〇第一章 同い年の妹が旅行に行きたい理由(2)
◇◇◇
京香さんたちが東京にやってきて三日目。今日は平日で学校があるので、俺は登校して教室に着くなり、自分の席で次の旅行の計画を立てていた。
「昨日の数学の小テスト、点数悪かったやつは今日の放課後に補習あるらしいぜ」
「まじで!? 俺、全然わかんなかったんだけど……」
「あたしも補習確定だわ~」
周りの生徒たちは小テストの件でざわついているが、俺は日頃からきちんと勉強していたので、もちろん満点。テストはまだ返されてないが、見なくてもわかる。
旅行にしろ勉強にしろ、準備が一番大切だからな。
そんなわけで俺は一人でスマホをいじりつつ、次の行き先を探していく。
久しぶりに富士山見たいし、山梨に行くのはアリかもな。
この前は静岡で見たから、前回とはまた違う富士山が見れるだろうし。
あれこれと考えていると、不意にドンッ!と腕に何かが当たった。
「おっ、悪い悪い」
謝ってきたのは、今年からクラスメイトになったクラスの陽キャ部門の平田くんだ。
どうやら彼が俺にぶつかってしまったらしい。
「別に、全然大丈夫だから」
「マジでごめんな、月島」
「本当に大丈夫だって。それより、その……俺、実はもう月島じゃなくて……」
「月島さ、カラオケとか好き? 友達と一緒に行くんだけど、一緒に行かね?」
名字が変わったことを説明できずにいると、そのまま話が進んでしまって、なんかいきなりカラオケに誘われた。
俺、平田くんと全く仲良くないのに、陽キャのコミュ力ってどうなってんだ。
「悪い、今日はアルバイトがあるから……」
「ふーん、そっか。じゃあまた誘うわ」
そう言って、平田くんは自分の席へ戻っていく。
また誘う、と言っていたが、たぶんもう誘われないだろう。
何故ならこれで彼から遊びに誘われるのが三回目で、三回とも全て断っているからだ。
一年生の時も平田くんみたいな生徒が、一人になっている俺を遊びに誘ってくれた。
けれど今みたいに全部断っているうちに一切誘われなくなったから、今回も同じことが起きるだろう。そりゃ毎回断るやつなんて遊びに誘うだけ無駄だからな。
でも、俺はこれでいいと思ってる。
平日にアルバイトがあるのは事実だし、休日は誰かと遊ぶよりも一人旅がしたい。
誘ってくれる人たちには申し訳ないが、俺の高校生活にはクラスメイトと遊んだりするイベントは必要ないのだ。
平田くんには悪いけど、山梨県で富士山が見える観光地でも探すとしよう。
「はい、全員席に着けー」
そう思った時、教室の戸が開いて担任の男性教師が入ってきた。
今日はいつもより来る時間が早いな……あぁ、そういうことか。
「あのな、今日から転校生が来るから~」
担任がさらっと口にすると、クラスメイトたちが驚いた後、ざわつき始める。
どんな人だろう、男か女か、見た目はどうだろう、とか。
「じゃあ入ってきていいぞ~」
担任の声を合図に、再び戸が開いた。
教室に入ってきたのは、艶やかな黒髪の大和撫子のような女子──冬凪だった。
京香さんから冬凪が今日登校するって聞いてたけど、まさか同じクラスだったとは。
「北海道から来ました冬凪栞です。これからよろしくお願いします」
冬凪は元若女将さながらの美しい一礼をして挨拶をする。
その姿にクラスの男子、いや女子も含めてほとんどが見惚れていた。
冬凪が担任から指定された席につくと、そのままホームルームが始まる。
特に何事もなくホームルームが終わり担任が出ていくと、次の瞬間、クラスメイトが一斉に冬凪の席に集まりだした。
「冬凪さんって趣味とかあるの?」「今日の放課後一緒に遊ぼうよ!」「栞ちゃんって呼んでもいい?」「北海道でおすすめの場所とかある?」「栞ちゃん可愛すぎ!」「こっちでわからないことあったら何でも聞いてね!」
転校初日でクラスメイトから大人気の冬凪。
……でも、あんなに大勢に囲まれて大丈夫か?
