4. ふたりの文化祭(4)

 翌日になっても、天海さんの活躍は続く。

「え? マジ? これ夕ちんが描いてきたの? ヤバくない?」

「えへへ、そうかな? なんか文化祭だから私も頑張らなきゃ~って思って、そしたら勢いついちゃって。寝る間も惜しんで最後まで全部バーッて」

 天海さんが照れ笑いを浮かべながら、昨日のラフを元に急ピッチで描き上げたらしいカラー絵をみんなに見せている。

 朝凪からファイルを送ってもらい確認済みだが、クラスメイトが称賛する通り、カラーの絵も当然すごかった。

 後は、この画像を元にモザイクアートに起こし、微調整の上、クラスメイトたちや実行委員会に渡す資料を作成する予定だ。

「やったね、海! 私たち二人頑張って徹夜したあったよ」

「ほんとだよ。一応クラスの責任者だから付き合ったけど、そうじゃなかったら夕のベッド占領して寝てたところだわ」

 さらっと天海さんの家にお泊りをしているわけだが、そのことについてはもちろん誰もとがめない。仲のいい同性の親友同士なら、こういう反応になる。

 これがどうして異性になると、殊更騒がしくなるのだろう。

 そのせいであの朝帰りの日は朝凪のことを変に意識して……まあ、それはともかく今は俺の仕事についてだ。

 運がいいことに、今日は金曜日の週末。あまり学校の仕事を家に持って帰るのは好きではないが、土日で完成させれば、週明けからスムーズに制作に取り掛かることができる。

(今日はさすがに朝凪との予定はなしかな)

 今日に限って言えば徹夜の影響からか朝凪も眠そうにしているし、俺としてもあまり無理はさせたくない。文化祭が近いならともかく、期限には大分余裕があるのだ。今から無理していたら、いくら朝凪だって当日までもたない。

『(前原) お疲れ』

『(朝凪) ん。もっとほめて』

『(前原) すごいえらい』

『(朝凪) お~い表現力』

『(前原) 冗談だよ。天海さんの手伝い、大変だったろ?』

『(朝凪) わかってるじゃん』

『(前原) まあ、昨日あれだけすごいもん見せられるとな』

『(前原) とにかく、今日は無理せず家に帰って寝ていいから』

『(朝凪) そうしようかな。昨日はさすがに頑張りすぎたし』

『(前原) ん。微調整後のファイルとかは日曜日にメールで送るよ』

『(朝凪) うん。夕にもそう伝えとく』

 寝不足で顔は疲れているが、メッセージのテンションはいつも通りだし、昨日のようなおかしい様子もない。

「! あ、真樹くん。文化祭の準備、一緒に頑張ろうね!」

「……う、うん。そうだね」

 ふと顔を上げた瞬間、偶然俺と目が合った天海さんが俺のほうへ元気よく手をぶんぶんと振っている。

 徹夜に付き合った朝凪がグロッキーなのに、作業をしていた本人はいたっていつものハイテンション……才能だけでなくスタミナまで無尽蔵とは。本当に俺や朝凪と同じ人間なのだろうか。


 そうして放課後、早速帰宅した俺は作業に取り掛かることに。

 だがその前に、とりあえず腹ごしらえから。

『──はい、ピザロケットで~す』

「あの、前原ですが」

『あ、どうも~、いつものでいいっすか~?』

 今回はいつものピザとポテトとナゲットのセットに、飲み物をエナジードリンクに変更した。別に飲み物を変えたぐらいでどうなるわけでもないが、こういうのは気分だ。

 来るまでの間、少し作業を進めておこうと、俺はPCの前に腰を下ろした。

「……こういうの、久しぶりだな」

 ふと、気づく。

 薄暗く、静かな室内。

 自宅のデスクトップPCのファンの音のみが響く中、俺はふと呟く。

 よくよく考えてみると、これが俺のいつものスタイルだった。薄暗い部屋で一人、ジャンクフードをコーラと一緒に流し込みながらゲームをする。飽きたら漫画を見たり、テレビで映画を見たり、ネットで動画をあさったりする。

