4. ふたりの文化祭(3)
題材については、現在、アニメ化などで人気を博しているダークヒーローものの少年漫画の主人公にすることに決まり、さっそく設計図づくりへ。
「まずは、どこの絵を使うかだけど……朝凪、どうする?」
「やっぱコミックス1巻の表紙かな。刃物と血と臓物どばーでしょ。それがもっとも推せるところだし」
「だと、配色は赤黒がメインか。……まあ、それなら主に使うのはいつも飲んでるコーラの空き缶になるだろうし、集めるのはそんなに難しくなさそうか」
どのぐらいの大きさにするかにもよるが、立派なサイズのものを作るのであれば、数百個以上は必要になる。なので、メインで必要な色は、今の時点から集める
「公式絵をトレースして起こすから、その辺大丈夫なんかな……念のため問い合わせぐらいはしておいたほうがいいかも。ねえ、
「母さんに言わせると、『普段の仕事がクソ忙しいから問い合わせされても困るし、高校の展示物なら無断でも多分怒らないからやっちゃえよ』って」
「すごい真咲さんっぽい答え。でも、一応メールぐらいは投げとくか」
「だな」
ファンアートという形で構図等全て自分たちで考えることもできるが、残念ながら、俺も朝凪もそういう絵画センスはない。オリジナルの絵を描くのもありだが、それではインパクトが足りない。一応、やるからには上位を目指すとの意見はクラスでも一致しているから、版権キャラは一般の認知度の点で有利だ。
「それじゃあ後はよさそうな画像を選定して、そこから設計図に起こして──」
──ほほう、なるほど。話は聞かせてもらいましたよ、お二人さん!
「「ん?」」
順調に話が進んでいるところに、一人の少女の声が響き渡る。
ドアの陰に隠れて姿を現さないようにしているらしいが、その可愛らしい声でバレバレもいいところだ。
「天海さん?」
「夕、なにしてんの?」
「ふふっ、さすが海に真樹君……それでこそ我が友達に
俺たちのもとに駆け寄ってきた天海さんの額に、朝凪のデコピンが
「い、いたいよ、海~」
「自分の持ち場はどうしたの? 夕、アンタには新奈と一緒に空き缶集め部隊のまとめ役をお任せしたはずなんだけど?」
「私も初めはそのつもりだったんだけどさ……ほら、ずっと夕と真樹君、大変そうにしてたから、そっちのお手伝いをできないかな~って。あ、もちろん許可もらったよ」
展示物の準備や会議への出席など、今日は朝からわりと忙しくしていたから、天海さんも俺たちに加勢したいと思ったらしい。
「心配してくれてありがとう、天海さん。でも、こっちも方針は決まったから、そこまで人手は必要ないよ」
「そういうこと。気持ちだけ受け取っておくから、ここは私たち二人に任せてさっさと皆のところに戻りな」
「う~……真樹君っ」
「……天海さん、俺を見つめても何もないよ」
俺的には天海さんがいても問題はないのだが、あまり甘やかすと保護者である朝凪が怒るので、ここは心を鬼にすることに。
「はいはい、わかりましたよ~。もう、二人のけちんぼ……あ、もしかしてそこにある漫画が今回の題材ってやつ?」
「うん、これは参考資料だけど」
「へえ。なんか、すごい変わった感じの漫画だね。でも、キャラはめちゃ
単行本を手に取って、天海さんはおもむろにページをぱらぱらとめくる。
激しいバトルにグロテスクなシーン満載なので、天海さんのような女の子にはピンとこないだろうと思ったが。
「……ねえ、この絵、私が描いてみてもいいかな?」
「え?」
一通り目を通したところで、天海さんがそう口にした。
「天海さん、絵描けるの? 朝凪さん、知ってた?」
「いや……夕、アンタ今までそんなことしてなかったよね?」
「うん。でも、海と友達になる前までは一人で描いてたこともあって……それに、漫画読んでたら、なんか『いけるかも』って」
