一章 かかしと妖精③

 教えられた辺りに来ると立ち止まり、ぐるりと見回す。

 どこのテントで、戦士妖精が売られているのだろうか。

 左のテントには、掌大の妖精が、籠に入れられてり下げられている。労働妖精として売られているのだろう。

 右のテントには、小麦のつぶのように小さな可愛かわいらしい妖精が、ガラスびんに入れられて、たくの上にいる。あの大きさでは労働力にはなるまいから、愛玩妖精だろう。子供が玩具にして遊ぶために売られているのだ。

 そして正面の、つきあたりにあるテント。そのテントの売り物は、妖精一人だけだった。

 テントの下になめしがわしきものかれ、妖精がその上にかたひざをたてて座っている。足首に鎖が巻かれ、地面に打ち込んだ鉄のくいに繫がれている。

 その妖精は、アンよりも頭二つ分ほど上背がありそうな、青年の姿だ。

 黒のブーツとズボンをはき、やわらかなうわを着ている。黒で統一された装いは、妖精商人が、商品価値を高めるために着せたものだろう。妖精の容姿がきわだつ。

 黒いひとみに、黒いかみするどふんがある。の光にさらされたことがないようにすら見える白いはだは、妖精のとくちようだ。

 その背に、半透明の柔らかな羽が一枚ある。まるでベールのように、敷物の上にびている。

 れいな容姿をした妖精だった。そこはかとなく、品も感じられる。

 これは愛玩妖精に違いない。貴族のご婦人が、観賞用に高値で買い求めそうだ。

 さらりと額にかかる前髪の下で、妖精は目をせている。まつげに、午後のけだるい光がおどる。

 その姿を目にしただけで、背がぞくりとするような、快感めいたものすら感じた。

 ──綺麗なんてものじゃない……。

 その長い睫に引き寄せられて見つめていると、ふと妖精が顔をあげた。

 目があった。妖精は、アンをまっすぐ見つめた。

 何か考えるように、妖精はしばらくまゆを寄せていた。が、すぐになつとくしたように、呟いた。

「見覚えがあると思ったら、かかしに似てるのか」

 そして興味をなくしたように、ふいと、アンから視線をそらした。

「し…し、失礼な……花盛りの、としごろの女の子に向かって」

 妖精の独り言に、アンはにぎこぶしを固めた。

「盛りも、たかがしれてる」

 そっぽをむきながらも、ようせいがずけっと言った。

「なんて言いぐさ──!?」

 その失礼な妖精を売っているのは、妖精商人の老人だ。テントの横でたばこをかしていた。

 アンが眉を吊りあげているのを見ると、妖精商人は、やれやれといったふうに口を開いた。

「悪いね、お嬢ちゃん。うちの商品は、口が悪い。通りがかりの人間に、だれかれかまわず悪態をつくんだ。気にせず、行ってくれ」

「気にするわよ! 余計なお世話かもしれないけど、こんなに口が悪くちゃ、愛玩妖精としては売れないわよ、きっと! 売るのをあきらめて、がしてあげたら!?」

「こいつは愛玩妖精じゃねぇよ。戦士妖精だ」

 アンは目を丸くした。これが教えられた、戦士妖精を売るテントだったらしい。

 だが信じられなかった。

「戦士妖精!? うそでしょう? どうみても、愛玩妖精として売られるほうがとうだわ。わたし、戦士妖精を見たことあるけど。ものすごく大きくて、岩みたいにごつかった」

「これも戦士妖精さ。こいつを狩るのに、妖精狩人が三人も死んだってほどの、いつぴんだ」

 しんもあらわな表情で、アンはうでみした。

「さっきのおじさんが、不良品だって言ったわけよね。戦士妖精って言うけど、実は口の悪い愛玩妖精を売るために、戦士妖精だって言い張ってるだけじゃないの?」

「妖精商人は信用が第一だ。噓はつかねぇ」

 アンは、妖精に視線をもどした。

