3. 朝凪海と天海夕(5)
そこからあっという間に昼を迎えた。
1限~4限まで、休憩時間含めて四時間と少し。時間の流れは平等のはずだが、こういう時に限ってあっという間に過ぎ去っていく。
「ん~、やっと午前の授業終わったね。いつもはもっと早く感じるのに……ねえ、海もそう思わない?」
「いや、どっちかって言うと私は逆な感じだけど……」
ちら、と俺と朝凪の視線が合う。やはり、朝凪もこの後のことを考えていたようだ。
そして当然、他のクラスメイトたちも。
早く出て行けと思うが、いつもはすぐに教室から消える人すら、今日ばかりは俺たちのことが気になるご様子だ。
「ったくもう……ただクラスメイトと昼ご飯一緒するだけだってのに……あと、
「……は、は~い」
朝凪が声をかけた瞬間、後ろの席の新田さんの制服の袖の中からスマホがするりと抜け落ちた。油断も隙も無い人だ。
「あはは……この様子だと教室じゃゆっくり食べられないね。ちょっと肌寒いけど、今日は外で食べよっか」
「だね。日差しが当たってる所ならむしろちょうどいいだろうし。前原君もそれでいい?」
「うん。俺は別に構わないけど」
ということで、俺たち三人は教室を出て、どこかいい場所はないかと探す。
「海、どこがいいかな? 私、お昼は教室か学食で食べることがほとんどだから、こういうのわからないんだよね」
「普通に考えれば中庭なんだけど、あそこわりと人が多いからね。私たちは別に構わないけど……前原君は大丈夫?」
人が多いといってもひしめき合っているほどではないので、ベンチなどが使えないだけで座れる場所はいくらでもある。
なので、二人がそれでもいいと言うのなら、それに従っても構わないのだが。
──なあ、あそこの女子二人って一年?
──じゃね? ってか、二人ともめちゃ
──で、後ろにいる
それは俺も聞きたいが、とにかくそんな感じで、廊下を歩いているだけでこんな話がひっきりなしに耳に入ってくる。
そんな中でお弁当を食べたところで、きっと
「あのさ、もし二人が良ければなんだけど……」
「ん?」
「なに?」
中庭近くでどうしようかと話している二人に、俺は声をかけた。
こういう時こそ、俺の出番である。
「──わあ、本当だ。こんな場所なのに、誰も人がいないなんて」
「日当たり良好で、テーブルとかはないけどベンチもあって……いいところじゃん」
「そう言ってくれてよかった」
俺が二人を連れてきたのは、校内の敷地の南側、職員室や校長室のある教職員棟の建物の脇にある教職員用の喫煙スペースだった。
数年前までこの場所も、昼時は
「俺だとこんなところしか思いつかなくて……ダメだったかな?」
「そんなことないよ! ありがとね、真樹君。ほら、海もちゃんとお礼言って」
「夕が仕切るなし……まあ、ありがと」
さっそく並んでベンチに座って弁当を広げる。
「あ、真樹君の卵焼きおいしそう。私のウインナーと交換しない?」
「え、まあ、別にいいけど……口に合わないかも」
「いいよ、全然。……真樹君、もしかして、そのお弁当自分で用意したの?」
「たまにね。親が仕事で忙しいから、時間がある時は」
天海さんはびっくりしているようだが、そう難しいことではない。前日の夕食の残りや、休日に作り置きした常備菜があるので、少しだけ早起きすれば簡単に用意できる。
たまに手を抜くこともあるが、母さんとの二人暮らしなので多少は頑張らなければ。
「海、どうしよう。私たち、女の子なのに真樹君より女子力低いんだけど」
「そこに私含めんのやめてくれる? 負けてるのは確かなんだけど」
家事に関しては二人とも親に任せきりだろうから、それはしょうがない。俺も最初は
「うわあ、この卵焼きおいしい。甘じょっぱい感じで、ご飯にも合うかも」
「え……前原君、私ももらっていい?」
「ん、いいけど」
渡したもう一切れを口に入れた瞬間、朝凪が目をぱちくりとさせている。
「……どう?」
「……ずるい」
焼く時に市販の白だしとそれから砂糖を一つまみ加えただけのわりとシンプルなものだが、二人とも気に入ってくれたようでよかった。
朝凪の感想がなぜ『ずるい』なのかは気になるが……そこは好意的に受け取っておくことにしよう。