3. 朝凪海と天海夕(8)

 油断していた俺が悪いのだが、まさか天海さんより先に親にバレるのは想定外だった。

「ごめん、朝凪。時間になったら起こそうと思ってたんだけど」

「いや~……思いっきり寝ちゃってたね、私たち。前原のおばさんに起こされなかったら、多分朝までぐっすりだったかも」

 よほど心地よく眠っていたのか、母さんに起こされた時、時刻はすでに夜の〇時を過ぎていた。

 朝凪の家には門限は特になく、遅くなるかもということはいつも事前に連絡を入れているそうだが、さすがにこの時間はダメすぎる。

 ……やってしまった。

「──ええ、はい。二人で漫画を読んでいたみたいで、そのままぐっすり……はい、はい。もう、本当にうちの子が……あ~いえいえそんな……悪いのは娘さんじゃなくて、完全にウチのバカ息子ですから──」

 俺と朝凪がリビングで並んで正座している中、母さんが朝凪の親御さんへと連絡をとっている。様子を見るに、完全に平謝りである。

 ということで、母さんにも、そして朝凪のご両親にも、週末に遊んでいる『友達』が、同じクラスの女の子であることがバレてしまった。

 母さんにはいつか機会があれば紹介しようと思っていたが、まさかこんな最悪に近い形になるとは。

「お待たせ、海ちゃん。一応、あなたのお母さんから許可いただいたから。もう遅いし、今日はうちに泊まっていきなさいね」

「え? で、でもそれはさすがにご迷惑じゃ……それに、その、まえは……いえ、真樹君だっているし」

 ひとまず今日はこのままお泊りになるようだが、いくら友達といっても、俺は男で、朝凪は女の子なのだ。そこは、当然気にしなければならないところ。

「いいのよ。ここから歩いて二、三十分って言っても、女の子一人で夜道を歩かせるのは危ないし、ウチの息子じゃ頼りないからね。……もちろん真樹には海ちゃんに指一本触れさせないから、そこだけは絶対に安心して」

「そんなことするわけ……ってか、部屋で寝てた時もベッドと床で離れてたし」

「あら、そんなこと言って、本当は海ちゃんの寝顔をこっそりのぞいてほっぺをつんつん触ってたんじゃないの?」

「っ……んなわけないだろ。朝凪とはそんな関係じゃないし……ってか、ちょっとは自分の子供のことを信用しろって」

「信用してこのザマなんですけど?」

「……すいませんでした」

 俺は素直に母さんに頭を下げる。

 あと、朝凪については、寝顔をのぞいて可愛かわいいとは一瞬思ったけれど、どこにも触れていないし、やましい気持ちなんてこれっぽっちもない。……そのはずだ。

「それにしても、まさかアンタがこんな可愛い女の子と仲良くなってたなんてね。毎日毎日一人でゲームとかばっかで、そんな素振り一切見せなかったのに。真樹、アンタ、いつから海ちゃんのこと連れ込んでたの?」

「言い方……えっと、ここで遊んでたのはひと月半くらい前、から」

 正確には連れ込んでいるのとはちょっと違う気もするが、今のところはすべての罪を俺がかぶっておくことに。

「なるほどね。徹夜明けで仕事から帰ってきた時、やたらお部屋の消臭剤の匂いがするなって思ってたんだけど……まさか、そんな理由があったとはねえ」

 出前の料理の匂いがキツイだろうからと適当な理由をでっち上げていたのだが、本当の理由としては、朝凪がいた痕跡を消すためもあった。

 香水なのかその他化粧品のものかわからないが、朝凪が帰った後、リビングには、普段は絶対にすることのない甘い匂いがかすかにする。母さんは匂いに敏感なので、なるべく気づかれないようしていたのだ。

 結局、俺の不注意一つで、それも水泡に帰してしまったが。

「とにかく、ちゃんと許可はとったわけだから、海ちゃんは今日のところはウチに泊まって、明日の朝になったらお家に戻って、改めてお母さんに謝ること。いい?」

「朝凪、ここは母さんのことを信じてくれないか? 俺も、お前がいる間は母さんの言う通りに動くから」

 そして、もし許可がもらえるのなら、朝凪の家に直接出向いて謝ることにしよう。

「えと……本当になにもしないよね?」

「するわけないだろ。俺のことなんだと思ってるんだ」

「ま、そうだよね。前原にそんな度胸あったら、そもそも私たち友達になってたかどうかすら怪しかったわけだし……うん」

 少しだけ迷ったようだが、朝凪もなんとか納得してくれたようで、首を縦に振ってくれた。

「わかりました。じゃあ、今日のところはお世話になります」

「うん、よろしくね海ちゃん。じゃあ、制服がしわになっちゃうといけないから、私の寝間着に着替えて。あ、その前にお風呂に入らなきゃね。上がったら、女同士で色々お話しましょ。……真樹、アンタは自分の部屋に戻ってなさい」

「わかってるよ、もう」

 怒っている割には、随分と朝凪に甘い。というか、仕事帰りとは思えないぐらい今の母さんはテンションが高い。

 まあ、今まで友達を家に呼んで遊ぶなんてことは一切なかったし、呼ばれることもなかったわけだから、母親なりにうれしいのだろう。

 もちろん、朝凪が美人だからというのもあるだろうが。

「俺は言われた通り部屋に戻るけど、朝凪はどこで寝るの? ソファはあるけど、まさかお客さんをそんな扱いにはできないし」

 うちは来客用の布団も客間もないので、寝る場所といったらリビングぐらいしかない。

「え? 私は別にソファでも……」

「ダメよ、海ちゃん。ソファだと体が固くなっちゃうし、寝つきも悪いから」

「でも、それだと……」

 朝凪が俺のほうをちらりと見る。

 ウチのベッドは俺の部屋と母さんの部屋の二つ。母さんは自分の部屋で寝るだろうから、そうなると残りは──。

「わかった。今日は俺がソファで寝るから、朝凪は俺のベッド使って。お風呂から上がったら、場所を交換しよう」

「え? でも、それじゃ前原が……」

「俺は床でも熟睡できる人だから、多分ソファでも楽勝だよ。俺の家とはいえ、朝凪だってできることならぐっすり寝たいだろ?」

「それはそうだけど……でも、本当にいいの?」

「ああ。布団は最近干したばかりだから、そこまで汚くもないし」

 というか、俺の布団をかぶってあんなに気持ちよさそうに寝ている顔を見たら、譲らざるを得ない。

「真樹もそう言っていることだし、遠慮せずに。ね、海ちゃん?」

「……わかりました。では、そういうことで」

 こうして今日に限り、俺と朝凪の週末はもう少し続くことに。

 朝凪がお風呂に入るということで、母さんによってすぐに自室へと追いやられた俺は、ベッドの上で膝を抱えて座り、ぼんやりとしていた。

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