第二章 かわいいランジェリーの作り方(5)

      ◆


 連休明けのその日、みおの姿は学校の更衣室にあった。

 慣れない環境にドキドキしながらブレザーを脱ぎ、スカートとブラウスも外すと、現れたのはけいが最初に作ってくれた水色のランジェリーで──

 それを見たりんが「あーっ!?」と大きな声を上げた。

「みおっちの下着、すっごく可愛かわいいね!」

「私も、すごく素敵だと思う」

「あ、ありがとうございます……」

 真凛に続き、いずみも褒めてくれて自然とほおが緩む。

 今日は初めて自分から一緒に着替えようと誘ってみたのだが、みおがその旨を伝えると彼女たちはとても喜んでくれた。

 こうしてふたりと着替えられるようになったのは、間違いなく彼のくれたランジェリーのおかげだ。

「……ちょっぴり変態だけど、けっこうすごい人ですよね」

 ひっそりと、誰にも聞こえない声でつぶやく。

 身に着けるだけで女の子を笑顔にしてしまうなんて、こんなに素敵なランジェリーを生み出せる恵太は本当にすごいと思う。

「というか、みおっち……けっこう胸あるね?」

「え?」

「あ、それ私も思った。服の上からだとわからなかったけど」

「泉のほうが大きいじゃないですか」

 胸の大きさを指摘され、なんだか落ち着かなくてモジモジしてしまう。

 ガールズトークは楽しいけれど、肌を見られるのはやっぱり少し気恥ずかしい。

 それでも、意識を変えてみようと決めたのだ。

「真凛、泉──」

 ふたりの名前を呼ぶと、下着姿の彼女たちがこちらを見る。

 胸に手を当てて、緊張した面持ちで澪はひとつの提案を口にした。

「よかったら今度、お店で下着の選びっこをしませんか?」

 まずは、ふたりに本当の自分を知ってもらうところから始めよう。

 を張って新しい洋服を買ったり、隠れて着替えたりするよりも、こうして気を許せる友達と過ごす時間のほうが何倍も大切なのだから。



 その日の放課後、澪は軽い足取りで特別教室棟に向かっていた。

うらしま君に、真凛と泉が褒めてたって報告しないと」

 更衣室での出来事を思い出して自然と頬が緩む。

 今日はこれから前回中断した打ち合わせをする予定なのだが、新作下着のおかげで前向きになれたこともあり、仕事に対するモチベーションがうなぎ登りだった。

 具体的には、下着を見せるのもやぶさかではないと思えるくらいに。

 そんなこんなで被服準備室に到着し、みおはルンルン気分のままドアノブに手をかける。

うらしま君、お待たせしました──……って、あれ?」

 部屋のドアを開けると、そこにはとてもミステリアスな光景が広がっていた。

 具体的に言うと、床やテーブルの上にカラフルな物体がちりばめられていたのだが、その正体はなんとブラやショーツといった色とりどりのランジェリー。

 更に奇妙なことに、部屋の鏡の前に金色の髪の女の子が立っていて──

 頭にうさ耳を、両脚にストライプのニーソックスを装着し。

 青と白を基調としたエプロンドレスを身にまとった女の子が、両手でスカートの前をたくし上げていたのである。

「き、金髪うさ耳メイドが鏡の前でスカートをたくし上げてる……?」

 何を言っているのかわからないと思うが、澪にもなにがなんだかわからない。

 どこもかしこもランジェリーまみれの異空間で謎のコスチュームを身にまとい、スカートをたくし上げるなんて常人には理解できない行動だ。

「──あら?」

 こちらの声に反応し、来客に気づいた女の子が振り向いた。

 長い髪を揺らしながらきっちり90度。

 その際、スカートを持ち上げたままだったため、まぶしい脚と純白のパンツが完全に見えてしまっていた。

(わぁ、可愛かわいい下着……)

 まず、目に飛び込んできたパンツの感想が脳裏に浮かぶ。

(それに、ものすごい美少女……)

 次に浮かんだのは彼女の容姿に関する感想で、

れいな髪……大きな瞳が宝石みたい……)

 最後には長いブロンドの髪と、宝石のような青い瞳に思わずれてしまった。

 パーツのひとつひとつが精巧な西洋人形のようで、小柄なのに脚はすらっと長くて、同性の澪ですらため息がもれる絶世の美少女だ。

(この人、たしか三年の先輩ですよね? どうしてこの部屋に……)

 日本人離れしたこの容姿だ。校内でもかなりの有名人だし、たびたび生徒たちの話題に上がる人物なので、澪も彼女のことは知っていた。

 そんな絶世の美少女が、世にも愛らしい仕草で小首をかしげる。

「あなた、どちらさま?」

「あ……えっと……」

 鈴の音のような美声で尋ねられ、慌ててしまう。

 もともとそれほど人付き合いが得意なほうではないし、相手は年上の上級生なのだ。

 どう答えたものか困っていると、みおの後ろから第三者が顔をのぞかせた。

「あれ? みずさん、もうきてたんだ」

うらしま君……」

 気まずい現場にやってきたのは本日の約束の相手だった。

 さすがに男子がきたからか、金髪美少女がさりげなくスカートを戻していて、そんな彼女に気づいたけいが親しげに声をかける。

あやちゃんもおつかれさま。その服は撮影用の衣装?」

「ええ、可愛かわいいでしょう?」

 面識があるのだろう。彼は彼女のことを下の名前で呼んでいた。

 話の内容はよくわからないが、かなり親密な雰囲気である。

「えっと……ふたりはお知り合いなんですか?」

「ああ、水野さんは初めてだよね。こちらの絢花ちゃんは、昔から下着作りに協力してもらってるモデルさんなんだ」

「モデル……?」

 つまり学年だけでなく、そちらの方面でも先輩にあたるということだ。

 メイド姿の上級生が、れんな笑みを浮かべて澪の前に立つ。

「初めまして。私は三年のほうじよう絢花よ」

「は、初めまして。二年の水野澪です」

 間近で見た美少女の笑顔に、内心ドキドキしながら自己紹介を済ませる。

「あの、北条先輩? ひとつ聞いてもいいですか?」

「あら、なにかしら?」

「先輩の、そのかつこうはなんなんですか?」

「ああ、これはコスプレ衣装なのだけど──」

 衣装を見下ろした絢花が、その場でくるりと回ってみせる。

「見ての通り、キュートなうさ耳メイドよ。ほんのり不思議の国のアリス風♪」

「この部屋の惨状だと、どちらかといえば下着の国のアリスですね」

 彼女がどうしてコスプレ衣装を身にまとっているのか。

 どうして鏡の前で自分のパンツを確認していたのか。

 それらの謎を解明する前に、無数に散乱した下着の山をさてどうしたものかと、澪は真剣に悩み始めたのだった。

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