〇第一章 同い年の妹が旅行に行きたい理由(3)

 そう告げた彼女は続けて、ビシッと俺のスマホを指す。

「海人くん、さっき河口湖に行くって言ってたよね?」

「一応、その予定だけど……って、聞いてたのかよ」

「その旅行に、その……私を一緒に連れて行ってもらうのはダメかな?」

 栞は控えめに訊ねてくる。そういや旅館で話した時も、写真家で旅好きだった父親みたいに、いつか旅行に行ってみたいって言ってたな。

「どうして俺の旅行に付いて来ようとするんだ? 普通に一人で行けばいいだろ?」

「あのね海人くん。これはすごく言いにくいんだけど、たぶん高校生で一人で旅行に行くのなんて海人くんくらいだよ?」

「……まあそうだな」

 同級生で一人旅してるやつなんて見たことないし、旅館で働いていた彼女が言うのだから間違いない。

「それに私って旅行の初心者だから、同年代で誰よりも旅行に詳しそうな海人くんに色々教えてもらいたくて……」

「そっか、栞って一回も旅行に行ったことないんだもんな」

 若女将の仕事が忙しくて、修学旅行にすら行ったことがないとも言っていた。

「どうかな? 私を海人くんの旅行に連れて行ってもらってもいいかな?」

 心配そうな顔で訊ねてくる栞。

 旅館で話した時から察するに、彼女が相当旅行に行きたがっていることはわかる。

 でも──。


「悪いけど、お前を旅行に連れていくことはできない」


 刹那、栞は綺麗な瞳を大きく見開いたあと、少しだけ顔を俯ける。

「どうしてもダメなの?」

「ダメだ」

「絶対に海人くんの邪魔はしないから!」

「それでもダメだ」

 栞は何度も頼んでくるが、俺は断り続ける。

「その……理由を聞かせてもらってもいい?」

 すると、今度は悲しげな声音で訊ねてきた。

 俺は少し思案したあと、彼女の質問に答える。

「俺は誰にも行動を制限されずに自由に好きな場所に行ける──一人旅こそが完璧な旅行で一番楽しいと思っているんだよ。だから絶対にダメだ」

 俺の言葉に、栞は必死に考える仕草を見せる。

 すると、何か案を思いついたようで──。

「じゃ、じゃあ私は海人くんの一人旅に偶然、一緒にいるみたいな感じで……一人旅を二人でしているみたいな! 旅行中も海人くんは私のことは気にしなくて、一人旅を満喫してもらってていいから! だから私も海人くんの旅行に連れて行って欲しいの!」

 栞は説得しようと、懸命に言葉を紡ぐ。

 だが俺は何を言われても、彼女の頼みを聞き入れるつもりはなかった。

「悪いな。どんな理由でも、俺は栞を旅行に連れていくことはできないんだ」

「……そっかぁ」

 これ以上は無理だとわかったのか、栞は深く肩を落とす。

 かなり落胆しているみたいで、こっちも少し胸が痛くなってきた。

 けれど申し訳ないが、俺は彼女と旅行するなんて考えられない。

「栞、その……ごめんな」

「ううん、海人くんが嫌なら仕方ないよ。確かに一人で旅行している君はとても楽しそうにしていたから。それを邪魔したいとは思わない」

 そう言いつつも、栞は残念そうに小さく息を吐く。

「でも、まあお前ならクラスの女子誘って旅行に行けるだろ」

 そんな考えもあって、俺は栞の頼みを断った。彼女は既にクラスの人気者だからな。

「……それだと意味ないんだよ」

 けれど、栞は呟くようにそう答えた。……何が意味ないんだ?

