4. ふたりの文化祭(2)

 帰りのHRが終わり、解散後。

 時間がち、クラスメイトたちが全員いなくなった教室で、俺は、同じく実行委員の仕事で残っていた朝凪に声をかけた。

「朝凪」

「なに?」

「朝凪って、やっぱりすごい奴だよ」

「でしょ? もっとたたえてくれていいよ? ん?」

「調子に乗ってんなあ……まあ、今回ばかりは認めざるを得ないけど」

 天海さんの怒りも上手うまく鎮め、さらにやらかしたクラスメイトたちのケアまで完璧。

 あたふたすることしかできなかった俺とは雲泥の差である。

「そ? ありがと。でも、私なんか大したことないよ。私はただその場の空気を繕っただけ……本当にすごいのは、やっぱり夕なんだよ」

「……朝凪?」

「私はすごくないよ。普通。私はそんな器じゃない」

 自嘲するように言って、朝凪は続ける。

「ああやってまっすぐに、空気が悪くなるのもおかまいなしに、純粋に誰か一人のためだけに怒ってあげられる……前原だって、夕がみんなに怒った時、ちょっと心にぐっと来たでしょ? ……ああいうの、その場の空気を最優先にする私には、できっこないから」

「いや、俺は別にそんなこと思って──」

「私たちももう帰ろ。来週ぐらいから忙しくなるから、今から覚悟しておかないとね」

「あ、ああ、うん……」

 その後途中まで一緒に帰ったが、ゲームや漫画などあいのない話に終始し、結局、それ以上のことは聞けずじまいとなってしまった。

 朝凪の様子が、やっぱりおかしい。


 委員決めの場面ではひやひやさせられたものの、朝凪のケアもあって雰囲気を持ち直したウチのクラスも、文化祭に向けて頑張っていくことに。

 会議の結果、ウチのクラスは展示物を作成することになった。

 クラス内からは文化祭では定番のおばけ屋敷だったり、メイド喫茶だったりという意見は当然出て、一度はメイド喫茶をやろうということで決まったのだが、他クラスにも同様の希望が多く出てしまったために、あまりに内容が丸かぶりするのはまずいということで変更を余儀なくされた。

 出し物の変更を聞かされ、クラスメイト──特に男子たちが激しく落胆した。うちには天海さんや朝凪、新田さんなど、学年の中では容姿の整っている子が集まっているということで、いつもと違う服装(というかコスプレ……)を楽しみにしていたのだろう。

「こらこら、そこのスケベども。いつまでも凹んでないで展示物の意見を出す。もし積極的に意見を出してくれたら、当日はコスプレも考えないこともないよ──夕と新奈が」

「え~!? 私とニナちだけ? 海は~!?」

「私は裏方だから。プロデューサーとしてアンタたち二人をダシに人気投票一位をとるっていう責務があるし。ねえ、前原君?」

「俺に振られても……」

 ウチの高校の文化祭は来場者にどの出し物が一番良かったか投票してもらう催しがあり、三位以内に入ると学校から表彰される。入賞したところでせいぜいボールペンなどの記念品ぐらいしかもらえないので、個人的にはそこまで頑張る必要はないと思うが。

 とりあえずコスプレ問題は後回しにして。まずは展示物の内容決めへ。

「──はい。じゃあ、展示物については、前原君が意見を出してくれた『空き缶を使ったモザイクアート』ってことで」

 テレビ番組を参考にした装置や、教室全体を使ったドミノ倒しなど、色々意見は出たが、予算が比較的少なく済ませられることと、写真映えなどの総合的な判断で、ベタではあるが、俺の出した空き缶モザイクアートに決定となった。

 どんな絵にするかなどの設計図はこれからだが、その手の資料は母さんに協力してもらえば参考になるものはいくらでも手に入るだろう。ダンボールや空き缶集めについては、近隣のスーパーや飲食店などに協力をお願いすればいい。

 設計図は俺と朝凪の二人で作成し、俺たちの指示をもとにクラスの皆が作業していくことに決定したところで、本日の話し合いはお開きとなった。

「つ、つかれた……」

 やるべきことを全て終えたところで、俺は力尽きるようにして机に突っ伏した。

 くじ引きで決まった以上はやるしかないが、ちょっと人前に出るだけでこんなに疲れるとは。会議の進行は朝凪で、俺はほとんどサポートだったのだが、やはり長年のぼっちによるスタミナの損耗は思った以上に深刻だった。