 妖精は再び、アンを見ていた。なにがおもしろいのか、うすわらいをかべている。

 不敵な表情だ。確かに、おとなしい妖精には見えない。なにかやらかしそうな雰囲気はあるが、だからといって戦士妖精として役に立つほど、強そうにも見えない。

「わたし、戦士妖精が欲しいんだけど……この人以外、いないの?」

 くと、妖精商人は首をふった。

「戦士妖精は、扱いがむずかしい。一度にいつぴきしか扱えないさ。わしが売っているのは、こいつだけ。ついでに言うと、この妖精市場で戦士妖精を売ってるのは、わしだけだ。六十キャロン北のリボンプールに行けば、戦士妖精を売ってる妖精商人が、もう一人いるがね」

「リボンプールまで遠回りしてたら、品評会に間に合わない」

 親指のつめんで、アンはうなった。

「こら。かかし」

 ふいに、妖精が口を開いた。アンはキッと妖精をにらんだ。

「かかしって、この、花もじらう十五のおと。ワタクシのことかしら!?」

「おまえ以外に、だれがいる。ぐずぐず迷うな。俺を買え」

 いつしゆん、アンはぽかんとした。

「……買えって……め、命令……?」

 妖精商人もおどろいた表情をしたあとに、腹をかかえて笑いだした。

「こりゃ、いい! こいつが自分を買えなんぞと言ったのは、はじめて聞いた。このお嬢ちゃんにひとれでもしたか? どうだい、お嬢ちゃん。こりゃあ買うしかねぇだろう。大特価で百クレスだ。この口の悪ささえなけりゃ、愛玩妖精として売りたいくらいだからな。愛玩妖精なら三百クレス出しても、欲しいってやつはいるはずだ」

「口が悪くなけりゃの話でしょ~」

 しかし妖精商人が提示した金額は、確かに安かった。戦士妖精や愛玩妖精は数が少ないので、高価なのだ。百クレスは金貨一枚。それで戦士妖精が買えるのは、破格の安値だ。

「ねぇ、あなた。自分から買えって言うからには、戦士妖精として自信があるの?」

 訊くと、妖精はちらりと目を光らせてアンを見あげた。

「俺に、なにをさせたい」

「護衛よ。わたしはこれから、一人でルイストンへ行くの。その道中を守って欲しいの」

 妖精は、自信ありげにしようする。

「わけない。ついでにサービスで、キスくらいしてやってもいい」

「そんな高飛車なサービス、いらないわよ! しかも大切なファーストキスを、サービスなんかでうばわれたら、たまったもんじゃない」

「お子様だな」

「悪かったわね! お子様で!」

 できるならば、もっと真面目まじめでおとなしそうな戦士妖精がいいに決まっていた。しかし、リボンプールまで遠回りしている時間はない。アンは決断した。

 ──仕方ない!! 多少、口が悪くたって、ぜいたく言ってられない。

 ドレスのポケットにっ込んであった、あさぶくろを取り出す。その口を開き、銅貨の中にまぎれたゆいいつの金貨を握る。

「おじいさん。この妖精、買うわ」

「へへ、思い切ったね。おじようちゃん」

 商人は黄色い歯を見せて笑った。アンが金貨を差し出すと、妖精商人はその金貨をとっくり検分して受け取った。そして首にかけていた小さなかわぶくろをはずす。

「じゃあ、羽をにんかくしな」

 妖精商人は小さな革袋の口を開けると、中からてのひらほどの大きさにたたまれた、とうめいな布のようなものを取り出す。そのはしを持って一ふりすると、たたまれていたものがはらりと広がる。

 アンのたけほどもある羽が、目の前に現れた。

 光線の加減によって、七色の光をはじく半透明の羽は、れるのがためらわれるほど美しかった。折りたたまれていたにもかかわらず、布のように、しわやよれがない。手を伸ばしてそっと触れると、絹に似たかんしよくがした。そのなめらかさに、ぶるりとふるえがくる。

