第2話 友達の妹の手料理に舌鼓を打つ話(3)

「あー、美味しかった。朱莉ちゃん、ごそうさま

「おまつさまですっ。でも、本当に大したものではないんですよ? 特別な手間をかけているわけではないですし」

 ご飯は用意してもらったので、洗い物くらいやると申し出た俺だが、すげなく突っぱねられ、今はだらしなく床の上で横になっていた。

 まぁ、自炊をしない一番の理由が片付けが面倒だからというのは見破られてしまっているしな……なんとも恥ずかしい限りだ。

「私の料理はあくまで趣味の範囲で……その、普段の暮らしの中で気苦労なく作れる家庭料理ばかり練習していたので」

 朱莉ちゃんはキッチンで洗い物をしながらも、ひましている俺の話し相手になってくれる。いい子だなぁ。

「へぇ……でも、確かにこんなに美味しい料理を毎日食べられるなら幸せだよなぁ」

「ええっ!?」

 ガチャッと食器が崩れる音がした。けれど、それよりも前に朱莉ちゃんの驚いたような声が聞こえたような……?

「大丈夫っ!?」

「だだだだだだ大丈夫ですッ!!」

 もしもとかしていたら大変だ。

 そう思い、慌ててキッチンに駆け込んだ俺だが、皿が割れた様子はなく、朱莉ちゃんにも怪我した様子はない……いや、まだ安心できないぞ。

「手、見せて。血とか出てない?」

 そう言いつつ、彼女の手を取る。

 水でれているとはいえ、すべすべとしたすべらかな手だ……なんて感触を確かめている場合じゃない。

 少し強引ではあるが、彼女の手をつかんだまま、怪我がないか注意深く確認する。

 …………良かった。特に打ってもいないみたいだ。いて言うならば熱いくらいで──

「う、う、うあ……」

「っ!? あ、ご、ごめんっ!?」

 熱いどころじゃない。俺に手を摑まれた朱莉ちゃんの顔は、ゆでダコみたいに真っ赤になっていて、さらに目元にはうつすらと涙が浮かび、身体からだきざみに震えていた。

 そりゃそうだ。いきなり手なんか握られたら拒否反応の一つや二つ出るだろう。

「ぱ、パニック寸前です……!」

「そうだよね! ごめんなさいっ!!」

「い、いえ、先輩が悪いとかじゃなくて、これは、私の問題──いえ、やっぱり先輩が悪いかもしれません!」

 朱莉ちゃんはそう言いながらこちらに背中を向けてしまう。

 そして、何度か深呼吸を繰り返し、再びこちらを向いた時──彼女の顔はまだ真っ赤なままだった。

「い、いきなりどうしたんですか、先輩……!? そんなぐいぐい積極的というか……ハッ!? もしかして私、最初の一撃で先輩の胃袋に風穴をっ!?」

「いや、それはいてないんじゃないかな……?」

「そ、そうですか……」

 朱莉ちゃんはどこかがっかりしたように苦笑する。そんなに空けたかったのか、風穴。

「でも、先輩おっしゃいましたよね! その、こんなに美味しいご飯なら毎日食べたい的な!」

「え、まぁうん。食べたいというか、食べられたら幸せだろうなって……」

 朱莉ちゃんはスーパーで、将来の夢がお嫁さんと言っていたし、将来のだんさんになる人は幸せだろうと感じて言ったことだけれど、毎日食べたいと言えば少し意味合いが変わってしまう気がする。

「そうですかそうですか! そうでしょうとも!」

 同じ「そうですか」でも先ほどとは真逆に、朱莉ちゃんは実に幸せそうに頰を緩ます。

「だったらこれから先輩は幸せ者になりますねっ。私、毎日三食しっかり準備しますから!」

「あ、はは……ありがとう」

 素直に喜んでいいのか分からなくて、自分でも分かるくらいぎこちない笑顔を浮かべてしまう。

 けれど、朱莉ちゃんはやっぱり楽しそうだ。いや、楽しそうというか、興奮しているというか。

 そうか、朱莉ちゃんは男の一人暮らしには女の子の手料理が必要と言っていたけれど、俺がこれまでそれにありつけなかったのと同じで、女の子からしても中々手料理を振る舞う機会に恵まれないのかもしれない。

