3. 朝凪海と天海夕(3)

 新田さんを無事に撒いて自宅へ戻り、朝凪とともに家にあった茶菓子やらを準備していると、ほどなくしてエントランスのインターホンが鳴らされた。

『やっほー、前原君。天海夕、ただいま参上いたしました!』

 インターホンの画面に、天海さんの爽やかで可愛らしい笑顔が大写しになっていた。

 頑張って走ってきたのだろうか、前髪の一部が汗で額に張り付いている。

「ごめん、今ロック解除するね。ドアの鍵は開いてるから、そのまま入ってきていいよ」

『はーい!』

 ロックを解除し、天海さんがやってくるのを待つ。突然の来客なので部屋が多少散らかっているが、ある程度は仕方ないだろう。母さんが脱ぎ散らかしたと思われる寝間着などを洗濯機に突っ込み、リビングのテーブルのものを片付ける。

「前原、食器の場所ってどこ? お菓子、一応お皿に並べたほうがいいよね?」

「冷蔵庫の隣の食器棚の一番上に来客用のやつがあるから、それ使って。あと、お皿のそばにカップとソーサーもあるはずだから、それも人数分」

「ん」

 俺と朝凪の二人で手分けして最低限のおもてなしの準備を整える。

 朝凪もお客さんなので、ソファでゆっくりしてもらっても全然構わないのだが、

『私もやるから』

 とのことで、協力してもらうことに。

「お邪魔しま~す。へ~、前原君ちってこんな感じなんだ」

「狭いところでごめん、母親と二人暮らしだからさ」

「あ、ごめんなさい。私ったら、また失礼なこと……こういうの初めてだから、つい」

 そう言って、天海さんがほおをほんのり赤く染めてうつむいた。

 反応がとても初々しい。

「……なあに、前原君? 私になにか言いたいことでも?」

「え? な、なんのこと?」

 ソファでくつろぐ朝凪がじとっとした視線をこちらに向けてきている。朝凪も、俺の家に来て最初のうちはそれなりに部屋の中をキョロキョロしていたはずだが、今となってはまるで我が家みたいにくつろいでいる。