「あのね! 北海道のおすすめの場所は──」
しかし、冬凪は全ての生徒に笑顔で対応していく。どうやら杞憂だったみたいだ。
さすが元若女将。コミュニケーションはお手のものか。
それから冬凪は持ち前の若女将スキルで転校初日を難なくこなして、クラスメイトの大半と仲良くなった。
ちなみに朝のホームルームの最後に、担任から俺の名字が変わったことが発表されていたが、クラスメイトたちは冬凪に夢中で全然聞いておらず、当然ながら俺と彼女が同じ名字だってことも気づいていなかった。
……これ、暫くは月島で呼ばれそうだな。
◇◇◇
冬凪たちが東京に来てから二週間が経った。
父さんと京香さんが再婚と同時に始めた民宿──『冬凪』は居酒屋兼、宿泊できる施設らしく、既に常連客も何人かいて経営はとても順調みたいだ。
『冬凪』は都内の古民家を改装してできており、費用は京香さんが自分の都合で迷惑をかけるから、と全額出した。何でも夢を叶えるために貯金してたらしい。
冬凪も学校生活はいい感じで、すっかりクラスに溶け込んでいる。
「東京から河口湖に行くには──」
ある日の休日。次の行き先を山梨県の河口湖に決めた俺は、スマホで交通手段や費用を調べていた。ネット記事曰く、なんでも絶景の富士山が見られるとか。
現在、父さんと京香さんは『冬凪』に勤務中で、家にはいない。
俺たち家族は『冬凪』には住んでおらず、元々俺と父さんが暮らしていた家に住んでいる。もし『冬凪』に住んでしまうと、学校から少し遠くて俺と冬凪を煩わせてしまうから、という理由で『冬凪』に住むのは止めにしたらしい。
でも父さんと京香さんもべったり民宿にいるわけじゃなくて、夜になると数人の従業員に任せて家に帰ってくる。俺と冬凪に寂しい思いをさせたくないから、だそうだ。
だから、晩御飯はいつも家族全員で食べている。
「おはよう、朝早いんだね」
一人で黙々と山梨旅行の計画を立てていると、リビングに冬凪が入ってきた。
部屋着姿の彼女は旅館でテキパキと働いていた印象とギャップがあって、思わず数秒間見入ってしまうくらい可愛かった。
……って、なに俺は家族になったばかりの女子をまじまじ見てんだ、気持ち悪い。
ちなみに冬凪と京香さんがうちに来てからの部屋割りは、冬凪の部屋が二階にあって、俺の部屋の隣。父さんと京香さんの夫婦の部屋は一階にある。
冬凪の部屋は元々空き部屋だった場所で、京香さんたちの部屋は元々父さんが一人で使っていた部屋だ。
父さんと母さんが一緒に過ごした部屋は二階にあるけど、そこには母さんとの思い出の物が置かれているだけで、いまは誰も使っていない。
新しい家族と生活を始めて二週間くらい経つが、特に過ごしにくい部分とかはない。
むしろ京香さんは優しくて料理は美味しいし、冬凪とも仲良くやっている。
第一、登別旅行で話した時の冬凪の性格からして、彼女と問題を起こすことなんてほぼあり得ないだろう。
そんな感じで、新生活は今のところ上手くいっていた。
「冬凪も朝早いんだな」
「旅館で働いていた時はもっと早かったからね。癖で起きちゃうの」
冬凪はきょろきょろと左右を見回す。
「お母さんと武志さんは?」
「民宿で働いてるよ」
「そ、そうなんだ……」
「手伝いたいのか?」
訊ねると、冬凪は首を横に振った。
「手伝おうとしても、お母さんが絶対に手伝わなくていいって言うから」
「そうなのか……」
旅館で若女将をやっていたんだから、当然民宿でも働いてもらうのかと思ってたけど……どうやら違うみたいだ。
「あ、あのさ月島くん。その……折り入って話があるんだけど……」
そう言ってきた冬凪の声は、どこか少し緊張しているように感じた。
「なんだ? てか俺、月島じゃないけどな」
「た、確かにそうだね。でもそんなこと言ったら、君も私のこと冬凪って呼んでるでしょ」
「だって冬凪じゃん」
「君だって冬凪だよ」
「……確かに」
お互いの呼び名に困る二人。ついでに義理の兄妹とはいえ、女の子と家に二人きりは未だに慣れていないから、普通に気まずい。
ところで、冬凪は俺より誕生日が遅いから、同い年だけど一応、俺の妹だ。
「これからはお互い名前で呼び合おうよ! 私は海人くんって呼ぶから!」
「ま、まあそうするしかないか」
不意に名前で呼ばれて心拍数が上がってしまう。
同い年の女子から名前呼びされたのは、生まれて初めてかもしれない。
「ほら、海人くんも私のことを名前で呼んで」
「えっ、じゃ、じゃあ……栞」
「っ! そ、そうだよ! よくできました!」
顔を赤くしながら褒めてくれる栞。気持ちはわかるから責められないけど、そんな反応されたら、こっちももっと恥ずかしくなりそうだ。
「そ、それで、さっき話があるって言ってたけど、何か用か?」
「実はね、その……海人くんに頼みがあるんだ」
「頼み? ……あぁ、また旅行の話をして欲しいとか? 登別の旅館で話した時にそう言ってたもんな」
「ち、違うの。もちろん海人くんのお話は聞きたいけど、今回はそうじゃなくて……」
どこか言いにくそうにしている栞。一体俺に何を頼むつもりなんだ……?
少し不安になっていると、ようやく栞が口を開いた。
「わ、私を海人くんの旅行に連れて行って欲しいの!」