 借金のカタがどう、と言えばこうとうけいで理解しがたいけれど、朱莉ちゃんからしたらいつか本命の相手に料理を振る舞うための予行練習みたいなものなのかもしれない。

 それならそうと言ってくれれば良かったのに。

 昴だって俺の人となりをある程度知っているから可愛がっている朱莉ちゃんを送り出したのだろうし、口裏を合わせてくれればそれくらい協力する──というか、よくよく考えれば、食費が2倍かかることくらいしか俺にとってデメリットは存在しないわけで。

「先輩?」

「え?」

「どうされたんですか、ボーっとして……?」

「いや、ちょっと考え事を……朱莉ちゃんはきっといいお嫁さんになるだろうななんて……いや、これちょっとセクハラっぽいかも──」

 ほうけてしまっていたのを誤魔化そうとして、文字通り余計な一言を加えてしまった気がした。

 いくら夢だと聞いたからといって、俺から言うのはただからかっているようにも聞こえてしまう。

 そう察し、すぐに謝ろうとしたのだけど──

「あ……」

 朱莉ちゃんは、大きく目を見開き、目元にじんわりと涙を浮かべていた。

「──ッ!!」

 や、やってしまった。年下の女の子を泣かせるなんて!

 予想以上の事態に謝ろうと準備していた言葉が吹き飛び、頭の中が真っ白になってしまった。

(謝らなきゃ、涙、ハンカチ……ああ、逃げ出してしまいたい、ってそんなわけにもいかないし、ここ自分ちだし!)

 グチャグチャと思考が纏まらず、結果、何もできないでいる内に、朱莉ちゃんは自分の手で涙を拭ってしまう。

「あ、はは。すみません、いきなり泣いちゃって……困らせちゃいましたね」

「そんなこと……ごめん、俺も変なことをいきなり言って」

「い、いえっ! 先輩は全然悪くないというか……その、むしろ、夢みたいで……」

 朱莉ちゃんはそう言いつつ微笑む。

 涙を擦ったあとはもう薄すらと赤くれてしまっていた。

「私、生きていてよかったです……」

「えっ、そんな話になる!?」

「なりますよ。だって、私ずっと……」

 そう言いつつ、また朱莉ちゃんは泣き出してしまう。

 俯き、両手を目に当てつつ肩を震わせる彼女を前に、俺の発言が精神的なショックを与えたわけじゃなかったとしても、やっぱりどうしていいか分からなくて──

「こういうとき、兄だったら頭をでてくれたりします……」

 ……なんか声が聞こえた。目の前から。ちょっと涙声だったけれど。

 いや、でも、うん。それは昴がって話だからな。俺は朱莉ちゃんの兄ってわけじゃないし、そんな頭を撫でるなんて……うーん……。

「ええと、こんな感じかな……?」

 ほんの少し戸惑いはしたが、遠回しにも催促されてしまったので、大人しく従うことにし、彼女の頭に手を乗せる。

 朱莉ちゃんの髪は見た目通りすごくサラサラしていて、なんというか、触っていて気持ちが良かった……って、俺が楽しんでどうする!?

「う、うへへ……」

 顔は見えないが、どこか気の抜けた笑い声が聞こえてきた。

 彼女の兄によるものではないけれど、どうやら俺からのでも多少は効いているみたいだ。

「少し落ち着いた?」

「は、はい──あ、いや、いいえっ! すみません、まだ、少しっ!」

 一瞬顔を上げかけた朱莉ちゃんだったが、何かを思い出したみたいにすぐにまた顔を伏せてしまった。

「ああ、なみだが、どんどん、あふれてきますー。ど、どうしましょー」

「なんだか随分あからさまに棒読みだけど……?」

「あ、そうだ。あにはこういうとき、きすしてなぐさめてくれたんですよー」

「え?」

 キスしてなぐさめてくれた?

 昴が? 実の妹である朱莉ちゃんに?

 ……あいつ、なにやってんだ?

