4. ふたりの文化祭(5)

 そこからほどなくして、朝凪はいつものラフなジーンズ姿でやってきた。とはいえ、ウチで遊ぶ時、朝凪は大抵制服なので、ここでの私服姿も新鮮ではある。

「よっ」

「よ、いらっしゃい。追加注文はしてるから。いつものでよかったよな?」

「ん、サンキュ。あ、さっき真咲さんから電話かかってきたよ。息子がヘンなことしたら蹴飛ばしていいからねって」

「どこをだよ。まったくあの人はもう……」

 今回ばかりは同じてつを踏むつもりはないので、そこは大丈夫だと思いたい。

 眠いところを呼んでしまったので、もしかしたら朝凪のほうは寝てしまうかもしれないが、時間になったらちゃんと起こしてやろう。

 ……もちろん、ヘンなことは絶対にしない。

「ねえ、前原」

「ん? なに?」

「ちょっと呼んでみただけ~」

「んだよそれ」

「ふふっ」

 玄関を開けた時から、朝凪はずっと俺のほうを見てニヤニヤとしている。特にそれ以上のことはやってこないのだが、先ほどの電話のことをからかっているのは明らかである。この分だと、しばらくはこれをネタにこすられるかもしれない。

 まだ少し、頬が熱い。

「~♪」

 そんな俺の気も知らないで、朝凪は上機嫌に鼻歌を歌いながら、自分の分の食器やグラスを用意している。

 別に何か特別なことをやるわけではないのに、今日はすごくうれしそうだ。

「先に仕事のほうぱぱっとやっちゃいますか。モザイク絵にはもう起こしたんでしょ?」

「うん。細かい箇所の色変更とか、その辺はまだだけどね」

 リビングから椅子を持ってきて、二人並んで作業を開始する。

「前原、ちょっと失礼するよ」

「ん? お、おお……」

 作業スペースが狭いため、俺と朝凪は体を寄せ合う形になる。そうなると必然的にすぐ横に朝凪の顔がくるわけだが、今回はそれだけじゃなくて。

「……なあ、朝凪」

「ん~?」

「くっつくのは仕方ないとして、どうして腕に手を、その、回してるというか」

「え? 気のせいじゃない?」

「んなわけあるか。自分の腕が今どうなってるかよく見てみろ」

「はいはい。ったく、せっかく私がサービスしてやってんのに、真樹クンは恥ずかしがり屋さんだな~」

「そういうのは間に合ってるんで」

「そう、残念。でもとりまさっきの抱き着き分、サービス料三千円」

「ぼったくりか」

 ちょっかいに関しては仕方ないが、今日の朝凪はやたらとスキンシップが多い気が。

 調子が狂うが、ともかく、やんわりと腕を払って作業の続きへ。

「前原、ここの箇所は色のほう赤と黒、どうしようか?」

「う~ん……赤だとちょっと明るすぎるし、黒だとちょっとな……間とって、えんいろとか暗い紫とか、そういう色だといい感じになるかも」

「じゃ、その色の空き缶を探す感じだね。ドクペあたりが近いかな? でも、ここらへんってあんまり店売りしてないような。担任に差し入れ名目で必要分たか……お願いする?」

「だな。たかろうか」

「おい、言い直した私の気遣いよ」

「冗談だよ。まあ、先生にお願いしなくても当てがないわけじゃないから、差し入れとか自分たちでジュースを買うのは最終手段ということで」

「当て?」

 ──ピンポーン、と家のインターホンが鳴る。

「どうも~、ピザロケットでーす」

「! ああ、もしかして」

「そういうこと。……すいません、ちょっと注文以外でおきしたいことがあるんですが」

 交渉の結果、店内のほうで出る空き缶を数十本ほど引き取らせてもらうことに。

 いつも使っているピザ店は他の店より飲み物の種類がやたらと豊富なので、必ず目的の色の空き缶もあると踏んでいたが、予想が当たってよかった。

「んじゃ、これで材料の問題も解決かな。あ、そのチキンもーらいっ」

「あとはその他の備品の買い出し……お返しにハッシュドポテトもらうぞ」

「あ、こらっ、人のものをとっちゃいけませんってお母さんから学ばなかったの?」

「やられたらやり返せとは教わったぞ」

 お互いのサイドメニューを取り合いながら、いつものようにジャンクな食事を楽しむ俺と朝凪。もちろん行儀が悪いのは自覚しているが、二人でいる時は、だいたいこんな感じになる。

