二章 ブラディ街道での再会①
ブラディ街道沿いには、村も町もない。その全長は、約千二百キャロン。
無事に、通り抜けられるのだろうか。
果たして戦士妖精として、シャルは役に立つのか。
──買っちゃったからには、信じるしかないんだけど……。
砂糖
そうすると王都ルイストンに到着して品評会までの準備期間は、五日。ぎりぎりだ。
翌日は日の出とともに、出発した。
まだ街道の、ほんの入り口。道は遠いし、時間は限られている。
アンは
ときおり遠くの
あと数時間すれば、
二日目の寝場所と定めた
そこに到着すれば、街道に入ってから二百キャロン。
やっと、道程の六分の一程度、進んだことになる。
静かで単調な景色の中を走り続けていると、ふいに、馬のいななきが聞こえた。それと同時に、鉄を打ち合う
ぎょっとして、思わず
前方の街道上で、
砂煙の中心にあるのは、真新しい箱形馬車だ。こちらに荷台の後部を見せているから、御者の姿は見えない。しかし剣をふり回す手だけが、荷台の向こうに確認できる。
その馬車の周囲を、楽しげな
「まずい!!」
血の気が引く。盗賊の姿を見かけたら、逃げるが勝ちだ。先に襲われている者を、助けようとしてはならない。結果は目に見えているからだ。
旅人たちはそれをルールと心得て、
この場合アンは、宿砦に逃げ込むのが利口だ。しかし
身を隠せる場所はないか、道の左右を見回す。しかし周囲は、
そうしているとすぐに、盗賊の輪の中の二騎が、動きを止めた。
アンの馬車に気がついたらしく、馬首をこちらに向ける。
「やだ、来る!!」
悲鳴をあげて、
「あ、あなた!! そうだ、シャル!! あなた戦士妖精じゃない! 盗賊を追い
「
「このままじゃ殺されるっ! お願い!!」
するとシャルはアンの手首を
「シャル!? な、なに?」
シャルが顔を近づけて、すかすように
「お願いではなく、命令するべきだろう?」
こんな
「ちょっ、近い!! ちょっと、シャル、近すぎ!! 離れて! とにかく、行って」
「顔が赤い」
「ととと、と、とにかく、お願いだから」
「
くすっと、馬鹿にしたようにシャルが笑う。これは
「シャル! 行ってよ、お願い!」
「命令しろと言ってるんだ」
「命令って!? ほら、来るっ!」
「さっさと行け。羽を引き
「なによそれ!? いいから、とにかく行って」
動転していたし、妖精を使役することに慣れていない。そのためアンは、自分が彼の命とも言うべき羽を握っている事実が、頭から飛んでいた。
「命じろ」
目をぎゅっと閉じて、シャルの綺麗な顔を見ないようにした。そして、
「行けってば! 行かなきゃ、
とりあえず、自分の中では最高に乱暴に命じてみた。
その命令の言葉に、シャルは
「まあ、いいか……。行ってやる。
アンの腕を放すと、シャルはふわりと、御者台から飛び降りた。
シャルはゆっくり、こちらに駆けてくる人馬に向かって歩き出す。
そうしていると彼の掌に向かって、彼の周囲から、きらきらと光の
光の粒はみるみるうちに
──剣……!? そんな能力があるの!? ならシャルは本当に……。
シャルは形になった剣を握る。それを下げ持つ。
──戦士
いきなり、シャルは駆けだした。
風よりも静かに、音もなく、身を低くして駆ける。
あっという間に、盗賊たちの馬に駆け寄ったシャルは、二頭の馬の足にむけて剣をふるった。
その一ふりで、同時に二頭の馬の前足を
それを確認もせずに、シャルはさらに、入り乱れる人馬の方へ向けて駆けた。
残りの三頭を
ふりおろされる剣を、シャルは盗賊の腕ごと斬り飛ばした。盗賊の首領の顔色が変わる。
「引きあげろ!! 引きあげろ!!」
首領は
砂煙が、風にさっと
その場でもがく、足を斬られた七頭の馬と、地面にたたきつけられて死んだ盗賊の死体三つが、しんと静かな空気の中に現れる。
シャルは軽く剣をふり、血を払い落とす。そしてゆっくりと移動すると、もがく馬の首に次々と剣を突き立てて、息の根を止めていく。
アンの指先は冷えて、わずかに震えていた。
シャルにとどめを
そうはわかっていても、正視できなかった。
確かに、助けて欲しいと言ったのはアンだ。
しかしあっという間に馬七頭と人間三人も殺してしまう結果になろうとは、思っていなかった。自分のひと言で、盗賊とはいえ人が三人も死んだ。
自分の命令がこんな結果になることに、
──これが、戦士妖精というもの……。
しばらくアンが動けずにいると、前方の箱形馬車の御者台から、御者が降りてきた。
その御者の姿を認めて、アンは我が目を疑った。
「まさか、ジョナス!?」
馬にとどめを刺すシャルを、
「……え?……アン?」
シャルは
アンは、
御者台から降りてジョナスに駆け寄った。