「これが、彼の羽?」

「そうさね。証明してやろうか」

 言うなり妖精商人は、羽の端となかほどを握ると、引きしぼるように力を込めた。そのたん、テントの下にいた妖精がうめいた。

 妖精は体を抱えるようにして、全身をこわばらせていた。歯を食いしばる。

「やめて!! わかったから、やめて!!」

 アンの言葉に、妖精商人は力をゆるめた。

 妖精の体から力がけ、地面に片手をつく。彼は顔をあげると、妖精商人をぎらりと睨む。

 妖精商人は羽を折りたたみ、元の袋に戻すとアンにわたした。

「これをはだはなさず、首にかけるんだ。とにかく、気をつけなよ。この袋があんたの手から離れたら、妖精は、なにをしでかすかわからねぇよ。わしのしりあいで、使えきしていた戦士妖精に羽を取り戻されて、殺された男がいる。戦士妖精はきようぼうだ。凶暴だから、戦士妖精として売れるんだ。羽を取り戻したら、ただ逃げ出すだけじゃすまねぇ。使役者を殺す可能性が高い」

「でもねむるときとか、どうすればいいの? くびかれたりしないの?」

「眠るときは必ず、羽を服の下にかくして、いてるんだ」

「それで、平気?」

「考えてみな。自分の心臓を、わしづかみにしている相手だ。殺したひように、そいつがギャッと力を入れて、心臓を握りつぶされたら……。特に妖精の羽はもろいからな。こわくてめつ真似まねはできねぇ。羽を握られてるってことは、妖精の本能にうつたえるおそろしさだからな。今のこいつの苦しみようを、見ていたろう」

 確かにあの苦しみかたを見れば、おいそれと手出しはできないと思える。

 相手をきようと苦痛で支配することを実感し、妖精を使役することへのゆううつかんが増した。

「気をつけなよ。特にこいつは、今まで買われようとするたびに、この顔から想像もつかねぇ悪態をきまくって、客をおこらせて売れ残ってるような奴だ。こいつがお嬢ちゃんに買われようとしてるのは、なんの気まぐれかしらねぇが、せきだ」

「この人、そんなにやつかいなの!?」

「買うの、やめるかね?」

 アンは少し考えたが、首を横にふる。

「リボンプールに行く時間は、ないもの。買うわ」

「なら、いいかね。羽は、気をつけてあつかうんだ。こいつに絶対、取られないようにしな」

 アンがうなずくと、妖精商人は、妖精の足からくさりを外しにかかる。

 妖精はやいばのような薄笑いを浮かべて、妖精商人にささやく。

「待ってろ。いつか、殺しに来る」

「そりゃあ、いいな。楽しみにしているよ」

 ぶつそうあいさつを受け流すと、妖精商人は鎖を外した。

 妖精は立ちあがった。長身だった。を受けてにじいろかがやく羽が、ひざうらまでびている。

「とりあえず。わたしは、あなたを買ったから。よろしくね」

 アンが言うと、妖精はれいな顔で微笑ほほえんだ。

「金貨を持ってるとは、景気がいいな。かかし」

「かかしって呼ばないで! わたしは、アンよ」

 アンとようせいのやりとりを聞いて、妖精商人は不安そうな顔をした。

「お嬢ちゃん、本当にこいつを使役できるのかい?」

「使役できるさ。なあ、かかし?」

 と、答えたのは当の妖精だ。鹿にしたような顔で見おろされ、アンはさらにった。

「アンよ! アン・ハルフォード! 今度かかしって呼んだら、ぶんなぐるから!」

「……だいじようかね」

 妖精商人のつぶやきに、アンは妖精を睨みながら、鼻息もあらく答える。

「ええ! 大丈夫よ。心配しないで、おじいさん。さあ、あなたはいつしよに来て」

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