第一章 野蛮人の転生(4)

 そこからの展開は、まるで先ほどまでの光景の焼き直しだ。

 シドとジーザ、二人の配役を入れ替えただけの、一方的な、戦いとも呼べぬ戦いだ。

 ジーザの周囲を残像するように高速移動しながら、シドが短剣を振るう。

 そのことごとくが、ジーザの防御をかわして、びしりとジーザの身体を鋭く打ち据える。

 頭部、右腕、左足、胴、右肩、左腕、右すね、背中、腰──

 まるで稽古用木人形のように、シドの技が入る、入る、入る、入る、入る──

 入る都度、ジーザの身体があちこち不自然に跳ね、滑稽に躍り狂う。

「ぐああああああッ!? いでぇッ!? ぎゃあああああああ──ッ!?」

 ジーザも必死に反撃の影の刃を飛ばすが、嵐のように動くシドにはかすりもしない。

 かろうじて、シドの残像をむなしく斬るだけだ。

「噓……どうして……?」

 アルヴィンはそんな光景を前に、ぜんと呟く。

「妖精剣の力には、妖精剣でしか対抗できないはずなのに……ッ!?」

 いな、違う。。妖精剣を持っている〝だけ〟じゃどうにもならない、とてつもない実力差がある……ただ、それだけの話だったのだ。

「す、すごい……」

 感動したように、何かに憧れるように、アルヴィンはシドを見つめる。

 シドの立ち回りに、その圧倒的な剣技に、アルヴィンの心は震える。

「これが……これが、伝説時代を生きた騎士!?」

 今はき父王より幼い頃から聞かされ、憧れ続けていた、シドきょうの伝説と物語。

 それは──

 そして、シドの物語を初めて聞いた時のような、胸躍る興奮と感動が、今、アルヴィンの胸の中を一杯に支配しているのであった。

 伝説の姿を、もっと見たい……アルヴィンは、シドの戦いを夢中で見つめ続ける。

 そして、やがて──というより、すぐに。

 二人の騎士の決着は訪れた。

「──破!」

「ぐわぁあああああああああああああああああ──ッ!」

 ゴロゴロゴロゴロ──ッ!

 シドの右斬り上げのいっせんに、派手に吹き飛ばされたジーザが転がっていく。

「ま、降参しな。騎士は無闇やたらに命を奪うもんじゃないしな」

 ぐったりとするジーザを見下ろしながら、シドは淡々とそう宣言した。

「がはっ、げほっ、つえぇ……ッ! なんだ、この強さ……し、信じられねえ……ッ!?」

 ふらふらと、ジーザが剣をつえ代わりに立ち上がる。

「クソ……そういや、うわさに聞いたことあるぜ……シャルトスの森に眠る騎士……まさか、てめぇ、マジであの《野蛮人》シド卿だっていうのか!? よみがえったってのかッ!? 冗談じゃねえ……一体、どんな魔法使ったんだよ!? げほっ!」

「……さぁな? むしろ俺が知りたいね」

 対するシドは、その悠然とした存在感だけでジーザを圧倒する。

 完全にまれてしまったジーザは、もう弱々しく後ずさりするしかない。

「きは、けははは……参った、参ったよ……アンタがかの悪名高き《野蛮人》なら、俺ごときが逆立ちしたって、勝てやしねえ……」

 そして、脂汗をだらだらと垂らしながら、ニヤリと嫌らしく笑った。

「だが、詰めがあめぇなぁ……ッ!?」

 ざっ! 突如、ジーザが再び剣を振るった。

 発生する影の刃。

 だが、雨を裂いて飛ぶそれは、シドに向かって飛んだものではなく──

「……あっ!?」

 アルヴィンを狙ったものであった。

 自分に猛速度・不可視で迫って来る影の刃に、アルヴィンは反応すらできず──

 ばっ! と上がるけっ

「し、シド卿……ッ!?」

「……ッ!」

 風のように割って入ったシドがアルヴィンをかばい、背中で影の刃を受けていた。

「へへへっ!? 形勢逆転だなぁ!?」

 剣を振り抜いた格好のジーザが、勝ち誇ったようにえる。

「……お前」

 その瞬間、振り返ったシドの顔に走る怒りの感情を、ジーザは見逃さない。

「へっ! いい反応じゃねえかぁ? 残虐非道で冷酷無比な《野蛮人》様は、どうも伝説と違って、相当な甘ちゃんっぽいからなぁ!? 通じると思ったぜッ!」

「…………」

「俺はもうこの位置から、王子しか狙わねえ! てめぇが俺を倒そうと、王子のそばから少しでも離れたその瞬間、俺も死ぬが、同時に王子の首も宙を舞うって寸法よ!!

