3. 朝凪海と天海夕(7)

 最近は毎週のように遊びに来る朝凪だが、他の子との付き合いは大丈夫なのだろうか。そういえば、とふと疑問に思う。

 金曜日。土曜日が休みなので、火曜日や水曜日などと較べると、やはりこの日に遊ぶことが多いはずだろう。実際、多くのクラスメイトたちも、この日に約束をしている場合が多い。

 俺みたいなやつがしたり顔で語るのもなんだが、多くの人と遊んだりして関係を持つことは、やはりメリットのほうが大きいと思う。

 高校のクラス替え、大学・社会人と、俺たちはこれからも何度か強制的に違うコミュニティへと移動を余儀なくされる。多くの人と交流を持っていると、そういう時にスムーズに移行できることが多い。小学校から中学校、中学から高校へ上がる時がわかりやすいが、入学時、基本的には出身小や出身中でまず固まり、そこから別のグループと交わり合って、徐々に付き合いが変化していく。

 とにかく、余計なことかもしれないが、朝凪のことを心配しているわけだ。

 週末は朝凪がいつ来てもいいように予定を空けてはいるので、何なら毎週来てもらっても問題はない。

 なんだかんだ楽しそうにしているし、毎週来るということは居心地もそう悪くないと思われているわけで、迎える側としては……まあ、嬉しいのだが。

「……なに? どしたん? 私のことじっと見て」

 俺の視線に気づいた朝凪が俺のほうを見て小首をかしげている。右手にフライドポテト、左手にコントローラーというだらしない状態だが、元が美人なので、なんだかんだになってしまうのが小憎らしい。

「あ、わかった。この私が可愛かわいいかられちゃったんでしょ? じゃあ、そのついでってことでちょっと手加減を──」

「いや、それはならん」

「んぎゃっ。こ、このヤロ、またハメやがったな! 物陰に隠れてないで、姿を見せていざ尋常に勝負しろ!」

「お前はもう少し戦い方を覚えて……って、そうじゃなくて、ちょっと心配してたんだよ」

「何の心配? 私はアンタと違って太ってはないけど」

「……俺の体重増はどうでもいいの」

 一人で考えてもしょうがないので、朝凪に俺の心配について話すことに。

 結局俺の言いたいことは、『もっと他の人とも遊んだほうがいいのでは?』ということなので、それを聞いた直後、朝凪は不機嫌そうな顔を見せた。

「なに? 私と遊ぶのがそんなに嫌? 飽きたから私は用済み?」

「用済みなわけないだろ。朝凪がいてくれて俺は……」

「……俺は、なに?」

「ぅ……」

 つい隠している本音が出そうになって俺は口をつぐむが、そういうところは目ざとい朝凪が、途端にニマニマとしだした。

「へえ~ふ~ん?」

「なんだよ」

「ん? 別にぃ? 前原、今何を言おうとしたのかな~って思ってさ。……朝凪が? いてくれて? はい、前原君、その先をどーぞ」

「……俺は、」

「うん。俺は?」

「……隙あり」

 朝凪が俺のほうに気をとられている間に、俺はゲーム画面の朝凪の可愛いアバターをサブマシンガンでハチの巣にする。

「あ、こら! 私が見てない間に、きよう者!」

「戦場に卑怯もクソもないぞ」

 なんとか強引に話をはぐらかして、俺たちは再びゲーム画面に戻った。

 朝凪のゲームスキルは以前とくらべて格段に上がってきている。くと、お兄さんの部屋にあるゲーム機を持ち出して特訓しているようだ。

 だからか、最近は会話やメッセージのやりとりの時も、ゲームの専門用語などが飛び交うことが多くなっている。歴一年ほどだが、朝凪ももう立派なゲーオタだ。

「ともかく、私のことを心配してくれてるんだよね? それについてはありがと」

「……俺も変なこと心配した。そこは俺もごめん」

「ん。でも、前原の言うこともわかるよ。確かに、最近は入り浸りすぎ感あったもんね。あんまり露骨だと夕にもバレちゃうし、もう少し気を付けることにするよ。で、来週は何食べよっか? 私、このミックスモダン焼き気になってんだよね~」

「あれ? 話ちゃんと聞いてた?」

 なんとなくはぐらかされた気もするが、まあ、しっかり者の朝凪ならちゃんと考えてくれているだろう。

「あ! そうだ。この前貸してくれたラブコメ漫画だけど、あれ、わりと面白いじゃん。主人公もヒロインも皆可愛くてさ」

「だろ? 昨日最終巻が早売りされてるの見つけたから読む?」

「マジ? それ先に言ってよ! どこにあるの? 前原の部屋? 読ませて!」

「いいけど、俺まだ読んでない……」

「じゃあ一緒に読めばいいじゃん。ほら、そんなしなびたポテトなんか食べてないで、早く部屋に行くよ」

「これ頼んだのアナタなんですけど」

 ということで、一旦ゲームは中断し、俺の部屋で漫画を読むことに。

 親が編集の仕事をしていることもあって、俺の本棚には漫画本やラノベその他がびっしりだ。ゲームにちょっと疲れた時や、微妙に気分じゃない時は二人で一緒になって部屋で寝転がって漫画を読むこともある。

