3. 朝凪海と天海夕(2)

 朝の事件については、あっという間にその日におけるクラスのトレンドとなった。

 HRが終わり、昼が過ぎ、そして現在の放課後を迎えても、俺に注がれる好奇の視線やひそひそ話や陰口めいたものはまず……というか、時間がてば経つほどその声はひどくなっていく。

 実際のところ、俺と天海さんの接点なんて朝凪が告白されていた時に偶然その場に居合わせていただけだ。連絡先は教えたが、この前までそれ以外で話したこともない。

 ──ねえねえ、天海さんとあの人って、いったいどういう関係なんだろう?

 ──超意外だよね、もしかして実は付き合ってたり?

 ──いやいや、あるわけないじゃんそんなこと。

 ──じゃあ先週の話ってどういうこと?

 ──さあ? 痴情のもつれ? いや、それはいくらなんでもないか。

 しかし、周りはそんなことは関係ないとばかりに、好き勝手に俺と天海さんの関係について妄想を膨らませ、一日中その話題をこすり続けている。まったく、暇な人たちだ。

「お待たせ、前原君! じゃ、行こっか!」

「あ、う、うん……」

 声は天海さんの耳にも届いているはずだが、そんな雑音はお構いなしとばかりに、彼女はいつものまぶしい笑顔で俺のもとへと近寄ってきた。

 ……そして、天海さんのそばには、当然のごとく朝凪が。

「……ごめん。二人きりじゃなんかアレだから、申し訳ないけど、ゆうの付き添いってことで私もいいかな?」

「……うん、俺は別に構わないけど」

 というか、朝凪にはいてもらわないと困る。

 友達となった朝凪とは気兼ねなく話せるものの、それは朝凪だからであって、天海さんとは、当然、その限りではない。

「ごめんね、前原君。男の子と二人きりだと緊張しちゃうから……あ、うみはものすごい口堅い子だから安心して」

「そうなんだ」

 それについては当然のように信頼している。

 なにせ、親友にすら俺との秘密の友達関係を隠し通してもらっているのだから。

「じゃ、そういうことでよろしくね。前原『君』?」

「よ、よろしく朝凪……さん」

 互いに初めて話しましたという雰囲気を出しつつ、握手。

 ……握る力が強いような気が。いや、痛い。痛いからそろそろ放して欲しい。

 手に重大なダメージを負いつつ、俺は『クラスで一番可愛い子』と『クラスで二番目に可愛い子』と三人で一緒に下校することに。

 左から『天海さん』『俺』『朝凪』という形で、美少女二人に挟まれている。

 微妙に逃げ出したい気持ちにかられるが、二人に挟まれているので自由な動きが制限されてしまう。

「ねえ、夕」

「うん。……もう、ニナちったら相変わらずなんだから」

「え? につさん?」

(そ、後ろからつけられてる。うまくやってるけどね)

 朝凪が俺の耳元でぼそりとつぶやく。

 確かに、少し離れた物陰からシュシュのついたポニーテールがわずかにのぞいている。

 俺は朝凪に言われるまで気づくことができなかったが、付き合いのある二人にはバレバレだったらしい。まあ、友達ならそのぐらい当然か。

(う~ん……じゃあ、ニナちには悪いけどアレやっちゃいますか。……海)

(ん)

 天海さんと朝凪の二人が俺を挟んでなにやらひそひそと話している。

 どうやら何か作戦があるらしいが。

(二人とも、新田さんに何かするの?)

(え? ただ逃げるだけだよ?)

(尾行されてるなら、く。当然でしょ?)

(当然かなあ……?)

 しかし、尾行されているのは気持ちのいいものではないので、二人に従うことに。

(あそこのT字路で二手に分かれてダッシュね。私と前原君が左、夕は右)

(ん。あ、集合場所は? お店とかにしても、ここらへんだと場所が限られてるし)

 場所か。学生ならどこかのファミレスとかになるのだろうが、それだと新田さんも当然場所は知っているわけで。

 クラスの連中が知らなくて、三人で周りを気にせず話すことのできる場所、となれば。

(……俺の家、とかどうかな?)

(え? 前原君のおうち?)

(うん。ここから近いし、知ってる人もいないから。この時間だから親もいないし)

 母さんは仕事で帰りは深夜。条件でいえば悪くないはずだ。最近、朝凪が遊びにくるようになってからは、ある程度片付けだってしている。

(……海、どうする?)

(まあ、前原君も悪気はなさそうだし、いいとは思うけど)

 お金もかからないし、合理的な選択だと思ったのだが、二人の反応は良くない。

(え? 俺、なんか不味いこと言ったかな?)

(あ、いや、そんなことないよ? ないんだけど……)

(いきなり女の子を自分の家に連れ込むのはどうかって、夕が)

(も、もう! 海ぃ……!)

(あ)

 朝凪の指摘で気づいたが、そういえば、表向きは俺と朝凪はさっきがほぼ初めてのまともな会話で、天海さんも似たようなものだ。

 まだ友達ともいえないような状態で、いきなりプライベートな空間にご招待はやっぱり良くない。そういえば、朝凪にもチクリと言われた覚えが。

(ごめん、そんなつもりじゃ……ただ、そのほうがいいかなって思って、つい)

(あ、大丈夫だよ! 前原君を疑ってるわけじゃなくて、その、ちょっとびっくりしちゃっただけだから。男の子のおうちにお邪魔するの、私、初めてだから)

 とはいえ、天海さんは耳の先まで真っ赤になっている。クラスの男子とも交流はあるようなので多少は耐性があると思ったが、そこはきちんと線引きしているみたいだ。

(じゃあ、決まりね。集合場所は前原君の自宅に十七時。私が先に前原君と行くから、場所は後で連絡するよ)

(うん、りょーかい!)

(……よし、行くよ。一、二の、三!)

 朝凪の言葉を合図に、俺と朝凪、そして天海さんの二手に分かれて一斉に駆けだした。

「あ! 逃げた! 待てー!」

 新田さんの声が後ろから聞こえるが、この辺は住宅街で道も入り組んでいるので、一旦曲がり角で見失うと追い付くのは困難だ。

「誰がパパラッチの言うことなど聞くものかっ。ほら、前原、こっち!」

「あ、おい──」

 流れるようにごく自然に手をつかんだ朝凪とともに、俺は西日に照らされだいだいいろに染まる帰り道を並んで走る。

「朝凪」

「なに?」

「なんか、楽しそうじゃん」

「そう? 気のせいじゃん?」

 走っているせいか緊張のせいかはわからないが、半歩先で俺の手を引く朝凪の手は若干湿っているように感じた。

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