第二章 かわいいランジェリーの作り方(4)

      ◇


 同級生女子の冷たい視線を浴びながら脱衣所を出た恵太は、彼女の着替えを調達するためにさきの部屋に向かった。

 本人の不在中に入るのはマナー違反だが、今回は緊急事態だ。

 あとで事情を説明しておびのプリンでも買ってこよう。

 お古の洋服はクローゼットのなかにまとめられていたので、そこから合いそうなズボンと上着を引っ張り出して妹の部屋をあとにする。

 その後、自室に寄って先日届いたばかりの下着を回収。

「本当は明日、学校でおするつもりだったんだけどね」

 一日予定が早まってしまったが、問題はない。

 脱衣所に彼女がいないのを確認してなかに入り、カゴのなかにそれらを置いておいた。

「これでよし。みずさんが出るまで仕事の続きでもしてようか」

 コンビニにいけなかったため食料は買い損ねたが、一食くらい抜いても問題あるまい。

 どのみち彼女を残して外出などできないし、自室に戻った恵太は、愛用のタブレットを手にデザイン画の作業に取りかかったのである。



 それは恵太が眼鏡をかける前、まだ両親と暮らしていた頃のこと。

 当時住んでいた一軒家のリビングで、小学生になったばかりの恵太が特撮ヒーローの番組をていると、突然、黄色の下着を身にまとった母親がニコニコ笑顔で登場した。

「見て見て、恵太! パパの新作下着、すっごく可愛かわいくない?」

「そうだね。すっごく可愛いと思う」

 母の奇行には慣れたもので、新作下着を自慢する彼女にぐっと親指を立ててみせる。

 元モデルで、同世代の母親と比較しても信じられないくらい若かったははぎみは、おニューの下着を小学生の息子に見せびらかしてくるような変人だった。

「ところで、お母さんはそんなかっこうで寒くないの?」

「寒くないよ! 今は夏だし! ああもう、それよりも、この可愛かわいさを大勢の人に伝えたい! 自撮りしてトゥイッターにアップしようかな~」

「それはやめたほうがいいと思うよ。アカウント凍結されちゃう」

「お、おお……難しい言葉を知ってるね」

「お母さんは、可愛い下着が好きだよね」

「それはもう! 下着は人生でいちばん長い時間を共にする相棒なんだから、せっかくならとびきり可愛いほうがいいじゃない」

「まあ、そうかもね」

 子どもみたいな笑顔につられて笑ってしまう。

 可愛い下着が好きな変人だけど、けいは朗らかで優しい母のことが好きだった。

 我が親ながら下着姿の母は本当にれいだと思ったし、父の作った下着をつけた時の、うれしそうな彼女の笑顔が大好きだったから──

「オレも、大きくなったら下着を作る人になろうかな」

「えっ、ほんとに? じゃあじゃあ、可愛いのができたら、お母さんにいちばんに試させてね?」

「わかった。お父さんよりすごい、とびきり可愛いのを作ってあげる」

 それが現在、恵太がランジェリーデザイナーをしている理由。

 喜ぶ母の笑顔が見たくて、その仕事をすると決めたのだ。



「……あれ? いつの間にか寝ちゃってた……」

 仕事続きで疲れていたせいか、机に向かったままうたた寝をしていたようだ。

 ずれた眼鏡をかけ直し、卓上のデジタル時計を見ると、みおがお風呂に入ってから三十分ほど経過していた。

 懐かしい夢を見ていた気がするが、既にその輪郭はおぼろげだ。

 椅子の上で大きく伸びをすると、そのタイミングで部屋のドアがノックされた。

 座ったままそちらに体を向けて「どうぞ」と応じたところ、半開きにしたドアの隙間から澪がおずおずと顔をのぞかせた。

「あの……お風呂、ありがとうございました」

「ああ、ちゃんとあったまれた?」

「はい、それはもう」

「ならよかった。──それで、みずさんはどうして顔だけ出してるの?」

「…………」

 口を閉ざし、目をらしたみおがいったん顔をひっこめる。

