4. ふたりの文化祭(1)
残暑が過ぎ去り、そろそろ肌寒さも感じ始める十月の半ばごろ。
俺にとって最も苦手な学校行事の一つ──文化祭の準備が始まろうとしていた。
「え~、皆も知ってのとおり、来月の祝日に合わせて文化祭があるわけだけど、今日はその実行委員決めをやろうと思います」
え~、という声が教室から起こる。
祭りを楽しむのはいいが、その準備をやるのは面倒極まりない。ぼっちのおかげで祭りを楽しむことすらできない俺には
「各クラス男女一名ずつでてもらって、生徒会が中心となった会議に参加してもらうんだけど……我こそはって人~……は、」
「いないよね……だろうと思って、先生、すでにくじ引き箱用意してます。男子は右の箱、女子は左の箱からくじを一枚ずつ引いて『あたり』が出たら……まあ、おめでとうございますあきらめてお縄につけということで」
不満はともかく、決めなければどうしようもないので、ここは運試しになるだろう。
ウチのクラスは男子18名女子17名の計35人。ということで、18分の1を引かなければいいだけの話だ。
「じゃあ、端っこの席のほうから順に前に来て引いてね~。あ、当たりが出たら
俺の座っている席は端。よって引く順番も早い。ハズレくじが多いのは非常に有利だ。
くじ引きでいうと前回の自己紹介は不運な事故だったが、二連続で貧乏くじだなんてそうそう──。
『あたり♡』
……ひどい。
「……先生、あの、当たりましたけど」
「え? あ、はいはい。じゃあ、男子の実行委員は
そんなわけで、俺の名前が早々に黒板に書き込まれた。
男子、特に運動部所属の
俺が犠牲になる形で男子は決定したので、後は女子。
「……来るな、来るなよ……! よっし、ハズレ……!」
女子は九人目の人が引いたあたりだが、まだ当たりは箱の中に眠っているようだ。
ちなみに
しかし、クラスの女子たちの顔は、さっきより、みんな微妙に真剣になっているような。
特に、俺が当たりを引き当ててから、空気が変わったというか。
(俺が引いた時点で予想はしていたけど……)
他の男子ならよかったのかもしれないが、当たりを引いた時点で、相手はぼっちの俺である。気まずくなるのは当たり前で、みんなのまとめ役+俺の相手だから、二重に気を遣うのは確定だ。そういう意味では当たりを引いてしまって大変申し訳ない気持ちでいっぱいなわけだが……覚悟はしていたが、こう露骨だと、ほんの少しだけだが、まあ内心は
個人的には朝凪が犠牲になってくれるとありがたいが……さて、どうなるか。
「んじゃ、次は私か……はい、ハズレ。先生、これが証拠です」
「ん。
「ごめん、みんな。でも、言ってくれれば協力ぐらいはするから」
次の新田さんなんかはもうちょっとガッツポーズするかもと思ったが、意外にも反応はドライで、他の皆に気遣うような言葉さえ見せる。
まあ、これまでも学校行事なんかは積極的に参加してきた天海さんのグループにいるから、そういうこともあるかなと一瞬思ったが。
そうした理由は直後にわかった。
「……先生、あの」
「? どうしたの、天海さん」
「はい。ちょっとみんなに言いたいことがあって」
なかなか当たりが出ず、もう少しで朝凪の番というところで、天海さんが手を挙げて席を立ったのだ。
普段の明るい笑顔ではない真剣な横顔が、俺の目に映る。
「──ねえ、みんなは前原君のこと、嫌い?」
天海さんからもたらされた一言によって、教室が一気に静まり返った。
席を立った時点で様子が違っていたが、その一言で確信した。
いつもクラスで明るさを振りまいていた天海さんが、クラスメイトに対して今、明確に怒っていた。
「さっきからずっと見てたけど、前原君に決まってから、誰とは言わないけど露骨に喜んだり、当たりを引くな引くなってお祈りしてたり……どうしてそんなに避けるの? 嫌がるの? 前原君はなにもしてないのに。ねえ? なんで?」
クラス内においては、何もしてない=得体の知れない人と考える人もいるわけで、そういう意味では俺とはできるだけコミュニケーションを避けたいと思う人は一定数いるだろう。だから、逆の立場で考えれば、
だが、天海さんは、期間はまだ短いものの俺との付き合いがあり、一応友達でもある。
友達がヘンに
だからこそ、天海さんは怒った。
新田さん他、天海さんとよく絡む一部の人々はその空気を微妙に感じ取ったからこそ、比較的ドライな反応を見せたのだろう。
そういった空気を読むのを、俺は別に軽蔑したりはしない。ずるいとは思うが。
「先生、私、くじはハズレでしたけど、やっぱり立候補していいですか? 私、前原君と一緒にやりたいです」
「え? そ、それは……まあ、最初は立候補で募ったわけだから、やりたい人がやったほうがいいとは思うけど……前原君は、それでいい?」
ここで嫌と言えるはずもない。
「天海さんがいいのなら、俺は別に……」
二人きりはちょっと緊張するが、なんとかやっていけないことはないだろう。
「それじゃ、立候補が出たのでペアは前原君と天海さんで決まり──」
「あ、先生。私、当たりました」
──そうなところで、残っていた当たりくじを引いた朝凪が、クシャと握りつぶして先生のほうへと見せた。
「え? でも朝凪さん──」
「くじで当たりを引いた人がやる──それが決まりですよね? 私、別にヒマですし、やりますよ」
「
ぺしん、と手刀を入れて、朝凪が言う。
「
朝凪の指摘通りだと俺も思う。
天海さんの怒りを買うということは、天海さんを中心とした人たちにも敬遠されることを意味する。天海さんはそこまで考えて発言したわけではないだろうが、先程のように空気を読む人たちは、付き合いは避けたほうが『無難』と考えてしまう。
そして、そこからその空気がどんどんと広がり、やがて緩やかに孤立していく。
その証拠に、天海さんに注意されたと思っている女子たちの顔は青ざめていた。
朝凪に言われて、ようやく天海さんも気づいたようだ。
「あ……ご、ごめん、海。私──」
「こらこら、謝るのは私じゃなくて、皆でしょ? はい、今ならまだ大丈夫だから」
「う~……みんな、変なこと言っちゃってすいませんでした。あと、それから前原君も、びっくりさせちゃってごめんね」
「いや、俺は気にしてないから」
しゅんとする天海さんをフォローして、俺は朝凪と互いに目配せし合い、
「じゃあ、くじの結果通り、実行委員は私、朝凪海と前原
「っ……な、なんでしょ?」
「会議には出なくていいけど、アンタも手伝ってね。ちゃんと言質は取ってんだから、やっぱり嫌とは言わせんぞ?」
「う……い、イエス」
朝凪のこういうところ、本当にちゃっかりしていると思う。わりと尊敬できる。