 ただ、朝凪もここに来るのは初めて(表向きは)なので、一応注意だけするよう目配せして、天海さんをリビングのテーブルに案内する。

「わあ、クッキーのカンカン。私、これ好きなんだよね。なんか高級な感じがして」

「そう? 前に来客用で買ってたやつだから、お好きにどうぞ」

「ほんと? やった。ねえ、海も一緒に食べよ?」

「はいはい。あ、その前にちゃんと汗ふこうね、はいハンカチ」

「ありがと……って、このぐらいできるから。子供扱いしないで」

「高校生はまだ子供だっての。あと、食べる前に手もちゃんと洗いなね」

「だから……ぶ~」

 むくれる天海さんをよそに、朝凪は慣れた様子で天海さんの世話を焼いている。

 学校でもよく見る光景だが、これが彼女たちのいつもの素なのだろう。まるで姉妹だ。

 天海さんの世話を焼く朝凪と、むくれながらもされるがままの天海さん。

 二人の容姿も相まって、なんだかとてもになる光景だった。

「天海さん、飲み物はどうする? コーヒーか紅茶……あと、緑茶とかもあるけど」

「じゃあ、コーヒーにしようかな。あ、あと砂糖とミルクはいっぱいつけてくれるとうれしいかも。苦いの、ちょっと苦手で」

「了解。そういえば、甘いもの大好きだったっけ」

「うん。あ、もしかして自己紹介の内容、覚えててくれたの?」

「あ……まあ、うん。あの時の天海さん、目立ってたし」

 ヤカンを火にかけて、コーヒーの準備をする。

 天海さんは砂糖とミルクたっぷりで、俺は砂糖だけ。あと、朝凪はどちらかというと苦いほうが好きだからミルクだけ──。

「あ、ねえ、海。海はお願いしなくていいの? 前原君、海の分のコーヒーも用意しちゃってるけど」

「……」

 天海さんがそう言った瞬間、俺は二人に背中を向けたまま硬直する。

 しまった。いつもやっていたことだったので、朝凪からも好みを聞くだけ聞かなければならないことを忘れていた。

 俺の家でお話しようと自分から誘ったくせに、この場において朝凪ともほぼ初対面であることを徹底できていない。

「ん? ああ、私は夕が来る前にお願いしてたから。コーヒー砂糖なし、ミルクあり。ね、前原君?」

「! あ、ああうん、そうだね」

 焦っていたところに、朝凪からのフォローが入る。先に二人で家にいたので、答えに不自然なところはない。さすがだ。

「じゃ、早速先週の話をするってことなんだけど、その前に……夕、それと前原君」

「うん、なに?」

「……なんでしょう」

「なんで二人ともお互いの電話番号知ってんの?」

「「うっ」」

 俺たちを見る朝凪の目が細められる。口元は笑ったまま、だが目は全く笑っていない。

「え~……それはですね……」

 俺と天海さんはすぐに白状して謝った。

 それはもう真摯に。

「──なるほどね。まあ、そんな感じだろうなとは思ったけど」

「ごめんね、海。のぞいちゃダメだって思ってたんだけど、どうしても海のことが気になっちゃって……」

「俺も、今まで黙っててごめん」

「? どうして前原君も謝るの? 前原君は私とニナちが巻き込んだだけで、一つも悪くないのに」

「そうだけど……巻き込まれたにしても、結局は二人のこと注意できなかったから」

 覗き見の件については朝凪から許しはもらっている俺だったが、天海さんの連絡先の件については秘密にしていたわけで。そこはずっと後ろめたさを感じていた。

「まったくもう……夕、ちょっと顔を前に出して。それから前原君も」

「? こうすればいい?」

「……はい」

 言われた通り、俺と天海さん、それぞれ顔を朝凪のほうへと近づける。

 と、瞬間、額に鋭い痛みが走った。

「っった~い……!」

「っっ……!?」

「──はい、お仕置き終わり」

 朝凪がやったのはデコピン……らしいが、デコピンにしては威力がおかしいような。

 実際、今も額がじんじんとしびれて……これ、血とか出ていないだろうか。

「別に怒ってはいないけど、ケジメとしてね。夕もそっちのがスッキリしていいでしょ?」

「うん……ごめんね前原君。私が秘密とか変なこと言ったせいで巻き添えを……」

「だ、大丈夫……いや、マジで痛いなこれ」

 今回はこれで済んだが、今後は朝凪に隠し事はしないようにせねば。

 下手したら額がいくつあっても足りない。

「はい、じゃあこの件はこれでおしまい。次蒸し返したら今度は本気でやるからね」

「え?」

 今度は、本気?