 すると半開きだったドアが完全に開かれ、今度こそ彼女がその全貌を現した。

みずさん……それ……」

 けいが驚いたのは、部屋に入ってきた同級生が下着姿だったからだ。

 下着といっても、いわゆる普通のブラジャーとは違い、澪が身に着けていたのはキャミソールタイプのランジェリーだった。

 爽やかなスカイブルーのキャミソールは肌触りの良い滑らかな生地を使用しており、ショーツはそれに合わせたペチコートを採用。

 ペチコートは短パンのような形の下着で、丈を短くすることで女の子の脚を引き立てる仕様にしており、そのまま自宅で生活しても違和感のないスタイルに仕立てた。

 全体的に露出は控えめだが、キャミソールは彼シャツと並んで『自分の部屋で彼女に着てほしい衣服』のトップに君臨するランジェリーであり、これはこれでかなりそそられるかつこうである。

「新作って、キャミソールだったんですね」

「もう少ししたら暑くなってくるだろうし、部屋着としても使える下着にしようと思って。水野さん、家だとジャージだって言ってたから」

「え? もしかして、わたしがそう言ったから作ってくれたんですか?」

「まあね」

「……ふーん? てっきり、わたしを脱がせるために露出の少ない下着から始めて、少しずつ布面積を減らしていく作戦かと思いました」

「正直、それもあるけどね」

「そこはうそでも否定してほしかったです」

 ジト目を向けてくるみおだが、本気で怒ってる感じではない。

 キャミソールは部屋着の代わりにもなるし、ブラジャーよりも手軽に着けることができるアイテムで、露出を抑えたこの下着ならそれほど抵抗はないと踏んだのだが……

「でもまさか、本当に見せてくれるとは」

「まあ、今日はうらしま君のおかげで助かったので、これくらいは……。とても素敵な下着だと思います」

「よかった。みずさんがひとめれするような下着を作ろうと思ったんだ」

「ひとめ惚れ?」

「どうかな? ひとめ惚れした?」

「……まあ、不覚にも、鏡の前でれてしまいましたケド……」

「じゃあ、大成功だ」

 彼女の反応に少し笑って、改めてその下着を確認する。

 キャミソールの弱点として、ある程度のバストがある女性だと太って見えてしまうことがあるので、今回の新作は胸の下から絞るようなデザインになっていた。

 そのため、澪のようなスタイルのいい子が着けるとかなりの破壊力がある。

「けど、どうして見せてくれる気になったの? あんなに恥ずかしがってたのに」

「考えてみれば、浦島君には秘密がぜんぶバレてるわけじゃないですか。下着のことも、わたしの弱いところもぜんぶ、丸裸にされてしまっているわけで……だから下着姿くらいなんてことないかなぁと……思ったん……です…………けど……」

 最初はじようぜつだったのに、徐々に言葉が尻すぼみになっていく。

「やっぱり恥ずかしいです……顔から火が出そう……」

「人はそれを自爆って言うんだよね」

「うぅ……わたし、なにしてるんだろ……男の子の部屋で下着姿になってるなんて……」

 ほおを赤くする彼女は初々しくて可愛かわいいと思ったが、言ったら二度と見せてくれなくなりそうなので心の中にとどめておく。

「あの……ひとつ聞いてもいいですか?」

「なんだろう?」

「浦島君は、どうしてランジェリーデザイナーをしてるんですか?」

「どうしてと言われても……女の子のパンツが好きだから?」

「そうなんでしょうけど、そういうことではなくて」

「あはは、冗談だよ。──まあ、理由はいろいろあるけど、いちばんはリュグをなくしたくなかったからかな」

「え? リュグって倒産の危機だったんですか?」

「経営難ってわけじゃないけどね。もともとリュグは父さんがつくったブランドなんだよ。けど、事情があって父さんが海外で仕事することになって、リュグを畳むって話が出たから俺が引き継いだんだ」

