2. 2番目ぐらいが?(8)

 時刻はすでに22時前。駅前はまだ人が目立つが、そのほとんどは大人たち。高校生はすでに帰らなければならない時間帯だ。

 切符を買って改札を通ると、俺に気づいた朝凪が柱の陰からひょこっと顔を出した。

「……よ」

「よ」

 互いに小さく手を上げて会釈した後、俺は朝凪と一緒に駅のホームへ。

「一応くけど、天海さんと鉢合わせは──」

「してたら前原の隣にいないし」

「まあ、そっか」

「もう」

 なら、同じ電車で帰っても問題はなさそうだ。

 ホームの一番前まで行き、次の電車がやってくるのを待つ。

「「…………」」

 駅のアナウンスが構内に響く中、俺と朝凪の間には沈黙が流れている。

 ちらりと朝凪の横顔をうかがうと、ちょうど朝凪も俺のほうを見ていたのか、無言のまま目が合ってしまった。

「……前原、なに?」

「い、いや、別に……そっちは?」

「私も、別に……」

 こういう時、何を話したらいいのだろう。少し悩む。

 アニメショップに始まって、最後にはバッティングで体まで動かして……途中まではとても楽しくて時間を忘れるほどだったが、最後の天海さんたちとのエンカウントがあったせいか、なんとなく話を切り出しづらい。

「……こうなったのは、だいたい一年ぐらい前からなんだ」

「え?」

「私が本格的に今の趣味に走り出した時の話。一応、前原には話しておきたいかなって……ちょっとだけ、時間いい?」

「……いいけど」

「ありがと」

 ふ、と力なく笑って、朝凪は自分の過去について話し始めた。

「自慢……になっちゃうのかな。私、昔からリーダーっていうか、まとめ役みたいなことをやることが多くてさ。頭もよかったし、まあ、そこそこ可愛かわいくて目立つし?」

「すごい自画自賛」

「へへ。……まあ、今はそれいておくとして。とにかく、クラス委員長とか、学校行事の実行委員とか、率先してなんでもやってたの。皆から頼られるの、わりと好きだし。もちろん、今だってそう。……集団が嫌いになったとか、そういうわけじゃないんだ」

 皆の期待を一身に背負う優等生……それがクラスメイトたちの『朝凪海』に対するイメージだろう。実際、俺も、朝凪と友達になる前まではそういう印象を抱いていた。

「でもさ、そういうのが長くなってくると『私、なにやってんだろ』ってつい考えちゃうんだよね。初めのうちは感謝してくれた子たちも、だんだん『アンタが当然やるでしょ?』みたいな空気になって。学校でも、遊びでも」

「嫌なことなんでも押し付けられるようになった感じ?」

「うん。ま、それは私が嫌なことを嫌って言わずに我慢したのも良くなかったんだけど」

 そうなると、悪循環は止まらないだろう。最初のうちは好きでやっていたはずなのに、役割が何となく定まり、強制されるようになると、いつの間にか嫌になっていく。

「そんな感じで色々あって、精神的にちょっとやばいなって思った時に出会ったのが、」

「今の趣味ってことか」

「うん。元々兄貴の部屋にそういうのがいっぱいあってさ。それまではゲームなんて、やってもスマホのパズルゲーぐらいで、最初は大して興味もなかったんだけど……」

 ハマる時はだいたいそんなものだと思う。精神的に参っている時に、魅力あるシナリオやキャラクター、サウンドなどが刺さると一気に沼にはまる。俺のことだが。

「で、しばらくは皆に秘密で一人で色々楽しんでたわけだけど……でも、元々誰かとつるむほうが好きだったから、そっちのほうでも友達が欲しくなっちゃったんだよね。SNSとかじゃなくて、実際に面と向かって話せて、気持ちを共有できる友達がさ」

 そうして、女子校から環境を変えたところに、俺の自己紹介があった、と。

「そうだったのか……それならもっと早く声かけてくれてよかったのに」

「そうだけど……その時の前原は、私にとって初めての男の子の友達になるかもしれない人だったわけだし。失敗したくなかったから、多少は慎重にもなるよ。なかなか声かけるチャンスもなかったし……恥ずかしいのもあったから」

 そうすると、朝凪は四月からずっと俺のことを見ていたことになる。俺に見せるためだけにわざわざ自己紹介カードを作ったり、俺の様子をうかがったり、そんなけななことを──。

