3. 朝凪海と天海夕(4)
そして、翌日。俺と友達になった(らしい)天海さんは早速仕掛けてきた。
「あ、
「おはよう……そっすね」
「む~、真樹君ったら、そんなに気なんか遣わなくていいのに」
愛らしくむくれる天海さんだったが、
クラスメイトの視線が痛い。
「ね、ねえ夕ちん……あのさ、一応
「え? やだな~ニナちったら。そんなの前原君に決まってるじゃん。前原真樹君。もしかして、名前覚えてないの?」
「え? い、いや、そんなことは、ない……けども」
新田さんが俺の名前を知らないことはいいとして、俺と天海さんの仲についてはさぞ驚いただろう。
昨日は『前原君』だったのに、今日になったら『真樹君』。
何があったんだと、変な想像をする
「夕ちん、随分その子と仲良くなったね。……やっぱり何かあった?」
「うんっ。私、真樹君と仲直りして、お友達になったんだ。ね? 真樹君?」
ざわっ。
太陽のような笑顔で放たれた天海さんの言葉に、教室全体が大いにざわめく。昨日も相当だったが、今日の様子はそれ以上だった。
──おいおいマジかよ。
──あんな奴と天海さんが……。
──もしかして、なんか変な
──弱味って何よ?
──いや、それは思いつかないけどさあ……
好き放題言われているが、それはもう諦めるとして。
結論から言うと、昨日、俺は天海さんと友達になった。だからこその名前呼びである。
「他の人がどう思ってるか知らないけど、真樹君はとてもいい人だと私は思う。いつもは大人しいかもだけど、ちゃんと自分の考えを持ってるし言えるし、それに頭も良くて……私的には海みたいな男の子って感じ」
ものの考え方捉え方は近いので、そういう意味では朝凪と似ているかもしれないが、それは買いかぶりすぎのような。
「ね、海? 海ならわかってくれるよね? 昨日一緒にいたし」
「親友でもわからないものはわからない……かも」
「ええっ? そうかな~……海と真樹君、友達になれば絶対仲良しになれると思うんだけど。連絡先交換すればよかったのに」
「まあ、私も女の子だし……その辺は慎重にしないと」
交換どころか頻繁に連絡を取り合っている仲だが、天海さんは知る由もないので
しかし、天海さんの目から見ても俺と朝凪はそんなふうに映ったのか。天海さんの前ではほとんど会話などしなかったのに。天海さん、意外に鋭いのかも。
「! そうだ。真樹君、今日のお昼は一人?」
「まあ、うん。いつもそうだし、そのつもりだけど」
「そうなんだ。じゃ、今日は二人で一緒にお昼ご飯食べよっか」
──ふ、二人で!?
天海さんからの発言によって、教室中がさらに騒々しくなる。
「ちょっ、夕──それはいくら何でもまずいと言うか……」
「そう? 真樹君、大勢で色々するの苦手だって言ってたし、それなら二人きりのほうがいいかなって。ダメかな?」
「まあ、絶対ダメってわけじゃないけど……前原君もそう思うでしょ?」
「う、うん。それはさすがに緊張するっていうか」
朝凪ならともかく、天海さんはウチのクラスどころか、今や学年のアイドルと言っても過言ではない存在である。
そんな人と二人きりで昼食を食べる──考えただけで緊張してしまう。
「ほら、前原君もそう言っているし」
「う~ん、あ、じゃあ、海も一緒ならどう? 三人になっちゃうけど、海も昨日は真樹君と一緒にいたわけだし。ね、真樹君、それならいいでしょ?」
「え、え~っと……」
二人から三人になっても、一人増えたのが朝凪だと、それはそれで問題なような。
しかしここで
「……わかった。じゃあ、今日は朝凪さんと天海さんと三人で、ってことで」
「本当? やった」
俺からの了承をもらった天海さんが無邪気にバンザイしている。
別に俺とご飯を食べたところで面白いことなんて何もないのに……いい人なのか、それとも単に変わっているだけか。
「ありがとう真樹君! ねえ、海、真樹君オッケーだって」
「はいはい、よかったね。……ごめんね、前原君。ウチのお姫様のわがままを聞いてもらっちゃって」
「いや、俺は別に問題とかないし」
成り行きとはいえ、やはり結局は朝凪に頼ってしまう形に。
困った時はお互い様──俺と朝凪の共通認識ではあるが、それでもなるべくなら自分一人で切り抜けたかった。
約束をして互いの席に戻った後、俺はすぐさま朝凪にこっそりメッセージを送る。
『(前原) ごめん、朝凪。俺一人じゃどうにもできなかった』
『(朝凪) 今回はしゃあないよ。私たちの仲がバレたわけじゃなし、切り替えてこ』
『(前原) だね。ありがとう朝凪。そう言ってくれて
『(朝凪) どういたしまして。友達ならこういう時こそ協力し合わないとだし』
『(朝凪) そ』
『(前原) そ?』
『(朝凪) ごめ、誤送信。なんでもない』
『(前原) そう? ならいいけど』
そこでいったんやり取りを打ち切り、顔を上げて前の席にいる朝凪を見る。
こちらの視線に気づかず依然スマホとにらめっこしている朝凪の横顔が、いつもよりほんのわずかに赤くなっているような気がした。