「まだ学生なのに?」

「最初はいろいろ大変だったけどね。失敗もたくさんしたけど、いろんな人に助けてもらって、今はなんとかやれてる」

 未成年の子どもが大人に交じって仕事をするのだ。

 簡単にはいかないし、今だって家族の協力のおかげでようやくやれてる状態だ。

「俺はね、リュグの下着で女の子を笑顔にしたいんだ」

「笑顔に?」

「うん。自分の作ったもので、誰かに喜んでもらえたらうれしいからね」

 幼い頃、母が見せたまぶしい笑顔を思い出す。

 自分が生み出したランジェリーで、あんなふうに誰かを笑顔にできたら最高だと思う。

「下着は人生でいちばん長い時間を共にする相棒だから、せっかくなら、とびきり可愛かわいいほうがいいと思わない?」

「……そうですね」

 うなずいて、みおかすかにほおを緩める。

「その感覚はわかります。可愛い下着をつけると気分が上がるし、見ているだけで幸せな気持ちになれますから」

「そういえばみずさん、お店の前で幸せそうに見てたもんね」

 初めて澪を家に招き入れた日、駅近のランジェリーショップの前で、彼女はリュグの下着をまるで宝物を見るように目をキラキラさせて見つめていた。

 クールな人だと思っていたので、あの笑顔はけっこう意外だったのだ。

うらしま君って変態ですよね」

「なぜ唐突にぞうごん?」

「だって無断で着替えをのぞくし、自分のパンツを穿かせようとするし」

「その誤解はとけたでしょ……」

「でも、浦島君の作ったランジェリーは好きです」

 優しい声で言った彼女が、自分の下着を見下ろしながら続ける。

「リュグの下着が可愛いのは、きっと浦島君が着ける人のことを考えて、一生懸命つくってるからなんですね」

みずさん……」

「わたし、やっぱりモデルをやってみたいと思います」

「えっ、ほんとに?」

「はい、恥ずかしいけど頑張ってみます」

うれしいけど、どうして急に心変わりを?」

「さっき言ったじゃないですか。わたしはうらしま君の作る下着が好きなんです。思わずお店の前で立ち止まって、ずっと眺めてしまうくらいに」

 キャミソールを着けた彼女の、ふたつのれいな瞳がまっすぐけいに向けられる。

「だからわたしも、素敵な下着に見合うような女の子になりたいと思ったんです。憧れて待っているだけじゃ、相手に振り向いてなんてもらえませんから」

「……そっか」

 彼女の選択を後押ししたのは自分が作った下着だった。

 向けられた笑顔もたぶん、新作のキャミソールが引き出したもので。

 その事実が、泣きそうになるくらい嬉しかった。

「それに、ランジェリーデザイナーはお仕事ですからね。浦島君は下着姿の女の子を、よこしまな目で見たりしないですよね」

「え? そりゃ、多少はそういう目で見るよ?」

「え……」

「さっきも下着を見られて恥ずかしがる水野さんが可愛かわいくて、かなりそそられたし。今も可愛い子の下着姿が見れて役得だと思ってるし。むしろ、まったく意識しないほうが女の子に対して失礼じゃないかな」

「…………」

「あれ? 水野さん?」

 なぜだろう。

 両腕で自分の体を抱きしめた同級生が、胸元を隠すように体を斜めにして、冷ややかな視線をこちらに向けていた。

 さっきまでの穏やかな雰囲気から一転、とても冷たい声で彼女が吐き捨てる。

「……浦島君の変態」

関連書籍

  • ランジェリーガールをお気に召すまま

    ランジェリーガールをお気に召すまま

    花間燈/sune

    BookWalkerで購入する
  • ランジェリーガールをお気に召すまま 2

    ランジェリーガールをお気に召すまま 2

    花間燈/sune

    BookWalkerで購入する
  • ランジェリーガールをお気に召すまま 5

    ランジェリーガールをお気に召すまま 5

    花間燈/sune

    BookWalkerで購入する
Close