 こうしているほうが、なんだかおいしく感じるのだ。

「ごちそうさま~……さ、腹ごしらえも済んだことだし、」

「作業の続きでもするか?」

「ゲームやろ」

「そっちかよ。まあ、やるけどさ」

 まだ作業は残っているが、あとは俺だけで問題ないだろう。

 何はともあれ、朝凪を誘ってよかったと思う。恥ずかしい電話と合わせてイーブンというところか。

「……っしゃ、隙あり!」

「!? しまっ……」

 いつものようにボコボコにしてやろうと思っていたが、油断があったところで朝凪に勝利をもぎ取られてしまった。

「っしゃあ~! やったやった! マジモードの前原からようやく一勝~!」

「うえっ、なんという不覚……」

 油断して軽いプレイングになった瞬間、朝凪のわなにまんまとハマってハチの巣にされてしまった。

「朝凪、もっかい!」

「お? ふふん、よかろう。その挑戦受けて立とう」

「調子に乗って……次は勝ってやる」

「へへん、次も返り討ちにして初の二連勝だ」

 もちろんその後は逆に返り討ちにしてなんとか威厳を保った俺だったが、しかし、前回、天海さんと遊んだ時よりも、さらにプレイスキルが上がっていた。

 あの後も、ずっとコツコツと練習していたのだろう。

 天海さんのような突然のひらめきはなくても、何事も堅実で、努力して少しずつできることを増やしていく。それが、朝凪海という女の子のスタイルなのだと思う。

 ゲームでも、勉強でも、その他でも、きっと。

「さて、一応まだ時間あるっぽいけど、どうする? 他のゲームか、それとも久しぶりに映画かなんか見るか?」

「あ~、うん……そうだね~……んん……」

「? 朝凪?」

 気づくと、朝凪はコントローラーを手に持ったまま、俺の肩に寄りかかって、うとうとと眠そうにしている。

 対戦終盤は集中力が途切れていたようだが、さすがに限界だったようだ。

「朝凪、眠いのか?」

「あ、うん……さすがにちょっとエネルギー切れみたい……ふわあ」

「それなら無理せず寝てな。今日はきちんと起こしてやるから」

「ん。じゃ、前原の部屋から毛布もってきて」

「指定かよ。まあ、構わないけど」

 ベッドにあった毛布をとって、ソファで横になっている朝凪にかけてやる。

「へへ……うん、やっぱりこれあったかくていいね」

 毛布にくるまり顔だけ外に出している様子は、まるでミノムシ。もう何年も使っている安物の毛布だが、気に入ってくれているならいいか。

「じゃあ、三十分したら起こすから。俺はもう少し作業を──」

「前原、ちょっと待って」

 寝ている間に作業を終わらせようとソファから立ち上がろうとしたところで、シャツの裾を朝凪に引っ張られた。

 眠気はかなり限界のはずだが、それでもしっかりつかんで放してくれない。

「どうした?」

「前原、あのね」

「うん」

「手、つないでもいい?」

「え」

 とくん、と心臓が不意に跳ねる。

「な、なんで」

「なんででも。わかんないけど、なんかそうしたいかなって。……ダメ?」

「いや……」

 だから、朝凪にそんなふうにお願いされてしまうと断れないんだって。

「まあ、いいけど」

「えへへ」

 いつかみたいにはにかんで、朝凪は俺の手を優しくぎゅっと握った。

 そこから、じんわりと彼女のぬくもりが伝わってくる。

「ありがと。前原は、やっぱり優しいね」

「三千円」

「おーい」

「俺はただやり返しただけだよ」

「む、やっぱり前原ってばヤなヤツだ」

 そう言いつつも、お互いに握る手の力が強くなっていく。

 なんで俺たち、こんなことをやっているのだろう。一人が寂しいから? 誰かのぬくもりが恋しかったから? どうしてそんなことをしているのか、俺自身もよくわからない。

 多分、友達同士でだって、こんなことしないはずなのに。

 それでも朝凪を見ていると、優しい気持ちになって、自然とそんな行動をしてしまう。

「ねえ、前原」

「……なに?」

「私ね、多分──」

 ──ピンポーン。

 朝凪が何か言いかけたところで、再びインターホンが来客を告げた。

「……前原、お客さんみたいだけど」

「うん。でも誰だろこんな時間に……配達の人じゃないはずだし」

 マンション住みだとたまに部屋番号を押し間違えたり、営業の人、もしくはただ単に不審者だったりすることもあるので、知らない人だと無視してしまうのだが。

『──こんばんは、真樹君。ごめんね、こんな時間に』

「あ……」

 モニターに映ったその姿に、俺は一瞬頭が真っ白になった。

 なぜ、今、このタイミングで、彼女が俺の家に訪問してきたのか。

「天海、さん……?」

『ねえ真樹君……海、そこにいるよね?』

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