一章 かかしと妖精④



「ねぇ、あなた名前は?」

 ぎよしやだいの上から馬にむちを当て、アンはとなりに座る妖精に訊いた。

 妖精はもてあましぎみに長い足を組んで、腕組みし、御者台の背もたれにもたれかかっている。ふんぞり返っていると言っていい。あくせく馬をあやつるアンと妖精と、どちらがえらそうかと言えば、妖精のほうが百倍偉そうだった。

 妖精はめんどくさそうに、ちらりとアンを見た。

「聞いてどうする」

「だってあなたのこと、どう呼べばいいかわからないじゃない」

「トムでもサムでも、人間流の好きな名前で呼べばいい」

 妖精を使役する時は通常、使役者が妖精に名前をつけるものだ。しかしアンは、それがいやだった。自分の本当の名前を呼ばれないのは、くつじよく的だと思うからだ。

「わたしだったら、自分の本当の名前で呼んでもらいたいわ。あなたも、そうじゃないの? 勝手に名前をつけて呼ぶなんて、したくないの。だから、あなたの名前を教えて」

「どう呼ばれようが、関係ない。くだらないことをくな。勝手に名前をつけて、勝手に呼べ」

 妖精は、そっぽを向く。アンは彼の横顔をちろりと見て言った。

「じゃ、カラスって呼ぶけど?」

 さすがに妖精も、ものすごくいやそうな顔をしてアンを見た。

「かかしの仕返しか?」

「そうよ。カラスさん」

 妖精はまゆをひそめた。そしてしばらくのちんもくの後に、ぽつりと言った。

「シャル・フェン・シャル」

「それが名前?」

 訊くと、頷いた。アンは微笑んだ。

「綺麗な名前ね。カラスより、ずっとてき。シャル・フェン・シャルって、どこが名前で、どこが名字なの?」

「全部が名だ。人間のような、せいと名の区別はない」

「そうなの? でもシャル・フェン・シャルって長すぎるから……、とりあえずシャルって呼ぶけど。それでいい?」

「好きなようにと、言ったはずだ。おまえは、俺の使役者だ」

「まあ……そうだよね」

 あらためて妖精の口から言われると、気持ちのよいものではなかった。自分はれいを買って使役しようとしているのだという、罪悪感が強くなる。

 アンが操る箱形馬車は、レジントンの町を抜けた。ブラディかいどうへ向けて歩を進める。

 しゆうかく直前のたわわに実った小麦畑が姿を消して、まばらな林が、道の左右に姿を見せ始めた。

 ブラディ街道に近づいたのを感じながら、アンは口を開いた。

「わたし、護衛をしてもらうために、シャルを買った。けど一つ、約束する。ブラディ街道を抜けて無事にルイストンにとうちやくしたら、シャルに羽を返す」

 それを聞き、シャルはしんげにアンを見た。

「俺を解放すると言ってるのか?」

「そうよ」

 するとシャルはいつしゆんおどろいたような顔をしたが、すぐにのどの奥でくっくっと笑いだした。

「金貨で買った妖精を、がす? そんなおめでたい人間、いるのか?」

「おめでたいってのは、失礼ね。わたしはただ、人間は、妖精の友達になれると思ってるの。友達になれるかもしれない人を使役するなんて、いやなの。わたしはしんらいできる護衛が今すぐ必要で、仕方ないからシャルを買った。でも必要がなければ、使役したくない。もちろん、ほかの人間に売ったりするのもいや。だから羽を返すの。こうやってわたしの旅につきあってもらう間も、できればつうの友達みたいにしたいの」

