2. 2番目ぐらいが?(7)
「──はい、お疲れ」
「……ども」
メダルを全て使い切った後、俺と朝凪は休憩スペースのソファに座って朝凪のおごりでジュースを飲んでいた。
バッティングの結果、ボールは前に飛んだものの、ボテボテのゴロで、マシーンのほうにさえ届かなかった。当てたには当てたが、消化不良な感じだ。
「……朝凪」
「ん?」
「次はちゃんと打つから」
「お? やる気じゃん。じゃ、また来なきゃね」
「うん」
慣れないことをして余計に疲れたが、終わってみればそれなりに楽しかったと思う。
それがゲームによるものなのか、それともただ単に友達の朝凪と一緒だったから楽しかったのかはわからない。
しかし、それでもまた来たいと思うぐらいにはいい経験になった、はずだ。
「そろそろ時間だし、もう帰ろうか」
「だね。……あ、その前にお手洗い行ってくるから待ってて」
そう言って、朝凪は俺にバッグを預けて店の奥のほうへ。貴重品も入っているが、一時とはいえ俺に全て預けてしまっていいのだろうか。
まあ、朝凪にそれだけ信頼されているのは
「まさか朝凪と一緒にこんなふうに遊ぶなんて、不思議なこともあるもんだ……」
カップルだろうか、ゲームに興じる男女二人組をぼんやりと見ながら俺は一人呟く。
朝凪と出会うまでずっと友達ゼロの俺と、クラスの中心で友達も多い朝凪。
普通に学校生活を送っていたら絶対に交わりようのない点と点──それが今は、何の因果か、しっかりと線で
大失敗だと思った入学式の自己紹介から数か月。
三年間、ずっと一人の高校生活を過ごすことになると覚悟していた。
にもかかわらず、今、俺の隣には『クラスで2番目に
「……勇気を出して恥もかいてみるもの、ってことなのかな」
基本的に、俺のような人間は、他人の目を極端に気にする。バカにされたくない、恥をかきたくない、失敗したくない──そればかり考えるから、いざという時に
仲良くなりたいと思う人がいても、好きな人ができても、失敗のリスクが行動を妨げる。
だから俺はずっと一人だった。
しかし、失敗したおかげで、俺は朝凪と『友達』をやれている。
失敗したらそこで道が閉ざされるわけじゃなく、そこからまた新しい道が続いている。
そのことを朝凪は教えてくれたのかもしれない。
「……さて、そろそろ朝凪も帰ってくるだろうし、片付けでも──」
朝凪のバッグを肩にかけて、ソファから立ち上がった瞬間。
「あれ? もしかして前原君?」
「……え?」
背後から、そんな声が聞こえてきた。
「あ、やっぱり前原君だ。お~い、前原く~ん!」
ちょうどクレーンゲームの陰から出てきた集団の一人が、俺のほうへぶんぶんと元気よく手を振って近づいてきた。
ウチの高校の制服。この薄暗さでも一目見て誰かわかる容姿で、なおかつ、今、この場で最も会いたくなかった人物。
「……天海さん」
「うん。君のクラスメイトの天海さんですよ~」
天使のような笑顔で、『クラスで一番の美少女』が俺の目の前に立っていた。
朝凪がいないタイミングで助かったが、まさか天海さんに声をかけられるとは。
俺一人なら、朝凪以外のクラスメイトには絶対に気づかれないだろうと思っていたが、この人のことを忘れていた。
「え? 夕ちん、知り合い?」
「……ニナち、この前会ったじゃん。というか、クラスメイトっ」
「ご、ごめんごめん。でもほら、私服だから」
彼女の脇には新田さんと、それから他のクラスメイトたち。天海さん以外は俺のことを知っているような、知らないような微妙な顔をして
まあ、彼らのことはどうでもいい。今は目の前の人をどうやり過ごすか考えなければ。
今、朝凪と天海さんを鉢合わせさせるわけにはいかない。
「前原君もここ来たりするんだ。初めてだよね、ここでこうして会うの」
「ああ、うん。まあ」
さりげなくスマホを手にとり、こっそりと朝凪へと通話をかけ、ボタンを押してスピーカー状態にする。
メッセージを打つ余裕はないので、これでなんとか気づいてほしいところだ。
「あ、もしかして誰かと遊んでた? そりゃそうだよね。こういうとこって一人で遊ぶのにはちょっとつまんないし」
「いや、俺は一人で……今はちょっと休憩中っていうか」
「そうなの? さっきまで二人分の飲み物もってたから、誰かお友達といるのかなって思ったんだけど」
見られていたか。俺みたいな人にも気を配れる天海さんの行動はとても素晴らしいことだが、この時ばかりは厄介である。
