3. 朝凪海と天海夕(11)

 お泊りの件については、朝凪家への訪問を含めて特に何事もなく穏便に終わったわけだが、その翌週から、俺と朝凪のほうには微妙な変化があった。

「おはよう、海!」

「相変わらず今日二回目だけど、まあ、おはよ、夕。なに? どしたの? 今日はすごいうれしそうじゃん」

「え~? なにって、そんなのわかってるくせに~。アレだよアレ」

 天海さんがこっそりと俺のほうへウインクしてきた。本日は水曜日──そう、事前に約束していた通り、天海さんを俺の家に招く日となっている。

 事件の後すぐの週だったので、本音を言えば一週ほど予定をずらして欲しかったが、天海さんにそんなことを言えるはずもなく、結局は予定通りに。

 そして、この件は母さんへの報告も余儀なくされた。朝凪との件があってから、女の子を家に招く時は必ず母さんにも話すよう約束させられたのだ。

 当然、これから朝凪と遊ぶ時も同様である。

 母さんにそのことを伝えた時の様子は、今でも鮮明に思い出すことができる。

 あの人、リアルで椅子から転げ落ちたのだ。

『う、海ちゃんだけでは飽き足らずその親友の女の子まで……ああ、息子が、引っ込み思案のあの息子が、いつの間にかハーレム主人公みたいに……!』

 実の息子に対して、いったいどんな言い草だろうと思う。天海さんも朝凪もただのクラスメイトでただの友達だと説明したのに、母さんはしつように天海さんのことも紹介しろとうるさく言ってくるのだ。

「え? なになに? 夕ちん、また朝凪とどっか行くの? 私も混ぜてよ」

「ニナちには悪いけど、今回はごめんね。今日は海と一緒に二人で遊ぶ予定だから。ね?」

「まあ、そういうこと。新奈、ちなみに後つけたらどうなるかわかってるよね?」

「あ、はい」

 前回の件で朝凪に絞られたようで、新田さんもさすがに素直である。

『(前原) 新田さん、大丈夫そうかな?』

『(朝凪) わかんないけど、そこは昼に追加でくぎ刺しとくわ』

『(前原) 了解。じゃあ、また放課後に』

『(朝凪) ん、了解。あ、そうだ。私も前原の手作りお菓子、楽しみにしてるから』

『(前原) 別に大したことないんだけど……』

『(朝凪) なに? 家事力低めの私と夕にけん売ってんの?』

『(前原) あ、そうだったわ』

『(朝凪) このヤロ』

 いつものようにこっそりとやりとりして、俺は朝凪のほうを見る。いつもなら、皆にバレないようこっそりと手を振ったりなど、なんらかの反応を返してくれるのだが、

「…………っ」

 今週に入ってから、目が合ってもそっぽを向かれることが多くなった。たまに移動教室などで距離が近くなったりするのだが、その時も同様で、会釈すらしてくれない。

 スマホの中ではいつも通りなので、嫌われているわけではないと思うのだが。


 放課後、真っ先に帰宅した俺が、材料の下ごしらえをしていると、朝凪が天海さんを伴って部屋を訪れた。

「へへ、今日はよろしくね。真樹君」

「う、うん、よろしく。……あと朝凪さんも」

「あ、うん。今日の私はこの子のお守りなんで、まあ、お構いなく」

 人前での朝凪とのやり取りだが、どうするのが正解なのか、いまだ判断に迷う。

 今日は特に天海さんがゲストということもあり、余計ギクシャクするというか。

 仲が良いのにそうでないふうに装うのは、なんだか気持ち悪い。

「もう、海も真樹君も固すぎ。特に海、せっかく友達になったんだから、もっといつものように話して」

「え、いや、友達になったのは夕だけで、私はどっちかというと友達の友達──」

「友達の友達だからこそ、仲良くならなきゃ。はい、二人とも握手握手。仲良しの印」

「「……」」

 手を握る程度のスキンシップなら今まで何度かあったし、朝凪からは頭をでられたりもしている仲なのだが──なぜだろう、この妙に緊張する感じは。

 俺と朝凪が、それぞれの手を見つめる。

「はい、二人とも、よろしくお願いしますって」

「……えっと、ウチの姫がそう言ってるんで、とりあえず」

「そ、そうだね」

 そう言って、俺は朝凪の右手を軽く握った。

 相変わらず、なめらかで絹みたいな感触の手である。美容に関しては空さんがものすごく熱心で、朝凪もその真似まねをしていたら自然とこんな感じになったそうだ。

 対して俺のほうは、日々の家事によって若いわりに皮膚が荒れ気味でガサガサだから、触れるとそのあまりの違いに驚く。

「……っと、俺は調理するから、二人は座ってテレビでも見て待ってて」

「本当は手伝いたいところだけど、私も海も戦力外なので……むう、やむなし」

「隣に同じ。ここは前原君の言う通り大人しくしておこうか」

 天海さんのことは朝凪に任せて、俺は料理に取り掛かることに。

 といっても、別に大層なものではない。先日に昼食を一緒した際に話したとおり、『卵とバナナだけで作るスフレパンケーキ』である。

 作り方は難しくなく、まず卵を黄身と白身にわけ、白身がふんわりと泡のようになるまでかき混ぜてメレンゲを作り、それにバナナをペースト状にすりつぶしたものと黄身を混ぜたものを合わせて、あとはフライパンで焼くだけ。

 もちろん、メレンゲとバナナを合わせる際にあまり混ぜすぎないようにするなど、生地を作る際に多少コツが必要な部分もあるが、回数をこなせば自然と感覚もつかめるようになる。

「よし、後は焼き上がりを待つだけ……あれ? 二人ともなにしてるの?」

 焼き上がりに合わせてコーヒーの準備をしているところ、なにやら二人がガチャガチャとやっていた。

「あ、ごめん。ちょっとゲーム借りちゃってて……あ、ちょっと海、いきなりはきようだって」

「あ~、殺し合いに卑怯もクソもありませんからね~戦場ではよそ見したやつからほふられるワケでね~そこらへん理解してもらわんとね~」

 どうやら二人して俺のゲームに興じていたらしい。やっているのは、いつも俺と朝凪がやっている対戦型のゲームだ。

 というか、朝凪のヤツ、天海さんが初心者なのを知っているくせに容赦がない。

 俺もゲーム内では朝凪のことをけちょんけちょんにしているので人のことは言えないが、まあ、大人げない。

「ちょっ、海、上手うまくない? なんでそんなバンバン当てられるの?」

「最近兄貴の部屋にあるのを借りたりしてるからね。……っしゃ、これで私の勝ち。ささ、そろそろお菓子できたみたいだから、冷めないうちにいただこうよ」

「海ぃ~……?」

「はは……ま、まあ、ちょっとぐらいなら食べた後やってもいいし。もし良ければやり方教えるけど」

「本当? じゃあ、よろしくお願いします、師匠っ」

「ししょ……こ、こちらこそよろしくお願いします……」

 こういうのには興味がないだろうと思っていたが、プレイ中の表情を見ている感じだと、なんだか天海さんもハマりそうな兆しがあるような。

 お菓子を食べた後そのままゲームで遊ぶとなると──時間については十分気を付けるつもりだが、一応、母さんにもちょっとだけ長めに遊ぶからと報告しておいたほうがいいかもしれない。

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