「よ、お疲れ」

「お疲れ……」

「もう、最初の話し合いでそれ? そんなんじゃ、文化祭終わったころには髪の毛真っ白になっちゃうよ?」

「んなわけ……って言いたいところだけど、気分的にはそうかも」

 今回のモザイクアート、予算はそれほどかからないが、作業量はかなり多くなりそうだ。

 なるべく作業がスムーズになるよう予定を組むつもりだが、これまでの経験上、こういうのは大抵遅れが出て、前日は徹夜で作業するなんてこともしばしばだ。

 経験など一切ない状態で、いきなり文化祭でクラスのまとめ役を任されるとなれば、文化祭後は燃え尽き必至である。

「だから、今回のペアが朝凪で本当によかったよ。これでもし天海さんとか、新田さんとかになっちゃってたら、俺絶対にやっていけないし」

 朝凪が女子の実行委員になってくれたおかげで、天海さんや新田さんも最初から積極的に協力をしてくれている。なので、今のところはなんとかやっていけそうだ。

「でしょ。そこんとこ私の驚異のくじ運に感謝して……と言いたいところなんだけど……はい、前原クンにプレゼント」

「?」

 朝凪が俺に手渡したのは、くしゃくしゃに丸められた真っ白な紙片だった。

「なにこれ」

「……この前、私が引いたくじ」

 つまり、委員決めの際に朝凪が握りつぶしたヤツということだ。

「! でも、これが朝凪の引いたヤツだとすると」

 一つ、矛盾が生じる。

「朝凪、お前もしかして」

 朝凪がバツの悪そうな顔を浮かべる。

「うん、そういうこと。……ごめん、前原。私のくじ、本当はハズレだったんだ」

「え? でも……あの時先生も……」

「先生は当然気づいてたけど、そこは強引にごり押してね」

 直前の空気が悪かったから、先生も穏便に済ませたかったのだろう。

 朝凪は、それを利用した。

「まさかあの空気の中でそんなことを……いつも思うけど、朝凪、お前、相変わらずのクソ度胸というかなんというか。すごいよ、本当に」

「……前原、怒らないの? 一応、私、不正したんだけど」

「宝くじとかならともかく、今回に限っては誰もが認める超貧乏くじだろ。なら、誰もなにも言いやしないよ」

 クラスの大半の女子にとっては、当たりくじを引く=苦労の多い実行委員の仕事+パートナー俺だから、むしろ朝凪がかぶってくれてほっとしているだろう。

 そういう不正なら俺も目くじらを立てることはしない。というか、むしろ朝凪にまた気を遣わせて申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

「だから、俺から朝凪に言うことは変わらないよ。……朝凪が当たりくじを引いてくれてよかった。それだけだ」

 厳密には朝凪が引いたのはハズレだが。このハズレくじは俺にとっては『当たり』──それでいいのだと俺は思う。

 天海さんとはまったく違う、朝凪なりのかばい方。そういうの、俺はそこまで嫌いじゃない。

「……そっか」

「うん。そう」

「そっか……うん、そうだね。ありがと、前原。おかげでちょっと楽になった」

「そう? ならよかったけど」

「うん。へへ」

 そう言って、朝凪は安心したようにへにゃりと笑う。

 そんな朝凪の顔がなんだかとても可愛く見えて、俺は照れ隠しに視線をらす。

 こういう一面をもっと見せていけば、きっと朝凪の魅力がもっと伝わりやすくなると思うのだが……それは恥ずかしくて言えなかった。

「……あ、でもさ、今回は当たりくじが残ってたからよかったけど、もしその前に当たりが出ちゃってたらどうするつもりだったんだ?」

「その場合は後から変更になりそうだから、その時に立候補しようかなって。ほら、前原って、クラス内の劇物みたいなとこあるし。他の子じゃきっと耐えられないでしょ」

「俺は毒ガスか。……まあ、前科はあるけれども」

 なにせ俺は、天海さんのグループに対して、『俺はお前らとつるむなんて絶対に嫌だね』という旨の発言をいきなりするような人間だ。

 いつ、どんなふうに動きだすかわからない──そんな俺に上手く対処できるのは、今のところ、『友達』である朝凪しかいない。

「で、それはさておき。時間もないし、さっさと題材決めちゃおうぜ。そういえば、朝凪はなんか希望とかある?」

「なくはないけど……前原は?」

「……俺もあるけど」

 最近同じものばかり見ているので、多分答えは一致するだろう。

「じゃあ、せーので言ってみる?」

「まあ、いいけど」

「「……せーのっ──」」

 こうして、俺と朝凪、二人の文化祭がスタートした。

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