「友達? なれるわけがない」

 冷えた言葉に、アンはため息をついた。

「そうかもしれないけど……。これはただ、ママとわたしの理想。でも理想だ、夢だってだれも実行しなければ、いつまでっても理想のままよ。だからわたしは、実行するわ」

「それほどのかかし頭なら、その馬鹿さ加減を、ルイストンに到着したら証明しろ」

「かかしって呼ぶなって言ったでしょう!?」

 アンの平手が飛んだが、シャルはそれを軽くかわした。アンはくやしくて、したくちびるむ。

「あなた、そこまで馬鹿にしてるわたしに、なんで自分を買えなんて言ったの。わたしなら、馬鹿にしている相手に使役されるなんて、まっぴらごめんよ」

「人間なんぞ、どれも同じだ。それならけに使役されたほうが、俺も楽だ。おまえはここ数年目にした中で、だんとつに間抜けそうだった」

「……なんだか……あなたと話してたら、とことん気分がってくるわね……」

 シャルが売れ残っていたわけが、よくわかった。

 護衛にこれほど悪態をつかれたのでは、守られている方もたまったものじゃない。

 そでぐちのレースをらす風が、急に冷たくなった。

 アンは前方に、石ころの多い、れた街道が延びているのを認めた。それがブラディ街道だった。馬車はゆっくりと街道に入った。

 車輪が石ころをみ、背の高い箱形の荷台は、しんどうで大きく左右に揺れる。

 空の色はんでいたが、空気は冷えている。ブラディ街道の周辺は高い山脈に囲まれており、山脈からき下ろしてくる風は、高地の冷気を運んでくるのだ。

 わたす限り、かわき色づいた草葉が鳴るこうだ。

 まばらな林はあるが、土地がせているのは一目りようぜんだった。

 ブラディ街道沿いには、村や町が存在しない。しかし街道がつらぬいている各州の州公たちが、自州を通過する部分をそれぞれ管理している。

 管理といっても、とうぞくの取りまりや、じゆう対策をしてくれるわけではない。州公がやることは、たった二つ。

 一つは、年に一度、街道が植物にしんしよくされないように手を入れること。

 二つめは、旅人が野営するための、宿しゆくさいと呼ばれる簡単なとりでを造ること。

 ブラディ街道は危険だが、それでも街道として機能しているのは、州公がこの二つのことを実行しているおかげだった。

 アンは王国全土のしようさいな地図を持っていた。旅には不可欠なもので、エマはことに地図を大事にした。新しい情報は地図に書き加え、地図の情報を常にこうしんしていた。

 王国西部さい地図を取り出して、近場の宿砦の位置を確かめた。そしてかたむきはじめると、その宿砦を目指して急ぎ、なんとかにちぼつまでにはたどりつけた。

 宿砦は、石を積んだ高いかべを、真四角にめぐらしただけの砦だ。屋根はない。門の部分にはくさりで操作する、上下式のてつがある。草のしげる内部は広く、ゆうに馬車五台が入る。

 要するに旅人はへいの中に逃げ込んで、盗賊や野獣から身を守るのだ。

 林に囲まれて建つ宿砦に、アンは馬車を乗り入れた。そして鉄のとびらを閉じた。

 半年ぶりに馬車に揺られると、さすがにつかれた。早々に休むことに決めた。

 御者台の下に押しこんである、なめしがわしきものと毛布を二人分取り出す。一つは自分用に、馬車のわきいた。そしてもう一組は、シャルにわたした。

「あなたのる場所、自分で選んで。それを敷いて寝てね。それに夕食はこれよ。少なくて申し訳ないけど、旅でぜいたくできないから」

 さらに葡萄ぶどうしゆを満たした木のカップとりんを一個、シャルに渡す。

 夕食は旅の先々を考えて、けんやくした。

 アンは毛布にくるまると、林檎をかじり、あっという間に平らげた。しんを遠くへほうりながら、葡萄酒を一気にあおった。冷たい苦みが胃の中に落ちると、すぐに熱に変わる。少し耳が熱くなったのを感じながら、敷物の上に丸まった。

 シャルはアンから少しはなれた場所に敷物を敷き、ひざに毛布をけて座っていた。手には葡萄酒のカップを持ち、月を見ている。

 今夜は満月だった。月光が、シャルの顔を照らしていた。

 月光で洗われたようせいは、さらにたんれいさがみがかれていた。つゆれる、宝石のつややかさだ。

 背にある羽も、けたおだやかなうすみどりいろに光る。

 シャルの背にある羽は、もぎ取られたものとちがって、彼の気分によっても色やかがやきがみように変化しているように見える。

 妖精の背にある羽は、温かいのだろうか。冷たいのだろうか。

 しようれてみたくなった。

「妖精の羽って、れいね。さわっていい?」

 訊きながら、手をばしかけた。するとシャルの羽がふるえてビリビリっとわずかに鳴り、続けてばたばたっと二、三度草の上をたたいた。

 はっと手を引くと、シャルのするどい目がこちらを見ていた。

「触れるな。おまえの手にあるもの以外は、俺のものだ」

 その冷たいいかりに、アンは自分が、彼の羽をにぎっていることを思い出す。そして羽は妖精にとって、命に等しい大切なものだということも思い出す。

「ごめん。わたし、けいそつだったね」

 なおに謝り、シャルの横顔を見ながら、胸の前に下げられているかわぶくろひもを握った。

 妖精にとって、羽は命の源。人間にとっての、心臓と同じ。他人の心臓を握り、命令をきかなければ心臓を握りつぶすとおどす。

 アンがやっていることは、そういうことだ。妖精から見れば、あくの所業だろう。

 そっとため息をつく。

 ──こんなこと、やだな。

 こんな真似まねをしないで、シャルにお願いを聞いてもらえないだろうか。

 例えばもし、彼と友達になれれば? そうすれば、彼を使えきする必要はない。彼にお願いして、なつとくしてもらい、彼女の望みのために協力してもらえるだろう。

「ねぇ、シャル。提案なんだけど」

 アンは少し頭を起こした。

「昼間も言ったけど、わたしたち、友達になってみない?」

鹿か」

 切って捨てるように答えると、シャルは顔をそむけた。

 アンはがっかりして、頭を毛布につける。

 ──すぐには、無理かもね。でも誠意を持って接してれば、いつかわかってくれるような気もするし。それにしても、何を考えて月なんか見てるんだろう? 綺麗な目をしてる……。

 まぶたが重くなり、アンはうとうとねむりはじめた。

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