていなかった。自分のひと言で、盗賊とはいえ人が三人も死んだ。

 自分の命令がこんな結果になることに、おどろきときようを感じていた。

 ──これが、戦士妖精というもの……。

 しばらくアンが動けずにいると、前方の箱形馬車の御者台から、御者が降りてきた。

 その御者の姿を認めて、アンは我が目を疑った。

「まさか、ジョナス!?」

 馬にとどめを刺すシャルを、ぼうぜんと見つめていたジョナスは、アンの声に顔をあげた。

「……え?……アン?」

 シャルはすべての馬にとどめを刺し終わると、手にした剣を下げ持った。剣はできあがったときと同様に、じよじよに光の粒になってさんした。

 アンは、ざんな馬や盗賊のがいをなるたけ見ないようにしながら、それらをよけて、急いで馬車を進めた。ジョナスの馬車と並ぶと、馬を止める。

 御者台から降りてジョナスに駆け寄った。

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