 さっきのでさえ相当だったのに、まだ先が……。

「天海さん……あの、」

 天海さんのほうを見ると、目が合った彼女は青い顔でこくこくと無言でうなずきを返した。

「マジすか……」

「──なんなら一発試してみる?」

「遠慮します。いや、マジで」

 朝凪デコピン、おそるべし。

 ともかくこれで話は水に流すとして、ようやく今回の本題へ。

 その前に、飲み物が冷めないうちに、用意した茶菓子をつまむことに。

「あ、このクッキーおいしい。海、ほら、このチョコがかかってるやつ」

「うん、うまい。こっちのうすしお味のポテチと交互にやれば『甘い』『しょっぱい』のループじゃん」

「だね。これはけしからんですな。体重的にも」

 二人はいつもの調子でなかむつまじく互いにお菓子を食べさせ合っている。親友といっても、ここまで仲がいいのは珍しいのではないだろうか。

「? あ、ごめんね。私たちだけバクバク食べちゃって──はい、前原君もどうぞ」

「あ、うん。それじゃ──」

 天海さんから差し出されたクッキーを受け取り、そのまま一口。

「どう? おいしい?」

「うん。まあ、自分で選んだやつだし」

 バターとビターチョコのカカオの香りがいいし、甘さ的にもちょうどいい。

「はい、前原君。これもおいしいよ」

「あ、うん……本当だ」

 天海さんに勧められるままクッキーをはむはむとかじる。クッキーはおいしいし好きだが、細かい欠片かけらがポロポロと落ちるのがたまきずだ。

「……えへへ~」

 こぼさないよう少しずつ食べていると、天海さんがずっとこちらを見てニコニコしているのに気づく。

「あの……天海さん?」

「あ、ごめんね。食べてる時の前原君、可愛かわいいなって思って」

「かわっ……?」

 予想外の一言に、思わずドキリとする。

 元々口が大きくないこともあって、今のクッキーのように小動物みたいな食べ方をすることはたまにあるが、可愛いなんて言われるのは初めてかもしれない。

 急に恥ずかしくなり、ぼうっと頬が熱を帯びる。

「あ、赤くなった。やっぱり前原君ってば可愛い」

「あ、いやその……」

 こういう場合どう反応したらいいかわからず、俺はたまらず朝凪に視線を送った。

「……ほら、夕。もぐもぐタイムはその辺にしておいて、さっさと本題に入ろ。そのために私もわざわざ付き添ってんだから」

「あ、うん、そだね。ごめんね、前原君。私ったらまた」

「いや、うん、大丈夫だから」

 朝凪が助け船を出してくれたおかげでなんとか軌道修正できたものの、なぜか朝凪がふくれっ面になっている。

 ──バカ。

 朝凪の唇がそう動いた気がしたが、俺、何か不味まずいことでもしただろうか。

「何回もごめんだけど、それじゃあ改めて……前原君、あの時は本当にすいませんでした。せっかくお友達と二人で遊んでたのに、私、無神経で」

「いや、俺のほうこそ、あの時はすいませんでした」

 俺も頭を下げて、先週のことを思い出しながら、なんであんな言動をしてしまったのかを天海さんに説明する。

 大勢になるとどうしても気を遣って萎縮してしまうこと、友達と二人で楽しんでいたところに水を差された気がしてカチンとしてしまったことなど、自分のその時感じた気持ちを正直に打ち明けた。

 その間、天海さんは何も言わず、真剣に俺の話に耳を傾けてくれている。なので、恥ずかしい気持ちはあるが、これは伝えるべきだと思った。

「……その、多分だけど、俺にとっては、その友達との時間がすごく楽しくて、大事なものだったんだと思う。久しぶりにああいう場所に行って、学生らしいことしてふざけて遊ぶなんて、俺、ほとんどやってこなかったから。多分、その友達も」

 朝凪は常連だが、その友達=朝凪であることは当然今のところ内緒なので、その点だけはフェイクを入れて伏せておく。

「……そっか。じゃあ、前原君はその友達のことが大好きなんだね」

「!? あ、いや……それは、その……」

「? 前原君、どうかした?」

「い、いやなんでも……そういう見方もあるにはある、のかな……友達としてはもちろん大切だけど、大好きかどうかは……あの、どうだろう」

 朝凪が大事な友達なのは確かだが、その本人が目の前にいるので、思わずしどろもどろな答えになってしまう。

 恥ずかしくて、なんだか朝凪のほうを見ることができない。

 今、朝凪はどんな表情で俺の話を聞いているのだろう。

「とにかく、先週の件については俺も反省してるし、忘れようと思う。だから、天海さんもそうしてくれるとうれしい」

「うん、ありがとう。じゃあ、仲直りの印に握手ね」

「あ、うん」

 差し出された手をとって、俺と天海さんは握手を交わす。

 緊張で手汗がにじんでいないか心配だったが、天海さんはそんなことお構いなしにぎゅっと俺の手を握り、ついでにブンブンと上下に振ってきた。

「よかったね、夕」

「うん、ありがとう海。海のおかげで、前原君と仲直りできたよ」

「どういたしまして」

 一時はどうなることかと思ったが、これで先週のことについては一件落着だろう。

 今後しばらくの間は、天海さんと俺の関係について変な憶測が飛び交うだろうが、それも無視しておけばいずれは収まるはずだ。

 クラスの人気者と、クラスのぼっち。再び別の世界で、関わり合いを持つことなくやっていけばいいだけの話なのだから。

「さて、と。夕、話も終わったことだし、早いとこ帰りましょうか。あんまり長居すると前原君も迷惑だろうし」

「うん。あ、でもせっかくこうして仲直りしたんだし、前原君にもう一個だけお願いがあるんだけど、いいかな?」

「まあ、別に構わないけど……なに?」

「うん、えっと、あのね……」

 片付けも終わり、帰宅しようとしたところで天海さんが俺のほうへ向き直った。

「前原君。もし嫌だったら嫌って言ってくれていいんだけどね」

「わかったけど……なに?」

「あの……えっとね」

 体をもじもじとさせながら、天海さんは続けた。

「前原君、良ければ私とお友達になってくれませんかっ」

「「…………」」

 突然の申し出に、俺と、そして天海さんの隣にいる朝凪は思わず固まってしまう。

 なんとか無事に落とし所を見つけたと思ったが、どうやらまだしばらくの間、天海さんとの関係は続くことになるらしい。

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