 てめぇ、王子を見捨ててでも俺を倒すかぁ!? できるか!? できねえだろ!? なにせ、てめぇはご立派な騎士サマだもんなぁ!? ヒャハハハハハハハ──ッ!」

 その言葉がまことであること示すかのように。

 シドは、アルヴィンの前から動かない。庇うように立ち続ける。

「さぁて……何太刀つかなぁ? 伝説の《野蛮人》さんよぉ……?」

 ゲスな笑みを浮かべながら、ジーザがゆっくりと剣を振り上げた。

(しまった! 僕の存在が、シド卿の足を引っ張ってしまった……ッ!)

 負傷のため、アルヴィンはまだ立ち上がれない、動けない。

 つまり、シドもアルヴィンの前から動くことができない。

 希望から一転、絶望の底に落とされ、アルヴィンはがくぜんとするしかなかった。

(シド卿……ッ!?)

 アルヴィンがシドを、すがるように見上げる。

「…………」

 シドはただ、じっとアルヴィンを庇うように立ち、ジーザを見据えるだけだ。

 いくら伝説の騎士でも、この状況をどうにかできるとはとても思えない……そう判断したアルヴィンは、決意と覚悟と共に叫んだ。

「シド卿……僕に構わないでッ! あいつを討って!」

「!」

 アルヴィンの言葉に、シドが目を細める。

「あの人は、どうせ僕を殺す気なんだ! だから──」

「うるせえ、黙ってろ、ガキ! 余計なこと言ってんじゃねぇっ!」

 ジーザが剣をXの字に、二閃する。

 ずばっ! アルヴィンの前に愚直に立ちはだかるシドの身体からだが、Xの字に刻まれる。

「あ、ああああ……ッ! し、シド卿……ッ!」

「ヒャハハハハハ──ッ! こりゃ傑作だ、マジで動かねえとはなぁ!? 大した騎士サマのかがみじゃねえか、ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハ──ッ!」