絵を描くのは久しぶりらしいが、それで大丈夫なのだろうか。
「真樹君、ペンと紙貸してもらっていい?」
「え? まあ、構わないけど」
俺からボールペンとルーズリーフを受け取った天海さんが、参考資料を見ずに、すらすらと絵を描き始める。
「ん~と……刀とかのこぎりとかをぐわーっと振り回して、ゾンビさんたちがギャーってなって、血がブシャーってなって、そんで中央でかきーんと決めポーズ……」
そんなことをブツブツ言いながら、天海さんはどんどんと絵を描きこんでいく。
「夕、アンタ──」
「ごめん、海。あと十分だけ」
すでに絵のほうに神経を集中させているのか、今までとは打って変わって、真剣な雰囲気を
「──ん、できた。どうかな? さっきの漫画だけで、私のイメージで勝手に描いちゃったんだけど」
「! これ……」
手渡された絵を見て、俺と朝凪は
文句のつけようがない。丸写しではないのに、キャラの細部までしっかりしているし、漫画の特色である生々しくも迫力のある描写がきっちりと再現されている。
しかも、ボールペン一本のみで。
「天海さん、実はプロのイラストレーターだったりは……」
「まっさか~。でも、久しぶりにしては満足の出来かな~と」
えっへん、と胸を張る天海さんだが、これで久しぶりなのか。
「朝凪さん、これはさすがに手伝ってもらったほうがいいんじゃ……」
「…………」
「朝凪さん……?」
「えっ!? あ、う、うん。だね。これだけできるなら、絵のほうは夕に……ってか、この絵をカラーにすればいいんじゃない?」
それは俺も思った。少し複雑な配色になりそうだが、インパクトは申し分ない。
「ほんと? じゃ、これで私も二人の役に立てるねっ」
役に立つどころの騒ぎではなく、完全に天海さんが主役に躍り出た形である。
天使みたいな容姿の上、芸術的な才能。いくらなんでもスペック盛りすぎでは。
「ってことで、設計はこれから三人でやっていく形に変更にしよう。必要な空き缶の数とかは俺が計算するから、天海さんには絵のほうに集中してもらっていい?」
「うん。了解っ。海、真樹君。これからよろしくね! んじゃ、私は早速家に帰って色塗りしなきゃ。海、大丈夫かどうかチェックして欲しいんだけど、いい?」
「ん。塗った先からばんばんボツにしていけばいいのね?」
「海の鬼ぃ……でも、高校で初めての文化祭だから、私、頑張っちゃう」
「ふうん、いいじゃん。で、勉強のほうは?」
「……え~っと、」
「このヤロ」
「いたっ!? うう、助けて真樹君。海が私のこといじめる~!」
「困ったら前原君にすがるのやめな。……今日はそういうことで。お疲れ、前原君」
「お疲れさま、真樹君。また明日ね」
いつものようにじゃれ合いながら、天海さんと朝凪が教室を後にする。
天海さんが予想外の類まれなる才能を発揮したことで、文化祭の準備については滞りなく進みそうだが。
しかし、やはり気になることが一つあって。
俺はすぐさまメッセージを飛ばす。
『(前原) 朝凪』
『(朝凪) なに? なんか用?』
『(前原) いや、別に。ただ、なんか微妙に元気がないような気がしたから』
『(朝凪) ああ……夕、絵も結構上手いんだなって』
『(朝凪) 親友でも知らないことなんていくらでもあるんだなって。ちょっと思っただけ』
『(朝凪) だから、前原は心配しないで』
『(朝凪) 私、大丈夫だから』
『(前原) そう?』
『(朝凪) うん』
『(前原) 本当に?』
『(朝凪) ほんとうにっ』
『(前原) なら、いいけどさ』
朝凪がそう言うのなら、俺ももう信じるしかないのだが。
「……じゃあ、なんでそんな
天海さんに手を引かれて帰っていく朝凪の苦い横顔を思い浮かべつつ、俺は