しかし、告白のぞきの時に顔を合わせて印象に残っていたとはいえ、この薄暗い店内+黒一色の服装の俺を良く見つけたものだ。
「でも、よかった。前原君にもちゃんとそういう友達がいたんだね。クラスでもほとんど一人だったから、実はちょっと心配してたんだ」
「それはどうも……でも、どっちかというと、俺は一人でいるほうが好きだから」
「そう? でも、寂しくなったらいつでも声かけていいからね。お昼とか、誘ってくれれば一緒に食べてもいいし」
「それはさすがに……」
天海さんは完全なる善意で言ってくれているのだろうが、だからといって本当に誘ってはいけない。
ぼっちのクセにでしゃばるなよ──天海さんの取り巻き(主に男子たち)から、そういう雰囲気がひしひしと伝わってくる。
「とにかく気持ちだけもらっておくよ。じゃあ、俺はこれで──」
「あ、ちょっと待って」
さっさとこの場を離脱しようと天海さんのそばを横切ろうとしたその時、天海さんが後ろから俺の肩を
……嫌な予感が。
「……な、なに?」
「ねえ、もしよかったらでいいんだけど……これから私たちと一緒に遊ばない? もちろん、前原君のお友達も一緒に」
「ふへっ?」
つい変な声が出てしまった。
「ちょっ……夕ちん、それはさすがに前原君? にも迷惑じゃない? あっちもあっちで都合があるっていうかさ」
「ダメかな? 遊ぶなら大勢のほうがもっとずっと楽しくなると思うけど」
「まあ、そうとも言い切れないトコはあるけど……」
持ち前の明るさで人を巻き込んでいくのはいかにも天海さんらしいが、今はいささか暴走気味な気がする。
もし、天海さんのそばに朝凪がいれば、親友としての立場から天海さんにそのことを注意できるのかもしれないが、朝凪は今この場にはいない。
「ね、そうだよ、絶対楽しいって。それとも、ニナちは前原君のこと嫌い?」
「えっ!? あ、いや、そ、そんなことない、と思うケド……ねえ?」
この中で天海さんと仲がいいのはおそらく新田さんだが、付き合いが浅いこともあって、朝凪のように天海さんへ強くは言えないようだ。
自由奔放な天海さんをうまく抑えつつ、新田さん含めた他の人たちの空気も感じ取って誘導していく──話を聞くだけだとぼんやりとしか想像できなかったが、実際にこうした場面に直面すると実感できる。
もし、朝凪がそういうのに嫌気がさして、俺のほうに逃げ場を求めてきたのだとしたら。
「……そりゃ疲れるよな」
「え? 前原君、なにか言った?」
「あ、ううん。こっちの話。……それより、さっきの話だけど」
「うん。どうかな?」
「……申し訳ないけど、絶対に嫌かな」
「え?」
俺の言葉に、それまで明るかった天海さんの顔が曇る。
絶対に嫌、なんて良くない言葉を使ってしまったが、なぜだか今、少しだけイライラしてしまっていた。
「前原君……?」
「あ……べ、別に天海さんの考えを否定してるわけじゃないんだ。その、皆でワイワイやるのって、それはそれできっと楽しいんだろうし、それが普通だとは思うから」
俺だってかつてはその輪の中に入りたいと思っていたし、今でもたまには羨ましいと思うことはある。
「……でも、その、やっぱり中にはそういうのに
集団の和を大事にしなければならないのはわかる。そのために多少の我慢をしなければならないことも。そうでなければ社会が回って行かないからだ。
だが、果たしてそれは常に強いられなければならないことなのだろうか。たまには自分勝手に好きなことをやって、誰かを振り回したらいけないのだろうか。
例えば、今日の朝凪みたいに。
「色々言っちゃったけど、とにかく今日は俺も『友達』も二人だけで遊ぶ約束だったし、俺も『友達』もそういうノリはあんまりって感じだから……その、悪いけど」
「あ、ちょ、前原く──」
「じゃあ、天海さん。そういうことだから。……ごめん」
俺はやんわりと天海さんの手を払って、その場を後にする。去り際に誰かになにか言われたような気がするが、施設内の騒音のおかげで耳に届くことはなかった。
今さら誰にどう思われようが関係ない。俺のKYは今に始まったことじゃない。
後ろから誰も追いかけて来ないことを確認して、俺は朝凪と繋がったままのスマホを通常に戻して耳に近づけた。
『……ありがと、前原。助かった』
「どういたしまして。……時間だし、帰ろっか」
『……うん』
駅の改札で再合流することにして、俺と朝凪は別々にゲーセンを後にした。