「私、ちょっと顔洗ってくる」

 疑問を残したまま、栞は洗面台の方へ歩いていってしまう。よくわからないな……。

 それから俺は身に着けているロケットペンダントを開ける。

「さすがに、あいつを一緒に連れていくわけにはいかないよな」

 中に入っている母さんの写真を眺めながら呟いた。

 栞には言っていないけど、本当は俺が彼女と旅行に行けない理由はもう一つある。

 それは──。



 七年前。俺がまだ小学四年生で、母さんがまだ生きていた頃の話だ。

 母さんは昔から病弱で、入院と退院を繰り返していた。

 それでも俺にはいつも優しくて、本当に大好きな人だった。

「母さん! 今日もテストで百点取ってきたよ!」

 とある日の都内の総合病院。母さんが入院している病室に入ると、俺は大声で自慢した。

 当時の俺は母さんを心配させまいと、勉強だろうが運動だろうが何でも頑張っていた。

 俺が何事も〝完璧〟にこだわるようになったのは、もしかしたらこれがきっかけなのかもしれない。

「あらそうなの? 海人は偉いわね~」

 母さんは柔和な笑みを浮かべて、優しく頭を撫でてくれる。

 俺がいいことを報告すると、決まってそうしてくれた。

「母さん、具合はどう? 大丈夫?」

「えぇ、大丈夫よ。海人の顔を見たらすごく元気出たから」

「ほんと!」

「本当よ、いつもありがとう」

 母さんから温かい言葉をもらって、俺は嬉しすぎて自然と笑みがこぼれた。

「でもね海人、別に毎日来なくてもいいのよ。たまには友達と遊んだりしてね」

「何言ってるのさ。母さんが元気になるなら友達よりも母さんに会いに来るに決まってるじゃん。それにうちの家訓は家族を世界で一番大切にすること! でしょ!」

「そうなんだけど……その家訓、海人が生まれた時に海人のために作ったのよね」

 母さんは困ったような表情を浮かべる。

 でも、俺は誰に何を言われようとも毎日この病室に来るんだ。父さんは仕事が忙しくてたまにしか母さんに会えていない。

 だからその分、俺が絶対に母さんを寂しくさせないようにしないと!

「そうだ! 今度ね、小学校で修学旅行があるんだよ!」

「そうなの? それは楽しみね!」

「うん! お土産いーっぱい買ってくるからね!」

「あら嬉しい。じゃあすーっごく楽しみにしてるわね!」

 母さんの「すーっごく」に俺が笑ってしまうと、母さんも同じように笑った。

「でも修学旅行かぁ。いつかお母さんも海人とお父さんと旅行に行ってみたいなぁ」

 窓の外を眺めながら、母さんは呟くように言った。

 母さんの体が弱いこともあって、家族旅行は一度も行けていない。

 でも、俺は家族全員で旅行している姿を想像して……すごくいいと思った。

「俺も母さんと父さんと旅行に行きたい! 行こうよ!」

 病室のベッドに身を乗り出しそうな勢いで言うと、母さんは少し驚いたあと、またいつもの優しい笑顔になって、

「そうね! じゃあ家族みんなで旅行に行くためにもお母さんが元気にならなくちゃね!」

「うん! どうせなら日本中、旅行しよう!」

「ふふっ、日本中かぁ。それはとっても楽しそうね! お母さん、頑張って元気になるからね!」

 母さんは小さくガッツポーズをする。

 そんな母さんはとても病弱には見えなくて、きっとすぐに家族旅行ができる日が来ると思っていた。

 

 しかし結局、家族みんなで旅行に行くことはできなかった。

 

 以来、俺は母さんとの約束を果たすために、彼女の写真が入ったロケットペンダントを身に着けて日本中の観光地を巡っている。

 正直、母さんとの約束を果たしている時に、部外者が入ってきて欲しくない。

 だから、俺はいつも一人で旅行をしている。

 本当は父さんとも旅行できたらいいんだけど、彼は昔も今も仕事で忙しくて、休日くらいは休ませてあげたいので、一度も一緒に旅行には行けていない。

 まあ一人で旅行するのがめちゃくちゃ好きなのは本当だし、やはり一人旅こそが完璧な旅行だと思っているから、別にいいんだけど。

 そんなわけで、俺は栞と一緒に旅行に行くことはできない。



「栞には悪いけど、あいつはクラスメイトに人気あるし、そいつらを誘って旅行に行けるだろ」

 そう思ってたけど、彼女曰く、それだと意味ないらしい。

 一体、何が意味ないんだか。……さっきの続きでもやるか。

 俺は再び山梨旅行の計画を立て始める。

 スマホを駆使しつつ、二時間ほどかけて山梨旅行の計画を完成させた。

 温泉を楽しみつつ、他の観光地も超効率的に回れる最高のプランだ。

 次の休日が、かなり楽しみになってきたな!

 旅行プランの出来が良すぎて、ついついテンションが上がってくる。

 こうやって一人で盛り上がるのは、一人旅好きあるあるだな。

 ──とあれこれ思いつつも、俺は少しだけ栞のことが引っ掛かっていた。

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