 ジーザの勝ち誇った高笑いが響き渡る。

「し、シド卿……お願い……お願いだから、僕に構わないで……ッ!」

 アルヴィンは懇願するような視線をシドの背へと向ける。

 だが──

「やれやれ。何度も言っただろう? アルヴィン。〝騎士は真実のみを語る〟、と」

 ぼそり、と。シドはそんなことを不敵につぶやいていた。

「……え?」

「俺は、お前を守ってやる、と言った」

 アルヴィンがほうけたように見守る前で。

 シドは短剣を足下へ投げ放ち、地へと突き立てる。

 そして、空いた右手を天に向かって掲げた。

 その理屈はわからない。この荒れ狂う豪雨と嵐の中、シドを中心に静かに、そして、力強く高まる何かを──この時のアルヴィンは確かに感じたのだ。

「教えてやるぜ、外道め」

 シドが、怒りに燃えた目でジーザをにらみ据える。

「お、おい……ッ! て、てめぇ、妙なは──」

 ジーザが吠え、これがトドメだとばかりに、再び影の刃を飛ばそうとした──

 ──その瞬間だった。

「騎士の──〝その怒りは悪を滅ぼす〟」

 シドがそう宣言し、右手を振り下ろした。

 その瞬間、想像を絶することが起こった。

 かっ! 世界が真っ白にけると共に、渦巻く嵐が真っ二つに割れて──

 ──耳をつんざくようなごうおん。一条のせんこう

 はるか天空より飛来せし雷が、大気を裂いて、ジーザの振りかざした剣を直撃したのだ。

 その威力と衝撃で、ジーザの妖精剣は粉々に砕かれて。

「ぎゃあああああああああああああああああ──ッ!?」

 全身を激しい稲妻に食い荒らされ、ジーザがもんぜつする。

「……て、てめぇ……化け物……かよ……ッ!?」

 信じられねえ……とばかりに目を見開き、さいにそんな言葉を残して。

 黒焦げになったジーザが完全に事切れ、無様に地に崩れ落ちるのであった。

「……え? 今の……妖精魔法……? で、でも、雷を操る妖精魔法なんて聞いたことないし……そもそも、シド卿は妖精剣を出してなかったし……」

 この世界で、魔法の道具や妖精剣なしで魔法が使えるのは、半人半妖精族ニミュエと呼ばれる神秘的な女性種族の者達だけのはずなのだ。

「ひょっとして、偶然の落雷……?」

 何が起こったかわからず、ぼうぜんとするアルヴィン。

 そんなアルヴィンをに。

「…………」

 シドはなぜか、右手を見つめていた。

 右手を握ったり開いたりして、何かを確かめている。

 やや目を細めたその表情は……どういうわけか、少し難しそうであった。

「……あ、あの……っ! どうかされましたか?」

 アルヴィンはそんなシドへ、思い切って話しかけた。

 しばらくの間、シドはアルヴィンの問いに答えず、沈黙を保っていたが……

「……いや、なんでもないさ」

 やがて、ぼそりとそう呟いて、アルヴィンに改めて向き直った。

「俺よりお前だ。大丈夫か?」

「あ、はい……僕は大丈夫……です。少し休めば……」

 気付けば。先の激しい落雷と共に、雨嵐は収まっていた。

 今は辺りを、嵐の残り風がびょうびょうと吹きすさんでいる。

 そして、やって来たシドが、へたり込むアルヴィンの前に片膝をついてかがむ。

「さぁて、少年。……お前、アルヴィンと言ったな?」

 穏やかに、そんなことを問いかけてくるシド。

 そして、シドがアルヴィンの顔を、じっとのぞき込んでくる。

「えっ……はい……そうです……けど……」

 なぜか、頰が熱くなってくる感覚を覚えるアルヴィン。

 それに構わず、シドは言った。

 何かをなつかしむように、遠く届かぬ何かを望むように。

「なるほど、少し線は細いが、やっぱり似てる」

「に、似てる……?」

 目をしばたたかせるアルヴィンの前で。

「ああ、お前はあいつに……アルスルにそっくりだ」

 シドはおのが胸に手を当てて、アルヴィンを真っぐ見つめ、堂々と宣誓した。

「改めて名乗ろう。俺の名はシド゠ブリーツェ。我が永世の主君にして親友ともアルスルの命によりこの現世に蘇り、お前の下へとせ参じた。今、この時より、俺がお前を守ってやろう。お前に降り掛かるかんなんしんを、俺が剣で払ってやろう」

 そんなことを言って。

 シドが、アルヴィンの目を、深く深く見つめてきた、その瞬間だった。

 どきり、と、アルヴィンの胸がひときわ強く高鳴った。前にも増して頰が、かぁーっと熱くなり、心臓が早鐘のように激しく脈打ち始める。

「そして、見せてもらおうか……お前の王道を。俺が騎士として剣をささげるに相応ふさわしい王たり得るかどうか……俺に見せてくれ」

 続くそんなシドの言葉が、アルヴィンの頭にまるで響かない。

 頭をふわふわした多幸感が襲い、まともな思考をつむげなくなる。

 シドという存在から目が離せない。心をからめ取られてしまったかのような感覚。

 真っ直ぐ見つめてくるシドのその瞳に、魂が吸い込まれそうだ──

(ハッ!? ぼ、僕は一体、何を考えて!? こ、こんな女の子みたいなこと──)

 そこまで考えて、アルヴィンはそんな自問が実に無意味なことに気付く。

 なぜなら、自分は、本当は──

「し、シドきょう……僕……」

 高鳴る胸。熱に浮かされたような思考。

 そして、これから何かが始まりそうな予感。

 そんな奇妙な、それでいて心が躍るような感覚に包まれながら、アルヴィンはいつまでもシドを見つめ続けるのであった。


 ──こうして。

 遥か悠久の時を超えて、伝説時代の騎士と、現代の若き王の卵がかいこうする。

 新たなる伝説の幕が上がるのであった──

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