 それをどうして『久しぶり』だと感じたのか。

 その理由はもちろん、朝凪海という一人の女の子の存在だった。

 朝凪が来てもやることは変わらないのに、彼女がいるだけで、薄暗い部屋は明るく、よどんだ空気が爽やかに、そして甘い匂いで満たされる。

 朝凪と友達になって、まだほんの二か月もっていないというのに。

「寂しい……と思ってるのか、俺」

 どうしても物足りない。

 今日は一人でいいと朝凪には言ったのに、たまには落ち着けていいかと思ったのに。

 もうすでに、隣に誰もいないことに寂しさを感じてしまっている。

 やけに暗く感じるリビングに、ぽつんと一人。

「……ああ、もう」

 どんよりとした雰囲気に耐えられなくなった俺は、半ばやけ気味にスマホを手に取った。

 久しぶりに自分からかける電話の相手は、もちろん朝凪。

 呼び出し音が鳴る中、少しずつ心臓のドキドキが高まっていく。なぜか緊張する。

『……なに? どうかしたん?』

「あ、ごめん、朝凪……寝てた?」

『うん。ちょっとだけ仮眠してて、これから夕ご飯ってとこ。でもお風呂もまだだし、さすがにまだ寝ないよ。おじいちゃんじゃあるまいし』

「まあ、そっか。そうだよな」

『で、なに? こういう時はいつもメッセージだけ送ってくるのに、今日は電話なんて珍しいじゃん。もしかして、なんかトラブル?』

「いや、そういうのはないけど……ああ、でもやっぱりその件もあるかな……独断で調整するのもどうかなって、そうも思ってて」

 そうじゃない。ただちょっと朝凪の声が聴きたかっただけだ。

 最近はいつも隣に朝凪がいたから、不意にちょっと寂しくなってしまって。だから。

 なんて、そんなこと、恥ずかしいから絶対に言えないけど。

『……うん、だから?』

「だから、その……眠いはずなのに、悪いとは思ってるんだけど」

 なんでこんなにも俺は緊張しているのだろう。

 ただ、友達に『遊びに来いよ』と自分から誘うだけなのに。

「やっぱり……もしダメじゃなければ、だけど」

『……うん』

「俺んち来て、設計図の作業ついでに、メシでも食いながら、遊びながら……っていうか」

 メッセージならこんなことはないのに、電話で話すとぼっちの悪いところが出る。話が回りくどくなって、伝えたいことが半分も伝わっていないような。

『……なるほど。つまり、前原は私と会えなくて寂しいと』

「いや、そんなつもりは……別に」

『ダメダメ、そんなこと言ってももうバレバレだし。ほら、もう思い切って言っちゃいな? 前原真樹は朝凪海がいないと寂しくて死んじゃうんです~って』

「ち、ちげーし……」

『ふふ、前原ってば可愛かわいい。ウサギちゃんみたい』

「ウサギの話は迷信だ」

『知ってる。でも前原は私に電話かけてきたじゃん?』

「う……」

『ほらほら~、私に全部さらけ出しちゃいなって、スッキリするよ?』

「うぐっ……ああもう、やっぱり電話なんてするんじゃなかった。そっちこそ、今日は一人で寂しくしてんじゃないかって心配してやったのに」

『ふ~ん? ほ~ん?』

 自分が電話したせいとはいえ、完全にからかわれている。一時の気の迷いで、大きなやらかしを犯してしまった。

 顔が、ほおが、ものすごく熱い。恥ずかしい。ほんの少しでいいから時間よ巻き戻れ。

「ああもう……やっぱ自分一人でやるわ、じゃあな」

『え? 本当にいいの? お願いすれば考えてあげないこともないのに~』

「いいのっ」

『ふふっ、ざ~んねん』

 思ってもないことを言って。完全におもちゃにされてしまった。格好悪い。

「あと、この電話のことは……忘れなくていいけど、せめて秘密にしておいてほしい」

『いいよ。じゃ、そのかわり、前原に一つお願いしていい?』

「できる範囲なら……なに?」

 少し間が空いて、朝凪が一言。

『……やっぱりそっち遊びにいっていい? 私も、ちょっとだけ寂しかったからさ』

 さっきまで散々からかわれてからの、これ。

 いつも思うが、やっぱり朝凪には勝てないと思う。

「……それは、別にいいけど」

『へへ、ありがと。じゃあ、今すぐ行くから。……あ、もちろんメシはおごりだからね。追加注文、忘れないように』

 そう言い残して、すぐに朝凪は通話を切った。

 結局いつもの週末になってしまったが、いつも以上に俺の心はそわそわと落ち着かないのはなぜだろう。

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