「前原、隣座っていい?」

「いいけど」

「ん」

 そう言って、二人でベッドに腰かけて目当ての漫画を読み始めた。

「……前原、次いいよ」

「うん」

 朝凪のペースに合わせて、ゆっくりページを繰っていく。

「……最後どうなるかと思ったけど、ちゃんとハッピーエンドでよかったね」

「うん。やっぱり王道が一番かな」

 俺も朝凪も、好きな作品や話題になっているものなどについては、ちょっとしたセリフ回しや伏線の考察など、少し細かいところまで語り合いたいタイプの人だ。

 漫画や映画などは天海さんや他のクラスメイトたちとも話題にするそうだが、映像に迫力があったとか、音楽が良かったとか、大まかな話がほとんどで、朝凪が本当に話したいところまで話題が及ばないという。

 そういう点も、朝凪が俺のことをますます『同志』だと思っている要因だそうで。

「はあ~面白かった。もう一回最初から読みかえそっと……前原、一巻どこ?」

「本棚の真ん中らへん。じゃあ、俺は別のヤツ読もうかな」

 その後は、それぞれベッドやカーペットの上に寝転がったり、壁に寄りかかったりして、それぞれ好きな本を読んで静かに時を過ごす。

 その間の俺たちは静かで、特に何かをしやべることもない。だが、だからといって気まずくなることもない。

 これが、俺と朝凪のいつもの過ごし方だ。

「ふう、久しぶりに集中して読んじゃったな……」

 キリのいいところで一息つくと、すでに二時間以上過ぎていることに気づく。

 読書やゲームをしていると、こういうことが頻繁にあって困る。

「眠気覚ましにコーヒーでも飲むか……朝凪、コーヒーれるけど、お前も──」

 と、俺のベッドの上を我が物顔で占領して漫画を読みふけっている朝凪に声をかけたところで気づく。

「かぁ~……」

「っと、寝てるみたいだな……」

 顔をのぞき込むと、途中で眠くなってしまったのか、朝凪は口をだらしなく半開きにした状態で寝ていた。しかもいびきのおまけつき。

 寝るのは結構だが、それにしてもリラックスしすぎのような。一応、ここも立派な思春期の男子の部屋なのだが。

「……んがぁ」

「ったく、女の子らしくないいびきしちゃってさ……」

 しかし、一緒にいると、そういうところも愛らしく感じるのだから不思議なものだ。

「ふわあ……俺もちょっと横になるか」

 朝凪の寝顔を眺めていると、眠気がうつったのかまぶたが重くなってきた。

 スマホを見ると、時刻は九時少し前。いつも朝凪が帰る時間までは一時間ほどあるし、もう少し寝かせてあげてもいいだろう。

 俺のベッドで布団をかぶって気持ちよさそうに寝ている朝凪を横目に、アラームをセットした俺も、クッションを枕に少しだけ床で仮眠をとることに。

 とても居心地のいい、だらだらとした夜のちょっとしたひと時を、あともうちょっとだけ過ごしたい。

 それが、今回はあだになってしまった。


 ──起きて、真樹。起きなさい。


「んあ……?」

 気持ちのいい微睡まどろみを過ごしていたところ、ぼーっとした頭の中で誰かの声が響く。

 アラームはまだ鳴っていないので、そんなに時間はっていないはずだが。もしかして朝凪が先に起きたのだろうか。であれば、玄関まで見送りぐらいはしないと──。

「──真樹、真樹。こら、早く起きろって言ってんの」

「ん……ごめん朝凪……俺もちょっと眠くなっちゃって……」

「──ふうん、そこの女の子、朝凪さんっていうんだ」

「……え?」

 その瞬間、嫌な予感が全身を走り抜ける。やばい。これは、まさか……。

 寝返りを打つと、そこには、依然横になってすやすやと寝息を立てる朝凪がいて。

 にもかかわらず、俺のことを呼んだということは──。

 そのままゆっくりと、正面に視線を戻すと。

「仕事が久しぶりに早く終わったから帰ってみれば……まさか、アンタが部屋に女の子を連れ込んでるなんてね。説明、してくれるわよね?」

「母さん……は、はい……」

 腕組みで俺のことを見下ろしていたのは、本来は仕事で帰ってこないはずの母親だった。

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