 そう考えた瞬間、心臓が不意にとくんと跳ねた。

 なんだろう、この気持ち。むずがゆいけれど、特に気持ち悪い感じがするわけでもない。

「前原、どうしたの? 具合でも悪い?」

「い、いや、別に大丈夫。ちょうど電車来たし、乗ろうか」

 心配そうに顔をのぞき込んできた朝凪をして、最寄り駅方面へ向かう電車へ。

 週末の夜のちょうどいい時間帯だけあって、仕事終わり、もしくは飲み会帰りのサラリーマンや大学生などで車内はそれなりに混んでいる。

「……っとと」

 乗り込んで一息ついた瞬間、ちょっとだけ足元がふらついた。

 買い物やメダルゲームはともかく、初めてのバッティングや、さらには天海さんとの遭遇もあって、肉体的にも精神的にも疲労していたのだろう。

「前原、大丈夫? そこ空いているから座りなよ」

「いや、ちょっとふらついただけだし。朝凪こそ……」

「私はアンタと違って鍛えてるから。……余計なこと気にせずに、はい」

「じゃ、お言葉に甘えて」

 唯一空いていた真ん中の席に座らされて、朝凪が俺の前に陣取る形に。

「……ごめんね、前原。今日は私のせいで色々と苦労かけちゃったね」

 電車が発車し、ガタンゴトンと規則的な音と振動が響く中、両手でつりかわつかんでこちらを見つめる朝凪が俺へ言う。

「天海さんとのこと?」

「うん。……話、しっかり聞こえてたよ」

「あれは、その」

 天海さんが来ていることを伝えるという目的は果たせて何よりだが、今思い返すと、結構恥ずかしいことを言ってしまったような。

 天海さんも、きっと嫌な気分になったはずだ。

「別に朝凪が気にする話じゃないよ。あれは俺の自業自得だし」

「でも、あんなこと言ったら、今以上に腫れもの扱いされるかもしれないのに」

「……そうなんだけどさ」

 もちろん、天海さんに悪気なんてないことは重々承知している。天海さんが俺のことを誘ったのも、学校で常に一人の俺のことを見て心配し、これ以上孤立させるのはまずいと思ったからだ。

 しかし、俺はそんな天海さんの申し出を拒否した。

 朝凪と──気兼ねなく振る舞える初めての『友達』と二人でいて、俺はそれだけで十分すぎるほど楽しかったのに、なんだかそれに水を差された気がしてしまったのだ。

 それでついイラついて、場を凍り付かせた上に逃げて……今さら後悔しても遅いが、らしくないことをしてしまった。

「まあ、夕には私のほうで適当にフォロー入れとくよ。あの子もあれで結構気にしいなとこあるから、絶対後で電話かかって──って、もうメッセージ来てる」

「早っ……ちなみに天海さんはなんて?」

「見る?」

『(あまみ) 海、どうしよう。さっき前原君に会ったんだけど、でも、怒らせちゃって』

 その他、朝凪のスマホには、天海さんからのメッセージや着信履歴がたくさん。

 やはり気に病ませてしまったようだ。

 もう少しやりようはあったはずなのに、朝凪をかばおうとするあまり、他のことに気を遣うことができなかった。

「ごめん。こっちこそ、迷惑かけるようなことして」

「いいってことよ。困った時はお互いさま──それが『友達』でしょ」

「……友達、か」

「うん。そう」

 言って、朝凪は俺の頭に手を伸ばし、そのままぽんぽんと優しくで始めた。

「……なにこれ?」

「ん? 別に。ただ、ちょっといい位置に前原の頭があったから」

「そっか」

「うん」

 まるで子供扱いされているような感じだが、遊び疲れもあるし、朝凪に触られるのは別に嫌でもないので放っておくことに。

 列車の揺れと、ほどよい車内の暖房に、肌触りのいい温かな朝凪の手のひら。

 ちょっとずつ、まぶたが重くなってくる。

「──眠いなら寝てていいよ。駅近くなったら、ちゃんと起こしてあげるから」

「……うん、ありがとう」

 心地いい眠気にあらがえず、俺は朝凪に甘えるまま、ゆっくりと目を閉じる。


 ──ありがとね、真樹。


 どんどんと意識が遠のいていくなか、耳元でそんなささやきが聞こえたような気がした。

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