「そ、そうなんだ。キス……ねぇ? へ、へぇ……」

 俺にはそれ以外口にできる言葉はなかった。

 何か感想を言おうと思えば度を越したシスコン野郎にぞうごんを浴びせてしまいそうだし。

 とはいえ朱莉ちゃんの前で昴を悪く言うのは良くないだろう。落ち込んだらキスされる間柄みたいだし……。

「……あれ?」

 そんなわけでほとんど感想を言うことなく、つい頭を撫でる手も止めてしまった俺に対し、朱莉ちゃんがうかがうように見てくる。

 そして、

「あ゛」

 何かを察したように、表情を引きつらせた。

「あの、先輩」

「……なに?」

「さっきのは噓です」

「え?」

「私、変なこと言いましたよね。兄にキスされる、とか。あれ噓です」

「あ、そうなの……へぇ……」

 感情が抜け落ちたみたいに淡々と言う朱莉ちゃんに対し、俺はそんなあいづちしか打てなかった。

「先輩、本当に冗談ですよ! 信じてないですよね!?」

「大丈夫、大丈夫。ほら、兄妹きようだいの形も人それぞれだし」

「ちょっ!? 信じないでください! ちょっと調子乗っちゃったんですっ! あわよくば~なんて……ああ、もう、私の馬鹿っ!」

 涙は引っ込んだみたいだけれど、代わりに今度は頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。

「ああ、本当に何やってるの……浮かれて、調子に乗って、こんなんじゃ変な子って思われちゃう……! しっかりしなきゃ。ちゃんと、本当の私を先輩に見てもらうんだから……!」

 朱莉ちゃんはブツブツと何かを呟いていたかと思えば、突然勢いよく立ち上がり、そして真っ直ぐ俺を見て言った。

「先輩っ!!」

「は、はいっ!」

「私、兄とは普通の兄妹ですからっ! 向こうはシスコンかもしれませんが、私は全然ブラコンじゃないですから! まったく! これっぽっちも! 一切疑う余地なくっ!!」

「そ、そう」

 すさまじい剣幕でまくし立てる彼女に、俺はただ頷くしかない。

 怒っているとさえ感じられる勢いの強さから、噓を言っているわけじゃないとは分かる。

 でも兄想いじゃないんだったら、なんで彼女は兄の借金の為にわざわざ俺のところにやってきたんだって疑問が再浮上するんだけど……?

「私、頑張りますから!!」

「う、うん。頑張って」

 何を頑張るのか分からないけれど、頷く。頷く以外許されなさそうな雰囲気だった。

「というわけでトイレ……じゃなくて、お手洗いお借りしますっ!」

「あ、うん、どうぞ」

 なかになったように宣言しつつ、朱莉ちゃんはトイレに入っていく。

 残された俺は、とりあえず朱莉ちゃんが途中までやった洗い物を引き継ごうとしたのだけれど──

「あ、あの~、先輩?」

「え?」

 トイレのドアを半分開けつつ、半分顔をのぞかせた朱莉ちゃんに声を掛けられ手を止めた。

「あの、少し恥ずかしいので、音楽か何か流してもいいですか……?」

「恥ず──あ、ああ。もちろん」

 一瞬何のことかと思ったけれど、そうだよな、女の子だもんな。

「あ、ありがとうございます。うるさかったらすみません。あ、あと、洗い物やるので、先輩はくつろいでいてください。えへへ……」

 朱莉ちゃんは照れくさそうに笑いつつ、再びトイレのドアを閉める。

 そして薄すらとだが、最近テレビのCMか何かで聞いた気がするJ-POPが聞こえてきた。

「とりあえず、言われた通り大人しくしておくか……」

 俺は居間に戻り、ベッドに横になりつつ、スマホを取り出す。

 けれど、画面の向こうの情報はほとんど頭に入ってこなくて、ずっと朱莉ちゃんのことばかり考えてしまう。

「トイレはともかく、泊まるなら風呂入ったりこの部屋で寝たりするよな……」

 よく笑い、泣き、彼女の持つ魅力をようしやなくぶつけてくる朱莉ちゃんにいったいどこまで理性を保てるか正直不安だ。

 でも、よく知ってる相手の妹にそういう感情を抱くのはやっぱり抵抗が強い。どうしたって朱莉ちゃんの後ろに昴のニヤケ顔が見えてきてしまうというか……なんだ、これ。のろいか?

 とはいえ彼女が昴の妹でなければ、借金のカタといい、それを口実にした花嫁修業──いやインターン?……なりなんなりでやってくることもなかったし、役得と思うべきかもしれない。


 どちらにしろ、一体どれくらいの期間になるかは分からないけれど、俺の生活がガラッと色を変えたのは確かだ。

 孤独で自由な一人暮らしから、友達の妹で、なおかつとんでもない美少女との色々な意味で危険を感じる二人暮らしが始まる。

 ああ、本当に俺はどうすればいいんだろう……!?

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